「城郭被害案内」カテゴリーアーカイブ

大聖寺城 能登半島地震の被害状況

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
12日に大聖寺城の状況を確認してきました。加賀市は震度5で海岸部に被害が出ました。

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
外周をまわって中心の本丸へ行こうとまずは東丸にあがりました。

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
鐘が丸

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
西の丸

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
三の丸

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
戸次丸

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
二の丸

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
本丸と地表の状況を確認しました。

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
明確な地割れ被害などはなかったものの、地表に草が生えていない場所が線のようになっている部分が見られました。
西の丸に1本南北方向に。線の東側を踏むと沈む感じがありました。

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
二の丸にも1本南北方向に。やはり東側が沈む感じがありました。
割れる直前で地中の密度が低くなっている状態だと想像されます。

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
それと別にいつの豪雨の影響か分かりませんが、曲輪や城内道の斜面の土が流れたような場所が複数ありました。地震後であれば地震の影響があったのかもしれません。

大聖寺城 能登半島地震の被害状況
本丸櫓台の斜面は土が流れて残っている石垣が見えるようになっていました。

背継城(末次城) 能登半島地震の被害状況

背継城(末次城) 能登半島地震の被害状況
20日に能登町の背継城の状況を確認してきました。

背継城(末次城) 能登半島地震の被害状況
尾根にある軍勢駐屯場は集落の墓地になっていて、地震で墓石はほぼ倒壊していました。

背継城(末次城) 能登半島地震の被害状況
内陸なので被害もないかと思っていましたがひと回りしたところ、二段になっている三の丸の下段に地割れを見つけました。

背継城(末次城) 能登半島地震の被害状況
さらに上段と下段の間の法面が崩れていました。

背継城(末次城) 能登半島地震の被害状況
本丸の城址碑は大丈夫だったものの隣の城址碑建立の経緯を刻んだ碑は倒れました。
本丸を含めて

背継城(末次城) 能登半島地震の被害状況
二の丸

背継城(末次城) 能登半島地震の被害状況
四の丸

背継城(末次城) 能登半島地震の被害状況
狼煙台の各曲輪には地割れなどの被害は見られませんでした。

松波城 能登半島地震の被害状況

松波城 能登半島地震の被害状況
20日に能登町の松波城の状況を確認してきました。旧松波駅側から入ると東先端部の堀切で分断された2つの曲輪が目の前に現れるのですが、左手が大きく崩壊しています。

松波城 能登半島地震の被害状況
法面崩壊により曲輪の北裾に残っていた横堀が埋まってしまいました。土砂を除けるにしても横堀と土塁を破壊しないように注意してほしいところです。

松波城 能登半島地震の被害状況
堀切には公園整備の中で橋が架けられていましたが、橋の土台としての石垣や基礎に被害は見られませんでした。

松波城 能登半島地震の被害状況
法面崩壊した東先端部の曲輪に上る。崩れた上部にはまだ大きな亀裂が残っています。

松波城 能登半島地震の被害状況
曲輪にも地割れが何本もできていました。

松波城 能登半島地震の被害状況
「景徳台」の標柱近くにも地割れが走り、

松波城 能登半島地震の被害状況
標柱背後の北側端は地割れで少し崩れていました。この直下の道路に面する斜面も崩れています。

松波城 能登半島地震の被害状況
曲輪の東側端にも地割れができ、この曲輪は堀切のある西側以外の三方の端が地割れで崩れている被害の大きい状況です。

松波城 能登半島地震の被害状況
「音川亭址」の標柱は倒れて

松波城 能登半島地震の被害状況
深い地割れができています。(曲輪南側)

松波城 能登半島地震の被害状況
堀切を挟んだ城址碑の建つ曲輪は被害は見られませんでしたが、

松波城 能登半島地震の被害状況
西側に下りる階段は通行できない状況です。

松波城 能登半島地震の被害状況
一度南側に下りて庭園跡に向かいます。南側入口の標柱は無事でした。

松波城 能登半島地震の被害状況
昨年度から2年計画で庭園跡の史跡整備中だったようです。

松波城 能登半島地震の被害状況
旧国鉄能登線で分断した尾根に掛けられた橋は無事でした。

松波城 能登半島地震の被害状況
庭園跡入口に建つ大手門址の標柱は大丈夫でした。

松波城 能登半島地震の被害状況
庭園跡は建物礎石に石が並べられ、整備途中で作業が止まったままの空間が広がっています。

松波城 能登半島地震の被害状況
巨大なアカマツが倒れていましたが、地震によるものではなく昨秋に強風で倒れたそうです。庭園周辺には他に被害は見られませんでした。

二曲城 能登半島地震の被害状況

二曲城 能登半島地震の被害状況
19日に二曲城の状況を見てきました。すぐに尾根筋に上がり三の曲輪、二の曲輪、主郭(本丸)と上って四の曲輪に下りましたが被害は見られませんでした。

二曲城 能登半島地震の被害状況
三の曲輪

二曲城 能登半島地震の被害状況
二の曲輪

二曲城 能登半島地震の被害状況
主郭(本丸)

