「16富山県の神社」カテゴリーアーカイブ

越中富山 有磯正八幡宮③

有磯正八幡宮

富山市に鎮座する有磯正八幡宮。御祭神は有磯神、綏靖天皇、応神天皇、仁徳天皇、神功皇后、武内宿禰を主祭神とする。

有磯正八幡宮

今年から初詣限定御朱印が頒布されるという情報を得て参拝に来ました。

有磯正八幡宮

真新しい注連縄が新年が明けて清々しく感じる。

有磯正八幡宮

拝殿に参った後、拝殿に設けられた授与所に置いてあった限定御朱印を入手した。
80体奉製ということで、3日に残っているか心配でしたがまだ半分は残っていました。当社の古印を特製用紙に押印してある貴重な御朱印です。和暦だけではなく十干十二支も変わるデザインになっている。古印の「有」は横になっているのが洒落ている。

有磯正八幡宮
富山県高岡市横田町3丁目1−1

越中富山 有磯正八幡宮②

有磯正八幡宮

富山市に鎮座する有磯正八幡宮。有磯宮と横田正八幡宮を合祀して創建された神社で、御祭神は有磯宮の有磯神、綏靖天皇と、横田正八幡宮の応神天皇、仁徳天皇、神功皇后、武内宿禰を主祭神とする。

有磯正八幡宮

二度目の参拝。

有磯正八幡宮

拝殿に参る。

有磯正八幡宮

本殿は見えないが、主祭神を正座とし、さらに明治以降に合祀した周辺の鎮守社を左座と右座に祀る。
左座に八坂社、水天宮を、右座に息長武神社、琴比羅社、神明社、諏訪社を配祀する。
琴比羅社の御祭神は大己貴神、石凝姥神、日本武尊、前田利長公を祀る。宮司に聞いたところは琴比羅社はもと金屋町の鎮守で、鋳物の町として鍛冶の神である石凝姥神と、町を開いた前田利長公が祀られたという。

有磯正八幡宮

徒歩ですぐだというので、夕方の金屋町を歩いてきました。
メインストリートに石畳が敷かれていて風情がある。

有磯正八幡宮
富山県高岡市横田町3丁目1−1

越中富山 鹿嶋神社②

鹿嶋神社

富山市に鎮座する鹿嶋神社。御祭神は武甕槌命を主祭神とし、大己貴命、少彦名命、富山藩二代前田正甫公を配祀する。

鹿嶋神社

今日は2回目の参拝。

鹿嶋神社

拝殿に参る。

鹿嶋神社

鹿嶋神社の辺りには富山藩祖時代には家老を勤めた近藤善右衛門長房の下屋敷があり、二代正甫公の誕生地といわれる。
現在の境内には正甫公の産湯井が残るが、もとは拝殿のやや南方にあったと言われる。

正甫公は有沢(神通川左岸)の産土神であった鹿嶋神社を特に崇敬し、富山城の南西(裏鬼門)にあたる当地(神通川右岸)に遷座したとされている。

鹿嶋神社
富山県富山市鹿島町2丁目8番10号

越中富山 於保多神社

於保多神社

富山市に鎮座する於保多神社。御祭神は菅原道真公、富山藩祖前田利次公、二代正甫公、十代利保公を祀る。

於保多神社

西鳥居から境内の駐車場に入るが、正参道は東側にある。
入口には「縣社兼郷社於保多神社」の標柱が建つ。

於保多神社

参道には2つの鳥居が建ち、間に神橋がある。

於保多神社

拝殿に参る。今日はこの後に祈祷の予約があったようで、女性神職が拝殿にいらした。
前回参拝時は男性に御朱印は止めてしまったようなことを言われたのだが、今回は快く受けて頂いた。
神社由緒なども置いてあり、新幹線開業後参拝者も増えたのかもしれない。

於保多神社

拝殿には菅原道真公の絵馬も奉納されている。

於保多神社

拝殿の後ろ、玉垣に囲まれて本殿が独立して建っている。

於保多神社

境内には記念碑がたくさん建っている。その中には2代正甫公の鋳造した時鐘で作った正甫公頌徳碑がある。

於保多神社
富山県富山市於保多町1−32

越中岩峅寺 雄山神社前立社壇④

雄山神社前立社壇

立山町に鎮座する雄山神社前立社壇。御祭神は伊邪那岐神、天手力男神。

雄山神社前立社壇

大鳥居から参道を進む。

雄山神社前立社壇

拝殿に参拝する。

雄山神社前立社壇

拝殿には「立山雄山宮」の扁額がかかる。

雄山神社前立社壇

今日の参拝は加賀前田家当主を祀る神社に参るため。
あらかじめ調べた情報では境内の末社八幡社に祀られているということだったが、案内板には応神天皇と神功皇后のみ記載されている。御朱印時にいただいた神社パンフレットには八幡宮に前田利家公が入っていた。八幡宮には旧岩峅寺集落にあった鎮守の御祭神が合祀されているようだが、利家公がもともと何処に祀られていたのかは分からなかった。

