20日にすずなりに行ってきました。
6月から営業時間は火曜日から木曜日と土・日の10時~15時に拡大されました。
月曜日と金曜日はお休みです。
建物東側の広場は仮設飲食店街を建設するため、旧珠洲駅プラットホームを含め立ち入り禁止になりました。合わせて東側道路からの進入もできなくなっています。
20日にすずなりに行ってきました。
6月から営業時間は火曜日から木曜日と土・日の10時~15時に拡大されました。
月曜日と金曜日はお休みです。
建物東側の広場は仮設飲食店街を建設するため、旧珠洲駅プラットホームを含め立ち入り禁止になりました。合わせて東側道路からの進入もできなくなっています。
19日に二曲城の状況を見てきました。すぐに尾根筋に上がり三の曲輪、二の曲輪、主郭(本丸)と上って四の曲輪に下りましたが被害は見られませんでした。
三の曲輪
二の曲輪
主郭(本丸)
主郭から北方の鳥越城や眼下に歴史館が見渡せるはずなのですが雑木が伸びてきて視界が遮られていました。
歴史館に要望を伝えてきましたので、そのうち眺望は回復すると思います。
今日は雲がなく主郭から白山が見えました。
四の曲輪
2020年から金沢市埋蔵文化財センターで開催している「山城めぐりキーワードラリー」が増補版としてパワーアップしました。
「山城マイスター」養成講座に参加した金沢学院大、金大の学生4人が作成した「松根城攻略マップ」も金沢市埋蔵文化財センター窓口で受け取ることができます。
対象の城郭が6城から9城に増えたけど、景品は変わっていません。3城で特製ボールペン、5城(前回は6城)でオリジナルステッカーと測量野帳がもらえます。
増補版では白山市の鳥越城と二曲城、砺波市の増山城が増えましたが完全制覇ではなく、達成基準が5城に下がったので1日での攻略も可能になりました。鳥越城はまだ立ち入り禁止が続いていますがキーワードは入口の看板にあったので入手は可能です。
山城ガイドブックと松根城探訪マップを入手して、山城を巡ろう!
昨日小松城天守台の状況を確認してきました。もともと湿地帯に築城された城で、三の丸にあたる芦城公園にある小松市立博物館は建物に被害を受けて未だに休館しています。
天守台と堀沿いの石垣の一部が唯一同じ場所に現存する遺構になりますが、地震による被害はないようです。
堀沿いの石垣は少しずれているところもあるけど
上に被った土が崩れた様子はないので地震の影響はないように思えます。
天守台の四方の石積みを確認しました。
以前よりずれる可能性のある場所数カ所には検知用キットが取り付けられています。
キットは外れていないのでズレもないようです。
天守台上部を見に行きます。
上部に地割れは見られませんでした。
先月22日に輪島市の河井寺城比定地にあたる重蔵神社の状況を見てきました。テレビで見ているのとはあまりにも違う光景にどう伝えようか悩んでいましたが、多くの写真を掲載して未だにこういう状況であることが伝わればいいなと思います。
2007年の能登半島地震で鳥居が倒壊し、ようやく再建が叶った新しい鳥居はまた倒壊してしまいました。再建にあたり、新しい鳥居や無事だった灯籠には鉄筋が差し込まれていましたが、揺れで外れて落ちてしまいました。
境内を囲む玉垣も崩れてしまいました。
春祭りで使用する山車を収納していた山車倉庫は全壊し
中の山車は少し傷がついたものの無事救出されました。しかし、ブルーシートを被せて雨ざらしになっています。
氏子会館も全壊しました。
社務所はかろうじて建っている状態です。
境内にはボランティア用のテントが設置されていました。拝殿の瓦は大丈夫そうに見えますが向こうに傾いています。
末社は甚大な被害を受けました。稲荷社は残っているものの、隣の天神社は全壊して撤去されています。
子安社も全壊して公費解体がいつになるか分からないということでボランティアが撤去を始めているということでした。面識のある権禰宜さんと久しぶりにお会いして少しお話させていただきました。
拝殿が倒れないように支えが追加されています。