二曲城 能登半島地震の被害状況
主郭から北方の鳥越城や眼下に歴史館が見渡せるはずなのですが雑木が伸びてきて視界が遮られていました。
歴史館に要望を伝えてきましたので、そのうち眺望は回復すると思います。

二曲城 能登半島地震の被害状況
今日は雲がなく主郭から白山が見えました。

二曲城 能登半島地震の被害状況
四の曲輪

小松城 能登半島地震の被害状況

小松城 能登半島地震の被害状況
昨日小松城天守台の状況を確認してきました。もともと湿地帯に築城された城で、三の丸にあたる芦城公園にある小松市立博物館は建物に被害を受けて未だに休館しています。

天守台と堀沿いの石垣の一部が唯一同じ場所に現存する遺構になりますが、地震による被害はないようです。

小松城 能登半島地震の被害状況
堀沿いの石垣は少しずれているところもあるけど

小松城 能登半島地震の被害状況
上に被った土が崩れた様子はないので地震の影響はないように思えます。

小松城 能登半島地震の被害状況
天守台の四方の石積みを確認しました。

小松城 能登半島地震の被害状況
以前よりずれる可能性のある場所数カ所には検知用キットが取り付けられています。

小松城 能登半島地震の被害状況
キットは外れていないのでズレもないようです。

小松城 能登半島地震の被害状況
天守台上部を見に行きます。

小松城 能登半島地震の被害状況
上部に地割れは見られませんでした。

河井寺城 能登半島地震の被害状況

先月22日に輪島市の河井寺城比定地にあたる重蔵神社の状況を見てきました。テレビで見ているのとはあまりにも違う光景にどう伝えようか悩んでいましたが、多くの写真を掲載して未だにこういう状況であることが伝わればいいなと思います。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
2007年の能登半島地震で鳥居が倒壊し、ようやく再建が叶った新しい鳥居はまた倒壊してしまいました。再建にあたり、新しい鳥居や無事だった灯籠には鉄筋が差し込まれていましたが、揺れで外れて落ちてしまいました。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
境内を囲む玉垣も崩れてしまいました。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
春祭りで使用する山車を収納していた山車倉庫は全壊し

河井寺城 能登半島地震の被害状況
中の山車は少し傷がついたものの無事救出されました。しかし、ブルーシートを被せて雨ざらしになっています。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
氏子会館も全壊しました。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
社務所はかろうじて建っている状態です。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
境内にはボランティア用のテントが設置されていました。拝殿の瓦は大丈夫そうに見えますが向こうに傾いています。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
末社は甚大な被害を受けました。稲荷社は残っているものの、隣の天神社は全壊して撤去されています。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
子安社も全壊して公費解体がいつになるか分からないということでボランティアが撤去を始めているということでした。面識のある権禰宜さんと久しぶりにお会いして少しお話させていただきました。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
拝殿が倒れないように支えが追加されています。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
拝殿と本殿の間にまわると拝殿の戸が外れて散乱していました。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
本殿はまだ被害が小さいようです。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
本殿横に3棟建っていた末社もすべて全壊していました。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
右手の白山社

河井寺城 能登半島地震の被害状況
中央の秋葉社

河井寺城 能登半島地震の被害状況
左手の金比羅社

河井寺城 能登半島地震の被害状況
朝市通り口の狛犬や神社標も倒れましたが、狛犬は大きく割れなかったのは幸いでした。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
山県有朋氏の揮毫による神社標も折れなかったのは幸いでした。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
輪島市中心部は朝市通りの火災焼失場所がクローズアップされて報道されたので周辺の状況は伝わっていないと思われますが、重蔵神社を出たすぐ前の建物は今にも倒壊しそうなほど神社のほうに1階が傾いていました。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
朝市通りに続く道路沿いの木造の建物は倒壊したり傾いているものがほとんどで、住める状態の家屋はほんのわずかでした。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
朝市通りの火災焼失場所にも訪れましたが、

河井寺城 能登半島地震の被害状況
実際にその場に立つと言葉を失います。しばし立ち尽くしてしまいました。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
焼けた車も多く残されていて、住まいや店舗と一緒に移動手段をも失った方がどれだけいるのかと思わずにいられませんでした。
法律改正による滅失登記が済み、3日の余震を受けて手つかずだった焼失場所の公費解体が今日ようやく始まりました。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
最後に河井寺の支配下の寺院があったと考えられる一本松公園の状況を見てきました。北側の階段に地割れが見られる程度で周辺の家屋の被害と比べると被害は少なかったです。

河井寺城 能登半島地震の被害状況
ブルーシートが目立つ家屋、マリンタウンに建ち並ぶ仮設住宅、隆起して船を出せなくなった輪島港、前回とは全く違う光景が目の前に広がっています。

去年まで重蔵神社に毎月参拝して御朱印をいただいていました。今はまだ倒壊した建物を撤去している段階ですが、今後必ず再建へと向かっていきます。しかし、拝殿は傾き、末社の大部分は倒壊、鳥居など多くの石造物も被害を受けました。氏子の支援を受けようにも住まいをなくした方が多く、消失した朝市通りの氏子は生業をも失いました。境内を少しでも復興し氏子の心の拠り所となる祭りを復活させるために、私も微力ながら協力させていただきたいと思っています。

