新潟縣護國神社

新潟縣護國神社

新潟市に鎮座する新潟縣護國神社。鳥羽・伏見の戦いから大東亜戦争に至るまでの新潟県ゆかりのご英霊79729柱を祀る。戊辰戦争の当地の戦い(新潟戦争と呼ばれた)の官軍戦死者416柱も含まれる。

新潟縣護國神社

気持ちよい青空のなかの参拝、駐車場は社殿前にある。

新潟縣護國神社

鳥居の左に由緒板

新潟縣護國神社

鳥居をくぐると参道中央に赤い絨毯が敷かれている。季節は七五三シーズンが始まり、写真撮影が行われていた。邪魔にならないように脇を進んで参る。

新潟縣護國神社

社殿の右に明治大学戦没学徒忠霊殿、明治大学関係者の戦没者を祀り、駿河台旧図書館内に置かれていたものを遷座した。

新潟縣護國神社

社殿左には車祓所が置かれている。

新潟縣護國神社

左手には近代的な迎賓館が建っている。

新潟縣護國神社

斎館

新潟縣護國神社

御朱印は授与所ではなく社務所のほうでいただく。

新潟縣護國神社

参道は社殿から東へ長く延びる。一の鳥居からの参道沿いには多くの慰霊碑が並ぶ。ここからは3月の参拝時の写真を掲載する。

新潟縣護國神社

一の鳥居

新潟縣護國神社

参道途中左に戊辰新潟戦争の戦没者を祀る戊辰役殉難者墓苑がある。

新潟縣護國神社

中には墓碑がたくさん建っている。

新潟縣護國神社

山口藩や新発田藩、薩摩藩など様々な藩の墓碑がバラバラに建っている。

新潟縣護國神社

墓苑から先の参道の左右の石垣の上に慰霊碑が並んでいる。
新潟県傷疾軍人会・新潟傷疾軍人妻の会の祈念碑

新潟縣護國神社

全国強制抑留者協会新潟県支部の慰霊之碑

新潟縣護國神社

近衛歩兵第三聯隊慰霊塔

新潟縣護國神社

元歩兵第百十六聯隊第三中隊慰霊碑

新潟縣護國神社

元歩兵第116聯隊第2連隊の樹 植樹記念碑

新潟縣護國神社

近衛歩兵第一聯隊 平和慰霊碑

新潟縣護國神社

海軍飛行予備士官による流雲碧空の碑

新潟縣護國神社

新潟県海交会の鎮魂慰霊之碑

新潟縣護國神社

予科練鎮魂之碑

新潟縣護國神社

軍馬慰霊碑

新潟縣護國神社

第十三師団歩兵第百十六連隊第七中隊戦友会の鎮魂の碑

新潟縣護國神社

元関東軍軍犬育成所所員の軍犬慰霊碑

新潟縣護國神社

近衛歩兵第二聯隊軍旗拝受百周年記念碑

新潟縣護國神社

陸軍少年飛行兵戦没者慰霊の碑

新潟縣護國神社

野戦重砲兵第十五聯隊之碑

新潟縣護國神社

第十三師団歩兵第百十六聯隊第二歩兵砲小隊戦友会の植樹記念碑

新潟縣護國神社

歩兵第十六聯隊第三機関銃中隊戦友会の慰霊植樹碑

新潟縣護國神社

平和の礎と呼ばれる戦没者慰霊塔

新潟縣護國神社

今日は営所通一丁目交差点にも社号標が建てられているのを発見した。

新潟縣護國神社
新潟県新潟市中央区西船見町5932-300

愛媛縣護国神社

愛媛縣護国神社

松山市に鎮座する愛媛縣護国神社。戊辰の役から大東亜戦争に至る愛媛県出身の御英霊、公務殉職者、郷土の産業・文化発展の功労者49700余柱を祀る。他に、松山城初代城主加藤嘉明や俳人正岡子規、伊予餅の創始者鍵屋カナも祀られている。