拝殿と本殿の間にまわると拝殿の戸が外れて散乱していました。
本殿はまだ被害が小さいようです。
本殿横に3棟建っていた末社もすべて全壊していました。
右手の白山社
中央の秋葉社
左手の金比羅社
朝市通り口の狛犬や神社標も倒れましたが、狛犬は大きく割れなかったのは幸いでした。
山県有朋氏の揮毫による神社標も折れなかったのは幸いでした。
輪島市中心部は朝市通りの火災焼失場所がクローズアップされて報道されたので周辺の状況は伝わっていないと思われますが、重蔵神社を出たすぐ前の建物は今にも倒壊しそうなほど神社のほうに1階が傾いていました。
朝市通りに続く道路沿いの木造の建物は倒壊したり傾いているものがほとんどで、住める状態の家屋はほんのわずかでした。
朝市通りの火災焼失場所にも訪れましたが、
実際にその場に立つと言葉を失います。しばし立ち尽くしてしまいました。
焼けた車も多く残されていて、住まいや店舗と一緒に移動手段をも失った方がどれだけいるのかと思わずにいられませんでした。
法律改正による滅失登記が済み、3日の余震を受けて手つかずだった焼失場所の公費解体が今日ようやく始まりました。
最後に河井寺の支配下の寺院があったと考えられる一本松公園の状況を見てきました。北側の階段に地割れが見られる程度で周辺の家屋の被害と比べると被害は少なかったです。
ブルーシートが目立つ家屋、マリンタウンに建ち並ぶ仮設住宅、隆起して船を出せなくなった輪島港、前回とは全く違う光景が目の前に広がっています。
去年まで重蔵神社に毎月参拝して御朱印をいただいていました。今はまだ倒壊した建物を撤去している段階ですが、今後必ず再建へと向かっていきます。しかし、拝殿は傾き、末社の大部分は倒壊、鳥居など多くの石造物も被害を受けました。氏子の支援を受けようにも住まいをなくした方が多く、消失した朝市通りの氏子は生業をも失いました。境内を少しでも復興し氏子の心の拠り所となる祭りを復活させるために、私も微力ながら協力させていただきたいと思っています。
応援したいという方はご協力お願いします。
重蔵神社クラウドファンディング(6月30日まで) https://readyfor.jp/projects/juzojinja
本日から花嫁のれん館にて、いしかわ城郭カードの小丸山城 夏ver. 2種(1枚200円)と、季節デザインの御城印(来城記念符)(1枚300円)の販売を再開します。
花嫁のれん館では3カ月毎にデザインの違うカードと御城印を配布します。今配布している春ver.は来年3月から再配布します。
初夏ver.は引き続き6月中販売しています。
※来城記念符シリーズは、現在ネット販売、個別の販売・郵送には対応しておりません。周辺観光を兼ねて、ぜひ現地で購入してください。花嫁のれん館では郵送、代引き発送は行なっておりません。
小丸山城公園は現在も第1公園(本丸)は立ち入り禁止が続いています。
公園内のアジサイは昨年の花が枯れたまま剪定されていませんが
今年の花はあと2週間ほどで咲きそうです。
ツツジは終わりましたが、今はサツキが咲いています。
石川県七尾市馬出町ツ部49
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:年末年始
花嫁のれん館ホームページ
※郵送対応不可
先日21日にすずなりに行ってきました。4月28日の開業周年日に営業を再開しました。
建物構造に被害はなく、津波はここまで来ていないということです。
商品の納入業者が多数被害を受けているため、商品は従来の半分ほどしか並んでいません。当社の商品はレジ並びの冷蔵庫横の棚にありましたが、今はレジ回りの棚のレジ裏手に置かれています。
5月の営業時間は火曜日・木曜日・日曜日の週3日、11時から14時までの時短営業となります。しばらく続くそうです。夏には新商品追加予定です。