応援したいという方はご協力お願いします。
重蔵神社クラウドファンディング(6月30日まで) https://readyfor.jp/projects/juzojinja

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
21日に道の駅すずなりに行った帰りに中島から外浦の富来に出て木尾嶽城の状況を確認してきました。
震度6以上を観測した地域であり、木尾嶽城の山麓を流れる富来川沿岸の集落には大きな被害がでていて、東小室は多くの倒壊家屋がそのままになっていました。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
登城口の慰霊碑が土台から外れて少しずれていました。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
一部草に覆われた道があるものの、大部分は植林のスギの影になって道は明瞭で一度登ったことがあれば問題なく頂上付近まで行くことができます。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
途中斜面に埋まった大岩が振動で少し動いたような隙間が見られました。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
頂上直下の日当たりの良い場所はやはり草に覆われていて道が全くわかりませんでした。地表が荒れている感じもありましたがよく見えないので状況がわかりません。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
主郭も一面の草に覆われていました。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
眼下にはブルーシートが目立ちます。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
かつて神社か東屋が建っていたようなコンクリートの土台の下に隙間ができていました。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
一段高い櫓台の斜面が崩れたように荒れています。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
南側斜面には50センチほど表層が滑った地割れができていました。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
主郭から尾根筋にある堀切などを確認しましたが被害はなく、林道からの入口に建つ案内板が倒れているだけでした。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
さらにその先にある殿様池の状況を確認しようと林道を歩いて行くと、大きな地割れができていて段差で車の通行が難しくなっていました。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
行き過ぎたと思って引き返すと看板が外れた杭を見付けて笹藪の中に突入しました。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
殿様池は以前のように水を湛えていて周辺に地割れもなく水脈の変化はないようで安心しました。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
帰りは地表の見える斜面を主郭の櫓台から下ると、斜面にも地割れを見つけました。主郭の地割れの続きになるようです。

木尾嶽城 能登半島地震の被害状況
尾根筋を植林地に直角に曲がる直前の尾根筋の南側で土砂崩れが起きていました。この尾根筋は山裾を広地川が流れる南側が特に急傾斜になっているので、道路を走っていても土砂崩れがいくつも見られました。

飯田城 能登半島地震の被害状況

飯田城 能登半島地震の被害状況
21日に道の駅すずなりに行くのに会わせて飯田城の状況を見てきました。
この時期はすでにシダ類が繁茂して東側からアプローチする道が全く見えなかったので、西側の竪堀から上りました。主郭は草に覆われて確認できないと思い、西側の畝状竪堀群、北側の畝状竪堀群を中心に状況を確認しました。

飯田城 能登半島地震の被害状況
畝状竪堀群は見た限り被害はないようでした。

飯田城 能登半島地震の被害状況
東側から北側の畝状竪堀群に回り込んだ時に、竪堀の下辺りに地割れで20センチほどの段差を確認しました。

飯田城 能登半島地震の被害状況
東西方向に同じような段差をいくつか確認できたので主郭も北端のほうに地割れができている可能性があります。下草のない地表面が見やすい時期に再度確認できればと思います。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
21日にすずなりに行くのに合わせて正院川尻城の状況を確認してきました。
道の駅すずなりまでの道路は応急補修されて舗装されていないところはありませんでしたが、すずなりから先、野々江から先は道路沿いに倒壊したり傾斜したりした家屋がそのまま残り、道路は穴は埋められているものの舗装が間に合わずに砂利のままというところが断続的に続きます。
正院川尻城前の道路沿いも倒壊した家屋がそのままで道路状況はいいとは言えません。主郭へ向かうルートのひとつ川尻稲荷神社は倒壊した鳥居が根元だけ残っていて社殿は倒壊したままでした。社殿の背後に崩れた斜面が見えました。最終的にわかったことですが、さらに左方にも崩れた斜面がありこの間に標柱の建つ主郭があります。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
稲荷神社社殿右から山沿いに右の方へ道があったのですが、途中土砂崩れや倒木で道が塞がれていました。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
なんとか乗り越えて山手に入っていくと一面が草で覆われていました。道は一段低く、右手の高い部分は畑作が行なわれていたところです。今年は地震の影響で耕作できなかったとしても、この様子では昨年GWの地震以降耕作していないのかもしれません。
耕作している方がいれば道も除草してあるので歩きやすいですが、昨日からの雨もあって草が濡れていて靴の中まで濡れてしまいました。道を川のように水が流れていたので地下の水脈も変わった可能性があります。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
記憶を辿りながら進むと植林地で下草のない場所に至りました。よく見ると地割れが見えます。
この後正面が急崖に見えたので植林地の中を進んだのですが奥の曲輪をまわって主郭まで遠回りになって大変でした。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
ですのでわかりやすく主郭まで最短経路で進むように説明します。結局、植林地で急崖に見えたところは地割れで植林地側が沈下して高低差ができてしまった部分でした。この上に地震以前の緩やかな坂道があります。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
坂道を上ると曲輪群が見渡せる場所に出るはずが、またしても一面の草叢になっていました。少なくともカード制作のために写真撮影に来たときにはここも数人の耕作者がいて耕作地が広がっていたのですが。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
日当たりもよく草丈も高くなり道がどこかもわかりません。この時期でこういう状況なので人のほぼ入らない山城同様雪解け時しか入れない城跡になるかもしれません。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
主郭への案内板はありますが道はやはり不明瞭です。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
主郭は他の耕作地より先に耕作されなくなっていたので想定通り一面の草叢です。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
標柱の先、正面は以前も海の方が見えましたが、右の方にもなぜか光が入ってきています。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
近づいていくと海の方までまる見えの状況です。主郭は別名高要害と呼ばれる曲輪ですが、西隣りに一段低い下要害と呼ばれる曲輪がありました。そこへこの隅から下りることができたのですが、今は下を覗くのも恐く近づくことができません。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
下要害はスギの植林地になって視界が悪い場所でしたが、スギもろともに土砂崩れが起きていました。少なくとも下要害の主郭寄りの西半分は消失したと思われます。