愛媛縣護国神社

2つの頂上が双子のような御幸寺山の南麓に鎮座。

愛媛縣護国神社

一の鳥居の横に社号標が建つ。

愛媛縣護国神社

境内の入口の二の鳥居の横にも社号標

愛媛縣護国神社

鳥居を入ると右に少しずれて神門、拝殿、幣殿、本殿がまっすぐに並ぶ。

愛媛縣護国神社

神門のところで参る。拝殿の東西に参列殿が廻廊のように囲んでいる。

愛媛縣護国神社

社務所

愛媛縣護国神社

斎館

愛媛縣護国神社

みゆき会館

愛媛縣護国神社

社務所の裏、境内西側は愛媛万葉苑と呼ばれる植物園。中に奉納物や慰霊碑が並ぶ。

愛媛縣護国神社

歩兵第一二二聯隊南洋第一支隊忠魂碑

愛媛縣護国神社

殉職女子学徒追憶之碑

愛媛縣護国神社

殉職女子挺身隊員慰霊之碑

愛媛縣護国神社

殉国二十二烈士之碑

愛媛縣護国神社

歩兵第二三四聯隊鯨部隊慰霊塔

愛媛縣護国神社

満州開拓者殉難碑

愛媛縣護国神社

歩兵第二二聯隊忠魂碑

愛媛縣護国神社

熱田津歌碑

愛媛縣護国神社

殉職自衛官等慰霊之碑

愛媛縣護国神社

満州第七一二部隊歩兵第四三聯隊慰霊碑

愛媛縣護国神社

第三航空教育隊

愛媛縣護国神社

戦没陸軍少年飛行兵慰霊顕彰碑

愛媛縣護国神社

茶筌塔

愛媛縣護国神社

雄飛予科練鎮魂之碑

愛媛縣護国神社

海軍戦没者慰霊碑

愛媛縣護国神社

シベリア抑留者慰霊之碑

愛媛縣護国神社

華塚 愛媛県華道会

愛媛縣護国神社

弥栄 ボーイスカウト松山第16団

愛媛縣護国神社

歩兵第二二聯隊記念之碑

愛媛縣護国神社

零戦プロペラ

愛媛縣護国神社

特別攻撃隊顕彰碑

愛媛縣護国神社

愛馬の像

愛媛縣護国神社

亀山院御製

愛媛縣護国神社

殉職警察官消防職団員彰功碑

愛媛縣護国神社

天壌無窮 秋吉好古大将揮毫

愛媛縣護国神社

相撲場

愛媛縣護国神社

神楽殿

愛媛縣護国神社

忠魂社。兵営内に鎮座していたもと聯隊忠魂社

愛媛縣護国神社

石柱。松山歩兵第二二聯隊で60余年将兵を送迎した由緒のあるもの

愛媛縣護国神社

渡廊下と境内図にある建物だが、中に授与所と事務所がある。お守りやお札、御朱印の受付があり、8時まだ早かったが、御朱印をいただいた。

愛媛縣護国神社
愛媛県松山市御幸1丁目476

濃飛護国神社

濃飛護国神社

濃飛護国神社は岐阜県下のご英霊18910余柱を祀る。戊辰戦争で亡くなった大垣藩士54名を大垣藩で弔ったのが初めで、美濃・飛騨の英霊を祀るというが、現在の県庁所在地岐阜市岐阜護国神社、高山市に飛騨護国神社が建立され、県下の英霊が祀り分けされているのか、分霊されているのかはわからない。

