「石川県の祭礼」カテゴリーアーカイブ

能登穴水 中居キリコ祭り

8月最終の土曜日、雨の合間を縫うように奇跡的な天候となりました。雨のおかげで暑さも一休みです。
穴水町中居に鎮座する神杉伊豆牟比咩神社の夏季例大祭として開催される中居キリコ祭りにやってきました。

夜7時過ぎ、神社の拝殿に集まった氏子の清め神事が始まりました。

祝詞も終わると、拝殿から神輿が引き出され、

神の道として提灯が並べられる。

真っ暗の中、神が神輿に遷座される。

出発前に神社前で氏子たちの直会が始まる。長い夜の始まりだ。

神輿を先頭にキリコが街中を引き回される。

当地のキリコ祭りが他地域と異なるのは、各家が道路沿いの部屋を開放して、神を迎えるために日本酒に灯籠、背後に絵屏風や金屏風を立て、生け花や盆栽を飾るということ。別名「屏風まつり」とも言われ、独特の雰囲気を醸し出す。

神職が屏風を背後に家に上がり、神輿に乗った神様を迎える。

飾りや屏風は各家によって違っており、それを見て回るだけでも楽しめる。

神輿は各家に到着すると、中居ばやしが唄われる。屏風と中居ばやし、この祭りの最大の魅力と言えよう。

10時過ぎになると町の中程まで進んできて、神輿とキリコは休憩となる。
日詰川のほとりで柱松明に火がつく。松明が海側に倒れれば豊漁、山側に倒れれば豊作という。

松明が消える頃、神輿とキリコはさらに山側へと進んでいった。

中居キリコ祭りはキリコの勇壮さはないものの、屏風と中居ばやしの醸し出す幽玄な雰囲気を感じられる祭りでした。

中居キリコ祭り日程
8月最終土曜日
19:00~ 神社で神事
19:40~ 神社前で直会
20:00~ 神輿が神社を出発、麓でキリコが合流する
20:20頃 日詰川のほとりで柱松明に点火
1:00頃 神社に帰着

能登能登島 伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

七尾市能登島に鎮座する伊夜比咩神社。7月の最終土曜日に日本三大火祭りとも言われる例大祭、向田の火祭りが行われる。
午後6時、まだ明るい境内にはキリコが勢揃いしている。

新潟県の彌彦神社の御祭神伊夜比古神が、年に一度向田の伊夜比咩神を訪ねて逢瀬を楽しむという祭りらしい。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

拝殿の中央には神輿が準備されていた。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

神様がお入りになる前に見せていただく。扉がなく、中央の心柱のみの神輿は珍しい。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

柱松明を見に行く。神社からまっすぐ延びる道路を崎山公園に向かう。
道路沿いには箱キリコが立てられ、地元の園児や児童による絵が描かれている。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

崎山公園に着くと、神輿着座の台があった。泥団子に何かの葉を刺したものが無数に並べられている。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

柱松明は30メートルほどあるそうだ。近づいてみると大きさに圧倒される。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

神社に戻り暗くなるまで待機する。
暗くなり始めるとキリコに火が灯る。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

午後8時神事が始まる。
神様が神輿に遷され、神輿が先導して渡御が始まる。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

キリコは神輿が進む明かりということで、神輿を先導するのが一般的だが、ここでは神輿が先導する。
神輿は進んだり戻ったりしてなかなか進まない。神輿だけは崎山公園の前を過ぎてどこかを回ってから戻ってきた。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

神輿とキリコは柱松明の周りを7周する。キリコは車が付いているのでここまでは引いてくる感じだったが、柱松明の周りは砂地なので、時々持ち上げて進む。

周回後、神輿は着座し、キリコは来た道に並ぶ。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

手松明を持った人たちが柱松明の周りを回る。
手松明が消えないようにグルグル回す。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

午後10時頃、手松明が柱松明に投げ込まれ点火。みるみるうちに柱松明が燃え上がる。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

