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近江大津 石坐神社

石坐神社

大津市に鎮座する石坐神社。御祭神は東殿、西殿、奥宮にそれぞれ神が祀られる。
式内社滋賀郡の比定社となっている。

石坐神社

月極駐車場の隣に森が見える。神社参道があり、南より境内に入るが裏参道だったようだ。

石坐神社

境内に入ると北に鳥居の建った表口がある。
表・裏ともに「式内 石坐神社」の標柱が建っている。

石坐神社

四方柱に屋根が乗ったのは拝殿でいいのだろうか。

石坐神社

本殿は塀に囲まれ、中門前で参る。

石坐神社

この本殿は東殿とされるもので、八大龍王宮と正霊天王宮の合殿となる。八大龍王宮の御祭神は、豊玉比古神(海津見神)、彦坐王(開化天皇の第三王子)の二神。正霊天王宮の御祭神は、天命開別尊(天智天皇)、大友太子(弘文天皇)、伊賀宅子媛(大友太子御生母)の三神。

当社には重要文化財の天命開別命、伊賀采女宅子媛、弘文天皇、彦坐王の4体の木造坐像があるらしい。

石坐神社

本殿左手に彦坐王石像を祀る石神社が建つ。

石坐神社

本殿左に稲荷神社の鳥居が建ち、奥に境内社がみえるが、

石坐神社

鳥居をくぐって正面にあるのは弁財天社、右に稲荷社が建つ。

石坐神社

本殿右の磐座には物部社、祓戸社、柳崎社が祀られているようだ。

石坐神社

境内南には御霊殿山遥拝所がある。奥宮は御霊殿山にあり、石坐大神(主祭神の豊玉比古神)と八大龍王神を祀っている。

石坐神社

遥拝所のそばに御神木の榎がある。

石坐神社

境内の西に社務所と宮司宅が並んで建っているが、中央は西殿の社殿となっている。
授与所で御朱印をいただく。

石坐神社

西殿には天神地祇を祀る天上将来宮と淡海龍王神を祀る淡海龍王宮が祀られる。

石坐神社
滋賀県大津市西の庄15-16

近江大津 膳所神社

膳所神社

大津市に鎮座する膳所神社。御祭神は豊受比売命。

膳所神社

膳所城跡から西に一直線、中大手門跡を越えて境内がある。

膳所神社

入口には「縣社 膳所神社」の標柱。

膳所神社

鳥居、表門、社殿とまっすぐに並ぶ。

膳所神社

表門は旧膳所城の本丸大手門。瓦に神紋とは違う旧藩主の本多家の家紋立葵紋が見える。

膳所神社

表門を入ると広い境内が広がり、右手に蔵2棟、左手に手水舎が建つ。

膳所神社

北門も旧膳所城の門の移築。

膳所神社

南門は瓦に立葵紋が残り、旧膳所城の移築門であったが、近年建替が行なわれたらしい。形式は受け継がれているのだろう。

膳所神社

開放的な拝殿

膳所神社

その後ろに中門と塀に囲まれた本殿が建つ。
本殿に参る。

膳所神社

本殿

膳所神社

境内社は3つ。拝殿の左に愛宕神社

膳所神社

本殿の左奥。御神木の脇に旧社号標柱が残っていた。
「郷社 式内膳所倭神社」、膳所神社も式内社を名乗っていた頃があるようだ。ただ膳所倭神社という式内社は存在しないので、倭神社のことだろうか。

膳所神社

本殿右に松尾神社

膳所神社

その右に稲荷神社

膳所神社

稲荷神社の右奥に石碑の神が並んでいる。手前から月道龍神、若葉大明神、辰巻大神、人麿竜神、金龍大神。

膳所神社

最後に社務所で御朱印をいただいた。

膳所神社
滋賀県大津市膳所1丁目14-14

越中新川 宇奈月神社

宇奈月神社

黒部市の宇奈月温泉に鎮座する宇奈月神社。御祭神は天照皇大神、大山津見神、大山久比神、軻遇突智神、水波象女神、誉田別命の六神。

宇奈月神社

黒部峡谷トロッコ電車に乗りに来ました。宇奈月駅前の駐車場の正面に建っているので帰りに寄りました。
大正時代に黒部の電源開発とともない、宇奈月温泉が開湯し、発電事業や工事関係の会社も協力して昭和2年に創立される。

