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加賀江沼 菅生石部神社 御願神事(竹割まつり)

菅生石部神社

加賀市に鎮座する菅生石部神社。御祭神は菅生石部神。
春を呼ぶという例大祭御願神事(ごんがんしんじ)が今日を行われました。

菅生石部神社

今週の大雪がまだ道路脇にうずたかく残る中、国道も片側2車線の1車線が埋まってノロノロ運転になり、30分前にようやく到着しました。

菅生石部神社

旧暦正月のこの日に祈願をすれば願いがかなうと言われ、境内には大勢の地元や観光者で賑わっています。
鳥居前に青竹が積まれている。

菅生石部神社

始まる前に社務所で御朱印をいただきました。

菅生石部神社

社務所横で御願まんじゅうとごんがん寿司が売られていました。縁起ものであるので御願まんじゅうを買ってきました。後でわかったことですが、まんじゅうは御願神事限定の販売で、祭りが終了するまでに売り切れるほどいつも人気なんだそうです。

菅生石部神社

神門から拝殿までの参道横で火が焚かれ、藁で編まれた櫓(アズマヤと呼ばれる)が組まれている。

菅生石部神社

11時に社務所前で祭典が始まり、宮司などが拝殿へ入っていく。
しばらく待っていると、神を迎える警蹕が拝殿外まで響いてくる。

菅生石部神社

鳥居前で竹を割る音が響き始め、竹を担いだ若衆が「ワッショイ」のかけ声で盛り上げる。
先頭の2人が拝殿に駆け込むと同時に、

菅生石部神社

アズマヤに火が付けられ、続く若衆が下をくぐって神門前や社務所前で竹を割り始める。

菅生石部神社

太い竹は2回、3回と投げないと割れないことも多いが、割れたカケラが周囲に散らばり、投げた竹が飛んでくることもあり(警備の警察官や保存会の方が一生懸命止めてくれる)本当に迫力がある。

菅生石部神社

用意された竹(約300本)をすべて割り終えると、拝殿から長縄の大蛇を引きずり出す。

菅生石部神社

神門から鳥居前へ、

菅生石部神社

また社務所側の参道から境内に戻り、拝殿へ。

菅生石部神社

3回拝殿へ戻った大蛇は、4回目敷地橋へ向かう。

菅生石部神社

橋の上から大蛇は大聖寺川に投げ込まれ退治される。

菅生石部神社

流れる大聖寺川の真っ白の河川敷に報道陣がスタンバイ
というのも、今日はBS12の「日本の祭り」の取材が入り、地元MROが密着していました。MROで3月21日に放送されるということで楽しみです。

菅生石部神社

今年は寒いこともあり、大聖寺川には飛び込まないという情報も噂される中、2名の若衆が川に飛び込みました。

菅生石部神社

大蛇が退治された後、割られた青竹を持ち帰る人々。
(1)天井裏に置くと雷避けになる
(2)玄関先に置くと魔除けになる
(3)箸にすれば身体健康、病気平癒、虫歯予防になる
といろいろ言い伝えがあるようですが、地元の方は何本も持って帰る人もいました。

菅生石部神社

帰宅して御願まんじゅうをいただきます。
竹の切り口に「御願」と書かれた印を押され、加賀特産丸芋、加賀の清酒と酒粕を使った風味豊かな味わい。
表皮の黒いシミは中のあんこをはみ出ているのではなく、無病息災を願って竹炭エキス(食用)で付けた跡です。

御願神事 2月10日
11:00 祭典(境内→拝殿)
11:15 竹割開始
11:45 長縄大蛇お練り
12:00 敷地橋から大聖寺川に長縄大蛇を投げ入れ
    祭典(拝殿)

菅生石部神社
石川県加賀市大聖寺敷地ル乙81

加賀金沢 尾山神社 節分祭

尾山神社

金沢市に鎮座する尾山神社。宇多須神社の節分祭のあと、尾山神社の節分祭に行ってきました。
拝殿内はすでに一杯だったので、拝殿外から見る。

尾山神社

祝詞奏上の後、巫女による舞

尾山神社

剣と槍を持った奉納舞だったが、何という舞だったのだろう。

尾山神社

本日豆まきに奉仕する石川ミリオンスターズの社長や監督や球団マスコット「タン坊」、そしてつば甚の代表者(協賛社?)が玉串奉奠

尾山神社

豆まきが始まると、一斉に立ち上がってしまったので中の様子が全く分からないように

尾山神社

赤鬼と青鬼も登場したのだが、鬼は豆を撒かないらしい。

尾山神社

今日の福豆です。こちらは市販の豆でした。
30分ほどであっさり祭事は終了しました。

尾山神社 節分祭 2月3日
16:00 祝詞奏上など神事
16:10 巫女舞
16:15 玉串奉奠
16:25 福豆まき

尾山神社
石川県金沢市尾山町11-1

加賀金沢 宇多須神社 節分祭

宇多須神社

金沢市に鎮座する宇多須神社。金沢の人気の観光地となっている東山茶屋街の奥にあり、当宮の節分祭は金沢で最も有名な節分祭と言える。
北陸新幹線が金沢まで開業してからは、遠方の観光客が多く詰めかけるようになったため、階段上に櫓を組んで豆まきをするようになった。

宇多須神社

拝殿前にはチラホラと人が集まりだしていた。
昨日まで雨予報だったが、今日になり午後は曇りになり、なんとか天気が持った。

宇多須神社

13時から神賑わい行事として、琴と三味線の演奏が始まった。

宇多須神社

続く神賑わいとして、加賀森田流の皆様による南京玉すだれが披露された。

宇多須神社

14時から節分祭(神事)が行われ、祝詞奏上や玉串奉奠が行われた。

宇多須神社

最後に神事としての豆まきが拝殿内で行われた。
「鬼は外 鬼は外 福は内」を3回

宇多須神社

その後、撒いた豆を総出で拾っていたのが大変そうだった。

宇多須神社

14時30分過ぎに東郭の芸妓さんによる篠笛の演奏

宇多須神社

続いて舞が披露された。最後に十数人の東郭の芸妓さん総出の舞が圧巻でした。
今日芸妓さんが着ていらした着物は正月1日から小正月15日までしか着れないものだとか。

宇多須神社

そして15時過ぎに福豆まきが始まりました。
今年は拝殿前から階段までを2組に分け、それぞれ2、3回豆まきをし、その後階段上の櫓から2、3回撒くということに変更されました。

