「17石川県の寺院」カテゴリーアーカイブ

金沢 観音院 四万六千日②

観音院

金沢市の観音院。毎年旧暦7月9日に四万六千日行事として法要とトウモロコシの販売が行われる。

観音院

昼前に観音院に到着。ずいぶんと賑わっている。

観音院

トウモロコシの販売も大盛況のようだ。周辺の地区では、悪霊を祓う目的で軒先にトウモロコシを吊す風習が残る。商売をする家は儲けがたくさん出るように特に毛の長いトウモロコシを求めるという。

観音院

観音院では御本尊の十一面観音の御朱印が授与されているが、今年から四万六千日の当日限定で「四万六千日」の御朱印が授与されるようになった。地元新聞に載ったこともあり、行列も長く書く(四万六千日は判子だが)方も大変そうだ。

昼休みということもあり、帰る頃には本堂の中も人がまばらになっていた。トウモロコシも完売御礼状態で、トウモロコシを求めるのでなければ午後の方が空いていそうです。来年は8月19日(日)に四万六千日が行われる。

白峰 林西寺

林西寺

白山市白峰にある浄土真宗大谷派の林西寺。

林西寺

前回の参拝時は御朱印はないと言われたが、どうやらちょうど住職が代替りするタイミングだったようです。
林西寺には寺号と山号の2種類の御朱印があります。

林西寺

山門

林西寺

本堂は各地の別院と同じ造りで重要拠点だったことがわかる。

林西寺

鐘楼

林西寺

本堂横の資料館に神仏分離のときに破却を免れて、村人の手で白山から下ろされた仏像たちが安置される。

銅造十一面観世音菩薩立像(旧室堂)
銅造十一面観世音菩薩座像(御前峰)
銅造阿弥陀如来座像(大汝峰)
銅造聖観世音菩薩座像(別山峰)
木造泰澄大師座像(御前室堂)
銅造地蔵菩薩座像(千蛇が池)
木造釈迦如来像(檜木の宿)
木造薬師如来座像(市の瀬温泉)

林西寺

神仏習合時に配布されていた林西寺の牛王宝印(複製)も頒布されている。

林西寺
石川県白山市白峰イ68

小松 那谷寺 白山開山一千三百年神式大祭

那谷寺

小松の那谷寺。先週に続き、開創一千三百年大祭に来ました。

那谷寺

今日は神仏習合の趣きそのままに、寺で白山比咩神社の神職、巫女による神式祭が行われる。

那谷寺

4月8日に建てられたばかりの鳥居の前から巫女行列が行われる。巫女行列の参加者は募集制で地元の中高生も多く参加しているようで、鳥居の前で巫女姿の記念撮影していた。

那谷寺

雅楽隊と巫女がまずは行列をつくる。

那谷寺

待っていると、白山比咩神社の神職と巫女が行列に加わった。

那谷寺

雅楽の演奏が始まり、厳かに行列は進む。

那谷寺

先頭の神職が道を清めながら、鳥居をくぐり、山門を抜けていく。

那谷寺

巫女の最終について、無料となった境内へ入る。

那谷寺

巫女行列は金堂の二階へ。二階で巫女による浦安の舞や神式祭が行われたが、一般人はやはり見学できなかった。

那谷寺

ということで、秘仏本尊十一面観世音菩薩にもう一度詣り、帰途につく。
境内はシャクナゲが見頃であった。

那谷寺
石川県小松市那谷町ユ122

小松 那谷寺 開創一千三百年御開帳法要

那谷寺

小松市の那谷寺。白山開山と同じ1300年の節目を迎え、4月に大祭が3回行われる。

那谷寺

今日のみ駐車場や周辺一帯が通行止めとなるので、シャトルバスで向かうことになった。シャトルバスを待っている間にイベントバスが来たのでそれで那谷寺に行く。このボンネットバスは金沢で走っていたもので、今は粟津温泉・那谷寺1300記念号として走っているようだ。

那谷寺

9日に御柱立柱祭が行われ、山門前に鳥居が立てられ、神仏習合思考がより明確になった。右は夕方行われる餅まき用の舞台。

那谷寺

今日のスケジュール

那谷寺

到着したとき、ちょうど1300年記念式典が終了した。特設ステージ裏の斜面では桜の記念植樹も行われ、桜の名所とすべく地元那谷町が頑張っています。

那谷寺

まずは金堂で混雑する前に御朱印をいただきました。午後からは二階で、高野山真言宗管長を導師として開創一千三百年御開帳法要が行われました(一般人は入場制限で入ることが許されませんでしたが)。