正院川尻城 能登半島地震の被害状況
振り返ると今いる主郭にも地割れによる段差ができていました。草叢で見えなかっただけで他の場所にも地割れが多く発生している可能性があります。

切山城 能登半島地震の被害状況

切山城 能登半島地震の被害状況
10日に切山城の状況を確認してきました。曲輪や堀切など城郭施設の土砂崩れや地割れの被害は見られませんでした。

切山城 能登半島地震の被害状況
今日は主郭櫓台からは遠く白山を望むことができました。

切山城 能登半島地震の被害状況
切山城に沿って現在の小原越が通過している場所で横堀が一部残る部分との分岐にブルーシートが被されていて、おそらく土砂崩れと思われますが能登半島地震によるものか、あるいは昨年7月の豪雨によるものかはわかりません。

切山城 能登半島地震の被害状況
初夏で草丈がまだ短いことと、草刈りされている場所があり遺構は見やすい状況でした。対抗する松根城側(東側)に設けられた堀切もよく見えました。

切山城 能登半島地震の被害状況
切山城から東へ「オトシの坂」の間の旧小原越の山道も散策してきました。

切山城 能登半島地震の被害状況
堀底道がよく残っていて、途中段にして進攻を遅らせる構造も見られました。

松根城 能登半島地震の被害状況

松根城 能登半島地震の被害状況
10日に松根城の状況を確認してきました。一回りしてきましたが、土砂崩れや地割れなどの被害はありませんでした。

松根城 能登半島地震の被害状況
一昨年の大堀切発掘調査に合わせて大堀切と

松根城 能登半島地震の被害状況
馬出に案内板が追加されました。

松根城 能登半島地震の被害状況
最も利用されるアクセス道である国道359号線は能登半島地震により小矢部市内山と金沢市今泉町で被害が発生したため現在も通行できません

松根城へは、北側からは津幡町の県道212号線から国道359号線に入る、南側からは国道304号線の金沢市高坂町から行くことができます。アクセス道が限られ以前より訪れる人がまばらなため、熊に遭遇する可能性もありますのでクマ鈴など対策して散策して下さい。

荒山城 能登半島地震の被害状況

11日石動山に続けて荒山城を確認してきました。

荒山城 能登半島地震の被害状況
中能登町の桜の名所のひとつですが、階段途中の1本が咲き始めで山頂部は咲いていませんでした。今年は開花が昨年より遅いのであと1週間はかかるでしょうか。

荒山城 能登半島地震の被害状況
入口の案内板の右、もう何が書いてあるのか読めませんが傾いていました。

荒山城 能登半島地震の被害状況
道路沿いの荒山城址碑は

荒山城 能登半島地震の被害状況
土台が少し損壊していました。

荒山城 能登半島地震の被害状況
登りの途中、階段脇がイノシシに掘り返された跡がありました。

荒山城 能登半島地震の被害状況
東屋が見える場所まで上ってくると至るところがイノシシの被害にあっていました。今年は特にイノシシ被害が多いように感じます。なぜ荒山城だけこれほど目立つのでしょうか。

荒山城 能登半島地震の被害状況
鉄骨製の展望台は地震によるものではないですが老朽化でヒビが目立っています。

荒山城 能登半島地震の被害状況
主郭の東裾の曲輪は一面イノシシ被害にあっていました。

荒山城 能登半島地震の被害状況
その東側斜面も、と思ってよくよく観察すると斜面はイノシシではなく地震による被害のようです。白山市の鳥越城で見た斜面の植栽が揺れによって剥がれた状態と思われます。どうしてこのようになるのかわかりませんが、地震当日はまだ積雪が残っていたでしょうから、水分を含んだ地表面が雪の重みも加わって崩れたのでしょうか。

荒山城 能登半島地震の被害状況
主郭は北側の端にイノシシ被害が見られますが地割れはありません。

荒山城 能登半島地震の被害状況
主郭の西側斜面も地震被害で崩れていますが、曲輪の平坦部にはイノシシ被害が見られます。主郭周辺はイノシシ被害と地震被害が混ざってわかりにくい状況です。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況

