「15新潟県の神社」カテゴリーアーカイブ

越後五泉 慈光寺白山堂

慈光寺白山堂

五泉市にある瀧谷慈光寺。その白山堂が蒲原郡宇都良波志神社の論社だったというが、どういう経緯だろうか。御祭神は伊弉諾神、伊弉冉神だろうか。

慈光寺白山堂

瀧谷慈光寺は曹洞宗寺院。本山永平寺や金沢大乗寺は白山とつながりがあるが、慈光寺も白山(標高1012m)の麓にある。

慈光寺白山堂

境内には「天狗の清水」と呼ばれる白山水が流れる。

慈光寺白山堂

前を白山への登山道が続く。

慈光寺白山堂

さて、問題の白山堂がどこにあるのかということだが、慈光寺で御朱印をいただくときに尋ねてみた。
詳しくは分からなかったのだが、白山堂という建物は現在はなく、白山頂上への登山道の3合目に元白山と言われる平場があるという。調べてみると、今も尾根線の3合目に白山明神祠という石祠があるらしい。

瀧谷慈光寺白山堂
新潟県五泉市蛭野870

越後五泉 矢津八幡宮

矢津八幡宮

五泉市に鎮座する矢津八幡宮。御祭神は誉田別命を主祭神とし、息長足比賣命、玉依比賣命を配祀する。延喜式蒲原郡長瀬神社の論社。
坂上田村麻呂が東夷征伐の際に戦勝祈願のために勧請したと伝えられ、古くから菅名荘の惣社であったという。

矢津八幡宮

入る場所がなかなか分からず苦労したが、道路から小さな川沿いに入ると参道を見つけた。

矢津八幡宮

「正八幡宮」と書かれた鳥居が建つ。拝殿にかかる扁額も「正八幡宮」であった。

矢津八幡宮

拝殿前に建つ2基の灯籠は「弘化三年」の銘が入っていた。

矢津八幡宮

拝殿は少し荒れていた。社叢が深く昼間でも少し薄暗い。

矢津八幡宮

拝殿も暗かったが、拝所のまわりには多くの絵馬がかかっているのが見えた。

矢津八幡宮

本殿は一段高くなっており、神事のときは拝殿から橋が架けられるようだ。

矢津八幡宮

大正時代に造られたという覆屋の中に本殿がある。

矢津八幡宮

本殿は江戸時代初期に村松藩2代堀直吉が造営したもので文化財指定されている。

矢津八幡宮

その文化財指定の記念として社前に仙見川石が据えられている。

矢津八幡宮

社前からは広い田の向こうに山並みがきれいに広がる。

矢津八幡宮
新潟県五泉市矢津1896

越後阿賀野 旦飯野神社

旦飯野神社

阿賀野市に鎮座する旦飯野神社。御祭神は誉田別命を主祭神とし、豊受姫命を配祀する。延喜式蒲原郡旦飯野神社と蒲原郡中山神社の論社。

旦飯野神社

朱色の鳥居が鮮やか。鳥居前を右に行くと駐車場になっている。

旦飯野神社

鳥居の右に「延喜式内社 旦飯野神社」の社号標、左に「常磐石」がある。

旦飯野神社

階段を上ると、途中に神門

旦飯野神社

神門正面に龍や鷹の彫刻の他に、中段に鼠や牛の彫刻がある。ぐるりと囲むように十二支の彫刻がされている。

旦飯野神社

神門の右手奥に参道が分かれていて

旦飯野神社

その先に稲荷社など石祠が5つある。

旦飯野神社

階段は長く、先に鳥居と社殿が見える。

旦飯野神社

拝殿に参る。今日は参拝者が多い。

旦飯野神社

拝殿内の扁額には「式内 旦飯野神社」と書かれている。

旦飯野神社

拝殿に御朱印を自分で押せるように印が準備されている。兼務社が多く留守の多い社ではこのような心遣いは有難い。

旦飯野神社

拝殿の前にしいたけを栽培しているようだが全く残っていなかった。しかし、よく見ると鳥居の笠木部分を利用しているようだ。古くなった鳥居の再利用だろうか。

旦飯野神社

拝殿右に2社。新しい社は伊夜彦神社と薬神社の合祀社。右が山神社

旦飯野神社

本殿の裏に御神霊石

旦飯野神社

幣殿左に三峰神社。粟嶋神社、三輪神社、香椎宮の合祀社のようだ。

旦飯野神社

拝殿左に雷神社。

旦飯野神社

耳の悪い人を助け守るといい、耳を表すお椀がたくさんぶら下がっている。

旦飯野神社

神社から西に数百メートル。何やら車が数台停まっているなーと思っていたら、今日は御田植祭の日だったようだ。

旦飯野神社
新潟県阿賀野市宮下195

越後五泉 五泉八幡宮

五泉八幡宮

五泉市に鎮座する五泉八幡宮。御祭神は誉田和気命、気長足姫命、田心姫命、湍津姫命、市杵嶋姫命を主祭神とする。延喜式蒲原郡宇都良波志神社と蒲原郡小布勢神社の論社。宇都良波志神社は合祀された白山神社が論社だとする。

五泉八幡宮

商店街の車道に面して赤い鳥居。ここから本殿横の駐車場に入る。

五泉八幡宮

鳥居を入って左に舞殿

五泉八幡宮

右に授与所がある。

五泉八幡宮

五泉市の無形文化財の帛帯踊発祥之地の碑が建っている。調べてみると、「帛の帯(はくのび)」の踊り手は男性で、白紙一枚の上で踊るものらしい。

五泉八幡宮

社殿正面の鳥居は石鳥居。横に「鎮守 八幡宮」の社号標が建つ。

五泉八幡宮

拝殿に参る。いつもそうなのかわからないが、拝殿から少し離れた場所に賽銭箱が用意されていて、椅子が並べられていた。近々神事があるのかどうか不明だが、離れた場所から参拝する。

五泉八幡宮

参拝後、手水舎の後ろの社務所で御朱印をいただく。

五泉八幡宮

拝殿の右に境内社が並んでいる。
宝物倉(神輿庫か?)の隣に服部神社

五泉八幡宮

古峰神社。御祭神は日本武尊。

五泉八幡宮

「稲荷大明神」の鳥居の先に石祠の稲荷神社。3つの石祠の中央がそれで、左が水神社、右は青麻社か?