宇奈月神社

階段を上っていくと左手に手水舎。センサーで人を見知し自動で水が流れる。

宇奈月神社

この水が黒部の名水のひとつになっていて神社の見どころのひとつらしい。

宇奈月神社

社殿は雪深い地であるのでサッシに覆われているが、外見も神社建築風になっている。

宇奈月神社

拝殿に参る。

宇奈月神社

賽銭箱の横に御朱印授与の案内があった。

宇奈月神社

神社の隣りのセレネ美術館。受付に行くと奥のスタッフさんが手書きで御朱印を書いてくれた。

宇奈月神社
富山県黒部市黒部峡谷口30

越後新発田 諏訪神社

新発田 諏訪神社

新発田市に鎮座する諏訪神社。御祭神は建御名方命を主祭神とし、八坂刀賣命を配祀する。また相殿に藩祖溝口大祖源秀勝朝臣命(新発田藩 初代藩主)を祀る。

新発田 諏訪神社

大化4年(648)に聖籠町諏訪山に鎮座したのを創祀とし、新発田藩初代溝口秀勝公が新発田城内に遷座したという。その後、三代宣直公が鍛治町へ、四代重雄公が現在地に遷座した。

新発田 諏訪神社

神門の先に鳥居、社殿が一直線に並ぶ。

新発田 諏訪神社

朱色の四足鳥居

新発田 諏訪神社

社殿の右に御柱が立っている。

新発田 諏訪神社

御柱は6年毎の例祭に合わせ建て替えられ、現在の御柱は平成28年8月に諏訪大社下社春宮から一之柱を下賜された。

新発田 諏訪神社

拝殿に参る。拝殿には「諏方神社」と「溝口太祖神」2枚の扁額がかかる。

新発田 諏訪神社

本殿とは幣殿でつながる。

新発田 諏訪神社

拝殿の左手に社務所があり、ここで御朱印をいただく。

新発田 諏訪神社

参道右の御柱の右手に神輿殿があり、

新発田 諏訪神社

2基の神輿が納められている。左に見える石鳥居は大成建設やサッポロビール、ホテルオークラなどを創業した新発田市出身の財閥家、大倉喜八郎が奉納したものだそうだ。

新発田 諏訪神社

神輿殿の手前の参道右手に境内末社があり、古峰大神(日本武尊)と猿田彦大神を祀る。

新発田 諏訪神社

参道の左手の一番奥には末社大若稲荷神社があり、

新発田 諏訪神社

ひとつ手前には五十志霊神社が建つ。当社には新発田藩に功績にあった人々を祀り、義民大竹与茂七を合祀している。

新発田 諏訪神社

大竹与茂七は中之島の名主で百姓一揆を扇動したという罪で首を刎ねられたが、後に名誉回復が図られたという。
左の碑に使われる石は天明の大飢饉で新発田藩から仙台藩へ千俵の救援米を送ったお礼にもらった2枚の内の1枚で、