宇多須神社

拝殿前の豆まきの後、櫓前に来るとすでに大勢待っていて、とても近づける様子ではなかったので芸妓さんが豆をまく様子をゆっくりと見学。

宇多須神社

今日の福豆です。最後に全く取れなかったという親子連れに1袋分けてきた。
100+αには袋に番号が入っており、景品がもらえるのですが残念なかった。

全く豆を取れなかったという人向けに授与所に限定50袋の福豆を有料で頒布しています。

宇多須神社

節分の今日から、授与所では「鬼門札」が頒布されていました。
当宮は金沢城の鬼門を守るために藩祖前田利家公を祀った社を前身としているという由来がある。
初めて見ましたが、1年毎に交換するのが正式なのであっという間になくなるようです。

宇多須神社 節分祭 2月3日
13:00 琴・三味線奉納演奏(拝殿)、ふるまい樽酒(境内入口)
13:40 南京玉すだれ奉納(拝殿)
14:00 節分祭神事(拝殿)
14:30 東郭芸妓さん篠笛奉納(拝殿)
14:40 東郭芸妓さん奉納踊り(拝殿)
15:00 福豆まき(拝殿、櫓上)

宇多須神社
石川県金沢市東山1丁目30−8

加賀金沢 尾山神社⑮

尾山神社

金沢市に鎮座する尾山神社に行ってきた。今年は初詣に行っていなかったので利家公にご挨拶。
1月は書き置きのみで御朱印帳に御朱印をいただいていなかったので、御朱印もいただいてきた。

尾山神社

今週は先週ほどの大雪にはならなかったが、低温が続き根雪が残っている。

尾山神社

拝殿前の狛犬も雪帽子を被っている。

尾山神社

拝殿に参る。

尾山神社

来年度(再来年度か?)は境内で工事が行われる。場所は裏参道を入った本殿横

尾山神社

ここに金沢城の玉泉院丸に渡る鼠多門橋が架かりスロープが設けられる。

尾山神社
石川県金沢市尾山町11-1

加賀金沢 金沢神社⑭

金沢神社

金沢市に鎮座する金沢神社。御祭神は菅原道真公、白蛇龍神。

金沢神社

1年ぶりの参拝ですが、今日は初天神(天神月次祭)の日です。今年一年の学業の精進を神様にお伝えに来ました。

金沢神社

金沢は今季最低気温を更新し零度近く、素肌だと痛いくらいです。放生池も少し凍っているように見える。

金沢神社

ここまで気温が下がると雪はさらさらなのだが、消雪装置の水も凍り、屋根のツララも長いですね。

金沢神社

寒さの影響もあって観光客も少ない。

金沢神社

雪景色の神社もいいですね。吹雪の間の晴れ間を狙ってきた。

金沢神社

拝殿に参ったあと、御朱印をいただいた。

金沢神社

今日参拝した目的は今年の絵馬をいただくことだった。昨年の酉年から始まった神社拝殿の天井に描かれている干支を絵馬として頒布している。戌(犬)なんだけど狼のようだな。

金沢神社
石川県金沢市兼六町1−3

越前福井 藤島神社②

藤島神社

福井市に鎮座する藤島神社。御祭神は新田義貞公と弟、子ら。建武中興十五社のひとつ。

藤島神社

駐車場から少し戻り、二の鳥居から入る。

藤島神社

拝殿前で御神酒のふるまいが行われていた。

藤島神社

拝殿に参る。

藤島神社

前回の参拝が5年前なので、その間に随分変わったようだ。第61回神宮式年遷宮の神宝の徹下が当宮と福井県護国神社にあり、

藤島神社

その一部が拝殿左の神社会館に展示されている。今回は靴を脱がなくてはいけなかったので観覧は止めた。

藤島神社

本殿右にある境内社は摂社野神神社。

藤島神社

平成27年に第62回神宮式年遷宮の徹下材で建てられたもので、御祭神は義貞公の妻勾当内侍。平成21年に大津市の野神神社から分霊し、本殿に配祀されていた。

授与所で御朱印をいただく。正月期間は書き置きだったが、社紋以外に神紋が2つ増え、御朱印の配置が変わっている。

藤島神社
福井県福井市毛矢3丁目8−21

越前福井 毛谷黒龍神社②

毛谷黒龍神社

福井市に鎮座する毛谷黒龍神社。御祭神は高龗神、闇龗神、男大迹天皇。

毛谷黒龍神社

昨年より正月限定の御朱印ができたようだったので参拝する。

毛谷黒龍神社

3日になっても地元ナンバーを中心に多くの参拝者が来ていた。

毛谷黒龍神社

今年は明治維新150年の節目の年で各地で事業が予定されているが、当宮は越前藩士由利公正の氏神であったらしい。

毛谷黒龍神社

大絵馬は干支ではなく龍神。本殿前に参拝する行列ができていた。

毛谷黒龍神社

授与所も行列になっていた。

毛谷黒龍神社

拝殿前におみくじと破魔矢、御朱印のみの臨時授与所ができている。御朱印は見開き(500円)と通常(300円)の2種類で、記帳と書き置きの両方選べる。見開きは御朱印帳だと中央が少し欠ける。

御朱印に時間がかかるので、その間に拝殿に参る。

毛谷黒龍神社

拝殿前の扁額は当地の国会議員で内閣総理大臣になった岡田啓介氏による揮毫。

毛谷黒龍神社
福井県福井市毛矢3丁目8−1

越前武生 日野神社②

日野神社

越前市に鎮座する日野神社。御祭神は継体天皇、安閑天皇、宣化天皇の三柱。

日野神社

何度か参拝しに来たが、やはり宮司に会うことができなかったので正月なら会えるかと参拝した。

日野神社

境内には藁にくるまれたものが・・・左義長の準備?

