
甲賀市の天台宗補陀落山檜尾寺。最澄の開山と伝わり、隣接する檜尾神社の神宮寺であった。

霊場としても、びわ湖百八霊場第84番、近江西国霊場第30番、甲賀西国霊場第11番となっている。

境内の入口に梵鐘。

本堂は階段を上っていく。

左手の階段の上に宝物庫がある。

国指定重要文化財の木造千手観音立像は正月三カ日、2月1日、8月18日のみ公開される。

本堂でお経を唱える。本堂からの眺めはとても良い。

御朱印は下の本坊文殊院の箱の中に入っている。
補陀落山檜尾寺
滋賀県甲賀市甲南町池田43

甲賀市の天台宗補陀落山檜尾寺。最澄の開山と伝わり、隣接する檜尾神社の神宮寺であった。

霊場としても、びわ湖百八霊場第84番、近江西国霊場第30番、甲賀西国霊場第11番となっている。

境内の入口に梵鐘。

本堂は階段を上っていく。

左手の階段の上に宝物庫がある。

国指定重要文化財の木造千手観音立像は正月三カ日、2月1日、8月18日のみ公開される。

本堂でお経を唱える。本堂からの眺めはとても良い。

御朱印は下の本坊文殊院の箱の中に入っている。
補陀落山檜尾寺
滋賀県甲賀市甲南町池田43

金沢市の長谷山観音院。高野山真言宗。
創建四百年を迎え10月22日~11月6日まで秘仏御開帳などが行われている。

本尊は秘仏十一面観世音菩薩。年に一度四万六千日に御開帳される秘仏。
秘仏御開帳の期間中は「創建四百年記念」の印入りの限定御朱印がいただける。

秘仏御開帳は
・秘仏薬師如来(木像)
・秘仏不動明王(木像)
・秘仏御本尊十一面観世音菩薩(木像)
・秘仏十一面観世音菩薩(鉄造・8世記)
・秘仏雨宝童子(木像)
・秘仏難陀龍王(木像)
が公開されています。

観音院に続く観音町通りは五色の旗が祭りを盛り上げていました。
観音院
石川県金沢市東山1丁目38-1

石川県志賀町の松尾寺、高野山真言宗

北陸不動尊霊場第三番札所

今日は新住職の就任式である晋山式でした。

晋山式は午前中に終了したようです。

合わせて約110年ぶりに改築した閻魔堂の落慶式でした。

新調した地獄極楽絵図は迫力があり、その前には昨年修復した十王像が座している。
閻魔堂落慶式を記念した本日限りの限定御朱印が今回いただいたものです。閻魔様のスタンプがとてもいい。

麓には神仏習合時代に京都の松尾大社より勧請された松尾大明神を祀ってあった松尾神社が鎮座している。
松尾寺
石川県羽咋郡志賀町町居

福井県大野市の山深い場所にある宝慶寺(ほうきょうじ)。永平寺に次ぐ曹洞宗第二道場として知られる。

参道に入ると左方に小さな丘があり、山上に祠が見えたので詣ってきた。

中を覗くと神明大明神の御神像。輪郭しか残っていないが、まだ神仏習合の頃の雰囲気が残っている。

木々が立ち並び薄暗い参道を抜けると、一気に視界が開き伽藍が目の前に現れます。

総門を抜け階段を上る。

山門には狛犬が控え、ここにも神仏習合の名残がある。

第二道場ということでもあり、現在も修行僧が日々の修行に励んでいる。

御朱印をお願いしている間に修行の日課を見ていた。厳しい生活ですね。
宝慶寺
福井県大野市宝慶寺1-2

福井県永平寺町の曹洞宗大本山の永平寺。
記憶の中では2回目だが、前回は遠い昔なので門前に模擬刀がたくさん並んでいたなーというくらいの記憶しかない。今回門前を歩いてみて記憶とは随分違うことに驚いた。

しかし、寺域に入ると荘厳な雰囲気に圧倒される。今日は雨模様だったので、ゆっくり回るのは次回として下調べとする。

中に入り、本来説明を聞いてから建物内をまわるようだが、ちょうど説明の合間となってしまい、時間もなかったので聞かずに進んだ。修行僧とたくさんすれ違うが、地方の寺院にしてはまるで京都・奈良の観光地のようで少しがっかりする。

