
おおい町に鎮座する静志神社。御祭神は少名毘古名神。

神社は父子集落の最奧に北向きに鎮座する。

鳥居をくぐって境内に入る。

拝殿の前にご神木となっているスダジイの巨樹がある。

拝殿と本殿はつながり、本殿は覆屋の中。

本殿右に境内社が一社。

昔建物があったと思われる基壇が残っている。

社前からは田畑と父子集落、その先に小浜湾、大島半島が見える。
静志神社
福井県大飯郡おおい町父子46-1

おおい町に鎮座する静志神社。御祭神は少名毘古名神。

神社は父子集落の最奧に北向きに鎮座する。

鳥居をくぐって境内に入る。

拝殿の前にご神木となっているスダジイの巨樹がある。

拝殿と本殿はつながり、本殿は覆屋の中。

本殿右に境内社が一社。

昔建物があったと思われる基壇が残っている。

社前からは田畑と父子集落、その先に小浜湾、大島半島が見える。
静志神社
福井県大飯郡おおい町父子46-1

おおい町に鎮座する大飯神社。延喜式内社の比定社。
御祭神は大飯鍬立大神、大飯田郷開拓の祖神七柱と伝えられる。

森を背後に鳥居が見える。

社前には豊かな田畑が広がる。

第二鳥居の向こうに社殿が見えてくる。

参道は階段を上って建物に遮られる。左に新しく手すりのついたスロープが設けられている。

その建物は渡り廊下もあり能舞台にも見えるが、舞殿であろう。
正面は本殿を向いており、若狭地方に広く伝わる王の舞のようなものがかつては舞われた場所であろうか。

拝殿の前に2本の杉のご神木が林立する。

拝殿の後ろに本殿。拝殿に詣る。

本殿左に境内社、天満神社。
大飯神社
福井県大飯郡おおい町山田4-1

若狭町田井の多由比神社。御祭神は誉田別命、菅原道真と天照大神を配祀する。
延喜式内社の比定社で、地名の田井は多由比が変化したものだという。

神社のすぐ右隣に若狭観音霊場になっている真言宗慈眼寺が建っている。
慈眼寺は現在無住。
神社は台地の先端部を利用し、南向きに建てられている。

川を橋で渡って境内に入る。

本殿に続く階段の脇に2本の杉のご神木が林立する。

本殿に詣る。

本殿左に境内社が1社。

本殿右に遙拝所がある。東向きであり、遙拝所ではよくある伊勢神宮遙拝所、橿原神宮遙拝所、奥宮遙拝所など
方角からして気比神宮か伊勢神宮であろうか。
多由比神社
福井県三方上中郡若狭町田井93-2

