「加賀前田家」カテゴリーアーカイブ

羽咋 妙成寺

妙成寺

妙成寺は、北陸における日蓮宗の本山である。応仁2年(1294)日像上人が佐渡から都上りの途中、船上で能登石動山天平寺座主満蔵法印(日乗上人)を強化改宗、一寺を建立したのは始まり。重要文化財は10棟を数え、前田家の厚い庇護を受けた。特に三代利常は、生母寿福院の菩提所として本堂、祖師堂、五重塔などを建立した。

妙成寺

道路沿いに看板が立っている。

妙成寺

途中、田んぼの向こうに広大な寺領が見えてきた。

妙成寺

周辺を散策後、境内に入る。御朱印は受付で頂ける。ひとまわりして帰りに頂いた。

妙成寺

寺名標は63世日光の筆による。

妙成寺

二王門

妙成寺

門内に「金栄山」の扁額がかかる。

妙成寺

二王門を入ると、階段の向こうに五重塔が見える。

妙成寺

ここは順序どおり開山堂へ

妙成寺

経堂

妙成寺

中が覗くとカラフルな木像が並んでいた。

妙成寺

妙成寺の五重塔はやはり均整が取れている。

妙成寺

墓地の中には、加賀騒動の大槻伝蔵の墓や

妙成寺

利常の長女、浩妙院の墓

妙成寺

利常の母、寿福院の墓があります。小説にも登場し、一度見たかった。

妙成寺

丈六堂。別名釈迦堂。

妙成寺

一丈六尺(約4.8メートル)の釈迦牟尼仏を祀っているため、丈六堂と呼ばれる。

妙成寺

丈六堂の横には閻魔堂が建っている。

妙成寺

三光堂。堂内に三光天である日天、月天、明星天が安置されている。

妙成寺

屋根大棟両端の鬼瓦は石造りで古来の地方色をよく表わしている。

妙成寺

三十番神堂。京都の北野天満宮から移築されたと伝わる。

妙成寺

鳥居があるので神社のようである。梅鉢紋つきの石瓦が乗っている。

妙成寺

建物正面の軒下にはよく見ると組み物がある。初め花かと思ったけど人形のようです。右は失われている。

妙成寺

三十番神堂の横に大きな杉の木が立っている。墓所への参道入口の左右に一本ずつあったようだが、いまは右のみ残っている。寿福院お手植えの杉らしい。

妙成寺

本堂

妙成寺

本堂には「妙成寺」の扁額がかかる。

妙成寺

祖師堂

妙成寺

屋根裏の組物がとても特徴的だ。

妙成寺

中の彫り物には色が残り、創建当時の華やかさを偲ぶことができる。

妙成寺

鐘楼

妙成寺

客殿の裏に書院と庭園がある。

妙成寺

書院から庭園を眺めると、背後に五重塔が見える。

妙成寺

客殿

妙成寺

庫裏

妙成寺

妙成寺に行く途中に境外仏堂として、七面山がある。本社は山梨の身延山。

他にも門前に塔頭が何軒も残っている。

〒925-0002
石川県羽咋市滝谷町ヨの1番地
TEL.0767-27-1226
拝観料:500円

金沢 天徳院

天徳院

天徳院は、元和9年(1623)に3代藩主前田利常が正室珠姫の菩提を弔うため、金沢城の東、小立野台に創建した。珠姫は、2代将軍徳川秀忠・江の次女として生まれ、3歳で金沢入り、14歳で結婚し、三男五女を生んだ。寛永元年(1624)徳川家康が崇敬した巨山泉滴和尚を長安寺から招き、天徳院第一世開山とした。宗派は曹洞宗。

毎年8月9日は珠姫の命日を現代暦にあてはめ「珠姫まつり」が開催されている。当日は拝観料無料となる。

堂内は写真撮影できないため、本堂にかかる扁額も写真はないが、御朱印中央の「管氏大宗祠」がかかる。「管氏」とは菅原道真の子孫である前田家をあらわし、ここ天徳院は前田家を祀る大殿堂であるという意味である。

天徳院

藩政期、金沢城の東に延びる石引道の終点はこの天徳院であった。天徳院の参道が永延と延びるようであっただろう。

天徳院

総門は今はないが脇に石標が建っている。

天徳院

立派な山門が迎えてくれる。

天徳院

山門に入り、回廊を左に進めば天徳院墓所へ、観光客は右に進む。

天徳院

回廊内から本堂を写す。本堂の一部は展示室となっている。

天徳院

回廊内から鎮守堂を写す。

天徳院

前には天狗の面がかかる。堂内には大きな天狗、狐、烏天狗の三面が祀られている。

天徳院

本堂の売店で御朱印をいただける。

天徳院

回廊の左側途中は鐘楼になっており、12代前田斉広が竹沢御殿の時鐘として鋳造した鐘が霊鐘として吊されている。

〒920-0942
金沢市小立野4-4-4
TEL.076-231-4484
拝観料:500円