五泉八幡宮

その隣に石祠が並べられている。

五泉八幡宮

亀に乗った珍しい祠も。薬神社だろうか。

五泉八幡宮

本殿の後ろに一区域をあてられて天満宮が建つ。

五泉八幡宮
新潟県五泉市宮町5-46

越後新津 旦飯野神社

旦飯野神社

新潟市に鎮座する旦飯野神社。御祭神は誉田別命を主祭神とし、建御名方命、事代主命、倉稲魂命、石動彦命、大山祇命。延喜式蒲原郡の論社。

旦飯野神社

細い路地を通り神社表口に出る。ここから右斜めの道路を入っていくと社務所兼自宅がある。参拝後に訪ねたが御朱印は授与されていなかった。

旦飯野神社

石橋を渡ると、鳥居が2つ。手前は四脚門

旦飯野神社

鳥居をくぐると階段の先に社殿が見える。

旦飯野神社

鳥居から社殿まで参道はまっすぐ延びる。丘の上は思ったより広い。裏手は金津中学校となっている。

旦飯野神社

拝殿に参る。扁額には「旦飯野神社 諏訪神社」と併記されている。当地は諏訪神社の鎮座地で、もと若宮八幡宮と呼ばれた旦飯野神社が合祀されたという。

旦飯野神社

拝殿の左に舞殿

旦飯野神社

拝殿と本殿は弊殿でつながる。

旦飯野神社

本殿左に境内社。御祭神は不明

旦飯野神社

さらに左に「金毘羅大権現」「大山祇神」「伊夜日子大明神」と書かれた石神。
丘伝いに裏手に回ると中学校校庭に向かって忠魂碑があった。

旦飯野神社
新潟県新潟市秋葉区朝日535

越後五泉 中山神社

中山神社

五泉市に鎮座する中山神社。御祭神は大名牟遅命、大山咋命。延喜式蒲原郡の論社。

中山神社

南向きの鳥居、北に向かって参道が延びる。

中山神社

鳥居を入ってすぐ右に隣接する社務所兼自宅への入口がある。

中山神社

しばらく進むと階段を上る。

中山神社

踊り場に手水があり、左に折れる。

中山神社

さらに階段が続く。長い階段だが緩やかなのでそれ程疲れない。

中山神社

登り終えると正面に御神木の大杉が天を衝くように存在感を示している。

中山神社

社殿は右側だが、左側へ進むと忠魂碑が建つ。

中山神社

戻って階段の先に社殿が見える。

中山神社

ここまで参道沿いにも杉が並び、社叢も杉が林立しておりとても雰囲気が良い。

中山神社

拝殿に参る。

中山神社

拝殿には凝った彫刻が多く施されているが、正面戸口上部の鯉の彫刻は珍しい。

中山神社

本殿は拝殿と幣殿でつながる・・・

中山神社

と思ったが外は覆屋であり、中に独立して本殿がある。ということは幣殿ではなくて渡り廊下?
二柱なのだが、なぜか扉は3つある。

中山神社

拝殿の右に3社の境内社が並ぶ。
手前より神明社、諏訪社・稲荷社・八幡社・舛箕社の四社殿、須賀社。

中山神社

拝殿の左手前に参道向きに天神宮が建つ。
延喜式蒲原郡宇都良波志神社の論社で、御祭神は少名彦名命、穂日命。

中山神社

下へ下りてご自宅で御朱印をいただく。
その後周辺を歩いていると、東の231号線沿いに案内板が立っていた。多くは五泉市街の東方向より参拝するらしく、当日は西から入ったので最初分からなかった。