11日中能登町の石動山の状況を見てきました。全体的には地割れが見られず地盤は固いようです。アクセス道路は多根(七尾側)と荒山(中能登・氷見側)からの道路は路肩が少し陥没した場所はあるものの通行止めはなく安全に行くことができます。二宮(中能登側)道は地震により通行止めのようです。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
石動山資料館は地震の影響によりしばらくの間休館しています。展示品が一部倒れたりしたそうですが、現在は町内の文化財レスキューで忙しくて対応できていないようです。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
大宮坊の建物は問題ないようですが、入口の石垣が崩れました。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
横の門柱が片方折れ破損しています。掘立柱なので老朽化により根腐れしていたところに揺れたので折れたようです。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
石動山城の曲輪は斜面含め被害はありません。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
周辺では梅の宮跡の北側斜面などで土砂崩れしているところが見られました。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
多根道砦にあるパノラマ展望台は横の木枠が一部外れていました。足は問題なく見えたので当日は登れましたが、資料館に被害状況を報告したので後日立ち入り禁止になるかもしれません。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
展望台は重い構造物ですから足元にわずかに亀裂がありましたが危険性はないと思われます。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
当日は薄い雲に一面覆われていましたが、うっすらと立山連峰が見えました。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
石動山の最高所にある大御前。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
大御前の社殿は右側の軒柱が礎石とずれていました。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
一周まわって真横から見ると建物の前壁と軒柱が平行ではありません。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
もう一度背後を確認します。建物の外周を支えている石が外れたりずれたりしていましたが、よく見ると後ろは5センチほど前にずれているようです。倒壊の危険はないと判断されているのかわかりませんが、一応資料館に報告しました。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
この時期に山頂まで来たので背後の堀切を見に行きます。東側の尾根を覗くと確かに下方に堀切が見えます。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
この尾根は適所に捕まる草木があり、比較的順調に下りていけ堀切を間近に確認しました。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
次に北側の尾根を除くとこちらも下方に堀切が見えますが倒木とイバラで簡単に下りられそうにありません。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
少し回り込みながら慎重に堀切まで下りました。これはかなり大きな堀切です。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
尾根を伝って先にある堀切を見に行きました。これは東側の堀切と同規模の堀切です。この先に小さな堀切がもうひとつあるのですが引き返します。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
大師堂跡に隣接する墓石群。以前の姿がわかりませんが石塔などの倒壊は想定範囲です。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
伊須流技比古神社の鳥居も一部倒壊しています。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
移動して小柴峠砦にある城石線展望台に来ました。展望台に被害は見られず、案内板も新しく更新されていました。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
駐車場とは反対側の階段が立ち入り禁止になっていました。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
状況を確認すると階段が土砂に埋まって滑りやすくなっていることが理由のようです。しかし、これは地震による影響ではなく、昨年7月の豪雨災害による影響と思われます。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
通行止めの尾根の先にある堀切は今の時期とても見やすい状態でした。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
城石線展望台から少し石動山方向に戻ったところに荒山口阿弥陀三尊板碑があります。

石動山の城砦 能登半島地震の被害状況
下草が枯れている今の時期しか気軽に行ける状況にないため、久しぶりに見てきました。

末森城 能登半島地震の被害状況

10日宝達志水町の末森城の状況を確認してきました。

末森城 能登半島地震の被害状況
本丸の桜は見頃を迎えていました。整備されている曲輪には地割れなどの被害は見られず、安全に見学できます。

末森城 能登半島地震の被害状況
本丸の案内板が更新されて新しくなっています。

末森城 能登半島地震の被害状況
城内の各所に見どころ案内が設置されていて散策するときの楽しみが増えています。
今回、二の丸脇に「ホンマル主門の礎石」という案内を見て礎石の存在を始めて知りました。

末森城 能登半島地震の被害状況
もうひとつは本丸に上ってすぐの左手に埋まっているこの石です。

末森城 能登半島地震の被害状況
末森城は曲輪を中心に整備しているので尾根を遮断する堀切の存在はあまり知られていません。昨年秋に末森城の展示があって再認識し、新しくなったパンフレットに載せられた縄張図にも堀切が描かれていて一度見てみたいと思っていました。

若宮丸の先にある堀切は今の時期は下草も短くて辿り着けました。麓に通る道が堀切を通るということで平虎口が付いた堀切になります。

末森城 能登半島地震の被害状況
堀切自体は下草も少なく見やすかったです。本丸を回り込んだ先にある堀切も見てみたかったのですが、笹竹の密集がひどく諦めました。

温井舘 能登半島地震の被害状況

温井舘 能登半島地震の被害状況
10日七尾市の温井舘を確認してきました。

温井舘 能登半島地震の被害状況
駐車場入口の舘山の碑と説明碑はともに無事です。奥の駐車場への道は相変わらず折れ枝も多いので実際上るのは勇気いります。

温井舘 能登半島地震の被害状況
心配していた温井舘址碑は無事でした。

温井舘 能登半島地震の被害状況
2基ほど倒壊した灯籠がありますが、無事な灯籠のほうが多い印象です。

温井舘 能登半島地震の被害状況
上の仏像なども被害はありません。歩いた範囲では地割れはなく被害は少ない場所でした。

温井舘 能登半島地震の被害状況
舘山の対岸にGoogleMapに「畠山の重臣温井家の館の庭園跡」と紹介される場所があります。

温井舘 能登半島地震の被害状況
気になってはいましたが場所がわからず、今回再捜索したところ道路脇に「野村謙三翁功績碑」の建つ場所でした。後で調べたところ後ろの建物は祭りの曳山を収蔵する倉庫だそうです。