日野神社

冬支度された拝殿に参る。

日野神社

鏡餅が供えられた拝殿に氏子の方がいらしたので話を聞いてみた。

聞いたところによると、先代宮司が3年前に亡くなり役所勤めの後継ぎが宮司とならなかったため、それ以来氏子総代が神事を代行しているという。定年後に宮司となるかどうかも分からず、御朱印は難しいそうだ。氏子も年老いたものが多くなったので、正月飾りや供物も今日の13時から下げてしまうそうだ。

作業まで少し時間があったのでさらに少し話をしてきた。地元石川では初詣は、住んでいる場所が加賀なら白山比咩神社、能登なら氣多大社、つまり一宮が一番だと思っている方が多いのだが、ここでは氣比神宮へ行くこともあるのか疑問だった。聞くと、二宮となる劔神社なら行くこともあるという。滋賀の多賀神社や伊勢神宮に遠出することもあるといい、石川でも厄年には行くこともあるので同じだった。越前一宮は敦賀市で南の端で山越えになるためどうなのだろうか?と思っていたが、越前市でそうなら、福井市や坂井市ならなおさらであろう。

と話をしている間に氏子の方が集まってきたので邪魔にならないように退散してきた。

日野神社

普段戸が閉まっていてよく見えなかった拝殿内の扁額が見えた。龍の彫刻で縁取りされたもので、社名は越前藩16代藩主の松平慶永(春嶽)公の揮毫による。

日野神社

帰りに破魔矢をいただいた。

日野神社

紙の裏に朱印が押されていた。

地方の神社では神職のみで生計を立てることが難しいことが多く、以前より兼職として教員や役所勤めする人が多い。ただ、戦後公務員は兼業禁止が原則となり後継を断念することも増え、神事の継続や神域の整備が困難になってきている。今回の参拝はこうした事例をまた再認識させられる出来事だった。

日野神社
福井県越前市中平吹町字茶端80-1

越前勝山 平泉寺白山神社⑥

平泉寺白山神社

勝山市に鎮座する平泉寺白山神社。

平泉寺白山神社

降りしきる雪の中の参拝。正月の参拝はもう何年目になるか。

平泉寺白山神社

今年はさらに雪が少ない。降ればどっと積もるのだろうが、今日は高い段差の階段が一部見えるほどだ。

平泉寺白山神社

三社の本殿に参る。昨年白山開山1300年の記念年で賑わった境内は静寂を取り戻した。

平泉寺白山神社

社務所で御朱印をいただき、最終周となる白山三馬場めぐりのクリアファイルをいただく。
御朱印からは「白山開山1300年」の印が消え、元に戻った。

平泉寺白山神社

クリアファイルは最後の1組だった。三馬場めぐりは3月末まで続くが、予定数が白山比咩神社、長瀧白山神社はすでに終わり、平泉寺白山神社でも自分で終了した。いただけて良かった。

平泉寺白山神社
福井県勝山市平泉寺町平泉寺

越前永平寺 明神社②

明神社

永平寺町に鎮座する明神社。主祭神は天照皇大神。

明神社

正月なら御朱印を授与しているか確認できると思い参拝し、授与してないことを確認した。

明神社

正月らしく飾り付けられた境内。

明神社

左手の境内社、河濯神社(瀬織津比売神)と稲荷神社(豊受神)も扉が開けられているのも正月ならでは。

明神社

拝殿前には無人授与所が設けられている。

明神社

拝殿に参る。正月なので拝殿の扉も少し開いていた。
正面の本殿。神社の由緒書きによると、秋葉社(火産霊神)、菅原社(菅原道真公)、庚申社(猿田彦神)、白山社(伊弉諾神)の四社を合祀したとしている。

明神社

しかし、拝殿をよく見ると、本殿右に「八幡社」と「毘沙門天宮」

明神社

本殿左に「秋葉社」と「神明宮」と書かれた扁額がかかる。
こういう場合、合祀社を別々に祀っていることが多いのだが、江戸時代は「毘沙門堂」、明治時代は「神明社」と呼ばれていたというので、「毘沙門天宮」「神明宮」は主祭神と同じものか?「秋葉神社」は合祀社の一社だが、「八幡宮」は書かれていない。「菅原社」と「白山社」はどこにもないと何だか不思議な配置だ。

明神社
福井県吉田郡永平寺町松岡椚57-12

加賀金沢 神明宮

神明宮

金沢市に鎮座する神明宮。御祭神は天照大御神と豊受大神。
藩政期に別当等を置かずに神官が奉仕した金沢五社のひとつです。

神明宮

長い間年末に翌年の干支土鈴をいただいていたので、今年も来ました。
たらよう願い?って最近当宮はおみくじ類が増えましたね。

神明宮

今年の無事を感謝して参拝します。

神明宮

拝殿前には花みくじ願いが華やかに飾られている。

神明宮

御朱印をいただく間、授与品を見たり境内をめぐっていると、授与所前に「願かけねがい石」
こんなのもあったのか。何度も来ていても気づかないものも多い。

神明宮

干支土鈴は昨年(酉)は気に入った色がなかったので、久保市乙剣宮でいただくことになったのだが、今年はその購入していたバージョンが置いてなかった。
そこで、今年も久保市さんに参拝していただくことにした。今年は金沢らしく金色バージョンが初めて登場した。
愛らしいのでそれをいただいてきた。来年からは定番になるのか?