今日はほぼ無風だったので長い間燃えていました。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

火柱は天に向かって激しく燃えさかり、息をのむ光景でした。
これだけ激しく燃えても、先端に付けられた御幣は燃えません。不思議です。

伊夜比咩神社例大祭・向田の火祭り

今年は海側に倒れたので「豊漁」と出ました。ちなみに山側に倒れると豊作。
柱が倒れると先端の御幣を青年団が奪い合う。それから青年団総出でオオギと呼ばれる中心の心材、オオギを支えるサシドラを火の中から引きずり出す。オオギとサシドラは2、3年使い回すそうだ。

伊夜比咩神社
七尾市能登島向田町115-26

能登七尾 大地主神社夏季例祭 七尾祇園祭

大地主神社

七尾市の大地主神社の夏祭り、七尾祇園祭に行ってきました。昼過ぎまでは雨が降ってきたが晴れたこともあり、涼しく人出も多かった。

祇園祭という名称からもわかるように、かつて牛頭天王を祀り、今は須佐之男命を神輿に乗せて悪霊退散と幸福を願う祇園会のひとつである。昨年日本遺産に認定された「灯り舞う半島 能登~熱狂のキリコ祭り~」を構成する1つの祭りでもある。

大地主神社

七尾祇園祭には11基の奉燈(七尾ではキリコのことは奉燈と呼ぶ)が出る。
山王町の奉燈は大地主神社の前からスタートする。

大地主神社

重いものは2トンにもなる奉燈を50人で力一杯担ぐ。
「サカサイ、サカサッカイ」とかけ声とともに、時々奉燈を持ち上げる。

大地主神社

上には囃子を奏でる子供たちが乗る。時々持ち上げられて楽しそう。

大地主神社

山王町の奉燈は神社前を1周、道路に出て折り返し、町内会館で小休憩。

大地主神社

他の奉燈を探しに出ました。辺りは暗くなり始めて、奉燈の灯りがきれい。

大地主神社

仮宮にやってきました。仮宮の後ろには露店も出ている。

大地主神社

仮宮には神輿がすでに到着している。

大地主神社

奉燈は町内の狭い路地も慎重に通っていく。

大地主神社

20時半頃から仮宮前に奉燈が1基ずつ入ってきて乱舞する。

大地主神社

奉燈が揃う(11基のうち1基は大きすぎて仮宮前まで来られず途中待機)と仮宮の背後に花火が上がる。
奉燈の上に花火が上がるのは景色がいい。

そこから大地主神社への還御が始まったが、今回はここで帰ってきた。

七尾祇園祭日程
開催日:7月第2土曜
15:30 大地主神社で出御祭
16:00 大地主神社から神輿出発
18:00~ 奉燈の巡行開始
18:30 山王町の奉燈が大地主神社前でまだらを披露し出発する
20:20~ 仮宮の前に奉燈が集まり始まる
21:30 奉燈の集合が完了し、清祓い神事が終わると港(仮宮後方)に花火が上がる
21:40~ 花火終了後、1番奉燈から仮宮を出発し、最後に神輿が続き大地主神社に還御する
23:30 大地主神社で還御祭。11番奉燈がまだら披露

大地主神社
石川県七尾市山王町1-13

加賀金沢 波自加彌神社③ はじかみ大祭

波自加彌神社

金沢市の波自加彌神社。日本で唯一の香辛料の神、波自加彌神を祀る神社です。
6月15日は例大祭であるはじかみ大祭の日でした。明治に一度途絶えて、20年前に120年ぶりに復活した例祭です。

波自加彌神社

初めて行ける機会を得、14時の開始に間に合うように着きましたが、臨時駐車場も車の列で年々参拝者が増えているようです。

波自加彌神社

すでに参拝者は拝殿の前に集まっていました。

波自加彌神社

座れなかった人たちの立ち見もたくさんいました。

波自加彌神社

本殿での祝詞の後、本殿前の準備の様子を見に行きました。

波自加彌神社

神事は湯釜にショウガを入れて、

波自加彌神社

笹の葉で周囲を清めます。この湯釜が神事の後に振る舞われる生姜湯になります。
今年は生産数一位の高知県と愛知県から奉納されたショウガのブレンドでした。また、水は元宮跡にある黄金清水の霊水です。