中山神社

鳥居まで道路沿いに神旗ポールを見つけた。

中山神社
新潟県五泉市橋田字中山戊398

越後蒲原 土生田神社

土生田神社

田上町に鎮座する土生田神社。御祭神は埴安姫命。延喜式蒲原郡の比定社。

土生田神社

車通りの多い道路に「延喜式内 土生田神社」の社号標が建つ。

土生田神社

ここから50メートルほど入り右に折れると、境内に出る。

土生田神社

鳥居から社殿まで参道がまっすぐ延びる。

土生田神社

境内に「羽生田校旧址」の碑が建つ。境内に小学校でもあったのだろうか。

土生田神社

拝殿前に灯籠が2基

土生田神社

拝殿が開いたので中で参らせていただく。

土生田神社

社号扁額が奉納されているが、「土」や「神」「社」に付いている点は何だろうか。

土生田神社

拝殿の裏に本殿がある。

土生田神社

本殿そのものかと思った建物は覆屋で、中に茅葺きの本殿が見える。

土生田神社

境内を散策していると、一角に石祠が並んでいた。

土生田神社
新潟県南蒲原郡田上町羽生田乙629

越後加茂 長瀬神社

長瀬神社

加茂市に鎮座する長瀬神社。御祭神は瀬織津姫命、言代主命、気長足姫命、誉田別命、玉依姫命の五柱。延喜式蒲原郡の論社。

長瀬神社

神社の西側の鳥居から入る。

長瀬神社

後でこちらは裏参道だと分かった。

長瀬神社

鳥居をくぐると、階段途中の脇に「式内 長瀬神社」の社号標が建つ。

長瀬神社

参道の右側に境内社が並ぶ。最初の社には「琴平神社 松尾大神 天満天神」の石額が掛かる。

長瀬神社

次の分岐先には伊勢皇大神宮

長瀬神社

左側には社務所らしき建物。

長瀬神社

右の分岐先に4つの鳥居と4つの石祠が並ぶ。左から二社目は「古峰神社」という社号標が建つ。

長瀬神社

右に石祠が複数並べられた場所

長瀬神社

左に「住吉太神宮」の扁額がかかる住吉神社

長瀬神社

そして南向きの社殿前に出る。社殿正面にも参道が延び、今来た道が裏参道だとわかる。

長瀬神社

拝殿に参る。「八幡宮」の扁額がかかる。

長瀬神社

本殿は透塀に囲まれている。中門には「長瀬神社」の扁額がかかる。

長瀬神社

拝殿前には舞殿

長瀬神社

表参道を行くと右側(拝殿に向かうと左側)に稲荷神社

長瀬神社

舞殿の裏に諏訪神社が建つ。

長瀬神社

表参道口に出る。こちらにも「式内 長瀬神社」の社号標が建つ。

長瀬神社

鳥居の横には樹齢約千年のケヤキの御神木。社頭には加茂川が流れる。

長瀬神社

表参道近くの民家で宮司家を尋ねて、裏参道口の家だと分かる。今日は残念ながら宮司は留守であった。

長瀬神社
新潟県加茂市大字上条895

越後加茂 青海神社

青海神社

加茂市に鎮座する青海神社。御祭神は椎根津彦命、大國魂命を主祭神とし、賀茂別雷命、多多須玉依姫命、賀茂建角身命を配祀する。延喜式蒲原郡の論社。

青海神社

駐車場が一杯でギリギリ停めることができたのだが、朱色の一の鳥居をくぐると大勢の人だかりができていた。
今日は「加茂山古道ハイキング」の開催日でちょうど受付時間だったようだ。

青海神社

参道を進むと白の二の鳥居が建っている。

青海神社

長い階段の先に社殿が見えるが、階段前に賽銭箱が置いてある。鎮座する加茂山は公園にもなっており、別の目的で来た人や上まで行くのが厳しい人もここでお参りできる。

青海神社

階段の途中の両側に平場があり、右手に伊勢両宮が祀られている。

青海神社

左手に天明7年建立の青海神社由緒碑が建っており、今は本殿に配祀された賀茂神社がこのあたりに建っていたらしい。

青海神社

左手にも伊勢両宮と相対するように社が建てられているが、扁額がなくわからない。猿田彦社だろうか。

青海神社

その社の右に広瀬社

青海神社

社の後方には稲荷社が建っている。扁額は「稲荷宮」

青海神社

戻って階段を上って社殿の前に出る。

青海神社

拝殿に参る。
入口の扁額は「加茂大神」、中央に「天垂博愛」、奥に「青海神社」「賀茂神社」「御祖神社」が掛かる。

青海神社

背後の本殿には3つの扉があり、拝殿の扁額どおりだとすると、左から青海神社、賀茂神社、御祖神社の順になるのだが、配祀された賀茂神社が中央で、主祭神で青海首の祖である青海神社が右というのは少し違和感がある。

もとは賀茂神社が由緒碑の位置に、御祖神社は伊勢両宮の位置にあったという。

青海神社

社殿の右手に社務所が建つ。

青海神社

社務所で御朱印をいただく間、周辺を見学する。社務所の右手に舞殿

青海神社

左手に社務所と社殿をつなぐ廊下がある。神社には珍しい鶯張廊下で、有料だが一般でも渡ることができる。

青海神社

加茂山に散在する境内社を参る。最初に山神社

青海神社

次に諏訪社

青海神社

諏訪社の左手に秋葉社。社は喪われている。

青海神社

その横に石祠が3つ残っている。

青海神社

そこから神苑を通ってさらに登っていくと、御神木の翁杉(じじすぎ)がある。道が狭くて全景が撮れないが、樹齢1000年を越える巨木だ。媼杉(ばばすぎ)と一対の御神木だったそうだが、昭和36年の第二室戸台風で倒れてしまったそうだ。

青海神社

下りてきて神社の西口近くに貴船社

青海神社

神池の前に建物があり、水を流すことができるようになっている。中に掛けられた奉納物などから考えると、かつては不動堂だったのかもしれない。

青海神社

一周して二の鳥居近くに戻ってきた。勅使手植の欅跡は天文14年の勅使が植えた欅だったというが、こちらも昭和36年の第二室戸台風で倒れ、現在は二代目が植えられている。

青海神社

参道の脇に境内社が並ぶ。手前より下諏訪社、北野社、石祠を一社挟んで、春日社。

青海神社

一の鳥居を入ったところに神社用水という池がある。

青海神社

参道の反対側に厳島社が建っている。

青海神社

静寂を取り戻した社頭。加茂山には砦跡など見どころがたくさんあり、一時間では回りきれない。

青海神社
新潟県加茂市大字加茂229

越後三条 伊久礼神社旧地(藤ノ木権現・万葉の藤)

伊久礼神社旧地

三条市の万葉の藤。延喜式蒲原郡伊久礼神社の旧鎮座地だと言われている。

伊久礼神社旧地

開けた田畑の一角にその大藤はある。道路沿いに駐車場が設けられているが、場所が少しわかりにくい。

伊久礼神社旧地

毎年、ゴールデンウィーク後にちょうど見頃になる。
昔はもっと大きな藤の木だったというが、現状でもその幹の太さには圧倒される。万葉集の「井栗の藤」の比定地のひとつであり、昔から藤の名所であったことは間違いないようだ。