神明宮
金沢市野町2-1-8

加賀松任 守郷白山神社

守郷白山神社

旧松任市に鎮座する守郷白山神社。御祭神は菊理媛命。

守郷白山神社

玉垣に囲まれた境内の入口に鳥居と横に社号標が建つ。

守郷白山神社

拝殿に参る。

守郷白山神社

当宮は拝殿に注目が集まる。

守郷白山神社

というのも、当宮拝殿は白山寺(現在の白山比咩神社)の本地堂を明治2年に移築したものであり、

守郷白山神社

境内に建つ社記にも本地堂移築の件を含めた由緒が記載されている。

守郷白山神社

拝殿内には一緒に移された「白山本地堂」の扁額も架かっている。

守郷白山神社

拝殿を横から見ると、本来の本地堂の正面(または裏)となり、確かに雰囲気が伝わる。

守郷白山神社

拝殿と右の社務所の間には御神木の大きな木(イチョウか?)が立っている。

守郷白山神社

その手前には「木津の大松跡地」と碑が建ち、大松があったようだ。
ちなみに地名の「木津」は「こうづ」と読む。

守郷白山神社

周囲は住宅地で見えづらいが、冠雪した白山が見え、白山の遙拝所としても良い場所であったのだろう。

守郷白山神社
白山市木津町100

加賀松任 倉部八幡神社

倉部八幡神社

旧松任市に鎮座する八幡神社。御祭神は大鞆和気命、菅原大神。
椋部郷の総社と伝えられ、式内社の神田神社とする説もある。

倉部八幡神社

集落の奥、海岸近くに境内がある。

倉部八幡神社

社前に川が流れ、海まで砂丘が広がる中を道路が横切っている。

倉部八幡神社

社前に変わった形の井戸かと思ったら、地下式の手水だった。
水はすでに枯れているが、砂が飛ぶので地下式にしたのだろうか

倉部八幡神社

鳥居の横に社号標。鳥居をくぐり境内に入る。

倉部八幡神社

振り返ると、一段高い境内からは集落の向こうに冠雪した白山が見える。

倉部八幡神社

拝殿に参る。中に入ろうとしたが、サッシは閉じていたので前で参る。

倉部八幡神社

本殿は拝殿、幣殿とつながる覆屋の中。
拝殿内には県内で4点確認されている石山軍記絵馬があるはずのだが、当宮のものは一番新しい明治9年の奉納。

倉部八幡神社

社殿左手に末社稲荷社が海を背にして建っている。

倉部八幡神社
白山市倉部町1

加賀松任 大松神社

大松神社

旧松任市に鎮座する大松神社。御祭神は品陀和気命、天照大神、蛭児命、菅原大神、事代主命。
文徳実録に記される治田若御子神(式外社)と伝えられるが不詳とされる。俗に八田社と呼ばれ八幡神社と称していたといい、八田(はった)という地名が治田と結びつけられたようだ。

大松神社

境内の先に一の鳥居が建つ。参道に対しては少し斜めだが、鳥居前の広場に向いているようだ。

大松神社

鳥居をくぐり家々の間の参道を進むと社名標が2本建っている。前のは明治、後のは昭和の皇紀二千六百年記念のときの建立。後の揮毫は陸軍大将で総理大臣となった林銑十郎氏によるもの。

大松神社への改称は八幡神社の境内地に大松がそびえていたからという。
現在も大きな松が立っている。

大松神社

参道沿いには灯籠など多くの奉納物が建っている。

大松神社

中にひとつ気になるものが。
「日露戦役記念」とあるが、台の上に飾られているのは何か?

大松神社

正面を向いていないのでわかりにくいが、どうやら象のようだ。
よく見ると背中が平らになっていて、前は何か上に乗っていたのか?確かに象だけだとバランスが悪い。
戦役記念ということは先年問題とされた砲弾が飾られていたのかも

大松神社

拝殿に参る。

大松神社

本殿は拝殿、幣殿とつながる覆屋の中

大松神社

境内から東に目をやると冠雪した白山や奥の山々がきれいに見えた。

大松神社
白山市八田町290

加賀金沢 子安神社

子安神社

金沢市に鎮座する子安神社。御祭神は豊玉姫神、武御名方神、誉田別神。
延暦年間の創建と伝えられ、藩政期には三代前田利常公以降、前田家に出産のある時は歴代祈願したといい、産土の八州原の藁を産後に用いるのを例とした。子安の藁が転じて「安藁」となり安原の地名の由来となっている。
明治40年に諏訪社と八幡社を合祀したということで、元の主祭神は豊玉姫神となる。

子安神社

境内の背後には畑が広がり、前には工場や会社が建ち並ぶ。

子安神社

玉垣に囲まれた境内入口には鳥居の前に神橋の手すりが奉納されている。他の奉納物をみてもとても信心深い氏子が多いようだ。

子安神社

鳥居をくぐり、右手に日露戦争から大東亜戦争までの出征記念碑だろうか

子安神社

左手には力石が並んでいる。

子安神社

拝殿に参る。

子安神社

社殿の左に末社の稲荷社が建っている。

子安神社

本殿は拝殿、弊殿とつながる覆屋の中。

子安神社
金沢市下安原町東467

加賀金沢 須々幾神社

須々幾神社

金沢市に鎮座する須々幾神社。御祭神は味耜高彦根神、伊弉諾神、伊弉册神、蛭児神。
天正15年に小濱神社の境内社であった多賀神社を遷座し、明治元年に多賀神社相殿の蛭児神を分祀して比留児神社を創建、三社あったものを大正14年に合祀した。

須々幾神社

神社は住宅街の中にあり、境内をぐるりと囲んでいるため参道は境内以外にはない。

須々幾神社

鳥居をくぐり拝殿に参る。

須々幾神社

拝殿にかかる社号扁額は司法大臣小川平吉氏の書とあるが、当宮との関係を見いだせなかった。

須々幾神社

当宮は養老2年当地に魚取部がおかれ、味耜高彦根神を開墾、農業の神として祀って治田の宮と称したと伝えられ、文徳実録に記載されている治田若御子神(式外社)とされている。やはり地名の「八田」(はった)を治田が由来としているようだ。

魚取部が置かれたところに由来するのか、拝殿には大正期に奉納された金沢市魚市場の扁額がかかる。

須々幾神社

拝殿の右には五重の石塔

須々幾神社

本殿は覆屋の中になるが、左にかつて庭園が作られていたようだ。

須々幾神社

由緒書は編年形式で変わっている。

須々幾神社
金沢市八田町丁57甲

加賀金沢 土清水八幡神社

土清水八幡神社

金沢市に鎮座する土清水八幡神社。御祭神は応神天皇。

土清水八幡神社

万治元年8月に五代前田綱紀公が塩硝調合所を土清水村に移してより、初代利家公から三代利常公までを合わせ祀ったと言われ、明治初めに尾山神社に合祀されるまで祀っていた。