濃飛護国神社

戦災で全焼し、戦後復興された。

濃飛護国神社

拝殿に英霊の冥福を祈る。

濃飛護国神社

拝殿右側に社務所があるが、窓に60メートル後方の大垣城滝の前というので行ってみる。

濃飛護国神社

社務所(管理事務所?)に訪ねる。
こちらでは濃飛護国神社の御朱印以外に、兼務社の常葉神社、大垣大神宮(ともに大垣公園に隣接)の御朱印もいただける。

濃飛護国神社

こちらからの入口には旧「官祭招魂社」の社標が立っている。

濃飛護国神社

大垣公園の南側入口に社標が立っている。
今日は昨日リリースされたポケモンGOをする人が公園にたくさんいた。

濃飛護国神社

大垣公園の案内板。南の大垣城ホールと北の大垣城の間の空白が濃飛護国神社の社地となる。

濃飛護国神社
岐阜県大垣市郭町2丁目5

石川護国神社 万灯みたままつり

石川護国神社

石川護国神社の例祭である万灯みたままつりを参拝してきました。
旧盆の7月15日を中心に行われ、夜には点灯されてまた違った雰囲気があります。

石川護国神社

境内一杯に崇敬者の万灯が所狭しと並んでいました。

石川護国神社

中には自作の絵が描かれた万灯も並んでいます。

石川護国神社

拝殿の両側の控え室には生け花も並んでいました。

奈良県護国神社

奈良縣護国神社

奈良縣護国神社は戊辰戦争・西南の役の英霊119柱、日清・日露戦争の英霊903柱、第一次世界大戦・満州事変の英霊119柱、太平洋戦争の英霊28069柱を祀る。

奈良縣護国神社

第一鳥居をくぐる。こちらは徒歩で来ないと通らないルート。

奈良縣護国神社

階段を上っていくと第二鳥居をくぐって境内となる。

奈良縣護国神社

さすがに本殿の前は広いですね。

奈良縣護国神社

拝殿の前には四神が飾られている。東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。

奈良縣護国神社

青龍がもう一体

奈良縣護国神社

社務所に行って御朱印をいただきました。

奈良縣護国神社

待っている間に付近を見ていると、社務所の注連縄に柊鰯(ひいらぎいわし)が刺さっている!
地域によって節分に飾るものですが、本物を見たのは始めてです。

奈良縣護国神社

今日は「椿まつり」だったようです。
四時過ぎに着いたのでイベント自体は終わっていたんですが

奈良縣護国神社

ツバキの飾りが残っていました。明日もあるのでそのままですね。
境内には飾られているツバキが咲いていました。

境内には慰霊のための石碑が所々に

奈良縣護国神社

奈良縣護国神社

奈良縣護国神社

奈良縣護国神社

社前の池の島は古墳らしいです。

奈良縣護国神社

誰の古墳かと調べてみたら、「護国神社前池中古墳」というそうです。
そのままですね。護国神社の参道を広げるために古墳周辺の土が使われたそうで、元の形は今は想像するしかないですね。

長野縣護国神社

長野縣護国神社

長野縣護国神社は戊辰の役から大東亜戦争までの長野縣出身のご英霊64000余柱を祀る。

長野縣護国神社

社殿は南向き。社号標と一の鳥居

長野縣護国神社

ニューギニア慰霊碑

長野縣護国神社

雪で真っ白の参道もすがすがしい。

長野縣護国神社

拓友之碑

長野縣護国神社

二の鳥居左、美須々会館の前に駐車場がある。

長野縣護国神社

二の鳥居の先に拝殿

長野縣護国神社

拝殿に参る。

長野縣護国神社

参道の左方に社務所。御朱印をいただく。

長野縣護国神社
長野県松本市美須々6−1

飛騨護国神社

飛騨護国神社

飛騨護国神社は西南の役以降の飛騨出身のご英霊6525柱を祀る。

飛騨護国神社

社殿は北向きに鎮座し、社前の堀に橋が架かる。旧高山城三の丸なので、堀は城跡に関係するものかもしれない。

飛騨護国神社

社号標と鳥居

飛騨護国神社

警友慰霊碑、殉職警察官の慰霊碑

飛騨護国神社

戦馬忠魂碑、軍用馬の慰霊碑

飛騨護国神社

階段の先に神門。階段脇に「飛騨招魂社」と書かれた旧社号標が立つ。

飛騨護国神社

神門をくぐるとまっすぐ拝殿への参道が延びる。拝殿に参る。

飛騨護国神社

護国神社の左隣に黄金神社

飛騨護国神社

一社に見えたが、実際は大神宮、祖霊殿社、黄金神社の三社が入る忠孝苑合祭殿と呼ばれる建物。
大神宮は伊勢大神を祀る。
祖霊殿社は大國主大神を主祭神とし、明治以降の飛騨地域の公の為に尽力した方々を祀る。
黄金神社は金山毘古神、金山毘賣神を主祭神とし、茂住宗貞主、宮島平左衛門主を配祀する。
同じ敷地に六社鎮座するが、すべて護国神社と摂末社関係はない単独神社という。