温井舘 能登半島地震の被害状況
庭園に関する案内は見当たらず詳細はわかりませんが、奥の土盛りが庭園の築山ということでしょうか。土盛りに建つ石祠の幕には温井氏の家紋が描かれていました。

穴水城 能登半島地震の被害状況

10日道の駅のと里山空港へ行った帰りに穴水城の状況を見てきました。
穴水城へのアクセス道路の入口は、地震で大規模な地すべりが起きて死者が出た由比ヶ丘住宅地にあって通行止めとなっているので徒歩で向かうことに決めていました。

穴水城 能登半島地震の被害状況
穴水町役場の駐車場の端に停めさせてもらって、穴水城登城道の役場口を確認する。報道で穴水町役場が映ったときに土砂崩れしているのが見えていたので予想通り登れなかった。というより道がどこにあるのかもわからなくなっている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
次に役場と資料館の間にある穴水城駐車場への登城道を確認する。

穴水城 能登半島地震の被害状況
大規模に土砂崩れが発生し道を塞いでいる。畑のほうを迂回すれば行けないことはないが後で確認することにする。

穴水城 能登半島地震の被害状況
穴水城城主だった長氏の祖先を祀る長谷部神社。道路に面した鳥居は倒壊して撤去され、玉垣を多数落ちてしまっている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
境内にある穴水町歴史民俗資料館は足場で囲まれて現在休館中。前に数台分の駐車場があるが使用できない状況。

穴水城 能登半島地震の被害状況
もうひとつの無事だった鳥居をくぐり社殿まで進むと穴水城登城口がある。見える範囲では問題ないように見えるのでここから登った。

穴水城 能登半島地震の被害状況
途中地割れがあるものの危険性はない。

穴水城 能登半島地震の被害状況
着いたのは岩屋堂観音。ここも被害に合っている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
前の道路は砂利で復旧されているが、由比ヶ丘の復旧作業のための迂回路として早々に修復されたと思われる。

穴水城 能登半島地震の被害状況
分岐を穴水城駐車場のほうへ。道路が陥没している。この右側に堀切があり、埋め立てて道路にしている部分が陥没しているようだ。手前には20センチほどの段差ができていて、車で通るのは無理だろう。

穴水城 能登半島地震の被害状況
駐車場につくと亀裂が入っていた。奥の方は端が陥没している部分もあった。

穴水城 能登半島地震の被害状況
穴水城址碑は無事でした。

穴水城 能登半島地震の被害状況
駐車場から本丸へと上がる階段は地割れで段差ができている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
本丸はちょうど桜が見頃になっていました。本丸や二の丸の平坦部には地割れなどはありませんでした。

穴水城 能登半島地震の被害状況
三の丸上段からは眼下に市街地が見え、ブルーシートが掛けられた家が多い。災害復興住宅も見えた。被害の大きさに心が痛む。

穴水城 能登半島地震の被害状況
無事かと思われた三の丸上段は崖際に地割れができて手摺りが下に滑っている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
戻って役場口登城道を確認に行く。少し下りると曲輪の斜面が崩れて木や草が崩落して赤々とした地山が見えている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
倒木をなんとか迂回して越えたところに20センチくらいの地割れができていた。草に覆われると足を取られそうだ。

穴水城 能登半島地震の被害状況
さらに下りていくと七曲りと呼ばれる途中で土砂崩れで埋まっていた。まだ麓までは20メートルほどありそうです。

穴水城 能登半島地震の被害状況
本丸から役場口登城道に沿って上段にある曲輪を確認するも、こちらも斜面の大部分が崩れていた。この周辺の地質はかなり脆いようだ。

穴水城 能登半島地震の被害状況
戻って三の丸上段と下段の間も地割れで手摺りが落ちている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
三の丸下段も崖側が地割れで手摺りが下に滑っている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
三ノ丸跡標柱の前あたりには地割れができていた。曲輪の中程なので草に覆われると足を取られて危険。

穴水城 能登半島地震の被害状況
三の丸から駐車場につながる道路は二の丸側斜面、反対側斜面ともに土砂崩れを起きている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
トイレ前は石畳と土部分の間に大きな段差ができている。

穴水城 能登半島地震の被害状況
トイレ前から中間にあった登城口につながるので下りてみる。ここは元々登城者が多い道ではないので下草で道の状況が見にくい場所もあるが地割れがあり歩くには注意が必要。