新発田 諏訪神社

もう1枚は社務所の横に昭和天皇在位六〇年奉祝記念碑として、昭和天皇の御製が記されている。

新発田 諏訪神社

一番手前に末社厳島神社が建つ。

新発田 諏訪神社
新潟県新発田市諏訪町1丁目8-9

能登輪島 重蔵神社⑰

重蔵神社

季節の御朱印の百合をいただいてきました。他に2種類ある。

重蔵神社

天皇陛下御即位御朱印の夏バージョンの見開きサイズもいただきました。
小サイズは品切れになっていました。

重蔵神社

夏越えの大祓を終え、拝殿前には茅の輪が設置されていました。
折角なので8の字にくぐってから参拝しました。

重蔵神社

先月と同じバージョンの季節の御朱印をいただきました。

重蔵神社

境内にはアジサイがきれいに咲いていました。

重蔵神社

なでうさぎもアジサイに囲まれている。

重蔵神社

手水もアジサイで豪勢になっている。

重蔵神社
石川県輪島市河井町4-68

近江今津 阿志都彌神社行過天満宮

阿志都彌神社行過天満宮

今津町に鎮座する阿志都彌神社行過天満宮。御祭神は木花咲耶姫命、菅原道眞公。
式内社高嶋郡の阿志都彌神社の論社。

阿志都彌神社行過天満宮

南入口が表参道を思われる。入口に「善積郷社」と刻まれた石碑が建つ。

阿志都彌神社行過天満宮

鳥居には「善積郷社 阿志都彌神社 行過天満宮」の扁額がかかり、当社はかつて善積郷の惣社であった。
参道がまっすぐに延びるのは馬場であるから。

阿志都彌神社行過天満宮

参道との直線上に拝殿、本殿が建つ。

阿志都彌神社行過天満宮

本殿は側面をシートのようなもので覆っているが、屋根はそのまま。拝殿と本殿の間にも屋根があるが、幣殿とは言い切れない状態。

阿志都彌神社行過天満宮

本殿に参る。本殿には横文字の「阿志都彌神社 行過天満宮」の扁額がかかる。

阿志都彌神社行過天満宮

天満宮のため丑像もある。

阿志都彌神社行過天満宮

東にも参道があり、入口に「阿志都彌神社 行過天満宮」と刻まれた社号標と、同じ扁額のかかる鳥居が建つ。
鳥居前のスダジイの大木がとても雰囲気がある。

阿志都彌神社行過天満宮

東鳥居を入ると福禄寿神を祀る境内社。

阿志都彌神社行過天満宮

赤い鳥居の境内社は今熊野神を祀る稲荷神社。

阿志都彌神社行過天満宮

本社の左奥に末社白山神社が鎮座する。
式内社高嶋郡の小海神社の論社で、北生見にあったが、自営者の演習地となり住民とともに集団移転してきたという。

阿志都彌神社行過天満宮

授与所で御朱印をいただく。

阿志都彌神社行過天満宮

一緒にいただいた由緒を読むと、もとは東鳥居を出た東隣の地に鎮座していたという。そこも自衛隊の宿営地になっているのだが、その中に将軍塚と呼ばれる古墳があるらしい。らしいというのは外からは見えないからだ。自衛隊員によるブログを見ると、しっかりと案内板もあり、大きな円墳であるから見てみたいとも思う。当社が古墳の埋葬者と密接な関係があることがわかる。

阿志都彌神社行過天満宮
滋賀県高島市今津町弘川1707-1

近江浅井 矢合神社

矢合神社

西浅井町に鎮座する矢合神社。御祭神は猿田彦神、應神天皇。
式内社浅井郡の矢合神社の論社。本社の御祭神は猿田彦神のみで、明治43年に内前沢の八幡神社を合祀し、應神天皇が併祀されることになった。

矢合神社

境内は南向き。琵琶湖の北を南北に縦断する国道が通っているため、社前の道路は交通量が多い。
社殿の後ろに均整のとれた山が見える。もとは山腹に鎮座していたようだ。

矢合神社

社号標に「式内 矢合神社」と刻まれ、境内は非常に整理されている。

矢合神社

鳥居をくぐると左手に手水舎、右手に蔵と、山手に社務所が建っている。

矢合神社

拝殿はシートに覆われている。拝殿前には神馬像が奉納されている。

矢合神社

拝殿の後ろに本殿が建つ。
本殿に参る。

矢合神社

覆いの中に檜皮葺きの比較的大きい本殿が納められている。

矢合神社

本殿の右に境内社が1社建つが、詳細は不明。

矢合神社
滋賀県長浜市西浅井町岩熊733

近江浅井 香取五神社

香取五神社

西浅井町に鎮座する香取五神社。御祭神は經津主神、武甕槌神、天兒屋根命、大日孁貴尊、天鈿女命、安閑天皇。
式内社浅井郡の塩津神社の論社。もと香取五所明神と称していたということで、五神祀っていたようだ。

香取五神社

境内は南向き、入口に鳥居と社号標が建つ。鳥居から石敷が社殿まで延びている。

香取五神社

正面に本社、その右に一回り小さい末社八幡宮が並んで鎮座する。

香取五神社

本社本殿。塩や水の供物やローソクが常備されていて、氏子の信仰は篤いようだ。

香取五神社

社殿左前の大きな木が御神木のようだ。

香取五神社

八幡宮本殿。

香取五神社

右手に末社秋葉神社。

香取五神社

その右に石に囲まれ石が祀られている。これも末社のひとつか?