那谷寺

午後の稚児行列まで時間があるので、境内をまわり、本堂で御開帳されている(10月31日まで)秘仏御本尊「十一面千手観世音菩薩」に参って、観音綱で結縁を結んできた。御胎内の厨子に入った御本尊はお顔がよく見えなかった。

那谷寺

13時から門前で稚児行列が行われました。

那谷寺

那谷出身の小説家陣出達朗氏原作のドラマ「遠山の金さん」で主役を演じた縁から、那谷寺を再興した加賀藩3代前田利常公に扮し、金沢東山からやってきた人力車に乗って行列を先導した。

那谷寺

行列が山門前に到着すると、県内の真言宗寺院から集まった僧侶が列を作り、高野山真言宗管長の中西啓宝大僧正が登場した。

那谷寺

鳥居前で門前法要庭賛が行われた。終了すると、僧侶、稚児行列の順で金堂に向かい、御開帳法要が行われた。
金堂に入ることもできず、餅まきまではまだまだ時間が空いていたので、ここで帰途につく。

那谷寺
石川県小松市那谷町ユ122

能登 総持寺祖院 能登半島地震復興祈願法要

総持寺祖院

輪島市の総持寺祖院。

総持寺祖院

曹洞宗の大本山として多くの修行僧を育て、門前町とともに発展してきました。

10年前の今日3月25日に能登半島地震が起きました。あれから10年寺はまだ復興途中、門前町は空き地が目立つようになりました。

総持寺祖院

今日は門前で能登雪割草まつりと能登そばの市が開催され、会場の一角で震災復興祈願札の記帳所が開かれていました。

総持寺祖院

3月1日から今日の14時までに記帳された祈願札は震災祈願法要で奉納されました。
祈願札を記帳した人には法要特別御朱印がいただけました。コピーでしたが、どれだけの人が御朱印の意味が分かって受け取っていたのでしょうか。

総持寺祖院

肌寒かったですが、良い日和でした。時間もあったのでいつもよりゆっくりと境内散策をしました。

総持寺祖院

今日は山門を曳家する日でもありましたが、着いたときにはすでに曳き終わっていました。

総持寺祖院

時間かかるものかと思っていましたが、午前中に1時間ほどで終わったようです。揚げ家は慎重にするので時間かかったようですが。

総持寺祖院

廻廊には外された組物が保管されていました。

総持寺祖院

横から見ると山門が中庭のほうに10数メートル後退したのがよくわかります。

総持寺祖院

仏殿は完全解体されて修復中です。

総持寺祖院

放光堂も修復中です。

総持寺祖院

現在3棟が修復中なので拝観経路もいつもと違っているので、普段は見なかった場所も通る。

総持寺祖院

15時から大祖堂で震災復興祈願法要が行われました。輪島市中心部で復興記念講演会が同時間に行われていたこともあったのか参加者は思ったよりも少なかったですが、私も祈願してきました。

総持寺祖院

帰り際に山門前を見ると曳家で使用されたレールや添木は撤去されていた。今後地盤沈下した山門土台を修復して6月頃に元に戻される。

総持寺祖院
石川県輪島市門前町門前1-18-1

小松 那谷寺 開創1300年

小松市の那谷寺。今年泰澄が開創して1300年を迎える。今年は記念印が押された特別な御朱印が授与される。

門に五色の布がかかる。

金堂の御本尊十一面千手観音が4月御開帳される。

雪吊りの時期に来たのは初めて

本殿

1月18日に初護摩祈祷が行われ、4月に様々な大祭行事が行われる。

記念朱印のほか、記念散華も頒布されている。

那谷寺
石川県小松市那谷町ユ122

金沢 観音院 創建四百年祭

金沢観音院

金沢市の長谷山観音院。高野山真言宗。
創建四百年を迎え10月22日~11月6日まで秘仏御開帳などが行われている。

金沢観音院

本尊は秘仏十一面観世音菩薩。年に一度四万六千日に御開帳される秘仏。
秘仏御開帳の期間中は「創建四百年記念」の印入りの限定御朱印がいただける。

金沢観音院

秘仏御開帳は
・秘仏薬師如来(木像)
・秘仏不動明王(木像)
・秘仏御本尊十一面観世音菩薩(木像)
・秘仏十一面観世音菩薩(鉄造・8世記)
・秘仏雨宝童子(木像)
・秘仏難陀龍王(木像)
が公開されています。

