北陸宮御墳墓

北陸宮御墳墓

宮崎城跡の三の丸に北陸宮御墳墓がある。最初は標柱の横に鳥居も建っていたようだ。
右に隣接するのは宮崎城を築城したとされる宮崎太郎長康の供養塔

北陸宮御墳墓

北陸宮は第77代後白河天皇の第三皇子以仁王の第一皇子とされる。

北陸宮御墳墓

墓所の宮内庁治定地はない。朝日町では北陸宮に後継ぎがいなかったことから、弟の安井宮の墓所、もとは安井金比羅宮にあったが、神仏分離で京都東山の安井宮墓地に墓碑を移設、位牌は大覚寺に移されたことから、その中のいずれかに北陸宮が含まれていると推定し、安井宮墓地の土と大覚寺管長揮毫の陶板が埋められているという。

北陸宮御墳墓
富山県下新川郡朝日町宮崎

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