雄山神社前立社壇

藩政期に藩領だった当地は加賀前田家の庇護も篤く、2代利長公の正室永姫の寄進した石造狛犬が拝殿に残る。

雄山神社前立社壇

また、13代斉泰公の寄進した湯立の釜も境内に残る。

雄山神社前立社壇
富山県中新川郡立山町岩峅寺1

越中氷見 伊勢玉神社②

伊勢玉神社

氷見市に鎮座する伊勢玉神社。今日は宮司が留守で御朱印はいただけなかった。

伊勢玉神社

今年は大雪で各地で被害が出ているが、境内の木も枝折れの被害が多かったようだ。

伊勢玉神社

拝殿に参る。

伊勢玉神社

今日は近くに用事があり参拝したが、目的は神社神報に記事がでていた宮司自らが描いたという絵馬。
愛らしい子犬?が描かれている。

伊勢玉神社
富山県氷見市伊勢大町1丁目9−23

越中氷見 日宮神社

日宮神社

氷見市に鎮座する日宮神社。御祭神は天照皇大神を主祭神とする。往古は久目神社と称していたという言い伝えがあり、延喜式射水郡久目神社の論社の可能性を残す。

日宮神社

集落の通りに面して西向きに鎮座する。参道の入口にのぼりポールと「村社 日宮神社」の社号標

日宮神社

階段手前に鳥居と手水

日宮神社

階段の両側に杉が立ち並び、小さいながら手入れされている雰囲気がある。

日宮神社

階段を上り拝殿に参る。

日宮神社

拝殿に掛かる扁額は「日の宮」とある。崩し字のため読み取れないが、「の」の字は「乃」だろうか?

日宮神社

本殿は拝殿に続く覆屋のなかにある。

日宮神社

拝殿右手に小さな鳥居が建つ。

日宮神社

参道に社務所兼自宅があるので訪ねる。残念ながら御朱印はなかったが、しばし話を聞く。
拝殿右の鳥居について尋ねると、氷見市街(旧氷見町)のほうにあった酒造店の店主が夢見で、当地に神を祀るよう言われて祀ったものといい、鳥居の先に祠があったそうだが今は跡しかないという。つまり水の神(松尾の神か?宗像の姫神か?)だということだが、酒造店は後に薬屋に転じ、その頃病気に効く薬を占うおみくじがあり、おみくじを持ってその薬屋に行ったという。現在は代が進み参拝も祭りも途絶えたといい、そう古い社ではないものの本殿にも合祀されておらず、詳細が不明になったということで残念。

聞けば代替りした今の宮司は富山県の公文書館に勤められているということで、退職されて常住されるようになれば、もっと詳しい話が聞けるかもしれない。

日宮神社
富山県氷見市大浦1806

越中氷見 楯鉾神社

楯鉾神社

氷見市に鎮座する楯鉾神社。御祭神は不明だが、三代実録記載の楯鉾神の論社であるので楯鉾神ということになろうか。
というのも、白川集落の氏神は少し西に鎮座する八幡宮で、楯鉾神社はその境外末社になっているため情報が少ない。