若狭町の宇波西神社(うはせじんじゃ)。御祭神は鵜草葺不合尊。名神大社で延喜式内社。

社前は道路を挟んで川に橋が架かる。

背後に山を控えて東向きに鎮座する。

毎年4月には王の舞が奉納される。

手水舎の水は鵜から出ている。御祭神にあやかっているのか。

灯篭の頭には猿?が彫刻されている。珍しい。

階段を上っていき、拝殿を回り込むとご神木の大杉が脇にそびえている。本殿に詣る。

本殿の左に境内社が2社。小美多麻社、氏子の英霊を祀る護国神社のようだ。

もう1社は八幡神社
御朱印は社務所裏のご自宅でいただいた。
宇波西神社
福井県三方上中郡若狭町気山

宇波西神社の元宮の鎮座地。日向港と日向湖に挟まれた丘の上と伝えられる。

日向港

元宮地の入口までは路地が細いので、少し歩く。

個人宅の庭を通り、裏山に元宮があったようだ。

折れ枝の散乱する階段を上っていくと、眼下に三方五湖のひとつ日向湖が臨める。

階段の先に鳥居と奥に社殿が見えてくる。

社殿と思われた覆屋の中に小祠が祀られていた。
宇波西神社(旧地)
福井県三方郡美浜町日向

美浜町に鎮座する佐支神社。延喜式内社に比定されている古社。御祭神は素戔嗚尊。

背後の小山の麓に鎮座する。

鳥居を2つくぐって境内へ。


舞殿と思われる拝殿の後ろに本殿が鎮座する。

階段を上って本殿に詣る。階段の入口には御神木が2本高くのびる。

本殿左に建物がひとつ。中には神輿が納められ、仮殿といったところか

神社の前には田畑が広がる。ちょうど正面の山から朝日が昇る。
佐支神社
福井県三方郡美浜町久々子6−4

福井市東河原町(旧大野郡下味見村)に鎮座する八幡神社。御祭神は誉田別尊、神功皇后と武内宿禰と伊弉册尊を合祀する。延喜式内社の大野郡椛神社の論社のひとつ。

社殿は北向き。川沿いの低地にある集落から山に向かって参道が延びる。

途中振り向くと谷間に集落と田畑が広がる。

階段を上って最初の平地に梵字の彫られた石造九重塔が立つ。

さらに長い階段を上る。

深い森の中に社殿がある。建物の間にある2本のご神木が目立つ。

後ろにまわると拝殿と本殿がある。とすると前の建物は何なのか、戸が開かなかったので中に何があるのか分からない。

拝殿に参る。扁額には「式内椛神社」とある。

拝殿左手から一段高いところに一棟の建物がある。境内には宝蔵と神輿殿があるというから不明の2棟がいずれかなのだろうか。

上から見ると境内一面が苔生してなかなか良い雰囲気の神社です。
八幡神社
福井県福井市東河原町40-11

福井市中手町(旧大野郡上味見村)に鎮座する樺八幡神社。御祭神は誉田別尊。延喜式内社の大野郡椛神社の論社のひとつ。
永禄18年奉納の狛犬には「大野郡味美郷惣社」とある。

味見川が東西に流れ、南北に山がせり出す谷間に一面の田畑が広がる地の左岸に鎮座する。

深い森の中に鳥居が見えてきた。

石造の第一鳥居の後ろに、木製の鳥居がある。

さらに拝殿前に石造の鳥居がある。

拝殿と本殿の間には杉や銀杏の大木が林立する。

本殿に参る。

本殿右には茅葺きの神明神社が建つ。本殿も元は茅葺きであった。

境内に残る古拝殿。古拝殿も元は茅葺きであった。平安時代の息長垂姫尊坐像や大鷦鷯尊坐像の二体の神像、平安時代の大日如来坐像と多聞天王立像、広目天王立像の三体の仏像を所有し中世の神仏習合の風習を今に伝える。

古拝殿の中に缶があって、開くと御朱印がありました。自分で押す方式ですね。

御朱印料を納め、境内を後にしようと駐車場のほうに出ると、入口に社名標があった。鳥居のところではなく、駐車場のほうにあるのか。
樺八幡神社
福井県福井市中手町20-27