金沢から珠洲までの道路は、のと里山海道は徳田大津ICまでは大きく問題なく補修され交互通行できます。徳田大津ICからのと里山空港ICまでは輪島方向に一方通行で迂回路や波打った場所が多くあります。平行する国道249号は徳田大津IC口から穴水まで補修されて問題なく交互通行できます。すず道路はのと里山空港から先は補修されていますが少し波打った場所が遺っています。すずなりまでは舗装修理されていますが、すずなりより先は砂利部分が多くあります。
21日に道の駅すずなりに行った帰りに中島から外浦の富来に出て木尾嶽城の状況を確認してきました。
震度6以上を観測した地域であり、木尾嶽城の山麓を流れる富来川沿岸の集落には大きな被害がでていて、東小室は多くの倒壊家屋がそのままになっていました。
登城口の慰霊碑が土台から外れて少しずれていました。
一部草に覆われた道があるものの、大部分は植林のスギの影になって道は明瞭で一度登ったことがあれば問題なく頂上付近まで行くことができます。
途中斜面に埋まった大岩が振動で少し動いたような隙間が見られました。
頂上直下の日当たりの良い場所はやはり草に覆われていて道が全くわかりませんでした。地表が荒れている感じもありましたがよく見えないので状況がわかりません。
主郭も一面の草に覆われていました。
眼下にはブルーシートが目立ちます。
かつて神社か東屋が建っていたようなコンクリートの土台の下に隙間ができていました。
一段高い櫓台の斜面が崩れたように荒れています。
南側斜面には50センチほど表層が滑った地割れができていました。
主郭から尾根筋にある堀切などを確認しましたが被害はなく、林道からの入口に建つ案内板が倒れているだけでした。
さらにその先にある殿様池の状況を確認しようと林道を歩いて行くと、大きな地割れができていて段差で車の通行が難しくなっていました。
行き過ぎたと思って引き返すと看板が外れた杭を見付けて笹藪の中に突入しました。
殿様池は以前のように水を湛えていて周辺に地割れもなく水脈の変化はないようで安心しました。
帰りは地表の見える斜面を主郭の櫓台から下ると、斜面にも地割れを見つけました。主郭の地割れの続きになるようです。
尾根筋を植林地に直角に曲がる直前の尾根筋の南側で土砂崩れが起きていました。この尾根筋は山裾を広地川が流れる南側が特に急傾斜になっているので、道路を走っていても土砂崩れがいくつも見られました。
21日に道の駅すずなりに行くのに会わせて飯田城の状況を見てきました。
この時期はすでにシダ類が繁茂して東側からアプローチする道が全く見えなかったので、西側の竪堀から上りました。主郭は草に覆われて確認できないと思い、西側の畝状竪堀群、北側の畝状竪堀群を中心に状況を確認しました。
畝状竪堀群は見た限り被害はないようでした。
東側から北側の畝状竪堀群に回り込んだ時に、竪堀の下辺りに地割れで20センチほどの段差を確認しました。
東西方向に同じような段差をいくつか確認できたので主郭も北端のほうに地割れができている可能性があります。下草のない地表面が見やすい時期に再度確認できればと思います。
21日にすずなりに行くのに合わせて正院川尻城の状況を確認してきました。
道の駅すずなりまでの道路は応急補修されて舗装されていないところはありませんでしたが、すずなりから先、野々江から先は道路沿いに倒壊したり傾斜したりした家屋がそのまま残り、道路は穴は埋められているものの舗装が間に合わずに砂利のままというところが断続的に続きます。
正院川尻城前の道路沿いも倒壊した家屋がそのままで道路状況はいいとは言えません。主郭へ向かうルートのひとつ川尻稲荷神社は倒壊した鳥居が根元だけ残っていて社殿は倒壊したままでした。社殿の背後に崩れた斜面が見えました。最終的にわかったことですが、さらに左方にも崩れた斜面がありこの間に標柱の建つ主郭があります。
稲荷神社社殿右から山沿いに右の方へ道があったのですが、途中土砂崩れや倒木で道が塞がれていました。
なんとか乗り越えて山手に入っていくと一面が草で覆われていました。道は一段低く、右手の高い部分は畑作が行なわれていたところです。今年は地震の影響で耕作できなかったとしても、この様子では昨年GWの地震以降耕作していないのかもしれません。