楯鉾神社

白川集落の西の丘陵地の隅に建ち、

楯鉾神社

境内の入口に鳥居が建つ。

楯鉾神社

鳥居の足下に五輪塔の一部が残されている。

楯鉾神社

社殿は本殿・拝殿一体の建物。社殿に参る。

楯鉾神社

社殿の左に壊れた石祠があり、かつては仏像が入っていたのだろう。

楯鉾神社
富山県氷見市白川1288

越中砺波 神明宮

神明宮

南砺市に鎮座する神明宮。御祭神は天照大神。延喜式砺波郡荊波神社の論社。

神明宮

集落に入る南の道路沿いに「村社 神明宮」の社号標とのぼりポール。

神明宮

住宅地の前にものぼりポールが建つ。

神明宮

住宅と車庫の間の参道。手前の家は一般の民家のようだった。

神明宮

境内の入口に鳥居

神明宮

拝殿に参る。

神明宮

拝殿のサッシは開かなかったので、外で参ったが、提灯の後ろに扁額が見える。

神明宮

本殿も覆屋の中のようだ。

神明宮

右には境内社の秋葉社の石祠が建つ。

神明宮
富山県南砺市桐木155

越中砺波 石武雄神社

石武雄神社

南砺市に鎮座する石武雄神社。御祭神は石武雄神を主祭神とし、天照皇大神を合祀する。三代実録記載の石武雄神の論社。

石武雄神社

社叢の森に向かって道路沿いに社号標が建つ。田の中を長い参道が続く。

石武雄神社

参道の途中に鳥居が建つ。

石武雄神社

参道沿いに雉子が一羽。追いかけっこするように参道を進む。

石武雄神社

境内に入る石橋を渡ると二の鳥居が建つ。石橋の下には用水が流れる。

石武雄神社

境内に入ると「本願寺五世 婥如上人御旧跡」の石碑が建つ。婥如上人が北陸布教の途中、倶利伽羅で老翁に話を聞いて、当地に一週間逗留したという。後に上人は瑞泉寺を開く。

石武雄神社

拝殿はサッシに囲われている。

石武雄神社

拝殿前に随神座像が立っている。高岡の有磯正八幡宮では入口に随神像が立っているが、拝殿前のものは初めて見た。

石武雄神社

拝殿に参る。正面に大きな扁額が掛かっている。女武者が中央に描かれているので巴御前だろうか。巴御前は南砺市福光で亡くなったという伝説も残っている。

石武雄神社

本殿もサッシに囲われている。

石武雄神社

本殿の左に庭園がある。小山の上に社殿が建つ。

石武雄神社

拝殿の右には社務所が建つ。

石武雄神社

左方には宮司宅が建つ。御朱印をいただく。宮司が書いている間、奥様と話をしていた。社家河合家は現宮司で45代続いていて、寺から奥様が嫁いだ当時は地元の方に「ひいさま」(姫様)と呼ばれた時期もあったようだ。社宝は阿弥陀三尊像の懸仏で、かつての御神体であり、今でも三十三年に一度御開帳される(岩武三社権現式年開扉大祭。次回は2026年7月)という。

石武雄神社

境内の東の田の中、一本の木の下に石碑が見えた。

石武雄神社

近づいてみると「六郎塚」とある。
神社の縁起によると、崇徳天皇の天承年間、信州水内郡野尻の郷士河合典膳の子・河合五郎、六郎の兄弟が生れ国の守護神である熊野三神の霊夢によって越中国礪波郡石武野に移って統治したという。河合氏がその熊野三神を当社に合わせ祀り「岩武三社権現」と称し、残る懸仏も三社権現である。以来石武野は、河合氏の故郷の名に因んで野尻郷と称せられたという。六郎塚があるということは五郎塚もどこかにあったのだろうか。