伊久礼神社旧地

しかし、今年は花の付き方が少し悪かったようだ。満開を期待して来たのだが、上方にいくつか花が見える程度であった。白の花びらに紫が少し混ざる上品な色合い。

伊久礼神社旧地

西隣に小さな祠が祀られている。由緒がなく御祭神がわからない。

伊久礼神社旧地

参拝する。地域の方に大事にされているのだろう。中もきれいに掃除されている。

伊久礼神社旧地

少し残念だった万葉の藤を後にして、2カ月前に参拝した伊久礼神社に寄る。前回は夕方で薄暗い時で、かつ逆光だったので、朝日に照らされて明るい境内はまた印象が違う。

伊久礼神社旧地

雪囲いの外された拝殿に参る。

伊久礼神社旧地

境内の一角に藤が植えられている。

伊久礼神社旧地

こちらのほうが藤の花がきれいに咲いていた。その分アブが多くて写真を撮るのも大変だった。

三条市 万葉の藤開花情報

伊久礼神社旧地(藤ノ木権現・万葉の藤)
新潟県三条市井栗

越後三条 小布勢神社

小布勢神社

三条市に鎮座する小布勢神社。御祭神は大比古命、誉田別命。延喜式蒲原郡の論社のひとつ。

小布勢神社

集落は谷あいにあり、用水化された川沿いに車1台がやっと通れる道に面して神社がある。

小布勢神社

社殿は西向き。谷あいのため日の入り前とはいえ薄暗い。

小布勢神社

鳥居の注連縄が特徴がある。

小布勢神社

社殿には雪囲いがしてある。

小布勢神社

拝殿の彫刻が凝っている。拝殿に参る。

小布勢神社

拝殿左の御神木の杉が大きい。

小布勢神社

境内の前面にも道に沿って杉が植えられている。

小布勢神社

参道の右に境内社の琴平社

小布勢神社

参道左の高床の建物。社務所と屋根が掛かっていて、橋も架けられるようだ。祭日には三條神楽が奉納されるようなので、その舞台であろうか。

小布勢神社

車道が狭いので、境内右奥に停めたところ、角に神社の案内板が立っていた。周辺には社が多い。

小布勢神社

雪深かったので奥の壱萬度宮までは行けなかったが、手前の十二大山祇神社に参拝してきた。

小布勢神社

集落の北には田が広がり、ちょうど夕陽が沈む中、右手に弥彦山が見えた。

小布勢神社
新潟県三条市上保内丙1288

越後三条 伊久礼神社

伊久礼神社

三条市に鎮座する伊久礼神社。御祭神は埴安神、誉田別尊、闇御津羽神。延喜式蒲原郡の比定社。

伊久礼神社

社殿は東向き。夕陽に照らされて眩しい。

伊久礼神社

朱色の鳥居をくぐり参道を進む。拝殿は雪囲いされている。

伊久礼神社

拝殿に参る。今でも秋季例祭で俳句が奉納されているようだ。

伊久礼神社

参道左の藤棚の中に、万葉の歌碑がある。井栗村の大庄屋の松川重行が明和元年に建立したものいい、地名の「伊久里」が「井栗」だと伝えているが、大和と越中とする説もある。

伊久礼神社

参道の右には松川辨之助顕彰碑。井栗の大庄屋に生まれ、函館に渡り、北洋漁業の礎を築いた偉人とされる。万葉の歌碑の建立者は翁の曾祖父。

伊久礼神社

左に隣接する真言宗福楽寺には

伊久礼神社

入口脇に辨之助翁の墓がある。

伊久礼神社
新潟県三条市井栗1丁目24-2

越後三条 槻田神社

槻田神社

三条市に鎮座する槻田神社。御祭神は誉田別尊。延喜式蒲原郡の論社のひとつ。

槻田神社

境内地は非常に狭い。南に鳥居と社号標、社殿は東向き。

槻田神社

社殿の前に槻田碑という神社由緒の石碑が立つ。

槻田神社

社殿は足場が組まれていて真新しい。どうやら周辺地区の再開発のため境内地を削られた代わりに社殿を新築できたのだろう。

槻田神社

狛犬は小柄だが、位置が変わっているものの以前のままのようだ。

槻田神社

拝殿に参る。扁額は「延喜式内社」あまりに直接すぎて「槻田神社」のほうがいいかも

槻田神社

左に新しい参集殿

槻田神社
新潟県三条市荒町1丁目11

越後三条 八幡宮

三条八幡宮

三条市に鎮座する八幡宮。御祭神は誉田別尊、気長足姫命、比売大神。三条の総鎮守・産土神。

三条八幡宮

社殿は南向き。本殿の裏側に駐車場がある。

三条八幡宮

拝殿に参る。拝殿と本殿には雪囲いがしてある。今日は新潟市中心部は雪がなかったが、三条まで来ると雪が残っていた。

三条八幡宮

拝殿右手に舞殿。

三条八幡宮

神宝に大太刀と文明3年の鰐口がある。大太刀は銘 信国といい、室町初期の作。元は小丹生神社(新潟県見附市)に奉納されたものを、神官の養子縁組をしたときに三条市荒町に鎮座する槻田神社に譲られ、明治期の神社合祀のときに当社が所有することになったという。槻田神社は延喜式蒲原郡の論社で、後に氏子の要望により復社されている。

三条八幡宮

参道の左方の社務所で御朱印をいただく。まだ木の香りの残る新しい建物で、聞いたところ昨年12月に竣工したばかりだという。

三条八幡宮

拝殿左方社務所に近いほうから参る。合祭殿、左から、金刀比羅神社・熊野神社・秋葉神社の三社、古峯神社・菅原神社の二社、神明宮・春日神社の二社、水神社・伊夜比子神社・三條神社の三社、松尾神社・粟島神社の二社の5つの社。おそらく明治期の神社整理により、近郊の神社を合祀したものだろう。

三条八幡宮

その右に稲荷神社

三条八幡宮

池の島の中に厳島神社

三条八幡宮

社殿の右に良寛乞食の詩碑
「十字街頭 食を乞い了り 八幡宮辺 方に徘徊す 児童相見て共に相語る 去年の痴僧 今また来ると」
三条には良寛様を敬慕する町人が多く、亡くなられてまもなく詩碑が建てられたが、文久大火で破損し、大正十三年に再建された。

三条八幡宮

池の右(北)に「僧良寛歌集」の編者である村山半牧の頌徳碑

三条八幡宮

境内北に金山神社、御祭神は金山毘古命、石凝姥命、天目一之命。

三条八幡宮

境内の西側は八幡公園となっており、入口付近に「刀匠 栗原筑前守謙司信秀師之碑」が建っている。

三条八幡宮

金山神社の右に飼育小屋のような建物が二棟。何かいるのかと見に行くと右の建物に

三条八幡宮

孔雀のオスが二羽飼われていた。孔雀は寒くないのか?