もう少しすれば境内も紅葉してきれいだろう。

外に出られないというのが違和感ある。

御朱印は受付を過ぎて最初に入る吉祥閣でいただける。最初に預けて出るときに受け取るのがよい。
永平寺
福井県吉田郡永平寺町志比

金沢の観音院に行ってきた。旧暦7月9日に行われる四万六千日である。
今日詣れば四万六千日詣ったと同じ功徳を得られるという。

観音院に通じる観音町通りは家の前に提灯が飾られ、賑わいを創出している。

提灯はすべて違うものが描かれている。

それを見て歩くだけでも楽しめる。

四万六千日は軒先に吊す厄除けのトウモロコシを取り替える日でもある。
観音町通りならと探したが1軒しか見つけられなかった。

いつもは静閑な境内も今日は行列で大賑わいだ。

初めて見るトウモロコシの頒布。ニュースでは見たことあるけど、本当に次々と人手に渡っていく。

これだけ多くのトウモロコシが一日で売り切れるのだ。

本堂は本尊が御開帳され、こちらも行列になっている。
旧暦で開催される四万六千日は毎年開催日が変わる。

南砺市井波にある浄土真宗大谷派の井波別院瑞泉寺。別院とは真宗本山の出張所的寺院で本山直轄となる。

城を思わせる石垣。

しかしこの石垣は寺と町、双方を隔てる防火壁だそうだ。

山門

山門をくぐると、正面に本堂、左手に太子堂が見える。御朱印は本堂売店でいただける。

井波八幡宮の隣にある臼浪水。瑞泉を湧出した井戸と馬蹄石の残る綽如上人の遺跡で、瑞泉寺草創の地である。

南砺市城端にある浄土真宗大谷派の善徳寺。

真宗八代法主蓮如上人の開基の寺で、平成大合併で南砺市となった隣り合う城端町と井波町に別院(本山直轄寺院)がある非常に真宗の栄えた地です。

現在、本堂・庫裏・台所の修復事業が行われている。

本堂の横、寺務所の前に蓮如上人の銅像が立っている。

金沢市二俣の浄土真宗大谷派の二俣本泉寺。二俣和紙で有名な山里です。

階段を上り山門をくぐる。

山門は鐘楼となっている。

本堂前には蓮如上人お手植えの塩梅が植えられている。

本堂横の変わった屋根の手水堂の脇に五代法主綽如上人の草庵跡が残っている。

本泉寺の寺号は後に井波別院瑞泉寺を開いた綽如上人が本(もと)居た寺ということらしい。
一向一揆の時代、本泉寺の本拠は若松に移ったため、二俣は廃れたものの兵火に合わずに済んだという。

東大寺の鐘楼では、中の売店で大梵鐘の御朱印がいただけます。

国宝の鐘楼。栄西禅師が再建したものです。

梵鐘も国宝。東大寺創建当初のもの。

重さ26.3トンを支えるため、ワイヤーでしっかり吊されています。

金沢市の日蓮宗真成寺。本堂の中には始めて入りました。

今日は涅槃会でした。
釈迦の入滅の日に行われる法要で旧暦2月15日に行われていたものだが、現在は2月15日から3月15日の間に行われることが多い。

県内の涅槃会で撒かれる涅槃だんごは丸形や犬形などいろいろありますが、真成寺のものは丸い平形になります。
いずれにしても、白色、黄色、赤色(桃色)、青色(緑色)、紫色の五色が基本です。

今日は良い天候でした。

今年から絵葉書を作って宣伝したので、昨年の倍の参拝者がいたそうです。
という自分もその口なんですが
真成寺ではだんごだけではなく、お菓子も撒かれます。これは初めての経験でした。

真成寺は鬼子母神で有名なお寺です。そのため、子授け祈願、水子供養、人形供養など女性が多く訪れます。

また、初代中村歌右衛門の墓があることでも有名で、歌舞伎の世界ではちょっと有名なお寺なんですよ。
真成寺
石川県金沢市東山2-25-73

中能登町能登部の真言宗長楽寺。北陸三十三観音霊場である古刹であるが、2月13日に出火して本堂が焼けたと地元では一騒ぎだった。
近くまで来たので夕方であったが、状況を確認するために寄ってみた。