石武雄神社
富山県南砺市野尻711

越中高岡 移田八幡宮

移田八幡宮

高岡市に鎮座する移田八幡宮。御祭神は移田大神、譽田別尊、天照皇大神、豊受大神。三代実録記載の杉田神の論社。

移田八幡宮

社殿は東向き。境内には大木が多い。

移田八幡宮

境内の外右側に赤い社務所が建つ。

移田八幡宮

境内の右には忠魂碑などが並ぶ。

移田八幡宮

境内に入ると左手に祭具庫か神輿庫

移田八幡宮

参道の燈籠は積まれた岩の上に乗っている。

移田八幡宮

拝殿に参る。

移田八幡宮

拝殿をのぞくと薄暗いが源平合戦のような大きな絵馬が正面に掛かっている。

移田八幡宮

拝殿の後ろは玉垣に囲まれているが、本殿の前に中門が建つ。随神が両側に座す随神門のようだ。

移田八幡宮

本殿は覆屋の中で、玉垣からの角度だと中がよく見えない。

移田八幡宮

拝殿左に広川社。明治の初めに二度の大火のとき、御神託により境内神木百六十柱の高神大神を祀ったという。

移田八幡宮

広川社の後ろには境内一の高さの御神木がそそり立つ。

移田八幡宮

拝殿の右側に境内社の稲荷社と

移田八幡宮

天満宮。稲荷社の屋根しかないような祠はなぜなのか気になる。

移田八幡宮
富山県高岡市中田4673

越中富山 日宮神社

日宮神社

富山市に鎮座する日宮神社。御祭神は天照皇大神、天穗日命を主祭神とする。延喜式射水郡多久比禮志神社の論社。

日宮神社

境内は東向き。周囲は完全に市街地化しているが、境内の木の大きさからすると、周辺はもっと鬱蒼としていたのかもしれない。

日宮神社

入口の社号標には「日宮神社」とある。

日宮神社

裏にまわると「村社 手向神社」と書いてある。以前の社号らしいが再利用している例は初めて見た。

日宮神社

境内に二宮金次郎像

日宮神社

燈籠は掃除中か崩れたものか

日宮神社

拝殿に参る。

日宮神社

拝殿中央に唐子の奉納額、右に社号奉納額、左は第四次川中島合戦のようだ。

日宮神社

拝殿からは階段を下りて覆屋の中に本殿が入っている。

日宮神社

神明造の本殿

日宮神社
富山県富山市黒瀬北町2-14

越中富山 新川神社

新川神社

富山市に鎮座する新川神社。御祭神は大己貴命、大新川命を主祭神とし、天照皇大御神、白山比咩命、琴比羅神、建御名方命、菅原道真公を合祀する。三代実録記載の新川神の論社。

新川神が新川郡の由来とも言われ、新川神社の建った場所を新川庄と呼び、後に略して新庄の地名が起こったという。

新川神社

境内の西に道路が通り、交通量もそこそこあるので少し騒々しい。入口に「郷社 新川神社」の社号標が建つ。

新川神社

扁額のかかる鳥居をくぐり、社殿までまっすぐ参道が通る。

新川神社

拝殿に参る。

新川神社

拝殿には正面に龍の彫刻がかかる。

新川神社

拝殿には「卯杖、卯槌祝の額」が掛かっている。宮中で正月初卯の日に邪気払いとして行われたもので、天保四年まで新川神社でも行われた。奉納額は弘化四年に富山藩の画家が描いたもの。

新川神社

社殿はコンクリート製

新川神社

本殿右の建物は神輿倉か?

新川神社

社殿の左を進むと奥に新しい参集殿が建っている。

新川神社

授与所を見ていると、破魔矢と並んで薙刀開運導き守という変わった授与品があった。例祭で猿田彦神が薙を持って歩く。

新川神社

境内の東に石碑が並び、一角に狛犬の先に2つの石が並ぶ。

新川神社

陰陽石だという。

新川神社

社前に隣接して宮司宅があり、御朱印をいただいた。

新川神社

新川神社から徒歩3分の場所に新庄小学校が建つ。ここは東に常願寺川、西に荒川が流れる要害の地、北陸道に面する交通の要衝でもあった新庄城跡であった。新川神社は新庄城の守護神であって新庄城の落城とともに神宝などを焼失したという。本丸と推定される高台は、かつて御屋敷山と呼ばれ、小学校グラウンドになっているというが、削られて往時の面影はない。

新川神社
富山県富山市新庄町2-13-45

越中滑川 加積雪嶋神社

加積雪嶋神社

滑川市に鎮座する加積雪嶋神社。御祭神は大山咋命、大己貴命。

加積雪嶋神社

社前の北を通る道路の北が海であり、高い防潮堤が建っている。

加積雪嶋神社

通り沿いに「大岩道」という道標が残る。近くの北陸道分岐点に立っていたもので、立山へ向かう道しるべであった。

加積雪嶋神社

一の鳥居は北向き。「郷社 加積雪嶋神社」の社号標が建つ。

加積雪嶋神社

境内東側の通りに石碑が並ぶ。右2つは「北辰星」「庚申塚」と書かれている。道しるべも2つあるといい、右から4、5番目のものだろうか。立山大権現と書いた法華塔や地蔵も多い。

加積雪嶋神社

鳥居をくぐると右に折れ、二の鳥居の先に社殿。社殿は東向き。

加積雪嶋神社

拝殿に参る。拝殿前に前の社号「加積雪島神社」の扁額が掛かる。中には「加積雪嶋神社」の扁額が掛かっていた。

加積雪嶋神社

拝殿の左に飛び出す建物。高欄があり、舞殿のようにも見える。

加積雪嶋神社

幣殿、本殿と覆屋の中。

加積雪嶋神社

拝殿左に薬師神社。昭和31年創建の末社。

加積雪嶋神社

なぜ薬師かというと滑川地区配置家庭薬協同組合による建立だから。

加積雪嶋神社

薬師神社のそばにあるこの土台には何が立っていたのだろうか。銘板も外されていて不明。

加積雪嶋神社
富山県滑川市加島町2050

越中滑川 中加積神社

中加積神社

滑川市に鎮座する中加積神社。御祭神は天照皇大神、須佐之男神。

中加積神社

八坂社を神明宮に合祀し中加積神社と改称する。住宅街にあり境内の森が目立つ。加積郷は滑川市、魚津市、上市町にまたがる範囲であったと言われるが、現在は富山地鉄本線の中加積駅があり、一駅北西に西加積駅がある。近代まで加積郷の地名が残った地域だと言える。