若狭町に鎮座する石按比古比賣神社。御祭神は石按比古大神、石按比賣大神の二柱。
延喜式内社の論社のひとつ。もう1社の論社とは1キロ程しか離れていない。

境内は平野に広がる西向きに山の麓に鎮座する。
もう1社の論社とは、同じ平野で西向きと東向きに鎮座している。

参道を進むと第二鳥居

拝殿と一段高いところに本殿が建っている。

拝殿は神様に舞を納めるにはよく見える。

本殿に詣る。

本殿の右に境内社が二社。小祠は金刀比羅神社。大きな社は神武天皇社とある。

本殿の左に天満宮。
石按比古比賣神社
福井県三方上中郡若狭町小原字宮ノ腰23-42

若狭町に鎮座する石按比古比賣神社。延喜式内社の論社のひとつ。
御祭神は石按比古大神、石按比賣大神の夫婦神。

東の平野を正面に山の麓に境内が広がる。

朱色の鳥居をくぐって広い境内に入る。

中央に大きな社殿、左右に小祠がある。

中央の社殿には3つの本殿が入っており、中央に石按神社、左に稲荷神社、右に天満宮が鎮座する。

本殿に詣る。

左の小祠。

右の小祠。

境内の左端に愛宕神社があるが、社殿がない。遙拝所であろうか。
石按比古比賣神社
福井県三方上中郡若狭町大鳥羽字宮の上4-22

福井県大野市に鎮座する坂門一事神社の元社跡。

大まかな場所しか分からなかったので、農作業していた地元の方に場所を聞いて向かった。
昔は神社への参道であったと思われる道。

ゆるやかな坂を登り切ると、踏切の向こうに石積みが見えてきた。

石段の背後には神社があったことを示すご神木らしい2本の杉が残っている。

石脇に神社跡を示す案内柱。

階段の脇には狛犬代わりの石が2つ残っている。
坂門一事神社 元社跡
福井県大野市牛ケ原150号字森ヶ谷

福井県大野市に鎮座する坂門一言神社。延喜式内社の坂門一事神社の比定社。
御祭神は阪田大跨命。二六代継体天皇の妃、廣媛の父という。

境内には鳥居と拝殿と本殿が一体となった社殿が一棟。

社殿は鍵が閉まっていて本殿は見えない。
ここから詣る。

案内板がある。
社地は牛ヶ原村54番地字小林、牛ヶ原村150号字森ヶ谷から当地に遷座したという。
坂戸の地は足羽郡(福井方面)と大野盆地を結ぶ重要な峠越えの地である。

東には豊かな大野盆地が広がっている。
坂門一言神社
福井県大野市牛ヶ原75字新村下56

福井県大野市に鎮座する清瀧神社。主祭神は大国主命。
神明神社の天照皇大神、國生大野神社の大國玉命、蛭子神社の事代主命、一言神社の一言主命を合祀する。
延喜式内社の國生大野神社の論社のひとつである。

大野城の城下町から歩くこと、第一鳥居が見えてくる。

鳥居をくぐり赤根川に架かる橋を渡るとき、北に大野城が山上に建つ亀山が見える。
元は亀山の麓に鎮座していたが、金森長近が城を築くに際し現在の蛭子山に遷座したという。

境内入口の第二鳥居が見えてきた。当地は蛭子山ということもあり、合祀した蛭子神社の建つ地だったのかもしれない。

拝殿に詣る。

拝殿正面に享保17年の奉納額が掛かる。

拝殿裏にまわると、長い石段の先に本殿が見える。

拝殿右には境内社が並ぶ。手前より厳島神社、稲荷神社、菅原神社、松尾神社、八幡神社。
社務所となる自宅は境内を出たところにあり、御朱印について尋ねたが授与していませんでした。
清瀧神社
福井県大野市清瀧124−16

池田町に鎮座する鵜甘神社。延喜式の今立郡鵜甘神社の論社のひとつ。
御祭神は応神天皇、神功皇后、武内宿禰を主祭神とする。

第一鳥居と第二鳥居の間に町道が走る。第一鳥居の前後に赤い鉄枠があって不思議に思っていたが、鳥居をくぐる高さ制限のためらしい。よく見ると第一鳥居の一部が新しくなっている。前に誰かぶつかったらしい。

第二鳥居の前に社号標が立つ。

二月十三日の田遊びは明治に合祀した賀宝五所社の御田植神事をそのまま引き継いだもので、国重要無形民俗文化財に指定されている。

拝殿に詣る。拝殿の前にはテントが干されていた。最近何かの行事が行われたようだ。

拝殿内には田遊びの写真が飾られていた。翁の面を付けて演じるらしい。

拝殿の後ろに一段上がって本殿が建つ。

本殿の敷地の隅には倒れた灯篭が変わった積み方で残っていた。
鵜甘神社
福井県今立郡池田町水海52-24

池田町に鎮座する須波阿湏疑神社。延喜式の今立郡須波阿湏疑神社三柱の論社のひとつで旧県社。御祭神は倉稲魂命、建御名方命、大野手比売命の三柱、大田命と大国主命を併祀する。
御朱印は拝殿左手の社務所でいただいた。