金沢観音院

観音院に続く観音町通りは五色の旗が祭りを盛り上げていました。

観音院
石川県金沢市東山1丁目38-1

能登 松尾寺 閻魔堂

松尾寺 閻魔堂

石川県志賀町の松尾寺、高野山真言宗

松尾寺 閻魔堂

北陸不動尊霊場第三番札所

松尾寺 閻魔堂

今日は新住職の就任式である晋山式でした。

松尾寺 閻魔堂

晋山式は午前中に終了したようです。

松尾寺 閻魔堂

合わせて約110年ぶりに改築した閻魔堂の落慶式でした。

松尾寺 閻魔堂

新調した地獄極楽絵図は迫力があり、その前には昨年修復した十王像が座している。
閻魔堂落慶式を記念した本日限りの限定御朱印が今回いただいたものです。閻魔様のスタンプがとてもいい。

松尾寺 閻魔堂

麓には神仏習合時代に京都の松尾大社より勧請された松尾大明神を祀ってあった松尾神社が鎮座している。

松尾寺
石川県羽咋郡志賀町町居

金沢 観音院 四万六千日

金沢の観音院に行ってきた。旧暦7月9日に行われる四万六千日である。
今日詣れば四万六千日詣ったと同じ功徳を得られるという。

観音院に通じる観音町通りは家の前に提灯が飾られ、賑わいを創出している。

提灯はすべて違うものが描かれている。

それを見て歩くだけでも楽しめる。

四万六千日は軒先に吊す厄除けのトウモロコシを取り替える日でもある。
観音町通りならと探したが1軒しか見つけられなかった。

いつもは静閑な境内も今日は行列で大賑わいだ。

初めて見るトウモロコシの頒布。ニュースでは見たことあるけど、本当に次々と人手に渡っていく。

これだけ多くのトウモロコシが一日で売り切れるのだ。

本堂は本尊が御開帳され、こちらも行列になっている。
旧暦で開催される四万六千日は毎年開催日が変わる。

石川 二俣本泉寺

二俣本泉寺

金沢市二俣の浄土真宗大谷派の二俣本泉寺。二俣和紙で有名な山里です。

二俣本泉寺

階段を上り山門をくぐる。

二俣本泉寺

山門は鐘楼となっている。

二俣本泉寺

本堂前には蓮如上人お手植えの塩梅が植えられている。

二俣本泉寺

本堂横の変わった屋根の手水堂の脇に五代法主綽如上人の草庵跡が残っている。

二俣本泉寺

本泉寺の寺号は後に井波別院瑞泉寺を開いた綽如上人が本(もと)居た寺ということらしい。
一向一揆の時代、本泉寺の本拠は若松に移ったため、二俣は廃れたものの兵火に合わずに済んだという。

金沢 真成寺

真成寺

金沢市の日蓮宗真成寺。本堂の中には始めて入りました。

真成寺

今日は涅槃会でした。

釈迦の入滅の日に行われる法要で旧暦2月15日に行われていたものだが、現在は2月15日から3月15日の間に行われることが多い。

真成寺

県内の涅槃会で撒かれる涅槃だんごは丸形や犬形などいろいろありますが、真成寺のものは丸い平形になります。
いずれにしても、白色、黄色、赤色(桃色)、青色(緑色)、紫色の五色が基本です。

真成寺

今日は良い天候でした。

真成寺

今年から絵葉書を作って宣伝したので、昨年の倍の参拝者がいたそうです。
という自分もその口なんですが

真成寺ではだんごだけではなく、お菓子も撒かれます。これは初めての経験でした。

真成寺

真成寺は鬼子母神で有名なお寺です。そのため、子授け祈願、水子供養、人形供養など女性が多く訪れます。

真成寺

また、初代中村歌右衛門の墓があることでも有名で、歌舞伎の世界ではちょっと有名なお寺なんですよ。

真成寺
石川県金沢市東山2-25-73

能登 長楽寺

長楽寺

中能登町能登部の真言宗長楽寺。北陸三十三観音霊場である古刹であるが、2月13日に出火して本堂が焼けたと地元では一騒ぎだった。

近くまで来たので夕方であったが、状況を確認するために寄ってみた。

長楽寺

北陸三十三観音霊場で一昨年お参りさせていただいたのだが、山門をくぐって愕然としました。

長楽寺

本堂は基台しか残っていません。

火事では本堂、庫裏は全焼、トイレと倉庫の一部を焼いて約6時間後に消火されたという。

長楽寺

本堂に保管されていた町文化財「長楽寺石動山下山資料等一括」が焼失したといい、本尊で平安後期作の胎蔵大日如来、鎌倉時代作の弘法大師坐像など仏像、仏具、仏画計十五点のうち、山門を除くすべてが失われました。非常に残念なことですが、これからの復興に向けて地元の負担は幾ばかりかと思いやらずにはいられません。