香取五神社
滋賀県長浜市西浅井町祝山288

近江浅井 香取神社

香取神社

西浅井町に鎮座する香取神社。御祭神は經津主神、岩裂神、根裂神、磐筒男神、磐筒女神。
浅井郡の式内社鹽津神社の論社。

香取神社

参道は東から西に延びている。木に覆われた舗装道で、入口に社号標と鳥居が建っている。

香取神社

鳥居。

香取神社

途中、宮前橋の架かる大川。地元の方が土手の草刈をする中で、大勢の釣り人が何かを釣っている。
参道に泊まっていた車のナンバーは中京圏が多かったが、後で調べると鮎釣りのスポットだったらしい。

香取神社

橋を渡ると、水を抜かれた池と手水舎の先に南向きに社殿が建っている。

香取神社

裾の広がる拝殿には参拝する場所がなかったので、

香取神社

後ろの本殿で参る。本殿はぐるりと瑞垣が巡り、正面に門がある。
黒い覆いはトタンか?と思ったら木材でした。以前はこの覆いはなかったので、瑞垣の修復と同時に覆いが作られたようだ。

香取神社

本殿

香取神社

本殿の左に鳥居と末社

香取神社

末社は左半分に川濯神社、右半分に白山神社と稲荷神社が祀られている。

香取神社

境内の西、社務所のような建物には「老人憩の家」と書かれている。

香取神社
滋賀県長浜市西浅井町塩津中332

近江浅井 下塩津神社

下塩津神社

西浅井町に鎮座する下塩津神社。御祭神は鹽土老翁神を主祭神とし、伊邪那岐命、伊邪那美命を配祀する。
式内社浅井郡下鹽津神社の論社。

下塩津神社

集落の奥、南向きに参道が延び、入口に鳥居と社号標、神旗ポールが建っている。
社号標には「式内 下鹽津神社」と刻まれている。

下塩津神社

鳥居をくぐり、参道を進むと手水舎の前に一際大きな杉が立っている。御神木を示す注連縄が巻かれている。

下塩津神社

階段を上り、一段高い社地。真正面に社殿はなく、少し右にずれて建てられている。

下塩津神社

その階段の手前、左右に同規模の池が2つある。

下塩津神社

拝殿に参る。
拝殿は珍しくシャッターに覆われている。中をのぞくと四方壁のない拝殿となっている。

下塩津神社

拝殿の後ろ、幣殿・本殿と連なる。幣殿・本殿を覆う茶色の板はトタンだった。
雪深い地であるため、管理の負担を考えているのだろう。

下塩津神社

本殿の右に末社。2棟並ぶのは神明社。内宮と外宮なのだろう。

下塩津神社

さらにその右に末社白山社が建っている。

下塩津神社

入口の社務所の裏に

下塩津神社

五輪塔が残っている。

下塩津神社

鳥獣柵があるので近づけないが、古いもののようだ。

下塩津神社
滋賀県長浜市西浅井町集福寺455

能登輪島 重蔵神社⑯

重蔵神社

平日に能登の郵便局巡りしているついでに、輪島郵便局の向かいにある重蔵神社に参拝しました。
新しい季節の御朱印で6月は牡丹です。他に2種類。

重蔵神社

令和改元期限の御朱印も5月とは違っていたのでいただきました。

重蔵神社

天皇陛下御即位記念の色違いバージョンも拝受していただきました。

重蔵神社

能登沖地震で倒壊した大鳥居の再建の目処はまだ立っていませんが、御朱印でかなり参拝者が増えたようなのでそのうち再建できるのではないかと思います。私もかなり寄付しました。