波自加彌神社

香辛料の神はかつて飢饉に見舞われたときに、唯一育ったショウガで飢えをしのいだという言い伝えによるもの。

波自加彌神社

最後に神職3人が生姜湯を飲んだのちに

波自加彌神社

容器を地面に叩きつけて割るという神事で終了しました。

波自加彌神社

生姜湯をいただいて、参拝者が少しずつ帰り始めた頃、拝殿の中を見ることができました。
生姜湯はピリッと辛口でした。

波自加彌神社

大祭用に作られた特別な神饌です。ショウガと脇にワサビも添えられています。

波自加彌神社

全国各地から香辛料を使った商品やショウガが送られて来ます。写真に写っているもので半分くらいです。
こちらも年々増えているようで、それだけ祭りの知名度が上がってきているようです。

波自加彌神社

ショウガご飯の入った小さな寿司(県内の調理師でつくる「調理研究 越路会」が奉納)もいただきました。
御朱印は拝殿隣のテントでこの日に限っては、権祢冝である宮司の奥さんが書いてくれます。(普段は宮司が書きます)
また、本日より「日本唯一香辛料之神」が印となり、ショウガの印が増えました。生姜湯の振る舞いの間は御朱印はいただけませんので、その前の神事の途中が良いでしょう。

波自加彌神社
石川県金沢市花園八幡町ハ165

加賀本吉 藤塚神社 春季例大祭・おかえり祭り

おかえり祭り

白山市美川のおかえり祭りを見てきました。着いたところ、ちょうど神輿が出たばかりでした。

おかえり祭り

旗の合図でラッパが鳴り響き、神輿が進みます。
先導の青年団は紋付袴姿で大変珍しいですが、神輿を招くようにバックで進むので大変です。

おかえり祭り

北陸線の線路を渡るところ。
行列の先に扇が立つのですが、しばらく意味がわかりませんでした。ここまで神輿が進むという目印です。

おかえり祭り

神輿が線路を渡ったところで、ここから神輿巡行が始まるようで鳳凰が取り付けられました。

おかえり祭り

神輿には台が付いていますが、車は付いていないので持ち上げて進みます。肩にかついで進みますが、時折、両手で持ち上げて進みます。

おかえり祭り

狭い通路も進んでいきます。水の張られた田に映る姿も良いですね。

おかえり祭り

今日は長い時間地元テレビ局のMROの取材が入っていました。
後でわかったことですが、BS12の「日本の祭り」の取材が入っていたようです。

おかえり祭り

1周して線路を渡り戻ってくると、山車が並んでいました。

おかえり祭り

先頭は剣の前立ちに藤塚神社の鳥居。あとは毎年くじを引いて順番を決めるようです。
笠と太鼓のみの初期の形態を残す山車もあれば、鏡を乗せる山車もある中、やはり見どころは人形です。

おかえり祭り

日本武尊や

おかえり祭り

武内宿禰など神話の世界の人形もあれば

おかえり祭り

豊臣秀吉公

おかえり祭り

楊貴妃などもあります。どれも見事です。

おかえり祭り

美川駅前まで行列が進んで、獅子舞の演舞が始まりました。7人の棒振りが獅子殺しをするという内容でした。人数も多いので迫力がありました。

おかえり祭り

神輿も駅前まで進むと持ち上げたまま10分以上練り歩くという、見ている方もちょっと疲れる演技もあります。

おかえり祭り

山車の後ろに子供たちがつながっている町会もあり、参加する方も楽しそうでした。
ここまで4時間見どころたっぷりでしたが、次の予定があるので帰りました。

藤塚神社
白山市美川南町ヌ167

おかえり祭り
神幸祭 2016年5月21日(土)
5:20 出輿式 藤塚神社
6:30 神輿巡行
7:30 台車巡行
9:45頃 獅子舞演舞 美川駅前
9:55頃 神輿演技 美川駅前
20:30 台車御旅所着
22:30 神輿御旅所着
23:30 着輿式 御旅所

還幸祭 2016年5月22日(日)
13:00 春季大祭式 御旅所
19:00 台車巡行
19:45 出輿式 御旅所
20:30 神輿巡行
1:35 神輿神社着
2:00 着輿式
2:30 終了 