飛騨護国神社

忠孝苑合祭殿と護国神社は並んで建つ。

飛騨護国神社

忠孝苑合祭殿の左に久和司神社、御祭神は菓祖神の田道間守命、饅頭祖神の林浄因命で、菓子職人や菓子業者の崇敬を集める。

飛騨護国神社

左隅に飛騨匠神社、御祭神は木匠祖神の猪名部眞根大人、飛騨匠累代神璽、手置帆負神、彦挟知神を祀る。戦後高山大工組合により再建された。

飛騨護国神社

神蔵か

飛騨護国神社

護国神社の右の方の社務所で御朱印をいただこうと伺ったが留守のようだった。自宅の方へ行こうとしたところで帰ってこられたので今日運良く御朱印をいただけた。

飛騨護国神社
岐阜県高山市堀端町

山梨縣護国神社

山梨縣護国神社

山梨縣護國神社は西南戦争以来の山梨県関係のご英霊25047柱を祀る。

山梨縣護国神社

社号標と二の鳥居

山梨縣護国神社

一の鳥居は境内の西、社前を通る道路に立っている。

山梨縣護国神社

父の像

山梨縣護国神社

階段を上ると三の鳥居が立つ。

山梨縣護国神社

四の鳥居の先に拝殿がある。雨が降っていたので、雨音だけがする静寂の空間。

山梨縣護国神社

拝殿に参る。

山梨縣護国神社

拝殿左方の社務所で御朱印をいただく。

山梨縣護国神社

拝殿右方に慰霊碑などが並んでいるので順に見ていく。
祓戸、社はないが祓戸社と同じものなのか

山梨縣護国神社

戦没戦友之霊碑

山梨縣護国神社

招魂斎庭、場所がよくわからないが、竹に囲まれた空間がある。

山梨縣護国神社

日本赤十字社山梨県支部 愛の燈

山梨縣護国神社

傷痍軍人之碑

山梨縣護国神社

摂社山梨宮、戦後の6年間護国神社は「山梨宮」と称したが、現在の御祭神は改名時に合祀していた一世の亀鑑、師表と仰がれた民間人八柱を別に祀る社として創建する。加賀美光章命(学者)、志村天目命(心学者)、関戸左近命(郡内の義民)、金子重右ヱ門命、三沢重右ヱ門命(太桝事件主唱者)、長田圓右ヱ門命(御嶽新道開削者)、徳島兵右ヱ門命(徳島堰開削者)、くり女命(節婦)の八柱に、平成十一年より山梨県出身の殉職自衛官十一柱を合祀する。

山梨縣護国神社

舞殿

山梨縣護国神社

豫科練の碑

山梨縣護国神社

衣第三〇四一部隊 慰霊の碑

山梨縣護国神社

満蒙開拓青少年義勇隊之碑

山梨縣護国神社

満蒙同胞援護会慰霊碑

山梨縣護国神社

故満鉄李家義勇隊之慰霊碑

山梨縣護国神社

二井義勇隊之碑

山梨縣護国神社

硫黄島戦没者慰霊碑

山梨縣護国神社

軍神若林東一顕彰碑。若林東一は山梨県出身の歩兵第228連隊第10中隊長だった人物。将校斥候として敵陣地を偵察した結果、警戒が不十分なのを知り独断で敵陣地を攻撃、九龍要塞の堅陣ジン・ドリンカーズ・ラインを一夜にして抜くという偉功を挙げる。

山梨縣護国神社

山梨県海軍戦没者慰霊碑

山梨縣護国神社

鳩三〇六三部隊戦没者鎮魂之碑

山梨縣護国神社
山梨県甲府市岩窪町608

静岡縣護国神社

静岡縣護国神社

静岡縣護国神社は戊辰の役から大東亜戦争までの静岡縣出身のご英霊76227柱を祀る。

静岡縣護国神社

社殿は南向き。社号標と一の鳥居。鳥居の前を静岡鉄道の線路が横切る。

静岡縣護国神社

参道には灯籠が立ち並び静謐な雰囲気が漂う。

静岡縣護国神社

駐車所もある広場に出ると慰霊碑がいくつか立っている。
内匠部隊之碑(中部第三十六部隊)