中加積神社

鳥居は西向き。入口に鳥居とのぼりポールが建つ。

中加積神社

鳥居の先に建物があるが、社殿ではなく倉庫のようなもの。

中加積神社

鳥居をくぐって右に社務所。

中加積神社

反対の左に社殿。社殿は南向きで、拝殿前の左右の大スギが御神木になっている。

中加積神社

拝殿に参る。

中加積神社

本殿は覆屋の中だが、拝殿正面から明るければ少し見ることができる。

中加積神社
富山県滑川市堀江上前田156

富山新川 新治神社②

新治神社

黒部市に鎮座する新治神社。御祭神は譽田別尊、建御名方命、少彦名命。三代実録記載の新治神の比定社。
二度目の参拝。今日は御朱印をいただけた。書けるのは宮司の娘さんのみのようだ。

新治神社

社殿へと続く参道。10月26日の夜から深夜にかけて行われるたいまつ祭りでは参道両側に大たいまつが並び、過去には火傷や喧嘩が絶えなかったという。元は早朝4時頃に神輿の宮入が行われたが、参加者を増やすため0時過ぎに変更され、神輿の担ぎ手も町会単位から満42歳の厄年に変更されて、他町会への当て付けもなくなり喧嘩は減ったようだ。

新治神社

拝殿に参る。今は大きな松が目立つ境内だが、松は100年ほど前に植樹されたものらしい。

新治神社

境内の西に広がる公園と月見嶋の清水は、100年ほど前に大正天皇が皇太子の時に近くを行啓する際に神社が町に寄付し整備したものという。

新治神社

公園の清掃をしていた年配の方に声をかけられて少しの間話をした。
月見嶋の清水には鯉がたくさん泳いでいるが、近くの廃止された池や鯉商人から譲られた鯉を補充しているという。先日も100匹以上黒い鯉を入れたというが、20センチ以下の鯉は近くに巣を作るサギやトンビにやられて大きなものしか残っていない。まさに弱肉強食。
生地の地は湧き水も多く、各家には地下水の井戸があるといい、池も昔はブクブクと湧き水が沸いていたという。上流のダム建設や工場の地下水利用で水位が下がり、30メートルで出た地下水が80メートルも掘らないと出ないとか。
北前船の寄港地でもあった生地の港だが、小型漁船が主流になると少し南の石田の浜のほうに移り、船が大型化するに伴い、また生地に戻ってきたらしい。
黒部市では三島さん(八心大市比古神社)と並ぶほどの大社であった新治神社だが、かつては黒部川を挟んで入善のほうまで影響があったという。今は時代の流れなのか、宮司の対応なのか、見る影もない。
祭りの話、公園管理の話などいろいろと話を聞けて楽しかった。

新治神社
富山県黒部市生地716

富山新川 新治神社

新治神社

黒部市に鎮座する新治神社。御祭神は譽田別尊、建御名方命、少彦名命。三代実録記載の新治神の比定社。

新治神社

境内はとても広い。往古は少し北方にあったというが、今は海の中。

新治神社

境内に入ると左手に駐車場、右手に社務所と宮司宅が建つ。ちょうど出かける準備をしていた方に御朱印を尋ねると、授与しているが今は書く人が外出中ということだった。

新治神社

社号標は旧富山藩主の前田利男伯爵の揮毫。

新治神社

参道の途中に一の鳥居、玉垣の中に二の鳥居が建つ。

新治神社

拝殿に参る。

新治神社

拝殿右手に宝物殿。前の道や社叢の中はフンで白くなっている。

新治神社

というのも、入るときから「グァー」という鳴き声が響いていた。多くは冬に葉を落とす高い広葉樹の枝の間に巣を作るサギが、ここでは松しかないためか、松の木の上に巣作りをしていた。