といえ、当宮は小立野台地の北の端に建っており、塩硝調合所があった南の台地下とは距離がある。

土清水八幡神社

鳥居の横に大木があり、イチョウだろうか。周辺は住宅地になっているため整備されているが、かつてはもっと森が深かったのだろう。

土清水八幡神社

拝殿に参る。

土清水八幡神社

社殿は拝殿と本殿が一体となっている。

土清水八幡神社
金沢市土清水町6-80

加賀小松 岩上神社

岩上神社

小松市に鎮座する岩上神社。御祭神は大日霊貴尊、天児屋根命、八千矛神。

岩上神社

岩上村は古来岩神村とも呼ばれ、岩神を祀ってきたという

岩上神社

鳥居をくぐり拝殿に参る。

岩上神社

小振りが社殿だが、当宮の古さは後方の山に聳える巨木が物語る。

岩上神社

神社の後方に岩神さまと崇められた大岩がそびえる。巨石の上に乗る岩が烏帽子に見えることから烏帽子岩と呼ばれる御神体だ。

岩上神社

社号や村名もこの岩神さまに由来するものだが、一説では白山信仰に関係する岩神社とも伝えられる。

岩上神社
小松市岩上町ロ158

美濃下呂 森水無八幡神社

森水無八幡神社

下呂市に鎮座する森水無八幡神社。御祭神は須佐之男命、猿田彦、応神天皇、御食津神、倉稲魂命、事解男命、早玉男命、大山祇神、火産霊神、大己貴命、埴山姫命、興津彦命。

森水無八幡神社

神社は下呂温泉街の中に鎮座する。温泉街では目立つ鎮守の森です。

森水無八幡神社

神社の収蔵庫には10体の木造神像が保管されているといい、2月の祭事は田の神祭と称し、古来からの民俗芸能だそうです。

森水無八幡神社

社号標や鳥居の扁額は「水無八幡神社」となっており、「森八幡神社」「水無八幡神社」といろいろ呼ばれているが、正式名は「八幡神社」だろうか。

森水無八幡神社

階段の右に大きな社務所が建っている。

森水無八幡神社

境内は巨木に囲まれ、雰囲気のあるたたずまいだ。

森水無八幡神社

拝殿に参る。

森水無八幡神社

拝殿の右に金比羅神社。前に願い石が置かれている。

森水無八幡神社

その右、収蔵庫の横の神社は何だろうか。

森水無八幡神社

神社には不在だが、御朱印は門前の下呂装飾でいただけると情報を入手していた。社前の道路を探していると、近くに見つけたが、会社はすでに廃業しているようで社名が外されていたので最初わからなかった。ご自宅を訪ねて、御朱印について尋ねるとまだあるということでいただいた。金箔を散らした和紙に書かれた御朱印で、とても装飾会社らしく珍しいものだ。

森水無八幡神社
岐阜県下呂市森1321

美濃加茂 大山白山神社 鎮座千三百年記念奉祝祭

大山白山神社

白川町に鎮座する大山白山神社。御祭神は菊理媛神、伊弉諾尊、伊弉冉尊。
泰澄により養老2年に開かれた北陸七白山のひとつと伝えられ、延喜式賀茂郡大山神社とされる。

大山白山神社

今日は秋季大祭の日ですが、今年は鎮座千三百年記念奉祝祭として特別祭事も開催されるとあって、800mを越える山頂駐車場も多くの車が停めてあります。

大山白山神社

神旗も空高く掲げられている。

大山白山神社

鎮座千三百年を記念した石碑も建てられた。

大山白山神社

祭礼の始まりも近かったので階段を急いで登る。

大山白山神社

今日は多くの人が来ていて賑やかだ。
始まるわずかな時間に、拝殿の授与所で御朱印について尋ねると書き置きをいただけた。
存在をあまり知られていないためか、他にいただいた方はいなかったようだ。

大山白山神社

神事が始まった。

大山白山神社

続けて仏事の祭事として経が読まれました。
長瀧白山神社でもそうでしたが、拝殿でお経を読むという祭事は神仏習合の雰囲気を感じることができてよい祭礼でした。

大山白山神社

普段無人の拝殿にはめったに入ることはできないので、この機会に天井や扁額などを見学しました。
中央の天井には植物が描かれている。

大山白山神社

右の天井には動物(想像上の動物もいる)が

大山白山神社

左の天井には人物が描かれている。

大山白山神社

よく見ると天井に一番近い壁に三十六歌仙の絵が掲げられている。

大山白山神社

本殿の右には光菴神社。中興の祖野原城主安江中務尉基政公と安江一族が祀られている。
上には寛政十二年奉納之絵馬が掲げられている。

大山白山神社

左には大黒天と恵比須天が祀られている。
上には明治三十六年奉納の第九師団第十九聯隊の絵馬が掲げられている。日露戦争に出征する前に奉納されたようだ。

大山白山神社

外の舞台に移って、子供たちの巫女舞が演じられた。
地元の方は遠慮深いのか、いつも見慣れているのか最前列が空いていたので、最前列で見せていただいた。
今日は来る途中も北陸は雨だったが、祭礼中は上空が晴れて良かった。

大山白山神社

伊勢大神楽の流れをくむという獅子舞

大山白山神社

稚児舞

大山白山神社

神楽陵王の演舞。女性による神楽は初めて見ましたが、女性らしいしなやかな動きでした。

大山白山神社

拝殿から餅投げが始まり、氏子たちが餅を取り合います。
自分は景品はいいので3個だけいただきました。
よい祭りでした。

大山白山神社

最後に奥宮に参ります。

大山白山神社

三棟の社殿を囲む玉垣も完成し、

大山白山神社

こちらも完成した展望台からは絶景が望めます。

大山白山神社

今日は残念ながら地平線沿いに雲がかかっていたので、白山や御嶽山は見えませんでした。

鎮座千三百年記念奉祝祭
12:00 祭事(神事)
12:45 祭事(仏事)
13:30 巫女舞
13:45 獅子舞
13:55 稚児舞
14:15 神楽演奏
14:25 景品付き餅投げ