八幡宮
新潟県三条市八幡町12−18

越後白根 大通神社

大通神社

新潟市に鎮座する大通神社。御祭神は猿田彦大神、天照皇大神、豊受大神。御朱印にはよく質問のある御祭神を印で押している。

大通神社

住宅地の中にあり、社殿は東向きで横に社務所が建っている。

大通神社

拝殿に参る。

大通神社

社殿は拝殿に本殿が重なるように建つ。
社務所前で授与品を見ていたところ、宮司がちょうど帰ってきて御朱印をいただいた。

大通神社
新潟県新潟市南区大通南1-49

越後新潟 新潟大神宮

新潟大神宮

新潟市に鎮座する新潟大神宮。御祭神は天照皇大神、豊受大神。

新潟大神宮

社殿は南向き。ゆるやかな上り坂の参道

新潟大神宮

近くには白壁通りがあり、藩政期の風情が残る。

新潟大神宮

参道途中に木製の二の鳥居、三の鳥居

新潟大神宮

二の鳥居の脇に坂口安吾生誕碑が建つ。

新潟大神宮

拝殿に参る。

新潟大神宮

拝殿にかかる「敬神崇祖」の扁額。神宮大宮司の揮毫。

新潟大神宮

本殿左に境内社

新潟大神宮

会津藩士殉節之碑。戊辰の役で越後の地で亡くなった会津藩士の慰霊碑。

新潟大神宮
新潟県新潟市中央区西大畑町5195

越後新潟 金刀比羅神社

金刀比羅神社

新潟市に鎮座する金刀比羅神社。御祭神は大物主大神、船玉大神。

金刀比羅神社

神社はこんぴら通りにある。もとは古町十一番町にあった大楽院という寺の中にあった鎮守で、明治二年に遷座した。

金刀比羅神社

神社は通りに面して東向きに建つ。

金刀比羅神社

参道右に収蔵庫

金刀比羅神社

収蔵庫には幕末から明治期に船主らが奉納した模型和船が収蔵されている。かつては帆をたたんで拝殿に吊されていたという。見学には予約が必要。

金刀比羅神社

収蔵庫の横に龍王殿という二階建ての建物

金刀比羅神社

参道左に注連縄のかかる石。境内には陰陽石があるというがこれのことか?

金刀比羅神社

拝殿に参る。

金刀比羅神社

拝殿には「金殿」の扁額がかかり、絵馬も多い。拝殿の右を回り込むと自宅があり、そちらで御朱印をいただく。

金刀比羅神社
新潟県新潟市中央区西厩島町2337

越後新潟 三社神社

三社神社

新潟市に鎮座する三社神社。御祭神は大日孁貴命、誉田別命、武甕槌命の三柱。神明宮、八幡宮、鹿島社の三社の神様を祀ることからの名称だろうか。

三社神社

神社は南向きに鎮座。延享四年(1747)、附寄嶋と呼ばれた信濃川の中洲にあった当地、後の流作場新田の鎮守として開拓者の安倍玄的が創建し、最初は「神明宮」と呼ばれたということで、三社のうち最初に大日孁貴命が祀られたようだ。

三社神社

鳥居は一の鳥居の前に二の鳥居

三社神社

左方に神輿庫

三社神社

少し進むと右方に神輿殿

三社神社

境内には蛙がたくさんいる。中洲だったこともあって洪水に何度も襲われ廃村を決めたところ、そんな惨状のなかでも青蛙が力強く生きている姿に村人が奮起して村を再建したと伝えられ、「玄的の青蛙」を村繁栄の象徴としたという。

三社神社

蛙おみくじもあり、奉納所がありたくさんの蛙が奉納されている。

三社神社

拝殿に参る。

三社神社

境内社の石宮神社、ツツガムシ除けの神を祀る。

三社神社

不明の境内社

三社神社

1878年の明治天皇北陸御巡幸の流作場御小休所跡碑や

三社神社

御着船聖跡碑がある。

三社神社

昭和初期まで旧新潟ホテル付近にあったと伝わる嘉永7年(1854)の道標と古そうな燈籠

三社神社

沼垂町長安倍九二造撰文による初代萬代橋の記念碑「創架萬代橋碑」

三社神社
新潟県新潟市中央区三和町1−1

越後新潟 白山神社

白山神社

新潟市に鎮座する白山神社。御祭神は菊理媛大神、天照皇大神。延喜式沼垂郡美久理神社の論社のひとつ。

白山神社

社殿は東向き。

白山神社

参道に鳥居が2つ。二の鳥居には「式内社」の扁額

白山神社

入ってすぐ左に太子社。名称からして聖徳太子を祀るものか。

白山神社

拝殿に参る。

白山神社

拝殿入口にかかる「白山」の扁額

白山神社

短い幣殿で本殿とつながる。拝殿左前に「神明社」の社号標

白山神社

拝殿左手に菅原大神、古峰大神、大山祇大神、秋葉大神、粟島大神の扁額がかかる合祀社。立て看板には大宮賣大神、伊夜日子大神の名もある。もとは四社の境内社が建っていたが、一社に合祀し新築されたようだ。左に庚申碑。