穴水城 能登半島地震の被害状況
地震で落ちてきたと思われる頭大の落石も登城道にいくつも転がっているので、余震の際には斜面から離れる必要がある。

穴水城 能登半島地震の被害状況
道を塞いだ倒木をなんとか越えて入口に到着すると道路に亀裂が入っていた。左手は大規模に崩落した場所になり、行けないことはないが困難が伴う。

まだ穴水町は史跡にまで手が回らない状況なので安全に散策できる状況にはありません。崖近くの地割れに近づかなければ危険はありませんが、曲輪の切岸の傾斜など以前の形とは大きく変わっていると認識して散策してください。復旧が進むまでは上り下りともに長谷部神社登城口を利用してください。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
昨日、白山市の舟岡山城へ地震の影響がないか確認に行ってきました。白山青年の家の駐車場を利用しました。前日の日曜日からの暖かさに桜は満開になっていました。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
青年の家建物の裏手に舟岡山遊歩道の入口(北口)があります。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
一番気になっていたのは主郭の南西隅石垣です。ここには今も隅石が残っています。
この写真は前回訪問した2020年6月のものです。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
そしてこれが今回の写真です。ほぼ同じ状況です。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
別角度からの2020年6月の写真です。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
そして今回の写真です。若干撮影角度がずれているものの、一番上の隅石は動いた感じがしますが、大きくは動いておらず崩れていなかったので良かったです。

他の場所も確認しましたが、小石が落ちたような形跡のある場所はあるものの大きな被害がでている場所はありませんでした。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
前回は下草が伸びた6月だったので石垣が見にくい場所が多かったですが、今は下草が冬の間に枯れた状況であったので前回は気が付かなかった場所の石垣もよく見えました。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
主郭は土塁の内側にも石垣が残っています。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況

舟岡山城 能登半島地震の被害状況

舟岡山城 能登半島地震の被害状況

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
舟岡山城は杉木の植林地なので下草はシダ類が多く成長も早いので4月中なら石垣は見やすいのでお薦めです。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
石垣と同様、堀も下草がないほうが大きさを感じられます。

舟岡山城 能登半島地震の被害状況

舟岡山城 能登半島地震の被害状況
舟岡山城は地震被害はないので十分楽しめます。

小丸山城 能登半島地震の被害状況

小丸山城 能登半島地震の被害状況
小丸山城址公園の桜は今年もきれいに咲きました。昨日花嫁のれん館に行った時に小丸山城の被害状況を確認してきました。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
NHK大河ドラマ放映を記念した利家とまつの銅像は無事です。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
入口の小丸山城址公園碑は土台の石が崩落していました。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
公園碑裏の光徳寺墓地には倒壊した墓碑が見られる状況です。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
周辺がこういう状況でもあり、今年のさくら祭りは中止になりました。しかし、花見の名所として近所では知られた場所であったので昨日も花見にやってくる人はいました。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
第一公園(本丸)が立ち入り禁止になっていたので、まずは第2公園(二の丸)を見に行きました。歩道の一部が少し陥没していました。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
本丸と二の丸の間の堀切を渡る朝陽橋は本丸の立ち入り禁止に伴って進入できないのかと思いましたが、

小丸山城 能登半島地震の被害状況
横にまわって見ると橋と階段部分の接続部が切れて段差ができています。後で本丸側を確認しましたが、切れているのは二の丸側だけのようです。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
本丸の状況を確認しようと階段を上ると、たどり着いた場所が地割れしていました。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
地割れにより地面が斜面側に動いたようで雨溝もずれています。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
小丸山城の案内板は倒壊しています。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
この本丸南西隅が一番地割れの被害が大きいようでした。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
前田利家小丸山城址碑は無事でした。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
南西隅の櫓台には地割れが入り、右の歌碑が倒れていました。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
南東隅の櫓台の日像上人像は無事ですが、前の灯籠は倒壊してます。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
土台の南側と背後に地割れがありました。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
本丸の東側にも断続的に地割れが続いていて、斜面に擁壁のある方角の土地の端部分に地割れができているようでした。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
本丸北側の展望台の東側にも地割れがあります。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
展望台から見える市街地はブルーシートが目立ち、被害の大きさに心が痛みます。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
長谷川等伯出生地碑の説明碑が倒壊していました。

小丸山城 能登半島地震の被害状況
第一公園(本丸)と同じく立ち入り禁止になっている展望台下の通路に入ると、北側擁壁に亀裂が入っていました。分かりにくい場所ですが、展望台の左端から下の突き出した土台部分右端に向けてまっすぐに。展望台東側の亀裂を考慮すると擁壁が少し前倒れしているようです。