重蔵神社

拝殿に参る。

重蔵神社

社務所に行くと、御朱印所は奥に通されました。ゴールデンウィークからこの方式に変更されたままです。
今月拝受される御朱印は10種類。通常の御朱印が300円、改元記念御朱印、季節の御朱印、天皇陛下御即位御朱印の小サイズが500円、季節の御朱印、天皇陛下御即位御朱印の見開きサイズと八社御朱印が1000円となります。

ゴールデンウィークは長蛇の行列で、神職の方もおいでにならなかったので詳細をお聞きできなかったんですが、今日は少し話を聞くことができました。季節の御朱印は花御札という名称でハガキタイプを頒布していたのですが、コンプリートする人がでてくるので毎年何か1種類ずつ増やしていこうということで、今年は5月の能登霧島ツツジを最初にしてハンコタイプの御朱印を頒布することにしたそうです。5月は2種類でしたが、6月からは見開きサイズが増えて3種類になりました。予算の都合上1種類のみいただきました。天皇陛下御即位御朱印は5月はクリーム色のみ2種類でしたが、これが今年(おそらく12月まで)の通年バージョンで、6月から8月の3カ月は夏バージョンとして萌葱色2種類が増えました。秋バージョンもあるようです。

重蔵神社
石川県輪島市河井町4-68

加賀金沢 波自加彌神社⑥ はじかみ大祭

波自加彌神社

金沢市に鎮座する全国唯一の香辛料を祀る波自加彌神社。
今年もはじかみ大祭に行ってきました。

波自加彌神社

今年は土曜日開催となったので、例年より多くの参拝者がいるようです。
雨予報だったので晴れ予報だったらもっと多かったのかな。

波自加彌神社

着いてまずは御朱印をいただきに行きました。例年すぐいただけるのですが、今日は行列で途切れることなく大変そうでした。
今日から加賀獅子柄の新しい御朱印帳が販売されていました。

波自加彌神社

14時になり神事が始まる。
いつもの5割増しくらいで大勢の人が来ています。初めての方が多いようです。

波自加彌神社

途中、通り雨が降ってきて傘を持ってきていない人がテントや社殿に退避したので、拝殿前はガラガラになってしまいました。

波自加彌神社

祭典が終了し、謹製されたショウガ湯をいただきました。
普段は待っていると順に注いでくれるんですが、初めての方が多かったからか前に前にもらいに行く人ばかりでなかなか順にならなかったけど、ピリリと辛いショウガ湯でした。一年の健康を祈願できました。

波自加彌神社

帰ってきていただいた寿司をいただきました。

波自加彌神社
石川県金沢市花園八幡町ハ165

加賀金沢 尾山神社⑯

尾山神社

金沢市に鎮座する尾山神社。
今年初めての参拝です。先月から「奉祝 御即位」の印がひとつ増えています。

尾山神社

先週、百万石行列で御神霊が市内を行脚して、今日は参拝者も少なめです。

尾山神社

今月の祭礼予定を見ていると、利家公の金沢城入城を再現した百万石行列は6月第一土曜日なのですが、当神社の入城祭は14日なのですね。さらに、2代利長公、5代綱紀公、15代利嗣公と命日祭が多いです。

尾山神社

拝殿に参る。

尾山神社

現在本殿が修復工事中。

尾山神社

4年後の2023年に鎮座150年の節目を迎えることから、記念行事としての屋根葺き替えみたいです。

尾山神社

いつの間にか神苑の池に渡された橋も新しくなっていました。

尾山神社
石川県金沢市尾山町11-1

加賀一の宮 白山比咩神社⑫

白山比咩神社

白山市に鎮座する白山比咩神社。
令和改元奉祝として、先月から奉祝印の押された記念御朱印がいただける。

白山比咩神社
表参道は暑さも和らぐ木漏れ日の中

白山比咩神社
屋根の修復工事も終わり、真新しい拝殿に参る。

白山比咩神社
宝物館も観覧してきました。前に案内など全くありませんが、奉祝天皇陛下御即位記念展示が行なわれている。
天皇陛下が皇太子だった昭和55年8月、白山比咩神社に参拝の後、白山を登られて奥宮に参拝されました。その時の写真や詠まれた和歌が展示されている。