白山神社

太子社と境内社の間に新築の建物。

白山神社

中に神輿が収納されていた。御輿蔵兼倉庫だろうか。

白山神社

右手に立派な社務所が建つ。今日は宮司が不在だった。

白山神社
新潟県新潟市中央区沼垂東1-1-17

越後新潟 蒲原神社

蒲原神社

新潟市に鎮座する蒲原神社。御祭神は椎根津彦命を主祭神とし、迦具土之命(火の神)、水波廼女命(水の神)、久久廼知命 (木の神)、金山彦之命(金の神)、埴山姫命(土の神)の陰陽五行の神を祀る。延喜式蒲原郡青海神社の論社のひとつ。

蒲原神社

東に朱色の大鳥居が建つ。

蒲原神社

社号標と鳥居が建ち、まっすぐ参道が延びる。

蒲原神社

参道左に社務所、反対側は駐車場。社務所の前には500年を越える欅の老木がある。
一週間後に春祭を控え、準備に忙しいとかで御朱印はいただけなかった。

蒲原神社

拝殿の前には神楽殿。中央を渡り廊下が結ぶ。

蒲原神社

拝殿に参る。拝殿前に合祀された菅原神社の牛の像。

蒲原神社

拝殿には「青海社」の扁額。彫刻も凝っている。

蒲原神社

幣殿と結ばれた本殿

蒲原神社

境内の南西隅に旧社名の「五社神社」の社号標。五行の神に由来する。

蒲原神社

神社の西に隣接して奈佳美彌神社。境内社かと思ったが、独立した神社で、かつては諏訪神社と称し、愛宕神社を合祀して現社号に改名した。

蒲原神社

御祭神は健御名方命、火産霊命。

蒲原神社

表参道は北向き

蒲原神社

鳥居の前に狛犬もある。

蒲原神社
新潟県新潟市中央区長嶺町3−18

越後新潟 古町神明宮(船江大神宮)

古町神明宮(船江大神宮)

新潟市に鎮座する古町神明宮。御祭神は天照大神、豊受大神。安政5年(1858)の社殿再築時に合祀した船江神社の御祭神は猿田彦大神、大彦命。延喜式蒲原郡船江神社の論社のひとつ。

古町神明宮(船江大神宮)

商店街のアーケードから参道が延びる。入口に「古町神明宮」と「船江大神宮」の社号標が立つ。

古町神明宮(船江大神宮)

鳥居

古町神明宮(船江大神宮)

右に手水と境内社が並ぶ。

古町神明宮(船江大神宮)

手水の右に、松尾芭蕉の「泊船集 付録」におさめられた名句「海に降る 雨や恋しき うき身宿」を、安政4年(1857)に地元の俳句会柳々舎から献碑されたという。

古町神明宮(船江大神宮)

拝殿に参る。

古町神明宮(船江大神宮)

拝殿の扁額は「船江大神宮」

古町神明宮(船江大神宮)

本殿の真後ろの御神木が大きい。

古町神明宮(船江大神宮)

境内社は八幡宮(御祭神は応神天皇)と白鳥神社(御祭神は?)。白鳥神社はサッカーのアルビレックス新潟をはじめ、9つの「アルビレックス」の成功と躍進を祈願するお社として建立された、まだ新しい神社。

古町神明宮(船江大神宮)

拝殿の右に例大祭のときの舞台が建つ。

古町神明宮(船江大神宮)

社務所で御朱印をいただく。こちらで古町愛宕神社の御朱印もいただける。

古町神明宮(船江大神宮)
新潟市古町通1番町500番地

越後新潟 古町愛宕神社

古町愛宕神社

新潟市に鎮座する古町愛宕神社。御祭神は火之迦具土神、伊邪那美尊、天熊人。
御朱印は近くの古町神明宮の社務所でいただいた。

古町愛宕神社

商店街のアーケードから奥に参道が延びる。

古町愛宕神社

入口に鳥居

古町愛宕神社

拝殿に参る。

古町愛宕神社

拝殿の右前に稲荷神社、御祭神は保食神

古町愛宕神社

拝殿の左に口之神社、御祭神は千葉県の口ノ宮神社の御祭神木内惣五郎と、「明和の騒動」の首謀者である義人 涌井藤四郎、岩船屋佐次兵衛らを祀る。明和の義人の御霊を鎮めるために、同じ義人である千葉の木内惣五郎の御分霊を迎えたのが創始という。

古町愛宕神社

鳥居をくぐり、拝殿に参る。拝殿には木内惣五郎が木内宗吾とも呼ばれるので、「宗吾霊堂」の扁額が掛かる。

古町愛宕神社
新潟県新潟市中央区古町通2番町495

越後新潟 白山神社

新潟白山神社

新潟市に鎮座する白山神社。御祭神は菊理媛大神、伊邪那岐命、伊邪那美命を主祭神とし、天照皇大神、八幡大神を配祀する。延喜式蒲原郡船江神社の論社。パンフレットでは「越後国 沼垂郡 船江神社」と記しているが、船江神社は蒲原郡なので誤りか。