北陸三十三観音霊場で一昨年お参りさせていただいたのだが、山門をくぐって愕然としました。

本堂は基台しか残っていません。
火事では本堂、庫裏は全焼、トイレと倉庫の一部を焼いて約6時間後に消火されたという。

本堂に保管されていた町文化財「長楽寺石動山下山資料等一括」が焼失したといい、本尊で平安後期作の胎蔵大日如来、鎌倉時代作の弘法大師坐像など仏像、仏具、仏画計十五点のうち、山門を除くすべてが失われました。非常に残念なことですが、これからの復興に向けて地元の負担は幾ばかりかと思いやらずにはいられません。
滋賀県大津市の岩間寺は滋賀県と京都府の境にある標高445mの岩間山嶺上にあり、養老6年(722)泰澄大師が第四十四代女帝元正天皇の勅命で建立されました。
西国三十三霊場の第十二番、ぼけ封じ三十三霊場の第四番となっています。御朱印は本堂で受けられます。
岩間寺は岩間山頂にあるため、車で行っても麓から10分以上上がっていかないと着きません。
本当にいつ着くのかなーと思いながら永遠と上ります。
西国33観音の十二番霊場となっているので、この日も麓から歩いている人たちがいました。
岩間寺は元正天皇の勅命により養老6年(722)泰澄大師が建立しました。
受付を通って入るとすぐに大きな樅(もみ)が立っています。参拝の皆さんをお迎えするということで「お迎え樅」と呼ばれています。
ぼけ封じ三十三観音の第四番霊場にもなっています。
その後ろに梵鐘が建っています。
岩間寺は滋賀県側から上りましたが、山頂から見える景色はもう京都府の宇治市です。白姫龍神は白山を開いた泰澄大師に関係ある神様です。女人が拝むと美人になるそうですよ。
参道前に境内図が掲げられていますが、山頂に所狭しと御堂が並んでいます。
では参道を歩いて本堂に向かいます。
本堂前は少し開けています。
まずは大師堂にお参りします。観音霊場めぐりは大師堂、本堂の順にお参りします。
稲妻龍神社は大銀杏に住むこの山の神様を祀ります。
大銀杏は本当に大きいです。実りの秋はきっときれいでしょう。
本堂の右横端には五社権現堂があり、白山神社、熊野神社など五社が祀られています。
本堂と不動堂の間に芭蕉池と命名された池があります。
「古池や~」の超有名な句を詠んだ池がまさにココです。うーんでも今日は蛙いないなー
では、本堂にお参りします。本尊は千手観音菩薩ですが、秘仏なので見えません。
本堂に寺の扁額があるのは珍しいですね。
本堂前の弁天堂
北側に歩いて行くと、八大龍王堂があります。
さらに奥に進むと、桂の大樹が・・・。谷間に生える桂は本当に巨木です。
見下ろす感じですが下から見上げることができれば今以上の感動でしょうね。
徒歩10分と書かれた遊歩道をさらに進むと、実際はそれ以上に感じるけどその先に奥宮神社があります。
鳥居前には琵琶湖展望台もあり、そこから左手に琵琶湖が見渡せます。
本堂まで戻ってくると白姫龍神の下の雷神霊水を見てきました。山頂の湧き水のようですが、現在は飲めないようです。
その湧き水による蓮池がありましたが、今は少し濁っていました。
岩間寺でもカラーのご本尊御影をいただいてきました。
妙成寺は、北陸における日蓮宗の本山である。応仁2年(1294)日像上人が佐渡から都上りの途中、船上で能登石動山天平寺座主満蔵法印(日乗上人)を強化改宗、一寺を建立したのは始まり。重要文化財は10棟を数え、前田家の厚い庇護を受けた。特に三代利常は、生母寿福院の菩提所として本堂、祖師堂、五重塔などを建立した。
道路沿いに看板が立っている。
途中、田んぼの向こうに広大な寺領が見えてきた。
周辺を散策後、境内に入る。御朱印は受付で頂ける。ひとまわりして帰りに頂いた。
寺名標は63世日光の筆による。
二王門
門内に「金栄山」の扁額がかかる。
二王門を入ると、階段の向こうに五重塔が見える。
ここは順序どおり開山堂へ
経堂
中が覗くとカラフルな木像が並んでいた。
妙成寺の五重塔はやはり均整が取れている。
墓地の中には、加賀騒動の大槻伝蔵の墓や
利常の長女、浩妙院の墓
利常の母、寿福院の墓があります。小説にも登場し、一度見たかった。
丈六堂。別名釈迦堂。
一丈六尺(約4.8メートル)の釈迦牟尼仏を祀っているため、丈六堂と呼ばれる。