新治神社

宝物殿の入口の左右には神馬が奉納されている。佐渡の文学士矢浪淑次郎氏からの奉納で、右に白馬、左に鹿毛馬。

新治神社

白馬の上にどこにあったものだろうか、猪の木像が置かれている。

新治神社

神社の左方、池に浮かぶ島がある。「月見嶋の清水」というとやまの名水で、地下水が自噴している場所という。

新治神社

ふと見上げるとこの付近には鷹(隼?)が数羽いて、サギなど神社に集まる鳥を狙っているようだ。神社でバードウォッチングも楽しそうだ。

新治神社
富山県黒部市生地716

越中滑川 加積神社

加積神社

滑川市に鎮座する加積神社。御祭神は素盞嗚命。三代実録記載の賀積神がこの辺りと言われる。

加積神社

社叢西の車道沿いに社号標が建つ。

加積神社

社前には小川(用水か)が流れているが、元の参道は南向きか?

加積神社

境内に「加積神社八百年祭記念」碑。昭和53年なので、1178年創祀ということになっているようだ。

加積神社

平成5年には社殿建立百周年を迎えている。

加積神社

拝殿はサッシで囲われている。

加積神社

中に入り拝殿に参る。

加積神社

幣殿・本殿は覆屋に覆われる。

加積神社

右手に倉。祭具や神輿が中に入っているのか。

加積神社

左手に境内社で「薬師堂」の扁額が掛かる。神仏習合時は薬師如来が祀られていたのだろうが、おそらく今は少名彦名命を祀る。

加積神社
富山県滑川市上小泉1362

越中砺波 級長戸辺神社

級長戸辺神社

南砺市に鎮座する級長戸辺神社。御祭神は級長戸辺命、天照皇大神、誉田別命、天児屋根命、罔象女神。

級長戸辺神社

境内入口に鳥居と社号標

級長戸辺神社

社号標には「風宮 不吹堂 級長戸辺神社(かぜのみや ふかんどう しなとべじんじゃ)」。読みが難しい。

級長戸辺神社

鳥居から社殿の参道沿いにはつつじやドウダンツツジ、紅葉などが植えられている。

級長戸辺神社

広くない境内だが、杉の大木も多い。

級長戸辺神社

拝殿に参る。

級長戸辺神社

拝殿の貫の間には十二支の彫刻が彫られている。

級長戸辺神社

本殿は立派だが、氏子がなく、崇敬者によって護持されているという。
本殿右方の宮司宅で御朱印をいただく。

級長戸辺神社
富山県南砺市是安5726

越中砺波 大森神社

大森神社

南砺市に鎮座する大森神社。御祭神は誉田別命。井波八幡宮の旧鎮座地とされ、延喜式礪波郡荊波神社の論社。

大森神社

神社の正面には通りから個人宅の横を通っていく。鳥居と右に社号標

大森神社

振り返ると個人宅の裏を参道が延び、のぼりポールが建っている。

大森神社

鳥居の左には不動明王を彫った石が置かれている。

大森神社

境内に入ると右に「谷公民館」と書かれた建物。注連縄が張られているので、参集殿としても使われているのだろう。

大森神社

拝殿に参る。

大森神社

拝殿、幣殿、本殿と建物はつながっているが、地震対策かパイプで支えている。左に建物があったが倉庫のようだ。

大森神社
富山県南砺市谷724

越中砺波 栴谷神社

栴谷神社

砺波市に鎮座する栴谷神社(せんたにじんじゃ)。御祭神は天照皇大神、誉田別尊、神功皇后 。

栴谷神社

境内は南向き。

栴谷神社

入口に鳥居と社号標。鳥居の前の石はのぼりポールを立てるものか。

栴谷神社

社号標の横に万葉歌碑が建っている。
「いもが家に いくりの杜の藤の花 今こむ春も 常かくし見む」
伊久里の杜の候補地になっている3箇所のひとつで、地名も井栗谷となっている。

栴谷神社

境内には本願寺五世綽如上人のお手植えと伝わる大杉が御神木になっている。鎮座地は栴檀山の一角らしく最近センダンが植えられたという。

栴谷神社

拝殿に参る。

栴谷神社

扁額は「神明宮 八幡宮」となっており、2社を合祀して現社名に改称した元の社名を書いている。

栴谷神社

本殿の覆い、前には風除けにサッシ戸が付けられている。

栴谷神社

開けて本殿に参る。
境内をくまなく探してみたが、肝心の藤が見つからない。境内の保存樹林は杉とウラジロガシであり、綽如杉の案内板にも「この神社の境内は、古くから藤の花の名称所としても親しまれている。」とあり、境内に藤があるような記載はない。、元は境内地がもっと広かったことも考えられ、周辺には藤があるのかもしれない。