新潟白山神社

周辺は白山公園として整備されている。一の鳥居は東向き。参道の先に石製の二の鳥居

新潟白山神社

梅園ではちらほらと花が咲き始めていた。

新潟白山神社

参道左にひょうたん池

新潟白山神社

しばらく進むと右に蓮池、藤棚もある。

新潟白山神社

参道は右に折れて南向きに変わる。

新潟白山神社

三の鳥居をくぐると左に歯固め石

新潟白山神社

左方に遊伸亭

新潟白山神社

右手の駐車場に境内社の住吉神社への参道

新潟白山神社

駐車場の隅に宝暦天明の頃の狛犬

新潟白山神社

社殿の中には神輿が祀られている。

新潟白山神社

住吉神社、御祭神は住吉大神と息長足姫

新潟白山神社

住吉神社の左には日清・日露両戦役の戦没者を慰霊する昭忠碑があり、神武天皇像が安置されている。

新潟白山神社

随神門

新潟白山神社

随神門の左の廻廊の端に単独の建物。何に使用するものか

新潟白山神社

拝殿に参る。

新潟白山神社

扁額は「拝殿」

新潟白山神社

右に社務所があり、祈祷と御朱印の受付はこちら。

新潟白山神社

平成29年は白山開山1300年を迎え、神社では記念のお札、おまもり、御朱印、御朱印帳、御神酒(お祓いを受けた人限定)を頒布している。

新潟白山神社

加賀の二俣和紙に書かれた特別記念御朱印。復刻した牛王法印が押されている。記念御朱印帳にあらかじめ書かれるもの以外は書き置きになる。平成29年限定で一万枚。

新潟白山神社

ホームページにはなかったが、記念御朱印はピンク色に染めた二俣和紙に書かれた春バージョンも頒布されていた。

新潟白山神社

拝殿の左、白山会館前に樹齢約200年の御神木の「むすびの銀杏」

新潟白山神社

白山会館の下をくぐるように境内社への参道が通る。

新潟白山神社

夫婦円満の道祖神と餅搗き道祖神、縁結びの御神徳があるとされる。

新潟白山神社

本殿の左に蛇松明神社。金運上昇を願う人が多く、蛇の大好物の卵を賽銭の代わりにお供えする箱が社の前にある。

新潟白山神社

御祭神は蛇松明神。御朱印では蛇松神社と書かれる。

新潟白山神社

蛇松明神社の背後はちょうど本殿の背後にもなるが、御神木の蛇松がある。蛇のようにウネウネと御垣の外へ延びている。

新潟白山神社

その蛇松の下をくぐりさらに奥へ

新潟白山神社

本殿の右に松尾神社と黄龍神社が並んで鎮座する。

新潟白山神社

松尾神社、御祭神は大山咋神、中津島姫神

新潟白山神社

黄龍神社、御祭神は黄龍八一分身金鶏供養宝船大権現。八方除けの神様

新潟白山神社

本殿はや御垣は彩色されている。

新潟白山神社

拝殿前、左の廻廊に繁昌大黒、御祭神は大国主大神。

新潟白山神社

その廻廊の前に御稲御倉、御祭神は御稲御倉神、稲荷大神。社殿は第59回式年遷宮で内宮に建てられた御稲御倉であり、昭和39年の新潟地震で大きな被害を受け、第60回式年遷宮で当社に徹下された。神宮の唯一神明造そのままを見ることができる。

新潟白山神社

御稲御倉の前には御神石くくり石が祀られ、白山奥宮遙拝所となっている。開山1300年を記念し、白山から切り出した石を奉斎した。

新潟白山神社

蓮池の前に忠犬タマ公像。飼主の刈田さんらを二度の雪崩から救った話が当時の新聞やラジオを賑わせ、後世に伝えるため、像を建てる運動が起きたという。犬は子沢山なので、子宝・安産を願い戌の日に腹の部分をなでる人もいるという。

白山神社
新潟県新潟市中央区一番堀通町1-1

越後赤塚 神明社

神明社

新潟市に鎮座する神明社。御祭神は天照皇大神。延喜式蒲原郡船江神社の論社のひとつ。
境内は明治時代頃まで約7800坪の敷地で、本殿・幣殿・拝殿・神楽殿などの建物があったという。1092年の大地震による津波と地盤沈下で周辺住民が御神体とともに新潟町の方へ集団移住したといい、以降は神明社となったという。

神明社

社殿は南向き。少し小高くなっている丘の上に鎮座する。

神明社

鳥居と手水舎。燈籠は火袋部分がなくなっていて、少し不格好な感じ

神明社

参道を進むとまた火袋のない燈籠があり、上り階段がある。階段は崩れている部分があり、通行止めになっているが、ここ以外に道はないので気をつけて上る。

神明社

コンクリート製の社殿

神明社

中に神輿と本殿が収められている。本殿に参る。

神明社

本殿の右に境内社かと思ったら戸もなく物置のようになり崩れかかっている建物。どうやらコンクリート製の社殿を建てる前の本殿であったらしい。

神明社

本殿の左に神明荘とゲートボール場。神社に入ってくる角に案内板があったが、社殿裏の車道から入ってくることができたようだ。

神明社

社前を南へ100メートルほど行くと御手洗潟があり、その昔船江神社を参拝する前に手を洗い清めたことから名前が付けられたという。現在は用水か川が流れ込んでいるのか、少し臭いがするので手を清めることはできそうにない。

神明社

御手洗潟から神社を眺める。一帯は砂丘が広がり、畑になっている。

神明社

さらに南へ少し行くとより大きな佐潟が広がっている。

神明社
新潟県新潟市西区赤塚7034

越後頸城 奴奈川神社

奴奈川神社

糸魚川の奴奈川神社。主祭神は奴奈川比売命、配祀として大日霊尊、八千矛命。
延喜式内社の奴奈川神社の論社のひとつ。

奴奈川神社

社殿は南向き。

奴奈川神社

境内は広く、公園となっている部分もある。

奴奈川神社

拝殿に詣る。

奴奈川神社

弊殿を通って本殿が見える。

奴奈川神社

拝殿の西側に複数の石祠が並ぶ。

奴奈川神社

本殿裏にも石碑が並び、合祀殿風もある。本殿裏の東西に石が立っている。

奴奈川神社

本殿東側にも石祠がある。

奴奈川神社

注連縄を掛けられた神域に大きい石がある。かつての磐座なのか。

奴奈川神社

境内社として天満宮が鎮座する。

奴奈川神社
新潟県糸魚川市田伏569

越後頸城 大神社

大神社

糸魚川の大神社。御祭神は高皇産靈尊、大己貴命、少彦名命。延喜式内社の大神社の論社のひとつ。
室町時代作といわれる男神・女神坐像一対が伝わり、管相公(男神)と吉祥女(女神)の御神像といわれ、菅原道真公、吉祥女が配祀されている。