朱色の鳥居の先に参道が延びる。

社前には道路を挟んで道祖神を祀る一里塚神社と一里塚にご神木の欅と榎が植えられている。

鳥居をくぐると参道沿いに杉の並木が続く。

鳥居の右に田中社の旧跡が残る。御祭神の大国主命は本殿に併祀され、旧跡は祭礼の神輿渡御の御旅所となっている。

参道をしばらく進むと大きな神門が迎えてくれる。

神門を通ると階段、その先に大きな拝殿が建つ。能舞台のある珍しい型式で、古い能面も伝わる。

拝殿には絵馬が何枚も奉納されていた。神社の境内を描いた一枚もあった。

拝殿の裏に本殿。本殿に詣る。本殿は開き戸が3面ある。
本殿は正殿に倉稲魂命、右殿に建御名方命、左殿に大野手比売命を祀る。神社名の「すわあづき」は、御祭神の諏訪大神の建御名方命と、あづきの神である小豆島の姫神、大野手比売命を祀るところに由来する。

右手に進む。境内社の御魂社。池田町の英霊を祀る。後ろに神具庫がある。

御魂社の左手に大杉への登り口がある。「荒魂大杉大明神参道」の碑がある。

早足で3分ほど。稲荷の大杉が見えてきた。天を衝くような巨木。倉稲魂命の依代と伝えられ、伊弉諾命、伊弉冉命を祀る。

御魂社の右手に鳥居と登りの参道を進む。階段の上に八幡神社が鎮座する。こちらは境内社ではなく別の氏神のようだ。

階段下からは池田町が一望できる。

八幡神社の拝殿には六番の御詠歌らしき額が掛けられていた。宮司に聞いたがわからなかった。
八幡大菩薩の本地仏は阿弥陀如来または釈迦如来とされることが多いが、何かの霊場になっていたものと思われる。

御魂社の下におとの池がある。

引き返して本殿の前を社務所に向かう。境内社の市杵島姫神社。

境内社の祖霊社。平知度を祖とする宮司家の祖神を祀る。

境内社の秋葉神社。
須波阿湏疑神社
福井県今立郡池田町稲荷13-1

越前市に鎮座する鵜甘神社。御祭神は贄持命。延喜式の今立郡鵜甘神社の論社のひとつ。

境内は西向き。社号標や扁額にも式内鵜甘神社と書かれていた。

鳥居をくぐって拝殿に向かう。

社殿は左に長い変わった形だ。覆屋を兼ねた拝殿に本殿が鎮座し、左に突き出た建物は社務所となるのか。

木像の四天王像が3体残るという。

あらためて拝殿を覗いてみる。薄暗かったが、本殿の左のケースに3体の像が見えた。60センチほどで意外に小さい。
鵜甘神社
福井県越前市入谷町33-7

越前市に鎮座する小山田神社。御祭神は経津主命、武甕槌命、事代主命。延喜式の今立郡小山田神社の論社のひとつ。

集落の奥、山麓に鎮座する。雨の日は少し薄暗い。

参道を進む。

拝殿に詣る。本殿は拝殿と続く。

拝殿右に長い階段。上に境内社の不動宮が鎮座。名称にかなり無理があるが、神仏習合でお不動さまが祀られていたのだろう。

不動宮の社は石製の瓦で、もとは石祠だったか。
小山田神社
福井県越前市南小山町2-46

越前市に鎮座する日野神社。御祭神は継体天皇、安閑天皇、宣化天皇の三柱。延喜式の丹生郡兄子神社の論社のひとつ。

日野山の山麓に集落が広がり、そこに向かってまっすぐ参道が延びる。
今日は雨霧がかかり、日野山が見えなかった。

西向きの境内。

由緒書き

絵馬殿には本当にたくさんの絵馬が架かる。

日野山を書いた絵馬もあった。さすがに越前富士とも言われる霊山といえる。

拝殿に詣る。

境内の左から日野山への登山道が延びる。

日野山頂への途上には石の唐戸や長命水、山頂には奥宮(奥の院)もある。
今日は宮司がおらず御朱印はいただけなかった。常駐はしていないようだが、次は日野山への登拝も含め再訪することにしよう。
日野神社
福井県越前市中平吹町字茶端80-1