静岡縣護国神社

満州第五百七十四部隊鎮魂碑

静岡縣護国神社

ノモンハン事件慰霊碑

静岡縣護国神社

比島派遣 独立歩兵第百六十四大隊・元独立守備歩兵第三十二大隊 鎮魂碑

静岡縣護国神社

日本赤十字社静岡県支部 愛の灯の像

静岡縣護国神社

満州開拓 ああ拓魂碑とモチーフ像

静岡縣護国神社

二の鳥居の先、拝殿までの間は広い空間となっている。一の鳥居から二の鳥居までの参道が木々に覆われていたところからの開放感は何とも言えません。

静岡縣護国神社

拝殿に参る。

静岡縣護国神社

社殿を囲む玉垣の下には、昭和55年11月以降の戦跡巡礼慰霊訪中団が歩兵第三十四聯隊の戦跡から持ち帰った小石を埋納してあるという。

静岡縣護国神社

帰りに拝殿右方の社務所で御朱印をいただく。

静岡縣護国神社
静岡県静岡市葵区柚木366

鳥取縣護国神社

鳥取縣護国神社

鳥取縣護国神社は戊辰の役から大東亜戦争までの鳥取県出身のご英霊23477柱を祀る。

鳥取縣護国神社

社殿は北向き

鳥取縣護国神社

拝殿を正面に左右に脇拝殿が延びる。

鳥取縣護国神社

拝殿に参る。

鳥取縣護国神社

護国神社は少し高台にあるので、景色がいい。眼前には鳥取砂丘が広がる。

鳥取縣護国神社

社務所で御朱印をいただく。
今回の参拝は2度目であった。前回一年前は留守で御朱印をいただけなかったが、奉納物は前回の写真を掲載する。

鳥取縣護国神社

社号標と鳥居。参道は上り坂となる。

鳥取縣護国神社

比島戦没者慰霊碑(バレテ会)

鳥取縣護国神社

陸軍少年飛行兵戦没者慰霊碑(鳥取県少飛会)

鳥取縣護国神社

古南決死隊顕彰碑

鳥取縣護国神社

倒壊した灯籠類が並べられている。

鳥取縣護国神社

海軍忠魂紀念碑

鳥取縣護国神社

近衛歩兵第一聯隊顕彰碑

鳥取縣護国神社
鳥取県鳥取市浜坂1318−53

茨城縣護国神社

茨城縣護国神社

茨城縣護国神社は幕末から明治維新にかけて水戸藩関係の烈士等1800余柱の御霊に、西南の役から大東亜戦争までの63494柱を祀る。

茨城縣護国神社

常磐神社境内に創建され、現在は桜山に鎮座する。

茨城縣護国神社

一の鳥居をくぐり階段を上るといくつか慰霊碑が立っている。

茨城縣護国神社

工兵第二十二聯隊 平和のねがい碑

茨城縣護国神社

大東亜戦争記念碑

茨城縣護国神社

社殿の前に二の鳥居

茨城縣護国神社

木村武山のカニの絵が岩に描かれている。

茨城縣護国神社

ねがい桜の前に桜ノ宮

茨城縣護国神社

桜ノ宮前にしあわせ石が置かれている。

茨城縣護国神社

拝殿前は広々としている。すがすがしい空間だ。

茨城縣護国神社

拝殿に参る。

茨城縣護国神社

拝殿左の社務所で御朱印をいただく。

茨城縣護国神社
茨城県水戸市見川1丁目2−1

京都霊山護国神社

京都霊山護国神社

京都霊山護国神社は幕末勤王の志士と、以降大東亜戦争までの戦役のご英霊73011柱を祀る。

京都霊山護国神社

京都東山に中腹に鎮座し、社号標の立つ一の鳥居から上り坂を社殿へと向かう。

京都霊山護国神社

社前に松下幸之助氏揮毫による「維新の道」碑

京都霊山護国神社

境内に入るとすぐ右に社務所が建つ。

京都霊山護国神社

野砲兵第五十三聯隊 星光萬年碑

京都霊山護国神社

ああ特攻碑

京都霊山護国神社

騎兵第二十聯隊・騎兵第百二十大隊・捜索第十六聯隊・捜索第五十三聯隊慰霊碑

京都霊山護国神社

第百十六師団 野砲兵第百二十二聯隊慰霊碑
愛馬の碑

京都霊山護国神社

陸軍特別操縦見習士官 特操の碑

京都霊山護国神社

お盆のみたま祭に向けて鎮魂の提灯がたくさん吊られている。

京都霊山護国神社

拝殿に参る。

京都霊山護国神社

第百十六師団衛生隊顕彰碑
嵐第六二二七部隊 輜重兵第百十六連隊顕彰碑

京都霊山護国神社

ビルマ方面派遣安 工兵第五三聯隊顕彰碑
嵐歩兵第百二十聯隊 鎮魂碑

京都霊山護国神社

第二十三野線防疫給水部 戦没者慰霊碑
石部隊・独立歩兵第十一大隊 北支沖縄戦没勇士慰霊碑

京都霊山護国神社

歩兵第一〇九聯隊軍旗 御宸筆奉納之地碑
元歩兵百二十八聯隊顕彰之碑(一二八ビルマ会)