栴谷神社
富山県砺波市井栗谷6585

越中富山 吉倉八幡宮

吉倉八幡宮

富山市に鎮座する吉倉八幡宮。御祭神は誉田別尊、息長定姫命、玉依比賣命、武内宿禰。延喜式婦負郡杉原神社の論社になっている三社の創建の地に建つ神社と言える。

吉倉八幡宮

社号標が田んぼの畦に建てられていて、どうやっても正面から撮れない。

吉倉八幡宮

玉垣に囲まれた境内に入ると鳥居と狛犬。拝殿前の狛犬は古そうだ。

吉倉八幡宮

拝殿に参る。

吉倉八幡宮

本殿

吉倉八幡宮

本殿の左に五輪塔に挟まれた石碑が建っているが、風化していて読めない。

吉倉八幡宮

「二十六神社奉賛会社務所」と書かれた社務所の建物。訪ねると御朱印はなかった(作ろうと議論したことはあるらしい)が、二十六神社とは本務社である当社の他、兼務社25社を合わせた総称といい、社務所に入ると正面に26社の写真が掲げられていた。

吉倉八幡宮
富山県富山市吉倉649

越中富山 神明社

神明社

富山市に鎮座する神明社。御祭神は天照皇大神、豊受皇大神、倉稻魂神。三代実録記載の杉田神の論社。

神明社

境内入口に鳥居と「村社 神明社」と書かれた社号標

神明社

道路を挟んでのぼりポールが建っている。

神明社

拝殿に参る。

神明社

拝殿と本殿は石橋でつながっている。本殿が大岩の上に乗っているのは、平野の中にある神社としてはとても違和感を感じるが、故に威厳を感じる。

神明社
富山県富山市八尾町杉田字平岩2833

越中高岡 中川熊野神社

中川熊野神社

高岡市に鎮座する中川熊野神社。御祭神は伊弉冉命、事解男命、速玉男命、彦屋主田心命。延喜式射水郡加久彌神社の論社のひとつ。

中川熊野神社

社殿は東向き

中川熊野神社

社号標には「村社 熊野社」とある。

中川熊野神社

拝殿に参る。
拝殿は新しい。「熊野神社」の扁額が掛かる。

中川熊野神社

拝殿前に、下が高岡城の石垣石で、上が雨晴海岸の石という神社自慢の石燈籠。

中川熊野神社

拝殿後ろに本殿

中川熊野神社

本殿左に神輿殿、間に御神木の白樫

中川熊野神社

本殿右に御神木のウラジロガシ

中川熊野神社

鳥居の左には御神木の杉

中川熊野神社

参道右に御神木のイチョウ

中川熊野神社

拝殿左手に御神木のモミ。多種類の御神木が立つ。

中川熊野神社

本殿裏、西側に南向きに神明社の鳥居と社号標。しかし、社殿は見当たらない。

中川熊野神社

神明社の境内に御神木のウラジロガシ

中川熊野神社

社務所の前に御神木のイチョウ。稲荷社の御神木とある。

中川熊野神社

社務所前には2基の燈籠と鳥居と

中川熊野神社

手水鉢、そして井戸がある。

昼食時間だったが社務所で御朱印を尋ねると快く書いて頂けた。折角なので拝殿で祈願して行ってください、と言われたので拝殿に入らせて頂いた。聞いたところ、神社では火事で社殿を喪失し、5年ほど前に新築したという。拝殿が新しかった謎が解けた。
拝殿の天井には2匹の龍(昇り龍と下り龍)が描かれている。神明社と稲荷社も合祀され、拝殿中央に稲荷社、右に稲荷社、左に水の宮(神明社)が祀られている。

中川熊野神社
富山県高岡市中川本町7-3

越中氷見 御田神社

御田神社

氷見市に鎮座する御田神社。御祭神は誉田別命、御年大神、大年大神、伊邪那岐大神、伊邪那美大神、天児屋根命。入口の由緒には氏神は大年様とある。
三代実録に記載のある御田神(式外社)とされる。

御田神社

境内は南向き。

御田神社

参道入口に社号標、中程に鳥居が建つ。

御田神社

拝殿前の参道には雪除け。大屋根から落ちる雪で参道が埋まるのを防ぐ。

御田神社

拝殿に参る。拝殿には額が4枚。読めるものを見ると明治期に境内で奉納された神事相撲の大関の名前が書いてある。
しかし、現在の境内には土俵は見当たらない。入口の由緒によれば、中世飯久保城主が祈雨祈願のお礼として感謝祭を執行後に青年相撲を奉納し現在まで続く、とある。