南越前町に鎮座する麻気神社。延喜式の丹生郡麻気神社の論社の一社。御祭神は奇玉饒速日命。

集落の中を通過する道路沿いに鳥居が立っている。

盆踊りが行われたような舞台とテントが残る。

拝殿に詣る。

本殿は拝殿の後ろ、覆屋に囲まれているが隙間から参拝できた。

拝殿右に境内社が一社。

休憩所かと思ったが、絵馬殿であった。

絵馬は少なく、俳句の奉納額が多い。

文久元年の俳句奉納碑。
麻気神社
福井県南条郡南越前町牧谷54-19-1

南越前町に鎮座する鵜甘神社。御祭神は鵜鵜草葺不合尊。延喜式の今立郡鵜甘神社の論社のひとつ。

集落の中、山の麓に参道がまっすぐ延びる。

杉のご神木の間を境内に入る。

入口に由緒書きがある。

立派な社務所があったが、御朱印は授与されていないとのこと。

境内に絵馬殿があった。

絵馬がたくさん掲げられていた。剥落が激しいのが少し残念。

拝殿の後ろに本殿。大きな社殿である。

拝殿の扁額は「越前国杣山総鎮守 杣山式内総社」となっている。
鵜甘神社
福井県南条郡南越前町堂宮14-9

南越前町に鎮座する白山神社。延喜式の丹生郡兄子神社の論社の一社。御祭神は伊弉那美命。

神社は南向きに鎮座。

鳥居をくぐって境内に入ると、高い杉の巨木に囲まれている。
拝殿に詣る。

拝殿右の階段を上って本殿に至る。途中、獣防止柵を開けて入る。

本殿の戸の横には鯉の滝登りの彫刻が彫られている。

境内に隣接して浄土真宗浄圓寺がある。
白山神社
福井県南条郡南越前町瀬戸26-54

勝山市の平泉寺白山神社。

すでに何回も訪れた場所ですが、今回は

白山開山1300年に合わせた企画で訪れました。

石川県の加賀馬場白山比咩神社、福井県の越前馬場平泉寺白山神社、岐阜県の美濃馬場長滝白山神社の三社をめぐって、御朱印スタンプを集めると、特製クリアファイル(3枚組)がもらえます。
白山開山1300年は来年の平成29年、まだまだイベントは続きます。
平泉寺白山神社
福井県勝山市平泉寺町平泉寺

福井市に鎮座する柴田神社。御祭神は柴田勝家公、お市の方。

街中に鎮座するため、ビルに囲まれている。
NHK大河「江」放映の年に周辺環境など大きくリニューアルしている。

ここは勝家公とともに焼失した北の庄城跡の一角に鎮座する。敷地内からは石垣などが出土している。

「瓶割り柴田」と呼ばれた勝家公にちなみ、素焼きの瓶を割って祈願する場所もある。

最近、お市の方にちなんで、「モテ祈願」なるものも始めたようだ。
柴田神社
福井県福井市中央1丁目21−17

越前市の藤垣神社。御祭神は本多富正公。

本多富正公は本多重富の長男で、結城秀康が越前に入封するに際し、附家老として府中に入った。
越前国の国府もあった府中は近世になっても重要な地であったが、戦乱の世に荒れ果てていて、富正公がその復興に尽力したようだ。