白山比咩神社
石川県白山市三宮町ニ105−1

能登輪島 重蔵神社⑮

重蔵神社
能登の重蔵神社に行ってきました。
昨年とは花びらがハンコに変更になった能登霧島ツツジ御朱印

重蔵神社
能登霧島ツツジ御朱印の新パターン。花びらのハンコが沢山押される。

重蔵神社
能登霧島ツツジ御朱印の令和改元パターン。大きな花びらが1つ貼られる。

重蔵神社
天皇陛下御即位御朱印の見開きパターン

重蔵神社
天皇陛下御即位御朱印

重蔵神社
拝殿に参る。

重蔵神社
改元初詣って確かにそういう気分です。

重蔵神社
社務所に向かうと御朱印は奥へという貼り紙が・・・
初めて中に入る。

重蔵神社
今授与できる御朱印は8種類。能登霧島ツツジ御朱印が3種と天皇陛下御即位御朱印が2種(書き置き)ある。

中に入って驚いた。御朱印待ちの行列がある。それも10人以上。御朱印書いている方も2人態勢。改元とGWが重なった結果だと思うが、こんな場所にまで行列があるなんて。40分待って御朱印いただく。

重蔵神社
それにしても今日はラッキーだった。1年前はすでに終わっていた能登キリシマツツジがまだ盛りだった。

重蔵神社
特に珍しいのは社務所前の1本。去年話を聞いてから1度観てみたかった。

重蔵神社
能登キリシマツツジの印象深い真紅と、紫、白の3色のツツジが1本に咲いている。

重蔵神社
よくよく観察すると、根元からの1本には同じ色の花しか咲いていない。根元は同根のように見えるが絡まっているだけなのか?それにしても不思議な1本。

重蔵神社
石川県輪島市河井町4-68

能登一の宮 氣多大社⑨

氣多大社

昨日に続き、能登一の宮の氣多大社に行ってきました。

氣多大社

令和最初の日、仕事があったため13時過ぎに到着。

氣多大社

すると長い行列が・・・
授与品かと思いきや御朱印待ちという、昨日とは大違いだ。

氣多大社

結局40分ほど待って御朱印帳を預け、書いていただく間に参拝する。
拝殿にも行列ができていたので今日は摂社の白山神社に参る。

氣多大社

10分ほどで御朱印ができたが、行列で書き続けていることもあってか何か大雑把な感じ。
ともあれ、平成最後の日と令和最初の日、両方の御朱印をいただきました。

氣多大社

今日からは令和の特別奉製の絵馬と御守の頒布が始まり、絵馬をいただいてきました。
ちなみに裏には氣多大社を詠んだ万葉集の和歌が書かれています。

氣多大社

帰り、来た時よりも行列が延びている気が

氣多大社
石川県羽咋市寺家町ク1−1

能登一の宮 氣多大社⑧

氣多大社

羽咋市に鎮座する能登一の宮の氣多大社に平成最後の日に参拝に来ました。

氣多大社

世間では10連休中とあって観光バスも朝から乗り入れていました。

氣多大社

平成最後の日だけど、授与所に行列はほとんどなく、すんなり御朱印をいただけた。

氣多大社

今日と明日の夜、キャンドルナイトとプロジェクションマッピングが行なわれるので、門のところで準備が始まっていた。

氣多大社

改元によって注目されているのは、拝殿前にある昭和天皇御製碑です。

氣多大社
石川県羽咋市寺家町ク1−1

越前福井 杉社白髭神社②

杉社白髭神社

福井市に鎮座する杉社白髭神社。猿田彦大神を主祭神とし、伊弉冉尊、倉稲魂命を配祀する。

杉社白髭神社

境内へは北と南の鳥居から入られるが、北鳥居のほうが正門のようだ。
北鳥居は大通りに近く、南鳥居は社務所に近い。

杉社白髭神社

手水舎の横に宝暦十一年寄進の庚申灯籠がある。胴の申の彫物が印象的だ。