加賀小松 菟橋神社・本折日吉大社 春季例大祭・お旅まつり 

お旅まつり

曳山250年の記念すべき年となった小松市のお旅まつり。その年を祝うかのような晴天の中、曳山八基曳揃えされた細工町交差点に到着しました。すでに大勢の人です。

曳山は手前から八日市町、寺町、龍助町、西町、材木町、大文字町、中町、京町と並んでいます。

お旅まつり

15時から式典の後、30分過ぎから初めての昼の部の子供歌舞伎が始まりました。
毎年二町が当番町として歌舞伎が行われますが、今年は材木町と西町となります。

最初に曳山三番叟が舞われました。軽快な音楽の所々に歌舞伎の所作が入り楽しいものでした。

お旅まつり

続けて同じく材木町の子供歌舞伎、「仮名手本忠臣蔵七段目 一力茶屋」が上演されました。

お旅まつり

西町は「辰巳用水命光輝 稲葉左近館之場」を上演しました。この演目は辰巳用水を引いた設計士板屋兵四郎の物語で、ここ小松でしか上演しないものらしいですが、物語はわかりやすいものでした。

お旅まつり

二町の上演が終了するともう夕方になっていましたが、しばらく曳山スタンプラリーを楽しみながら町を歩きました。
再び戻ってくると夕暮れ時、曳山の提灯にも灯火が入り幻想的になってきました。

お旅まつり

昨年まではこの夕方から始まる夜の部のみでしたが、役者に光があたり、昼の部より遠くからも見やすいですね。

お旅まつり

町全体が子供歌舞伎一色になる5月です。

お旅まつり・曳山子供歌舞伎
5月13日~15日

菟橋神社
石川県小松市浜田町イ−233
小松日吉大社
石川県小松市本折町1

能登宇出津 白山神社・酒垂神社春季例祭 曳山祭

曳山祭

海越しにうっすらと立山が見えるほどの良い天候に恵まれて、能登町の曳山祭宵山を見てきました。

曳山祭

曳山祭は約470年前に畠山七尾城主が五穀豊穣を祈願して神事を執り行った際の出し物で、畠山氏から分家した白山宮司が受け継いだ春祭りの行事で、宇出津では白山神社、酒垂神社が1台ずつ曳山を出す。曳山を人形で飾り、太鼓やシャギリで囃し立て、木遣りに合わせて進む。

曳山祭

出発を待つ酒垂神社の曳山です。今年のテーマは源平合戦壇ノ浦。
源義経の八艘跳びと平知盛の人形が飾られている。

曳山祭

曳山の浦は七福神。

曳山祭

先に神事が始まる白山神社前に移動しました。

曳山祭

白山神社の曳山のテーマは高尾の身請話。
高尾太夫と島田重三郎の人形が飾られている。

曳山祭

1時を少し過ぎて神事が始まりました。五穀豊穣と祭事の安全を祈って祝詞が読まれます。

曳山祭

神事を終了して、シャギリと木遣りを唄う方を3人前に乗せ、まずは白山神社の神に木遣りを奉納するため、白山神社鳥居前に向かいます。

曳山祭

木遣りが終わると再び今度はバックして、元の位置に戻り、子供たちをのせ街中へ進む。

曳山祭

酒垂神社の曳山はお旅所を出発し、あばれ祭でキリコが通る酒垂神社前通りを進む。
写真では伝わりにくいですが、太鼓のシャギリの早い調子、木遣りのゆったりした調子の繰り返しで祭り気分は最高潮に達します。あばれ祭に比べると観客が少なく知名度はまだ低いようです。

曳山祭日程(2016年)
15日(金) 人形見 18:00~21:00
16日(土) 宵山 13:00~21:00
 白山神社曳山
  13:00 神事
  14:00 白山神社前出発
  15:00 梶川橋
  16:30 数馬タバコ店前
  18:00 梶川橋
  21:00 白山神社前
 酒垂神社曳山
  14:00 お旅所(天保島)出発
  15:00 北國銀行前
  16:30 数馬タバコ店前
  18:00 北國銀行前
  21:00 お旅所(天保島)
17日(日) 朝山 2:00~8:00
 本山(戻り山) 13:30~22:00