大神社

小山に神社は鎮座する。

大神社

階段を上る。

大神社

階段の途中に3つの石祠が祀られている。

大神社

階段を上がると社務所兼自宅があるが、留守だったので御朱印の有無は不明。

大神社

さらに進むと神社正面の鳥居をくぐって境内に入る。

大神社

拝殿に詣る。

大神社

社務所に近い鳥居は上部が直線ではなく、少し反り上がっている。

大神社
新潟県糸魚川市平1345

越中糸魚川 能生白山神社

能生白山神社

糸魚川能生の白山神社。御祭神は奴奈川姫命、伊佐奈岐命、大己貴命。
古代奴奈川族の首長、奴奈川姫を祀って産土神としたのが始まりといわれており、かつては権現岳にあったという。
延喜式内社の奴奈川神社の論社のひとつで、白山信仰の布教拠点として神仏習合した際に白山権現と改称された。

平安後期の木像聖観音立像が伝わり、越後三十三観音霊場を始めるにあたり、まずは白山神社に詣ることがしきたりだったということで、書き置きの御朱印は「聖観音菩薩」となっている。宮司が常駐しておらず、総代さんがこれだと言われていましたが、神社名の墨書きも本務社のほうではしているようです。

能生白山神社

鳥居をくぐり、階段を上ります。

能生白山神社

境内に入ると左手に社務所、奥に檜皮葺の拝殿が建つ。

能生白山神社

拝殿右手に御旅所がある。拝殿後方の山が尾山で、旧社殿は山中にあった。

能生白山神社

拝殿に詣る。

能生白山神社

後方の本殿は国重量文化財。

能生白山神社

本殿横には神仏習合時代の石祠が複数ある。

能生白山神社

境内には旧講堂だった建物が、境内社の秋葉神社となっている。

能生白山神社
新潟県糸魚川市大字能生7238

越後頸城 藤崎神社

藤崎神社

糸魚川の藤崎神社。御祭神は大己貴命、天照皇大神、豊受大神、品陀別命。合祀なのでもとの主祭神は不明。
江戸時代に「大社神社」と称し、頸城郡の延喜式内社の大神社の論社であるが大社という名称からと思われる。地元では式内社とは称していないようだ。

藤崎神社

田と畑の広がる丘陵の中に鎮座する。

藤崎神社

田んぼの先に日本海が広がる。

藤崎神社

短い階段を上り、畑の横の参道を進む。

藤崎神社

鳥居をくぐると、参道は急角度にUターンして拝殿に至る。
参道が付け替えられたのか、社殿の向きが変わったのか、ちょっと不可思議な位置関係です。

藤崎神社

杜に囲まれた社殿は昼間でも薄暗く、小さな虫も飛んでいるのでお詣りして早々に帰ります。

藤崎神社
新潟県糸魚川市藤崎2124

越後頸城 水嶋磯部神社

水嶋磯部神社

糸魚川の水嶋磯部神社。御祭神は健御名方命、天照皇大神、豊受大神、奇日方命、船玉神。
江戸時代は諏訪大明神と呼ばれていたそうで、健御名方命が主祭神というところか。

水嶋磯部神社

神社は高台に東向きに建っている。

水嶋磯部神社

頸城郡の延喜式内社の論社。

水嶋磯部神社

拝殿に入る。この辺りの記名奉納額は写真入りで、たくさん並んでいた。

水嶋磯部神社

本殿後ろには彫刻入り板塀が左右に3枚ずつ奉納されていた。

水嶋磯部神社

境内からは眼下に筒石漁港が見える。海岸沿いに国道8号線が通り、神社のある台地まで一気に標高が上がる。

水嶋磯部神社

海に向けて境内社が建っている。

水嶋磯部神社

中の石祠の横に恵比寿らしい像があるので、事代主命か蛭子命か。

水嶋磯部神社

神社の背後には南向きに観音堂が建っている。神仏習合の名残なんだろう。

水嶋磯部神社
新潟県糸魚川市筒石463

越後頸城 江野神社

江野神社

上越市名立の江野神社。旧県社で延喜式内社の論社。
御祭神は、建御名方命、事代主命、大己貴命、素佐能男命、稻田比賣命、屋主忍男武雄心命、影姫命、武内宿禰命と多いが、明治の神社整理による合祀の影響のようだ。
(御朱印はあったようだが、あらかじめ連絡が必要なようだ。)

江野神社

入口の社号石碑があり、後方の小山に鎮座する。

江野神社

一端西に上って、鳥居をくぐり東から南へ折れて社殿に至る。

江野神社

社務所前に手水舎、その横に境内社として稲荷社がある。

江野神社

拝殿は銅板葺きで新しく感じたのだが、後で調べてみると数年前までは茅葺きだったようだ。

江野神社

彫刻は珍しいもの。布袋と恵比寿だろうか。

江野神社

木鼻の彫刻は鯛と海老で、こちらも珍しいが日本海が近いので豊漁祈願の意味があるようだ。

江野神社

拝殿の中で詣る。

江野神社

入口鳥居の参道とは反対方角にも境内社が建っている。
鳥居前には「琴平神社」の石碑があるが、社殿に入ると「秋葉神社」の扁額がかかっていた。

江野神社

とすると、山の斜面にあるこの石祠が琴平神社なのか?

江野神社
新潟県上越市名立区名立大町字明神山1335