文化財や貴重な宝物も多いようだ。

拝殿に詣る。

本多家といえば立葵紋。

鳥居脇の灯籠

福井藩最後の藩主、松平慶永(春嶽)公の寄進であった。
藤垣神社
福井県越前市本多3丁目3−3

越前市の枚井手神社(ひらいでじんじゃ)。御祭神は枚井手大神、波迩夜須毘賣命を配祀とし、菅原道真公を合祀している。
「枚」の字は社号標を見ると、「木(きへん)」ではなく、「扌(てへん)」のようだ。丹生郡延喜式内社の論社のひとつ。

南と北にそれぞれ一の鳥居が立つ。

二の鳥居と社殿は西向き。

拝殿に詣る。

拝殿前の新しい柵は今回の神宮式年遷宮の下賜古材で作られたもの。下賜されるということはやはり由緒のある社と認識されているようだ。

社殿左に石碑がある。

もとはここに本殿があったようで、昭和47年に現在地に遷されたようだ。
境内は広々としているが、境内社はない。
枚井手神社
福井県越前市深草2-6

越前市の神明神社。御祭神は天照大神。
丹生郡延喜式内社の大山御板神社の論社であるが、神明神社は明治41年に合祀された社で、元宮は三ツ口にあった。

神明神社を合祀するまでは伏拝神社と称し、若狭富士とも呼ばれる霊峰日野山の遙拝所であった。
また、明治36年武生の大火により総社が類焼したので、御神体をこの社に遷されたことがあり、以来上総社と呼ばれた。

二の鳥居をくぐって社殿に向かう。

拝殿に詣る。

拝殿と蔵の間に御神木の欅の大木がある。本当に大きい。

境内社は二社。本殿の左に金刀比羅宮。

参道の左に天満宮。
神明神社(上総社)
福井県越前市若竹町11-17

越前市の十府神社。御祭神は彦火火出見尊で、菅原道真公を合祀している。
丹生郡延喜式内社の斗布神社の論社のひとつ。

社殿の背後に妙法寺山を頂き、まるで神奈備のようです。

拝殿に詣る。

拝殿の後ろに本殿。

本殿の飾り物に亀や鶴が彫られている。

本殿左に石祠。案内板によると猿田彦命を祀る庚申宮らしい。

右に大物主命を祀る金刀比羅宮がある。
十府神社
福井県越前市松森町21-8

越前市の神明神社。御祭神は天照大御神。

式内社の十府神社へ向かうときにすぐ近くの道路沿いに鎮座していたので参拝する。

鳥居をくぐると境内。

正面の社殿は足場が組まれているが何か修復途中なのか、間をくぐって詣る。

境内社が二社。本殿は天照大御神なのはわかるが、この境内社は不明。

もう一社。石祠があったが、こちらも詳細は不明。
神明神社
福井県越前市行松町18-11

越前市の若宮八幡宮。御祭神は大塩八幡宮の御子神。

社標柱の説明によると、往古は八幡宮境内に祀られていたのを江戸初期この地に遷座、当宮を創立された紀中納言友仲公ゆかりの地として、藤の森とともに名所になっている。
付近は開拓されて田が広がるばかりだが、宮の左に残るこの一本にからまる藤がその名残なのか?

祠は大塩八幡宮のほうを向いて鎮座する。

大塩八幡宮に参拝の後、旧武生市内へ向かう途中で大きな神社標を見つけた。拝殿修復記念で立てられたもので、揮毫は現宮司によるものらしく、確かに御朱印の墨書きに似ていますね。
若宮八幡宮
福井県越前市国兼町

越前市の夫婦神。御祭神は伊邪那岐尊、伊邪那美尊。
現在大塩八幡宮境内に遷座している天国津彦神社と天国津比咩神社の元宮の地と伝わる。

大塩八幡宮から西へ数百メートル。

道路脇に小祠が鎮座する。

夫婦神と書かれた鳥居柱は南の田に向けて立つ。

祠に詣る。

扉が開いたので中の石像にもう一度詣る。
夫婦神
福井県越前市国兼町