耕作している方がいれば道も除草してあるので歩きやすいですが、昨日からの雨もあって草が濡れていて靴の中まで濡れてしまいました。道を川のように水が流れていたので地下の水脈も変わった可能性があります。
記憶を辿りながら進むと植林地で下草のない場所に至りました。よく見ると地割れが見えます。
この後正面が急崖に見えたので植林地の中を進んだのですが奥の曲輪をまわって主郭まで遠回りになって大変でした。
ですのでわかりやすく主郭まで最短経路で進むように説明します。結局、植林地で急崖に見えたところは地割れで植林地側が沈下して高低差ができてしまった部分でした。この上に地震以前の緩やかな坂道があります。
坂道を上ると曲輪群が見渡せる場所に出るはずが、またしても一面の草叢になっていました。少なくともカード制作のために写真撮影に来たときにはここも数人の耕作者がいて耕作地が広がっていたのですが。
日当たりもよく草丈も高くなり道がどこかもわかりません。この時期でこういう状況なので人のほぼ入らない山城同様雪解け時しか入れない城跡になるかもしれません。
主郭への案内板はありますが道はやはり不明瞭です。
主郭は他の耕作地より先に耕作されなくなっていたので想定通り一面の草叢です。
標柱の先、正面は以前も海の方が見えましたが、右の方にもなぜか光が入ってきています。
近づいていくと海の方までまる見えの状況です。主郭は別名高要害と呼ばれる曲輪ですが、西隣りに一段低い下要害と呼ばれる曲輪がありました。そこへこの隅から下りることができたのですが、今は下を覗くのも恐く近づくことができません。
下要害はスギの植林地になって視界が悪い場所でしたが、スギもろともに土砂崩れが起きていました。少なくとも下要害の主郭寄りの西半分は消失したと思われます。
振り返ると今いる主郭にも地割れによる段差ができていました。草叢で見えなかっただけで他の場所にも地割れが多く発生している可能性があります。
10日に切山城の状況を確認してきました。曲輪や堀切など城郭施設の土砂崩れや地割れの被害は見られませんでした。
今日は主郭櫓台からは遠く白山を望むことができました。
切山城に沿って現在の小原越が通過している場所で横堀が一部残る部分との分岐にブルーシートが被されていて、おそらく土砂崩れと思われますが能登半島地震によるものか、あるいは昨年7月の豪雨によるものかはわかりません。
初夏で草丈がまだ短いことと、草刈りされている場所があり遺構は見やすい状況でした。対抗する松根城側(東側)に設けられた堀切もよく見えました。
切山城から東へ「オトシの坂」の間の旧小原越の山道も散策してきました。
堀底道がよく残っていて、途中段にして進攻を遅らせる構造も見られました。
10日に松根城の状況を確認してきました。一回りしてきましたが、土砂崩れや地割れなどの被害はありませんでした。
一昨年の大堀切発掘調査に合わせて大堀切と
馬出に案内板が追加されました。
最も利用されるアクセス道である国道359号線は能登半島地震により小矢部市内山と金沢市今泉町で被害が発生したため現在も通行できません。
松根城へは、北側からは津幡町の県道212号線から国道359号線に入る、南側からは国道304号線の金沢市高坂町から行くことができます。アクセス道が限られ以前より訪れる人がまばらなため、熊に遭遇する可能性もありますのでクマ鈴など対策して散策して下さい。
4月26日(金曜日)に白山市の鳥越一向一揆歴史館の入館者が20万人を達成しました。2001年4月の開館から23年目での達成となりました。
20万人目の来館者となった兵庫県のご夫妻には、白山麓の名産品詰め合わせとともに御城印等が記念品として贈られました。御城印等セット(御城印4種、城郭カード2種)は当社から提供させていただきました。
この度「入館者20万人達成記念符」と「鳥越城特別版(箔押しバージョン)」を作成しました。2つの御城印は現在作成中の「鳥越城攻略マップ(仮名)」とセットで今夏販売を予定しています。鳥越城特別版は単品販売も同時に開始します。
お楽しみに!