大山白山神社
岐阜県加茂郡白川町水戸野1096

美濃下呂 久津八幡宮

久津八幡宮

下呂市の上呂という地に鎮座する久津八幡宮。御祭神は応神天皇を主祭神とし、相殿に天照皇大神、春日大神を祀る。古くは飛騨国に属し、飛騨二の宮南飛騨総鎮守と称されたといい、先代宮司まで17代に渡り久津家が社家をつとめていたという。

久津八幡宮

神社に隣接して広い駐車場が整備されている。

久津八幡宮

社前に線路が通り、鳥居の前に踏切がある。

久津八幡宮

七五三詣りで祈祷している間に電車が通りました。

久津八幡宮

鳥居をくぐると外拝殿が建っている。桃山時代の建立。

久津八幡宮

八幡宮の扁額がかかり、内部は戸がなく吹きさらしになっている。

久津八幡宮

中央を4本の柱で支えている。

久津八幡宮

軒下に鯉と矢が対に描かれている。逆光だと少し見にくい。

久津八幡宮

拝殿の右手に久津八幡神社と称していた戦前の社号標が建っている。

久津八幡宮

内拝殿で参る。

久津八幡宮

祈祷を待つ間にゆっくりと社殿を見学する。
室町時代に再建された本殿

久津八幡宮

伝説の残る鳴き鶯の蛙股

久津八幡宮

社殿の左に美魂神社。地元出身のご英霊を祀る。

久津八幡宮

美魂神社の左右に夫婦杉と呼ばれる御神木がそびえる。
祈祷が終了したところで、宮司に尋ねて御朱印をいただく。

久津八幡宮

拝殿、本殿以外にも神社には宝物が多数残る。

久津八幡宮
岐阜県下呂市萩原町上呂2345-1

加賀一の宮 白山比咩神社⑨

白山比咩神社

白山開山1300年で今年は何度も訪れた白山市に鎮座する白山比咩神社。今年最後の祈願に行ってきました。

白山比咩神社

冷たい雨の降る中、晩秋の紅葉ももうしばらくでしょう。

白山比咩神社

今月は七五三で神社が賑わう一月です。

白山比咩神社

境内には七五三に合わせた案内が多く設置されていた。

白山比咩神社

ポケットモンスター?

白山比咩神社

ドラゴンボール

白山比咩神社

ハローキティ

白山比咩神社

アンパンマン
とどれも子供が喜びそうですね。

白山比咩神社

平日の雨降る境内は人もまばら。今年一年を感謝し御朱印をいただいて神社を後にします。

白山比咩神社

今日の参拝は門前の白山市観光連盟事務局で来年3月の白山検定の申込みが始まったことに合わせたものでした。
この白山検定も白山開山1300年を記念したもので、今回1回限りとなるのか、来年度以降も続くのかはまだ決まっていないそうですが、合格できるように頑張ります。

白山比咩神社
石川県白山市三宮町ニ105−1

越前二の宮 劔神社②

劔神社

旧織田町に鎮座する劔神社。御祭神は素盞嗚大神、氣比大神、忍熊王。
越前二の宮で延喜式敦賀郡剱神社の論社。

劔神社

今日は雨の中の参拝となりました。新しくなった北口から参ります。

劔神社

拝殿に参る。

劔神社

御朱印をいただき、境内を散策していると、表鳥居近くの庚申宮で紅葉を見つけた。

劔神社

晩秋の静かな境内でした。

劔神社
福井県丹生郡越前町織田金栄山

加賀小松 小松天満宮②

小松天満宮

小松市に鎮座する小松天満宮。御祭神は菅原道真公、前田利常公。
小松城の鬼門に建てられ、小松城と金沢城の各本丸をつなぐ一直線上にあることから、両城鎮護の神とされた。ちなみに前田家は菅原道真公を先祖としています。

小松天満宮

今日は新聞報道があり、小松天満宮に隣接する梯川の環境工事が完了したことから、宝物殿が特別公開されると見て行ってきました。小松城の築城された時代のように梯川の中に浮かぶ浮島のようにするため、分水路を通す工事をしてきました。氾濫する危険もあるため、かなり重厚に防水堤が造られている。