杉社白髭神社

鳥居を入ってくると手水舎のところで参道は西に折れ、社殿は東向きに建つ。
中央に本殿・拝殿、右に境内社宮比神社、左は参集殿だろうか。

杉社白髭神社

境内の北隅に亀の石像がある。

杉社白髭神社

拝殿に参る。
福の神めぐりスタンプは拝殿の下足箱に置いてあった。

杉社白髭神社

拝殿裏の本殿

杉社白髭神社

拝殿右に境内社の宮比神社。天鈿売命を主祭神とし、迦具突知尊を配祀する。
宮比神社の社殿は平成8年の御鎮座千三百年記念事業以前の旧本殿を移築したもの。

杉社白髭神社

拝殿前に方位石。御祭神の猿田彦大神が導きの神であることから方位を司ることになる。
わかりやすい案内板が境内に増えた。

杉社白髭神社

南鳥居を出たところのお宅が社務所で、声掛けをして御朱印を拝殿でいただいた。
いただいた後少し話をさせていただいた。前回の御朱印は境内の東のお宅でいただいたのだが、二年ほど前に父親から宮司を継承したということで、その後氏子の声を反映して境内の案内板を増やしたそうだ。御朱印も変わった。
福の神めぐりは今のところの期限なく続く予定だそうだが、達成の神紋手ぬぐいは昨年の金沢市神職会のキャンペーンも参考にしているそうだ。

杉社白髭神社
福井県福井市勝見2丁目1−2

越前福井 和田八幡宮②

和田八幡宮

福井市に鎮座する和田八幡宮。御祭神は足仲彦命、誉田別命、息長帯比売命。
参拝は2度目だが、御朱印が変わっていた。

和田八幡宮

ちょうどひな祭りの限定御朱印もあったのでいただいた。

和田八幡宮

朱色が鮮やかな大鳥居

和田八幡宮

石橋の左手に弁財天社が建つ。

和田八幡宮

二の鳥居をくぐると左手に御祓所として天之磐座降臨処がある。

和田八幡宮

境内の左手に厄割の石

和田八幡宮

社殿前に源満仲公像がある。越前守護職だった源満仲公が洪水、疫病の退散を祈願して摂津より東北に矢を放ち、落ちた場所に創建されたお宮が当宮という。

和田八幡宮

拝殿に参る。

和田八幡宮

社務所で御朱印をいただく。

和田八幡宮

背負い餅神事の案内。当宮は珍しい祭事も少なくない。

和田八幡宮

ひな祭りの限定御朱印は3月3日から4月3日まで。守り雛が付く。

和田八幡宮

境内社の日吉山王社。御祭神は大山咋神、大己貴神。

和田八幡宮

開運稲荷大明神

和田八幡宮

境内社の厳島神社

和田八幡宮
福井県福井市和田3-1113

越前福井 白瀧神社

白瀧神社

福井市の一乗谷を川に沿って上流へ。一乗滝に鎮座する白瀧神社。
泰澄大師が不動明王を祀って開いたとされている。神社庁に所属しておらず、御祭神がはっきりしないが火産霊命だろうか。

白瀧神社

落差12mの一乗滝。安波賀春日神社の滝殿社に参拝した縁もあり、今回初めて来た。

白瀧神社

ここは佐々木小次郎が燕返しを編み出した場所としても有名

白瀧神社

一乗滝の右上方にブルーシートのかかった建物が見える。

白瀧神社

小次郎像のほうから迂回して向かう。滝の上流に砂防ダムがあり、その前に橋が架かっている。

白瀧神社

一乗滝の落ち口を上から見ることもできる。

白瀧神社

社殿は滝の方を向いており落雪に備えてブルーシートが掛けられているようだった。
脇に川へ下りる階段がある。(通行はできない)

白瀧神社

社殿の手前に古い燈籠が残っていた。
両脇が越知山開運講中により寄進された慶応元年の燈籠。中央の左右、不動明王と書かれているのは文化五年。中央は安政三年寄進のものとなる。