京都霊山護国神社

帰りに社務所で御朱印をいただく。
墓地には坂本龍馬など志士の墓があり、社前には霊山歴史館があるが、有料なのでやめた。

京都霊山護国神社
京都府京都市東山区清閑寺霊山町1

埼玉縣護国神社

埼玉縣護国神社

埼玉縣護国神社は鳥羽・伏見の戦い以後の国事に殉じた埼玉県関係のご英霊51000余柱を祀る。

埼玉縣護国神社

武蔵国一宮氷川神社が鎮座する大宮公園から参道が続く。社号標と一の鳥居

埼玉縣護国神社

しばらく行くと2基の灯籠

埼玉縣護国神社

ここにも社号標が立つ。

埼玉縣護国神社

2つの石が置かれている。道路を挟んで社殿が立つ。

埼玉縣護国神社

拝殿に参る。

埼玉縣護国神社

境内はあまり広くなく慰霊碑なども少ない。
埼玉県傷痍軍人の塔

埼玉縣護国神社

大東亜戦争で埼玉県出身者が派遣され戦没した地域が地図になっている。

埼玉縣護国神社

拝殿左の社務所で御朱印をいただく。

埼玉縣護国神社
埼玉県さいたま市大宮区高鼻町3丁目149
埼玉県護国神社清掃奉仕の会

富山縣護国神社

富山縣護国神社

富山縣護国神社は明治維新から大東亜戦争までの富山県出身のご英霊28679柱を祀る。

富山縣護国神社

駐車場に停め、境内との間に立つ鳥居を横目に表参道へ向かう。

富山縣護国神社

途中には慰霊碑や奉納物がある。満蒙開拓祈念碑

富山縣護国神社

元陸軍少年飛行兵による「つばさの塔」

富山縣護国神社

「嗚呼 海原よ 大空に」

富山縣護国神社

富山県金鶴会による「金鶴奉献」

富山縣護国神社

明治百年記念碑

富山縣護国神社

富山県ニューギニア戦友会による憶ニューギニア祈念碑

富山縣護国神社

表参道の一の鳥居と社号標

富山縣護国神社

鳥居を入ると右手に、第一次世界大戦従軍記念碑

富山縣護国神社

旧陸軍省の敷地境界石が残る。

富山縣護国神社

嗚呼トラック諸島祈念碑

富山縣護国神社

支那事変記念祈念碑と弾頭

富山縣護国神社

拝殿前に二の鳥居が立つ。

富山縣護国神社

拝殿に参る。秋に創立百周年記念大祭が開かれる。

富山縣護国神社

参拝の最中も社叢のほうがかまびすしかったが、見に行くと鷺が巣を作っていた。

富山縣護国神社

拝殿の右に伊佐雄志神社。富山市大空襲による戰災殉難者、治安の維持と公共の災害防護その他民生安定のため殉職せられた自衛官、警察官、消防團員、消防署員、郵便局員及び地方功労者の御霊3000余柱をお祀りする。