本日から花嫁のれん館にて、いしかわ城郭カードの小丸山城 初夏ver. 1種(1枚200円)と、季節デザインの御城印(来城記念符)(1枚300円)の販売を再開します。
春ver.は引き続き5月末まで販売します。初夏ver.は5・6月の販売となります。
花嫁のれん館では現在、いしかわ城郭カード3種と御城印2種を販売しています。
※来城記念符シリーズは、現在ネット販売、個別の販売・郵送には対応しておりません。周辺観光を兼ねて、ぜひ現地で購入してください。花嫁のれん館では郵送、代引き発送は行なっておりません。
小丸山城公園は現在も第1公園(本丸)は立ち入り禁止です。ソメイヨシノの花は終わりましたが、八重桜など遅咲きの桜は満開です(散り始め)。ツツジが咲き始めていますのでGW中には見頃になると思います。
本丸展望台下の八重桜など
氷室跡の枝垂れ桜
第2公園(二の丸)のタンポポ
石川県七尾市馬出町ツ部49
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:年末年始
花嫁のれん館ホームページ
※郵送対応不可
11日石動山に続けて荒山城を確認してきました。
中能登町の桜の名所のひとつですが、階段途中の1本が咲き始めで山頂部は咲いていませんでした。今年は開花が昨年より遅いのであと1週間はかかるでしょうか。
入口の案内板の右、もう何が書いてあるのか読めませんが傾いていました。
道路沿いの荒山城址碑は
土台が少し損壊していました。
登りの途中、階段脇がイノシシに掘り返された跡がありました。
東屋が見える場所まで上ってくると至るところがイノシシの被害にあっていました。今年は特にイノシシ被害が多いように感じます。なぜ荒山城だけこれほど目立つのでしょうか。
鉄骨製の展望台は地震によるものではないですが老朽化でヒビが目立っています。
主郭の東裾の曲輪は一面イノシシ被害にあっていました。
その東側斜面も、と思ってよくよく観察すると斜面はイノシシではなく地震による被害のようです。白山市の鳥越城で見た斜面の植栽が揺れによって剥がれた状態と思われます。どうしてこのようになるのかわかりませんが、地震当日はまだ積雪が残っていたでしょうから、水分を含んだ地表面が雪の重みも加わって崩れたのでしょうか。
主郭は北側の端にイノシシ被害が見られますが地割れはありません。
主郭の西側斜面も地震被害で崩れていますが、曲輪の平坦部にはイノシシ被害が見られます。主郭周辺はイノシシ被害と地震被害が混ざってわかりにくい状況です。
11日中能登町の石動山の状況を見てきました。全体的には地割れが見られず地盤は固いようです。アクセス道路は多根(七尾側)と荒山(中能登・氷見側)からの道路は路肩が少し陥没した場所はあるものの通行止めはなく安全に行くことができます。二宮(中能登側)道は地震により通行止めのようです。
石動山資料館は地震の影響によりしばらくの間休館しています。展示品が一部倒れたりしたそうですが、現在は町内の文化財レスキューで忙しくて対応できていないようです。
大宮坊の建物は問題ないようですが、入口の石垣が崩れました。
横の門柱が片方折れ破損しています。掘立柱なので老朽化により根腐れしていたところに揺れたので折れたようです。
石動山城の曲輪は斜面含め被害はありません。
周辺では梅の宮跡の北側斜面などで土砂崩れしているところが見られました。
多根道砦にあるパノラマ展望台は横の木枠が一部外れていました。足は問題なく見えたので当日は登れましたが、資料館に被害状況を報告したので後日立ち入り禁止になるかもしれません。
展望台は重い構造物ですから足元にわずかに亀裂がありましたが危険性はないと思われます。
当日は薄い雲に一面覆われていましたが、うっすらと立山連峰が見えました。
石動山の最高所にある大御前。
大御前の社殿は右側の軒柱が礎石とずれていました。
一周まわって真横から見ると建物の前壁と軒柱が平行ではありません。