小松天満宮

分水路の見学会は終了していたが、宝物特別公開には間に合った。新聞には記載がなかったが、三時まででギリギリだった。

小松天満宮

鳥居をくぐり参道を進むと、以前は木造の社務所があった場所にコンクリート造の授与所と

小松天満宮

宝物館が建っていた。様変わりしていて少し驚く。
宝物館は氏子らが受付をしていて、中をゆっくり見学させていただく。

小松天満宮

授与所も三時までだったので先に御朱印をいただき、参拝に向かう。
分水路完成記念と創建360年記念として漢詩碑が新しく建てられた。

小松天満宮

拝殿に参拝する。

小松天満宮

拝殿前には今年創建360記念として建てられた能舞台。夏に記念上演もあったが、その時は来ることができなかった。

小松天満宮

拝殿と能舞台の距離はこんな感じです。

小松天満宮
石川県小松市天神町1

美濃武儀 洲原神社

洲原神社

美濃市に鎮座する洲原神社。御祭神は伊邪那美命、伊邪那岐命、大穴牟遅命。
白山信仰の美濃馬場の前宮として崇敬を集めた。

洲原神社

境内南の駐車場に駐車し、鳥居をくぐる。鳥居の先に神橋がある。

洲原神社

鳥居横の社号標は道に合わせ、鳥居とは向きが少し斜めになっている。

洲原神社

鳥居をくぐって振り向けば、南にかつて奥の院があった鶴形山

洲原神社

参道は川沿いに神社石積みと檜並木の間を進む。

洲原神社

そして楼門が見えてきた。

洲原神社

楼門の前の階段を下りていくと長良川が流れている。ちょうど川の中に島があり風光明媚な風景だ。
「神の岩」と呼ばれ、神域の一角を構成する。

洲原神社

階段の先には左右に一際大きな檜、楼門、拝殿、本殿と並び、もとはこちらが表参道か

洲原神社

階段を上り楼門をくぐると拝殿

洲原神社

拝殿の後ろに廻廊に囲まれた本殿が3つ。手前の西殿に大穴牟遅命、本殿に伊邪那岐命、東殿に伊邪那美命が祀られる。

洲原神社

拝殿と廻廊の間の建物は舞殿または能舞台か

洲原神社

廻廊の中門から参る。

洲原神社

本殿には「正一位白山大神」の扁額が掛かっている。

洲原神社

子授・安産の霊石

洲原神社

楼門の横に夫婦檜。右が男檜、左が女檜。

洲原神社
岐阜県美濃市須原468-1-1

越前丹生 高雄神社

高雄神社

福井市に鎮座する高雄神社。御祭神は高雄大権現と呼ばれる天忍穂耳命、伊弉冉尊、大己貴命の三柱。神名は異なるが仏として聖観音、十一面観音、阿弥陀の姿をしていて白山と同じ。高雄大権現は白山を開山した泰澄大師作と伝わる。

高雄神社

泰澄大師により開かれた高雄神社は白山と同じく今年1300年を迎えた。式年1300年祭行事として、33年毎に公開される高雄大権現に参拝に来た。

高雄神社

夏に越知山登拝などのとき、近くの道路を通って式年祭の看板を見てあまり時間を取れないところを参拝に向かった。

高雄神社

地区の公民館に駐車して徒歩で神社に向かう。社号標が左に建ち、参道がまっすぐ延びる。

高雄神社

少し進むと右に旧社号標が建っている。

高雄神社

神旗が高く掲げられ、地元の信仰の厚さを感じる。

高雄神社

鳥居の先、階段の上りながら正面に社殿が見える。提灯や紅白の垂れ幕が祭りを盛り上げる。

高雄神社

本日のイベント前ということもあり、まだ人はまばらだったのでゆっくり境内を巡る。

高雄神社

拝殿

高雄神社

今日は本殿にも入らせていただけるので、左手に回る。鳥居には「白山宮」と刻まれ、宵の宮に合祀された白山神社のものだろうか。

高雄神社

薬師堂。集落の薬師神社(薬師如来座像。大国主命)、向神社(釈迦如来立像。応神天皇)、春日神社(神主像。春日大神)を合祀する。これで分かる通り、高雄神社は神仏習合の名残のある神社になる。

高雄神社

鳥居左手には六地蔵灯籠

高雄神社

薬師堂の左の小祠は善光寺如来。奥の石像がそうだが、手前の仏像は阿弥陀如来のようだ。

高雄神社

本殿に入り、高雄大権現を参拝する。ここは撮影禁止なのだが正面に泰澄大師作と伝わる三仏の立像が安置されていた。
本殿の右に宵の宮。前に樹齢500年を越える栂の大木がそびえる。

高雄神社

宵の宮は宵神社(松手神社)と白山神社を合祀する。正面が宵神社の御本尊、右が白山神社の御本尊だろうか。右には高雄大権現と同じく三仏の立像だが、かなり朽ちていて形は明確でない。白山神社には高雄大権現の御前立が祀られたというので同じものであろう。

高雄神社

宵の宮の右に鎌倉末の越前では最も古い七重層塔が建っている。

高雄神社

一番右手には松谷の宮。お堂ごと松谷神社を遷座したものという。

高雄神社

御祭神は伊弉冉命で、彩色聖観音菩薩像が祀られている。

高雄神社

そうしているうちに本日の祭事が始まった。

高雄神社

稚児行列ということで数十人程度を予想していたが、鳥居の奥まで続く長い行列。かなり驚いた。

高雄神社

長い行列のため拝殿に入れる人数制限から停滞気味になっているところ、

高雄神社

参道の向かい側に地元の和菓子店が式年記念の菓子を販売していたので、ひとつ求めて次の目的地へ向かう。1時間ほどの滞在参拝であったが、来て良かったと思う。

高雄神社

帰ってきて菓子をあらためて見る。和菓子2個入りの箱と神前に特別祈祷された御朱印

高雄神社

中には市指定無形民俗文化財「オシッサマのお渡り」の獅子頭と宵宮祭を先導する天狗神(猿田彦命)の菓子が入っている。当日は1日神棚に祀る。

高雄神社

翌日、賞味期限が先に来る天狗神からいただく。

高雄神社

中は餡を中心に三重になっている。この菓子は販売店が式年祭のために初めて作ったもの

高雄神社

さらに翌日、オシッサマをいただく。

高雄神社

中には栗の入った粒あんになっている。この菓子はゆかりの旧武生の菓子店が正月の供物で作るもので、一般には販売されていないものだと聞いた。正月三が日持たせるようにかなり甘くなっている。

泰澄大師作高雄大権現御鎮座一三〇〇年御開扉式年祭
日程
10月6日(金)
午前8時~ 受付
午後1時30分 御開扉神事
午後6時 秋季例祭・閉扉
午後8時 神衣切り

10月7日(土)
午前7時 開扉神事
午前10時 子供神輿巡行
午後8時 オシッサマのお渡り
午後9時30分 民謡踊り

10月8日(日)
午前7時 開扉神事
午前9時30分 稚児行列
午前12時30分 松手の宮神事、オシッサマのお渡り
午後2時20分 式年祭式典(雅楽・浦安の舞含む)
午後4時 餅まき(手渡し)
午後4時30分 アトラクション(出店・チームモアイ)