公園を散策する直近の危険性は小さいですが、地震の影響は少なくない状況です。

鳥越城 能登半島地震の被害状況

今月2日に鳥越城の状況を確認してきました。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
山頂駐車場に続く車道は平成4年8月の豪雨災害の土砂災害復旧が完了していないのでずっと通行止めが続いています。徒歩登城道で城跡に向かいました。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
本丸南東隅の状況です。最初イノシシにやられたのかと思いましたが、穴を掘ったというより芝の植栽が根元からひっくり返っているという状況でした。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
桝形門石垣が崩れたのは情報を得ていましたが、東側半分ほど崩れています。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
これ以上崩れないようにブルーシートが被せてありますが、裏込めの小石もかなり崩れてきているようです。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
本丸東側斜面が南東隅と同じく大規模に崩れています。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
本丸門東側の望楼台跡には亀裂が入っていました。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
本丸と後二の丸の間の堀切の斜面も崩れています。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
中の丸のベンチの足が片方折れています。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
二の丸の北側斜面が崩れています。二の丸と三の丸の間の堀切や三の丸など整備されていないところには被害は見られませんでした。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
中の丸門

鳥越城 能登半島地震の被害状況
中の丸門西側。はめた板が下にずれていました。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
中の丸門東側。板が外れていました。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
腰曲輪から中の丸門への坂斜面が崩れていました。整備で入れられたものかはわかりませんが、土が流れないように積まれた石が露出していました。ここに石が入っているのは初めて知りました。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
中の丸南側斜面が崩れています。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
中の丸南西隅も崩れています。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
西の丸西側斜面は先の豪雨災害で崩れた場所ですが、両脇斜面が崩れていました。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
後三の丸東側の慰霊碑右手が崩れていました。ここはカタクリの繁殖地だった面で壊滅状態です。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
後三の丸西側斜面も崩れています。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
登城道の出入口のある後三の丸の北西隅も崩れています。

石垣の崩れが被害としてはわかりやすいですが、石垣の修復よりも整備された各曲輪斜面の植栽と地山の間に水が入って地震により剥がれた場所が多く、この再整備に時間がかかりそうな感じでした。平成4年8月の豪雨災害から草刈りなど人手が入らなくなったため草が延びていたのが原因であるのか、単なる時間経過による老朽化なのかはわかりませんが、崩れた斜面の中にはカタクリの繁殖地もあったため再整備より除去されることを考えると非常に残念です。

鳥越城 能登半島地震の被害状況
今年は桜もカタクリも昨年より遅い開花ですが、確実に春はやってきていました。

七尾城 能登半島地震の被害状況

先週13日に七尾城の被害状況を見てきました。H19能登半島地震でも石垣崩落がありましたが、今回はそれ以上に広範囲に被害が出ていました。復旧には長期間かかると思われます。絶景を眺められる七尾城の象徴ともいうべき本丸には亀裂が入りましたので、さらに長く立ち入り禁止になるものと思います。

詳細な被災状況が入手できなかった中で石川考古学研究会のホームページで石川県内の文化財の被害状況報告があり、中に七尾城のものがあります。現在も七尾城は立ち入り禁止が続いていますので被害概要はそちらを参照してください。

石川考古学研究会のブログ
http://ishikouken.blog.fc2.com/

旧大手道を上り一般公開している中心曲輪群と長屋敷、西の丸下段曲輪群を確認してきました。長屋敷と西の丸下段曲輪群には特に被害はありませんでした。石垣は崩れていない場所でも孕みや変形がありそうです。

七尾城

大手道沿いの番所。曲輪の土塁(左手)に埋まっていた石が道上に落下していた。

七尾城

大手道から調度丸に至る道の途中、とよの水。斜面の石垣や埋まっていた石が道上に落下していた。

七尾城

調度丸西虎口と桜馬場北面石垣の3箇所にブルーシートがかけられている。

七尾城

調度丸西虎口石垣が崩落している。

七尾城

崩れた石が階段のずっと下まで転がってきている。

七尾城

桜馬場北面石垣(東側)の最下段

七尾城

桜馬場北面石垣(西側)でも石が落下していた。

七尾城

遊佐屋敷の石垣も一部崩れていた。

七尾城

本丸外桝形虎口。石垣崩壊と亀裂

七尾城

外桝形虎口の曲輪内から西側石垣にかけて亀裂が入っている。

七尾城

外桝形虎口の東側石垣(南側)が崩れていた。。

七尾城

外桝形虎口の東側石垣(北側)は一部崩落。

七尾城

本丸の城山神社。鳥居損壊。

七尾城

本丸北面石垣の展望台あたりに東西に亀裂が入っている。

七尾城

二の丸南面石垣(温井屋敷北側)

七尾城

上段石垣崩落

七尾城

下段石垣崩落

七尾城

九尺石落石。斜面の土留め施設も上部が壊れていた。

七尾城

三の丸北側通路に倒木があり、手摺りが壊れていた。

七尾城

安寧寺郭の墓碑や慰霊碑

七尾城

慰霊碑の銘板が転倒していた。

七尾城

墓碑は玉垣内の燈籠が倒壊していた。

山麓の七尾城に関連する施設の被害もありました。

七尾城

七尾城史資料館に隣接する懐古館(旧飯田家)の土蔵の壁が破損していました。

七尾城

もう1棟の土蔵の壁にもヒビが確認できました。

七尾城

旧大手道にあるイベント拠点であった「大手道七尾城彩賑わい交流館シローラボ」の建物も棟瓦がずれていました。