御田神社

拝殿の後ろ渡り廊下のような幣殿の前に本殿がある。

御田神社

本殿は檜皮葺

御田神社

本殿前の扉や本殿の吊り燈籠には、小槌が3つ合わされた変わった紋が付いている。

御田神社

参道の右側に社務所があるが、窓ガラスは割れ、中も荒れ放題で使用できた状態ではない。

御田神社

境内は杉が多いが、中に一本大きなイチョウの木がある。

御田神社

参道の左隅、上がったところに境内社が一社。

御田神社

集落は仏生寺川を中心にした谷間に広がる。

御田神社
富山県氷見市仏生寺496

越中氷見 石武雄神社

石武雄神社

氷見市に鎮座する石武雄神社。御祭神は猿田彦大神。三代実録に記載のある石武雄神(式外社)の論社とされる。

石武雄神社

道路に面して西向きに参道。鳥居の北東の小山に社殿がある。

石武雄神社

入口に社号標と鳥居。階段の手前に二の鳥居が立つ。

石武雄神社

階段を上っていくと、社殿は南向き。拝殿の前に風雪除けのブルーシートが張ってある。

石武雄神社

拝殿に参る。「石武雄神」という扁額

石武雄神社

拝殿と幣殿とつながる本殿。本殿は見えそうで見えない。

石武雄神社

拝殿左前に朽ちているがかつては大木だったと思われる御神木

石武雄神社

境内から西方向。麓の集落と田が広がる。

石武雄神社
富山県氷見市堀田1370

越中氷見 手向神社

手向神社

氷見市に鎮座する手向神社。御祭神は猿田彦神、大物主神を主祭神とし、天照大神、建御名方神、少彦名神を配祀する。

手向神社

境内は社前の道路を正面にして南西向き。

手向神社

鳥居から拝殿までまっすぐ参道が延びる。

手向神社

現在の鳥居の前に礎石が残る。以前は四脚鳥居が建っていたようだ。

手向神社

拝殿に参る。

手向神社

「手向神社熊野宮」の扁額が掛かる。

手向神社

拝殿右前に一際高い老木が立つ。

手向神社

参道左に境内社が一社。

手向神社

境内左手に社務所がある。住んでいる様子はあるが留守だったので御朱印は確認できなかった。

[追加情報 2017/9/18]
今日社務所の方に会えた。御朱印は授与していなかった。

手向神社
富山県氷見市柳田2926

越中氷見 朝日丘八幡神社

朝日丘八幡神社

氷見市に鎮座する朝日丘八幡神社。御祭神は應神天皇を主祭神とし、神功皇后、比売神を配祀する。三代実録に記載の楯桙神の論社(式外社)。

朝日丘八幡神社

高規格道路の交差する北東角の小丘に鎮座する。干拓前の布勢湖の入口に位置し、かつての社地はもっと広かったのかもしれない。

朝日丘八幡神社

東向きの鳥居をくぐり、階段を西へ、そして北に折れる。

朝日丘八幡神社

上の平地になった境内は南向き。周囲を竹と椿に覆われているが明るく開けた空間だ。

朝日丘八幡神社

拝殿に参る。扁額には「八幡宮」と書かれている。

朝日丘八幡神社

拝殿の屋根を見ると剣のような飾り、鳩除けだろうか。両側には狛犬が乗っている。

朝日丘八幡神社

椿がちょうど見頃になっていた。

朝日丘八幡神社
富山県氷見市朝日丘15

越中氷見 一刎八幡宮

一刎八幡宮

氷見市に鎮座する一刎八幡宮。御祭神は応神天皇、玉依姫命。延喜式射水郡草岡神社の論社のひとつ。

一刎八幡宮

一刎集落の中央の高い場所に鎮座する。

一刎八幡宮

鳥居と社号標。上り階段の右側の木が伐採されたらしく木株が多数残る。

一刎八幡宮

拝殿前にも狛犬一組。拝殿に参る。

一刎八幡宮

拝殿を回り込むと裏の拝殿下に神輿車が納められていた。もう使用しないのだろうか。

一刎八幡宮

拝殿裏の一段高い場所に本殿。

一刎八幡宮

本殿前には狛犬ならぬ鯱瓦。昔は建物に上げられていたのだろうか。

一刎八幡宮
富山県氷見市一刎2619