能登藤波 神目神社祭礼 酒樽がえし

酒樽がえし

能登町藤波の神目神社の祭礼、酒樽がえしを見てきました。

源義経が奥州に渡るときに供の女3人とともに7つの樽に乗って流れ着いたという伝承をもとに、旧暦3月2日に八王子神社の祭礼として樽祭りを行っていたという。八王子神社氏子の上組と大宮神社の氏子の下組に分かれ、それぞれ五升樽を供え、ひとつの樽にあけて奪い合い、その勝負により大漁を占ったという。八王子神社と大宮神社は明治41年に神目神社に合祀され、神目神社の祭礼となる。

酒樽がえし

社頭には山車が1台。

酒樽がえし

しばらくすると、もう1台向こうの集落からやってきました。かつては3台あったそうですが、人出不足で出ませんでした。

酒樽がえし

本殿には鯨の頭の骨が奉納されていて、拝殿内にも鯨漁の様子を描いた絵馬が2枚飾られている。

酒樽がえし

七尾湾内に迷い込んできた弱った鯨を捕ることがあったのでしょう。やはり大物ですから、豊漁の印だったのでしょうね。

酒樽がえし

14時少し前に揃ったということで神事が始まる。今年は下帯姿の男性は11人。全体的に若返ったそうです。

酒樽がえし

神事が終わると、一升樽に酒を詰める。

酒樽がえし

酒樽をかついで階段を駆け下り、鳥居のところで最初の回し飲みが始まる。

酒樽がえし

交代しながら酒樽をかついで、神事を行う田に向けて走ります。かなり全速力です。

酒樽がえし

田に着くと、回し飲みして気勢を上げて田に入り、酒樽を奪い合う。
奪い合うというより、酒樽を皆で抱え上げるという感じです。酒樽を神様とみなせば、同町のあばれ祭りのように神を喜ばせるために、皆でワッショイしたり、投げ飛ばしたりしているようにも見える。

酒樽がえし

3回田で奪い合った後は、また全速力で海に向かいます。
観客もとても疲れる祭りです。

酒樽がえし

海に入り、同じく酒樽を奪い合う。田で汚れた樽や体もきれいに清められていく。

酒樽がえし

田で酒樽を奪い合っている間に、社頭にあった山車は海のほうに移動してあった。
晴れていて良かった。

神目神社 酒樽がえし
石川県鳳珠郡能登町藤波

4月2日
14:00頃~ 拝殿内で神事
14:30頃~ 酒樽をかついで田へ向かい、酒樽を奪い合う
15:00頃~ 酒樽をかついで海へ向かい、酒樽を奪い合う

能州鳳至柿生 像石神社 石仏山祭(例祭)

像石神社

像石神社(かたいわじんじゃ)で3月2日に行われる石仏山祭に行ってきました。
御祭神は大巳貴命、少名彦命。像石神社で調べても全く参考資料が出てきませんが、本日の祭りのなかの祝詞に入っていた神社名であり、字を神職さんに教えていただきました、

社殿がなく、磐座に対して祭祀を行う県内でも大変珍しい神社です。

像石神社

集落から太鼓を先導に神職と村人が続きます。

像石神社

雪の中、集落の山の神、田の神である石仏山に向かいます。

像石神社

石仏山は「祭祀遺跡 石仏山」として県史跡指定を受けています。

像石神社

しばらく上ると、「女人禁制」の立て看板。現在でも聖域として男性のみで祭りは行われます。

像石神社

磐座の手間で木に注連縄を張り、鳥居代わりとします。

像石神社

「前立」と呼ばれる磐座の前に着くと、注連縄をかけ、祭りの準備をします。
前立は大巳貴命の依代とされ、高さ約3メートル、幅60センチの巨石で左右に低石が立てられています。
神社名でもある像石とは磐座のことで、男性器を模しているとか。

さらに上方に「唐戸」「奥立」という巨石があり、少名彦命の依代だとか。今日は雪深いのでこちらは後日にでも。

像石神社

磐座の前には贄(米と野菜)と鏡、榊の枝にろうそくを刺し、神事が始まります。

像石神社

途中隣りに移動して、かまどとして火をおこし、やかんに米を投入して祝詞を捧げます。

像石神社

今日は神事の間だけ大雪でした。まるで神が降臨しているようで、ここ数年としては希有な年だったとか。
とても貴重な体験でした。

像石神社
石川県鳳珠郡能登町柿生(石仏山)