富山縣護国神社

伊佐雄志神社の右奥に佐久良文庫

富山縣護国神社

駐車場には遺書を中心に展示している遺芳館が建つが、閉館時間に間に合わなかったので次回の機会にする。

富山縣護国神社
富山県富山市磯部町1丁目1

兵庫縣姫路護国神社

兵庫縣姫路護国神社

兵庫縣姫路護国神社は戊辰の役から大東亜戦争までの兵庫県西南部地域(播磨、但馬)出身のご英霊56988柱を祀る。

兵庫縣姫路護国神社

姫路城内堀のすぐ外側に鎮座し、もと武家屋敷のあった場所という。

兵庫縣姫路護国神社

社殿は南向きで、鳥居を入るとまっすぐに参道が拝殿まで延びる。

兵庫縣姫路護国神社

参道の左に社務所、右に慰霊碑などが並んでいる。

兵庫縣姫路護国神社

詩歌吟詠道 賀堂流碑

兵庫縣姫路護国神社

第十七師団(野砲兵第二十三聯隊・歩兵第八十一聯隊) 鎮魂碑

兵庫縣姫路護国神社

姫路歩兵第百三十九聯隊 鎮魂碑

兵庫縣姫路護国神社

鉄五四五四部隊(第十師団輜重兵第十聯隊) 比島散華碑

兵庫縣姫路護国神社

拝殿に参る。

兵庫縣姫路護国神社

帰りに社務所で御朱印をいただく。

兵庫縣姫路護国神社
兵庫県姫路市本町118

滋賀縣護国神社

滋賀縣護国神社

滋賀縣護国神社は戊辰の役から大東亜戦争に至る滋賀県出身の御英霊34000余柱を祀る。

滋賀縣護国神社

県庁所在地の大津市ではなく、幕末の雄藩彦根藩のお膝元の彦根城佐和口に東向きに鎮座する。

滋賀縣護国神社

参道はやや左斜めに進む。参道沿いには慰霊碑が多数立てられている。

滋賀縣護国神社

平和の礎・シベリア強制抑留者慰霊碑

滋賀縣護国神社

戦没軍馬軍犬軍鳩慰霊之碑

滋賀縣護国神社

祈平和之碑

滋賀縣護国神社

拓魂碑

滋賀縣護国神社

拓友碑

滋賀縣護国神社

滋賀県遺族会青年部建立の父の像

滋賀縣護国神社

滋賀県遺族会建立の母の像

滋賀縣護国神社

南参道沿いに斎館

滋賀縣護国神社

正面に拝殿が見えてきた。左手に社務所がある。

滋賀縣護国神社

第二十号掃海艇慰霊碑

滋賀縣護国神社

慰霊 散りてこそ誉れあるなりやま桜 正雄

滋賀縣護国神社

拝殿に参る。社務所で御朱印をいただく。

滋賀縣護国神社
滋賀県彦根市尾末町1−59

諏訪護国神社

諏訪護国神社

諏訪護国神社は高島城内に鎮座し、諏訪出身者の御英霊5781柱を祀る。

諏訪護国神社

社殿は東向き

諏訪護国神社

拝殿の周りに御柱が四方に立てられている。

諏訪護国神社

拝殿に参る。

諏訪護国神社

鎮魂慰霊碑

諏訪護国神社

永田鉄山中将像

諏訪護国神社

朝早くもあり社務所は留守であったが、御朱印はあるようだ。

諏訪護国神社

少し離れた場所に社号標がある。

諏訪護国神社
長野県諏訪市高島1丁目20−1

愛知縣護国神社

愛知縣護国神社

愛知縣護国神社は戊辰の役から大東亜戦争に至る愛知県ゆかりのご英霊93000余柱を祀る。

愛知縣護国神社

名古屋鎮台の置かれた名古屋城の南に鎮座する。

愛知縣護国神社

社号標と大鳥居

愛知縣護国神社

鳥居をくぐると右手に昭和天皇御製と宮城遙拝所がある。遙拝所は皇居の方向の東を向いている。護国神社でもあまり見かけないものだ。

愛知縣護国神社

参道をしばらく進むと参道は右に折れ、社殿は南向きになる。

愛知縣護国神社

拝殿に参る。

愛知縣護国神社

拝殿左手の社務所で御朱印をいただく。拝殿前には御神田がある。

愛知縣護国神社

境内に慰霊碑や祈念碑は多い。戦車第二師団防空隊の慰霊灯籠

愛知縣護国神社

パラオ海軍部隊慰霊碑。駆逐艦主錨の実物が慰霊碑となっている。

愛知縣護国神社

東海地区戦艦大和会に建立した戦艦大和記念碑

愛知縣護国神社

海軍飛行予備学生慰霊碑

愛知縣護国神社

独立輜重兵第五一大隊の顕彰碑、やすらぎの碑

愛知縣護国神社

山砲兵第三八聯隊の顕彰碑、慰霊やまぶきの碑

愛知縣護国神社

陸軍少年飛行兵慰霊碑

愛知縣護国神社

歩兵第二二八聯隊、同大隊慰霊碑

愛知縣護国神社

輜重兵第二十九聯隊(満州第三〇三部隊)の顕彰碑、満州三〇三慰霊碑