丈六堂の横には閻魔堂が建っている。
三光堂。堂内に三光天である日天、月天、明星天が安置されている。
屋根大棟両端の鬼瓦は石造りで古来の地方色をよく表わしている。
三十番神堂。京都の北野天満宮から移築されたと伝わる。
鳥居があるので神社のようである。梅鉢紋つきの石瓦が乗っている。
建物正面の軒下にはよく見ると組み物がある。初め花かと思ったけど人形のようです。右は失われている。
三十番神堂の横に大きな杉の木が立っている。墓所への参道入口の左右に一本ずつあったようだが、いまは右のみ残っている。寿福院お手植えの杉らしい。
本堂
本堂には「妙成寺」の扁額がかかる。
祖師堂
屋根裏の組物がとても特徴的だ。
中の彫り物には色が残り、創建当時の華やかさを偲ぶことができる。
鐘楼
客殿の裏に書院と庭園がある。
書院から庭園を眺めると、背後に五重塔が見える。
客殿
庫裏
妙成寺に行く途中に境外仏堂として、七面山がある。本社は山梨の身延山。
他にも門前に塔頭が何軒も残っている。
〒925-0002
石川県羽咋市滝谷町ヨの1番地
TEL.0767-27-1226
拝観料:500円
天徳院は、元和9年(1623)に3代藩主前田利常が正室珠姫の菩提を弔うため、金沢城の東、小立野台に創建した。珠姫は、2代将軍徳川秀忠・江の次女として生まれ、3歳で金沢入り、14歳で結婚し、三男五女を生んだ。寛永元年(1624)徳川家康が崇敬した巨山泉滴和尚を長安寺から招き、天徳院第一世開山とした。宗派は曹洞宗。
毎年8月9日は珠姫の命日を現代暦にあてはめ「珠姫まつり」が開催されている。当日は拝観料無料となる。
堂内は写真撮影できないため、本堂にかかる扁額も写真はないが、御朱印中央の「管氏大宗祠」がかかる。「管氏」とは菅原道真の子孫である前田家をあらわし、ここ天徳院は前田家を祀る大殿堂であるという意味である。
藩政期、金沢城の東に延びる石引道の終点はこの天徳院であった。天徳院の参道が永延と延びるようであっただろう。
総門は今はないが脇に石標が建っている。
立派な山門が迎えてくれる。
山門に入り、回廊を左に進めば天徳院墓所へ、観光客は右に進む。
回廊内から本堂を写す。本堂の一部は展示室となっている。
回廊内から鎮守堂を写す。
前には天狗の面がかかる。堂内には大きな天狗、狐、烏天狗の三面が祀られている。
本堂の売店で御朱印をいただける。
回廊の左側途中は鐘楼になっており、12代前田斉広が竹沢御殿の時鐘として鋳造した鐘が霊鐘として吊されている。
〒920-0942
金沢市小立野4-4-4
TEL.076-231-4484
拝観料:500円
林泉寺は、明応6(1497)年、越後守護代長尾能景が長尾家の菩提所として創建する。孫の上杉謙信は学問所として林泉寺に学ぶ。藩政期も堀家、高田松平家、榊原家の菩提寺として続く古刹。曹洞宗。
参道沿いには背の高い杉が両側に立ち並び、厳かな雰囲気を醸し出す。
受付の横には惣門が建っている。
惣門は春日山城から移築されたと伝えられ、8月の謙信公祭の武者行列のみが通ることを許されている。
かきつばたの時期ではなかったが、もっと咲いていれば向こうの山門と絵になっただろうに。
赤瓦の非常に大きな山門。
正面の扁額は謙信公が揮毫したとされる「春日山」。実物は宝物館に保管されている。
裏の扁額も謙信公が揮毫したとされる「第一義」。実物はこちらも宝物館に。
山門をくぐり、まずは宝物館に入る。御朱印はここで書いて頂ける。
本堂は平成9年に開創500年を記念して建立された。まだ新しい。
本堂に架かる扁額
上杉謙信公の座像も安置されている。
本堂の大屋根に付けられた家紋は、菩提寺としていた長尾家、上杉家、堀家、高田松平家、榊原家の5家が並ぶ。
墓所は本堂横の斜面になっている。
観光客は謙信公のみ見学を勧められるのだが、長尾家、堀家、松平家、榊原家の墓所もある。長尾家は現在墓石修復中だった。堀家墓所の墓石を囲む土塁は見所のひとつ。
こちらが謙信公の墓所。新旧2つの五輪塔が前後に並ぶ。
拝観券としてパンフレットがもらえる。
新潟県上越市中門前1-1-1
TEL.025-524-5846
拝観時間:9:00~17:00
拝観料(宝物拝観料込):500円