もう一度背後を確認します。建物の外周を支えている石が外れたりずれたりしていましたが、よく見ると後ろは5センチほど前にずれているようです。倒壊の危険はないと判断されているのかわかりませんが、一応資料館に報告しました。
この時期に山頂まで来たので背後の堀切を見に行きます。東側の尾根を覗くと確かに下方に堀切が見えます。
この尾根は適所に捕まる草木があり、比較的順調に下りていけ堀切を間近に確認しました。
次に北側の尾根を除くとこちらも下方に堀切が見えますが倒木とイバラで簡単に下りられそうにありません。
少し回り込みながら慎重に堀切まで下りました。これはかなり大きな堀切です。
尾根を伝って先にある堀切を見に行きました。これは東側の堀切と同規模の堀切です。この先に小さな堀切がもうひとつあるのですが引き返します。
大師堂跡に隣接する墓石群。以前の姿がわかりませんが石塔などの倒壊は想定範囲です。
伊須流技比古神社の鳥居も一部倒壊しています。
移動して小柴峠砦にある城石線展望台に来ました。展望台に被害は見られず、案内板も新しく更新されていました。
駐車場とは反対側の階段が立ち入り禁止になっていました。
状況を確認すると階段が土砂に埋まって滑りやすくなっていることが理由のようです。しかし、これは地震による影響ではなく、昨年7月の豪雨災害による影響と思われます。
通行止めの尾根の先にある堀切は今の時期とても見やすい状態でした。
城石線展望台から少し石動山方向に戻ったところに荒山口阿弥陀三尊板碑があります。
下草が枯れている今の時期しか気軽に行ける状況にないため、久しぶりに見てきました。
10日宝達志水町の末森城の状況を確認してきました。
本丸の桜は見頃を迎えていました。整備されている曲輪には地割れなどの被害は見られず、安全に見学できます。
本丸の案内板が更新されて新しくなっています。
城内の各所に見どころ案内が設置されていて散策するときの楽しみが増えています。
今回、二の丸脇に「ホンマル主門の礎石」という案内を見て礎石の存在を始めて知りました。
もうひとつは本丸に上ってすぐの左手に埋まっているこの石です。
末森城は曲輪を中心に整備しているので尾根を遮断する堀切の存在はあまり知られていません。昨年秋に末森城の展示があって再認識し、新しくなったパンフレットに載せられた縄張図にも堀切が描かれていて一度見てみたいと思っていました。
若宮丸の先にある堀切は今の時期は下草も短くて辿り着けました。麓に通る道が堀切を通るということで平虎口が付いた堀切になります。
堀切自体は下草も少なく見やすかったです。本丸を回り込んだ先にある堀切も見てみたかったのですが、笹竹の密集がひどく諦めました。
10日七尾市の温井舘を確認してきました。
駐車場入口の舘山の碑と説明碑はともに無事です。奥の駐車場への道は相変わらず折れ枝も多いので実際上るのは勇気いります。
心配していた温井舘址碑は無事でした。
2基ほど倒壊した灯籠がありますが、無事な灯籠のほうが多い印象です。
上の仏像なども被害はありません。歩いた範囲では地割れはなく被害は少ない場所でした。
舘山の対岸にGoogleMapに「畠山の重臣温井家の館の庭園跡」と紹介される場所があります。
気になってはいましたが場所がわからず、今回再捜索したところ道路脇に「野村謙三翁功績碑」の建つ場所でした。後で調べたところ後ろの建物は祭りの曳山を収蔵する倉庫だそうです。
庭園に関する案内は見当たらず詳細はわかりませんが、奥の土盛りが庭園の築山ということでしょうか。土盛りに建つ石祠の幕には温井氏の家紋が描かれていました。
10日道の駅のと里山空港へ行った帰りに穴水城の状況を見てきました。
穴水城へのアクセス道路の入口は、地震で大規模な地すべりが起きて死者が出た由比ヶ丘住宅地にあって通行止めとなっているので徒歩で向かうことに決めていました。
穴水町役場の駐車場の端に停めさせてもらって、穴水城登城道の役場口を確認する。報道で穴水町役場が映ったときに土砂崩れしているのが見えていたので予想通り登れなかった。というより道がどこにあるのかもわからなくなっている。