愛知縣護国神社

満州開拓義勇軍慰霊碑

愛知縣護国神社

独立野砲兵第一一・二聯隊慰霊碑

愛知縣護国神社

戊辰の役の尾張藩出身英霊二十五柱を奉斎のため、藩主徳川慶勝が創建した旌忠社にあった哀些忠勇戦死碑の前には旧社号標が残る。

愛知縣護国神社
愛知県名古屋市中区三の丸1丁目7−3

三重縣護国神社

三重縣護国神社

三重縣護国神社には明治維新前後から大東亜戦争までの三重県出身者の御英霊60344柱を祀る。

三重縣護国神社

神社はJR・近鉄津駅の西口に南向きに鎮座する。

三重縣護国神社

鳥居をくぐり拝殿まで参道がまっすぐに延びる。

三重縣護国神社

拝殿に参る。御朱印は境内西側の社務所でいただく。

三重縣護国神社

境内には顕彰碑も多い。近衛歩兵第一聯隊顕彰碑

三重縣護国神社

歩兵第五十一聯隊慰霊碑

三重縣護国神社

歩兵第百三十三聯隊戦没者慰霊碑

三重縣護国神社

歩兵第五十一聯隊戦没者慰霊碑

三重縣護国神社

三重県遺族会青壮年部の母の像

三重縣護国神社
三重県津市広明町387

福井縣護国神社

福井縣護国神社

福井縣護国神社には、明治維新前後から大東亜戦争に至る福井県出身者の英霊31993柱を祀る。

福井縣護国神社

一の鳥居の右に社名標。

福井縣護国神社

長い参道を抜けると道路を跨いで二の鳥居が立つ。駐車場は社務所前にあるのでこの鳥居から入る人が大半だろう。

福井縣護国神社

鳥居や社殿はコンクリート製で、昭和23年の福井地震で倒壊した後の再建ということもあろうか。

福井縣護国神社

拝殿に英霊を参る。

福井縣護国神社

拝殿前には鉄板が敷かれ工事中だったが、幕末の志士橋本左内公の後ろの建物を修理しているようだった。

福井縣護国神社

拝殿右に昭和天皇お手植えの杉

福井縣護国神社

境内には英霊の慰霊碑は少ない。

福井縣護国神社

福井縣護国神社
福井県福井市大宮2丁目13−8

石川護国神社

石川護国神社 御朱印 

全国英霊参拝の最初は石川護国神社です。地元ということもあり、まずは県内出身者の英霊に参拝することに決めました。

明治元年の北越戦争で戦死した加賀藩の108柱に始まり、西南戦争、日清戦争、日露戦争、日中戦争、太平洋戦争までの44889柱が祀られています。第九師団本営地が金沢城にあった関係で、管下の富山、福井、岐阜、滋賀県出身者も含まれています。昭和14年に社名が石川護国神社と改称されました。

石川護国神社

神社標は西口鳥居前、東口鳥居前の他に兼六園真弓坂口横の広坂にあります。この西口鳥居前が一番大きいですね。

石川護国神社

一の鳥居

石川護国神社

拝殿までの参拝路にある二の鳥居

青空の下、静寂の境内のほか目障りなビルなど建物がない気持ちよい空間です。

石川護国神社

拝殿に向かいます。護国神社はこの左右対称となる建て方が多いです。

石川護国神社

賽銭箱の真上に掲げられた扁額

石川護国神社

「顕忠」

加賀藩最後の藩主の前田慶寧公の自筆で「忠義をあらわす」という意味だそうです。元は卯辰山の招魂社に掲げられていました。

石川護国神社

拝殿から振り返ると、二の鳥居、左に社務所、鳥居の奥にビル(旧国立病院)が見えます。
御朱印は社務所でいただけます。

石川護国神社 絵馬

頒布されている絵馬は空母加賀をはじめここにしかない絵がずらりと

石川護国神社

参拝経路どおりに進むと、

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社務所前の五葉松か始まり

石川護国神社

キンメイモウソウ竹と進み、梅の木で終わります。松・竹・梅と幸せの参拝路というわけですね。

境内には退役軍人や遺族の方々の寄進された石碑がたくさん建てられています。

石川護国神社

石川護国神社

石川護国神社

石川護国神社

石川護国神社

石川護国神社

石川護国神社

石川護国神社の隣には旧第九師団長官舎が移築されています。

石川護国神社

39歳を目前にして御朱印デビュー! 全国ご英霊参拝の記録。気長に全国53社巡り