10月9日(月)
午前7時 開扉神事
午後6時 閉扉神事

高雄神社
福井県福井市本堂町第5字光徳寺10番地

白山山頂 大汝神社

白山 大汝神社

白山登拝5回目。前回7月は濃霧だったこともあり、台風通過の次の日、紅葉と初めての大汝峰を目指して6時にスタートする。

白山 大汝神社

山頂に近づくにつれ濃霧が濃くなってくる。

白山 大汝神社

室堂には9時過ぎに到着。風も強かったため、温度は零下1度であったが体感はもっと寒く感じる。
今日は右の御前峰ではなく、左の大汝峰を目指す。

白山 大汝神社

大汝の登りに取り付く頃には強い横風にさらされ、立っているのも辛いくらいだが、さらに初めてなのに見通しの悪い登山道にかなり苦しむ。

白山 大汝神社

山頂が近づいてきた。

白山 大汝神社

大汝峰登頂。10時20分頃。

白山 大汝神社

山頂の神社は石積みの中にあり、通路に入る。

白山 大汝神社

四方を石積みに囲まれた大汝神社に参る。御祭神は大己貴命。
四方を囲まれているためか風にさらされずに済んだので、しばらく体温の上昇を待つことにする。

白山 大汝神社

社のまわりには破壊された石仏が残り、

白山 大汝神社

わずかに仏の輪郭を留める一石五輪塔も残っている。御前峰の奥宮に比べると、まだ神仏習合の名残を感じることができる場所。

白山 大汝神社

祈祷殿に戻ったのは11時40分。風のいたずらか、一時だけ祈祷殿がはっきり見えた。

白山 大汝神社

下山を開始、阿弥陀ヶ原の入口まで来たのは12時20分。

白山 大汝神社

下から雲が湧き出てきていたが、上空は晴れてきていたので山頂を見れるかもと思い、時間ギリギリまで待ってみることにし、15分後、なんとか山頂を望めた。

白山 大汝神社

今回は1回目以来の観光新道で下山する。千蛇が池とともに蛇を封じ込めたという蛇塚

白山 大汝神社

途中、紅葉をようやく楽しめた。

白山 大汝神社

仙人窟

白山 大汝神社

15時10分無事に下山する。今年は2回ともに天候に恵まれず残念だった。

白山比咩神社祈祷殿
白山室堂(2450m)
大汝神社
白山大汝峰頂上(2684m)

加賀一の宮 白山比咩神社⑧

白山比咩神社

白山市に鎮座する白山比咩神社。今年は白山開山1300年の記念年で5回目の参拝となった。

白山比咩神社

平日だったが、七五三の記念写真を撮っている親子がいました。背景に他人が写らないのがいいね。

白山比咩神社

本殿の東の参集殿のさらに東に作られている禊場。2006年に完成し40人が入れ神職が身を清める場として利用され、2012年からは参拝者向けに年4回禊研修を行ってきた。今年は記念年として観光客向けに4月~9月まで12回開催され、県外を中心に102人が参加したという。希望者が絶えないため10月、11月にも4回開催される。

その40人入れる禊場をもう一度見ようと寄ってみたが、今日は水を抜いて掃除中だった。

白山比咩神社

御朱印をお願いしている中、授与品を見ていると1つ増えていた。白山開山1300年記念として、5月に国宝吉光をモデルにした「護身刀守」ができていたがあまり食指が動かなかったが、今日見たのは「白山雷鳥鎮火木札」。縦30センチもある大きな木札で、表に小松砂丘の雷鳥の絵が描かれている。

白山比咩神社

裏は入手するまで分からなかったが、三馬場の牛王宝印が印刷されている。なぜ8月の奉祝祭に間に合わせなかっただろうか。もっと多くの人が手にしただろうに。

白山比咩神社

三馬場の牛王宝印はスタンプラリーとして好評だという。三馬場を巡ると3枚組のクリアファイルをいただける。来年3月まで続くのだが、当社のインクはすでに薄くなってきていた。きれいに押せなくて少々残念。

白山比咩神社
石川県白山市三宮町ニ105−1

越中氷見 日宮神社

日宮神社

氷見市に鎮座する日宮神社。御祭神は天照皇大神を主祭神とする。往古は久目神社と称していたという言い伝えがあり、延喜式射水郡久目神社の論社の可能性を残す。

日宮神社

集落の通りに面して西向きに鎮座する。参道の入口にのぼりポールと「村社 日宮神社」の社号標

日宮神社

階段手前に鳥居と手水

日宮神社

階段の両側に杉が立ち並び、小さいながら手入れされている雰囲気がある。

日宮神社

階段を上り拝殿に参る。

日宮神社

拝殿に掛かる扁額は「日の宮」とある。崩し字のため読み取れないが、「の」の字は「乃」だろうか?

日宮神社

本殿は拝殿に続く覆屋のなかにある。

日宮神社

拝殿右手に小さな鳥居が建つ。

日宮神社

参道に社務所兼自宅があるので訪ねる。残念ながら御朱印はなかったが、しばし話を聞く。
拝殿右の鳥居について尋ねると、氷見市街(旧氷見町)のほうにあった酒造店の店主が夢見で、当地に神を祀るよう言われて祀ったものといい、鳥居の先に祠があったそうだが今は跡しかないという。つまり水の神(松尾の神か?宗像の姫神か?)だということだが、酒造店は後に薬屋に転じ、その頃病気に効く薬を占うおみくじがあり、おみくじを持ってその薬屋に行ったという。現在は代が進み参拝も祭りも途絶えたといい、そう古い社ではないものの本殿にも合祀されておらず、詳細が不明になったということで残念。

聞けば代替りした今の宮司は富山県の公文書館に勤められているということで、退職されて常住されるようになれば、もっと詳しい話が聞けるかもしれない。

日宮神社
富山県氷見市大浦1806

越中氷見 楯鉾神社

楯鉾神社

氷見市に鎮座する楯鉾神社。御祭神は不明だが、三代実録記載の楯鉾神の論社であるので楯鉾神ということになろうか。
というのも、白川集落の氏神は少し西に鎮座する八幡宮で、楯鉾神社はその境外末社になっているため情報が少ない。

楯鉾神社

白川集落の西の丘陵地の隅に建ち、

楯鉾神社

境内の入口に鳥居が建つ。

楯鉾神社

鳥居の足下に五輪塔の一部が残されている。

楯鉾神社

社殿は本殿・拝殿一体の建物。社殿に参る。

楯鉾神社

社殿の左に壊れた石祠があり、かつては仏像が入っていたのだろう。

楯鉾神社
富山県氷見市白川1288