次に役場と資料館の間にある穴水城駐車場への登城道を確認する。
大規模に土砂崩れが発生し道を塞いでいる。畑のほうを迂回すれば行けないことはないが後で確認することにする。
穴水城城主だった長氏の祖先を祀る長谷部神社。道路に面した鳥居は倒壊して撤去され、玉垣を多数落ちてしまっている。
境内にある穴水町歴史民俗資料館は足場で囲まれて現在休館中。前に数台分の駐車場があるが使用できない状況。
もうひとつの無事だった鳥居をくぐり社殿まで進むと穴水城登城口がある。見える範囲では問題ないように見えるのでここから登った。
途中地割れがあるものの危険性はない。
着いたのは岩屋堂観音。ここも被害に合っている。
前の道路は砂利で復旧されているが、由比ヶ丘の復旧作業のための迂回路として早々に修復されたと思われる。
分岐を穴水城駐車場のほうへ。道路が陥没している。この右側に堀切があり、埋め立てて道路にしている部分が陥没しているようだ。手前には20センチほどの段差ができていて、車で通るのは無理だろう。
駐車場につくと亀裂が入っていた。奥の方は端が陥没している部分もあった。
穴水城址碑は無事でした。
駐車場から本丸へと上がる階段は地割れで段差ができている。
本丸はちょうど桜が見頃になっていました。本丸や二の丸の平坦部には地割れなどはありませんでした。
三の丸上段からは眼下に市街地が見え、ブルーシートが掛けられた家が多い。災害復興住宅も見えた。被害の大きさに心が痛む。
無事かと思われた三の丸上段は崖際に地割れができて手摺りが下に滑っている。
戻って役場口登城道を確認に行く。少し下りると曲輪の斜面が崩れて木や草が崩落して赤々とした地山が見えている。
倒木をなんとか迂回して越えたところに20センチくらいの地割れができていた。草に覆われると足を取られそうだ。
さらに下りていくと七曲りと呼ばれる途中で土砂崩れで埋まっていた。まだ麓までは20メートルほどありそうです。
本丸から役場口登城道に沿って上段にある曲輪を確認するも、こちらも斜面の大部分が崩れていた。この周辺の地質はかなり脆いようだ。
戻って三の丸上段と下段の間も地割れで手摺りが落ちている。
三の丸下段も崖側が地割れで手摺りが下に滑っている。
三ノ丸跡標柱の前あたりには地割れができていた。曲輪の中程なので草に覆われると足を取られて危険。
三の丸から駐車場につながる道路は二の丸側斜面、反対側斜面ともに土砂崩れを起きている。
トイレ前は石畳と土部分の間に大きな段差ができている。
トイレ前から中間にあった登城口につながるので下りてみる。ここは元々登城者が多い道ではないので下草で道の状況が見にくい場所もあるが地割れがあり歩くには注意が必要。
地震で落ちてきたと思われる頭大の落石も登城道にいくつも転がっているので、余震の際には斜面から離れる必要がある。
道を塞いだ倒木をなんとか越えて入口に到着すると道路に亀裂が入っていた。左手は大規模に崩落した場所になり、行けないことはないが困難が伴う。
まだ穴水町は史跡にまで手が回らない状況なので安全に散策できる状況にはありません。崖近くの地割れに近づかなければ危険はありませんが、曲輪の切岸の傾斜など以前の形とは大きく変わっていると認識して散策してください。復旧が進むまでは上り下りともに長谷部神社登城口を利用してください。
冬季休業期間が終了後も地震による影響で引き続き休業していた七尾城史資料館ですが、本日より営業再開しました。
地震により2階の窓ガラスが割れ、展示品のガラスケースの一部も外れたり割れたりしたそうです。ガラスケースは修復されたので安全に見学できますが、一部の展示品は壊れたまま展示されているそうです。
尚、七尾城跡は地震による石垣崩落などにより立ち入り禁止が続いています。
敷地内の桜が満開になっていました。ゴールデンウィークは七尾城へはまだ登れませんが、七尾市街地周辺は観光客を迎えられるようになる場所が増えていると思いますので良ければお越し下さい。