能登中島 唐島神社・日面神社 塩津のおすずみ祭り

塩津のおすずみ祭り

七尾市中島町塩津に鎮座する唐島神社の御祭神は市杵嶋比咩命(女神)

塩津のおすずみ祭り

同じく塩津に鎮座する日面神社の御祭神は正哉吾勝々速日天忍穂耳命(男神)

その両神が夏の夜、海上で一時の逢瀬を楽しむ。というのが塩津のおすずみ祭りです。

塩津のおすずみ祭り

薄暗くなってきて、日面神社に続き唐島神社でも神事が行われる。
神事が終了すると神輿にお遷しされた神様はキリコ燈籠の先導で海上に向かう。

塩津のおすずみ祭り

海上に出ると蓮の葉の灯明が次々と海に流されていき、波にユラユラと揺れる線のように灯明が連なり幻想的な風景が目の前に広がる。

塩津のおすずみ祭り

途中花火が打ち上げられ、その間も太鼓と鉦が鳴り響く。

塩津のおすずみ祭り

女神は男神に連れられて、男神側の船着場に両神が着岸し、キリコの先導で神輿が集落を練り歩く。

塩津のおすずみ祭り
日程:7月第4土曜日
19:30頃 日面神社で神事
19:40頃 唐島神社で神事
19:50頃 唐島神社からキリコと神輿を乗せ船出航
20:40頃 海上花火
21:30頃 キリコと神輿が上陸し、集落を練り歩く

加賀金沢 田井菅原神社 献上鏡餅

田井菅原神社

正月に田井菅原神社にやってきた。

田井菅原神社

境内社にも正月らしい供物が供えられている。

田井菅原神社

今日の目的は拝殿の中に

田井菅原神社

第12代藩主前田斉広公の初めてのお国入りを祝って献上された鏡餅が飾られている。鏡餅は三点セットで、中央が床飾り餅、右が蓬莱飾り、左が櫓餅といい、米俵約5個半使用される。現在は蠟製の模倣品で、年末に氏子の協力で設置される。全国的には白のみの鏡餅であるが、金沢近郊では紅白2色が一般的で、上が紅、下が白である。献上された鏡餅はその逆なので、藩主に遠慮して民は逆に飾ったともいう。通常小正月の15日までに徹下される鏡餅であるが、当神社では縁起物に広く触れてほしいという意図から1月末頃まで飾られている。

田井菅原神社
石川県金沢市天神町1丁目3−20

加賀金沢 泉野菅原神社 信長公祭

泉野菅原神社

金沢市に鎮座する泉野菅原神社。六斗の広見では野町街道まつりが開催されていた。

泉野菅原神社

主祭神は菅原道真公だが、県内では唯一織田信長公を祀る。というのも、泉野菅原神社は隣にあった玉泉寺の鎮守社で、玉泉寺は2代藩主前田利長の正室であった永姫の菩提寺。永姫は信長の四女とも五女とも言われる。利長の死去にともない高岡から金沢へ越してくる。江戸幕府がまだ盤石とは言えない情勢の中、信長を公に祀るのは憚れたため菅原道真公を主祭神とし、秘かに祀ったと考えられている。

泉野菅原神社

本殿は平成12年に焼失、昨年再建が叶い、春に還座祭が行われて以降初めての信長公祭となる。人が集まってきている。

泉野菅原神社

新築の真新しい社殿で、浦安舞の神事から祭りが始まる。

泉野菅原神社

拝殿と本殿が一体となった社殿で神事が続く。

泉野菅原神社

一通り神事が終わって社殿に入ることができた。神前に供えられた供物。

泉野菅原神社

織田信長画像は滅多に公開されない宝物。祭りに合わせて公開された。

泉野菅原神社

再建叶って氏子の方々のご苦労も報われただろう。

泉野菅原神社

続けて四條流の包丁式が行われた。包丁式は包丁と箸を使って一切手を触れないように鯉や鶴をさばく儀式。

泉野菅原神社

包丁式でさばかれた鯉も神前に供えられた。

泉野菅原神社
金沢市野町3丁目15-8