羽咋 妙成寺

妙成寺

妙成寺は、北陸における日蓮宗の本山である。応仁2年(1294)日像上人が佐渡から都上りの途中、船上で能登石動山天平寺座主満蔵法印(日乗上人)を強化改宗、一寺を建立したのは始まり。重要文化財は10棟を数え、前田家の厚い庇護を受けた。特に三代利常は、生母寿福院の菩提所として本堂、祖師堂、五重塔などを建立した。

妙成寺

道路沿いに看板が立っている。

妙成寺

途中、田んぼの向こうに広大な寺領が見えてきた。

妙成寺

周辺を散策後、境内に入る。御朱印は受付で頂ける。ひとまわりして帰りに頂いた。

妙成寺

寺名標は63世日光の筆による。

妙成寺

二王門

妙成寺

門内に「金栄山」の扁額がかかる。

妙成寺

二王門を入ると、階段の向こうに五重塔が見える。

妙成寺

ここは順序どおり開山堂へ

妙成寺

経堂

妙成寺

中が覗くとカラフルな木像が並んでいた。

妙成寺

妙成寺の五重塔はやはり均整が取れている。

妙成寺

墓地の中には、加賀騒動の大槻伝蔵の墓や

妙成寺

利常の長女、浩妙院の墓

妙成寺

利常の母、寿福院の墓があります。小説にも登場し、一度見たかった。

妙成寺

丈六堂。別名釈迦堂。

妙成寺

一丈六尺(約4.8メートル)の釈迦牟尼仏を祀っているため、丈六堂と呼ばれる。

妙成寺

丈六堂の横には閻魔堂が建っている。

妙成寺

三光堂。堂内に三光天である日天、月天、明星天が安置されている。

妙成寺

屋根大棟両端の鬼瓦は石造りで古来の地方色をよく表わしている。

妙成寺

三十番神堂。京都の北野天満宮から移築されたと伝わる。

妙成寺

鳥居があるので神社のようである。梅鉢紋つきの石瓦が乗っている。

妙成寺

建物正面の軒下にはよく見ると組み物がある。初め花かと思ったけど人形のようです。右は失われている。

妙成寺

三十番神堂の横に大きな杉の木が立っている。墓所への参道入口の左右に一本ずつあったようだが、いまは右のみ残っている。寿福院お手植えの杉らしい。

妙成寺

本堂

妙成寺

本堂には「妙成寺」の扁額がかかる。

妙成寺

祖師堂

妙成寺

屋根裏の組物がとても特徴的だ。

妙成寺

中の彫り物には色が残り、創建当時の華やかさを偲ぶことができる。

妙成寺

鐘楼

妙成寺

客殿の裏に書院と庭園がある。

妙成寺

書院から庭園を眺めると、背後に五重塔が見える。

妙成寺

客殿

妙成寺

庫裏

妙成寺

妙成寺に行く途中に境外仏堂として、七面山がある。本社は山梨の身延山。

他にも門前に塔頭が何軒も残っている。

〒925-0002
石川県羽咋市滝谷町ヨの1番地
TEL.0767-27-1226
拝観料:500円

金沢 天徳院

天徳院

天徳院は、元和9年(1623)に3代藩主前田利常が正室珠姫の菩提を弔うため、金沢城の東、小立野台に創建した。珠姫は、2代将軍徳川秀忠・江の次女として生まれ、3歳で金沢入り、14歳で結婚し、三男五女を生んだ。寛永元年(1624)徳川家康が崇敬した巨山泉滴和尚を長安寺から招き、天徳院第一世開山とした。宗派は曹洞宗。

毎年8月9日は珠姫の命日を現代暦にあてはめ「珠姫まつり」が開催されている。当日は拝観料無料となる。

堂内は写真撮影できないため、本堂にかかる扁額も写真はないが、御朱印中央の「管氏大宗祠」がかかる。「管氏」とは菅原道真の子孫である前田家をあらわし、ここ天徳院は前田家を祀る大殿堂であるという意味である。

天徳院

藩政期、金沢城の東に延びる石引道の終点はこの天徳院であった。天徳院の参道が永延と延びるようであっただろう。

天徳院

総門は今はないが脇に石標が建っている。

天徳院

立派な山門が迎えてくれる。

天徳院

山門に入り、回廊を左に進めば天徳院墓所へ、観光客は右に進む。

天徳院

回廊内から本堂を写す。本堂の一部は展示室となっている。

天徳院

回廊内から鎮守堂を写す。

天徳院

前には天狗の面がかかる。堂内には大きな天狗、狐、烏天狗の三面が祀られている。

天徳院

本堂の売店で御朱印をいただける。

天徳院

回廊の左側途中は鐘楼になっており、12代前田斉広が竹沢御殿の時鐘として鋳造した鐘が霊鐘として吊されている。

〒920-0942
金沢市小立野4-4-4
TEL.076-231-4484
拝観料:500円