白瀧神社

本殿に参拝する。
「白瀧神社」の扁額が掛かるが、鈴ではなくがま口なのが印象的。もしかしたら今でも不動明王を祀っているのだろうか。

白瀧神社
福井県福井市浄教寺町

越前福井 安波賀春日神社

安波賀春日神社

福井市に鎮座する安波賀春日神社。御祭神は天兒屋根命、武甕槌尊、経津主命、比売大神。
帝都東北鬼門鎮護のため、治暦4年(1068)に創建された古社。

安波賀春日神社

越前朝倉氏の一乗谷の下城戸(町の北側出入口)の

安波賀春日神社

すぐ北にできた集落が安波賀である。つまり城外

安波賀春日神社

その通りの途中に春日神社への入口がある。入口に「縣社 春日神社」の標柱
標柱辺りに石鳥居があったような痕跡が残る。

安波賀春日神社

入ると一の鳥居が建つ。
手前にも鳥居があったような痕跡

安波賀春日神社

用水を跨ぐ石橋を渡ると階段が続く。
「福の神めぐり」の旗を左に曲がると社務所がある。まずはそのまま上る。

安波賀春日神社

手前の階段を上ると鳥居が建つが、奥にも石段があり平場が広がっている。

安波賀春日神社

かつて何かがあったような平場だが、見渡す限り基礎の石積み以外は何もない。
後で宮司さんに伺ったところ、社務所が建っていたそうだ。背後の山崩れにより倒壊した。

安波賀春日神社

奥の方に竹藪の山裾に景石のような石が2つあった。斜面の岩盤の一部のように見えないこともないと思っていたが、これも宮司さんに伺ったところ、社務所裏にあった庭園の一部だそうだ。

安波賀春日神社

二の鳥居の先に社殿が見えてきた。

安波賀春日神社

福井市文化財に指定されている社殿。
拝殿に参る。

安波賀春日神社

本殿の背後に銀杏の大木があった。紅葉がきれいかもしれない。

安波賀春日神社

本殿、拝殿ともに「春日大明神」の扁額が掛かっている。

安波賀春日神社

社殿の一段上の平場に境内社が2社鎮座している。

安波賀春日神社

最初滝殿社だと思っていた境内社。大国主神を祀る大地神社。

安波賀春日神社

現在銅板葺きに改装されているが、かつての屋根瓦と思われるものが社の下に置かれていた。
松平家の葵紋が付いている。

安波賀春日神社

もう1社は宇迦魂神を祀る稲荷神社。

安波賀春日神社

境内社の平場からさらに上に階段が続くが「行くな」という看板を見て引き返す。

安波賀春日神社

社務所兼自宅の前に置かれた福の神めぐりスタンプを押していると、人の気配がしたので尋ねて御朱印をいただいた。

安波賀春日神社

宮司さんに話を聞いて滝殿社が勘違いだと分かって、再び階段を上り始めた。
登山道によくある木段の脇に石が積まれている。滝殿社までかつてはこの石が並べられた石段だったのだろう。やはり地滑りで一部が崩壊して今の状態になったのか。

安波賀春日神社

滝殿社。越前松平家七代吉品が一乗谷朝倉氏歴代を祀った。御神体として最後の領主義景常用の馬具の一部を社地中に埋めたという。名前は一乗谷を流れる一乗谷川の中流にある一乗滝に由来するのだろう。

安波賀春日神社
福井県福井市安波賀町15−13

能登輪島 重蔵神社⑭

重蔵神社

今月の重蔵神社に行ってきました。
3月の花御札は雪割草です。ようやく12ヶ月分収集できました。

重蔵神社

記念御朱印として天皇陛下御即位三十年・御来県五十年がありましたので、見開き(桃)と

重蔵神社

1枚もの(紫)をいただいてきました。

重蔵神社

拝殿に参ってから社務所で御朱印をいただきました。
今日は八社御朱印を御朱印帳にいただこうと思っていたのですが、紙を貼るタイプしか今はしていないということで、先月いただいたことから止めました。

重蔵神社

天皇陛下御在位三十年記念御朱印は分かりにくいですが、紫の和紙と桃の和紙、それぞれに二種類用意されています。
晴れていると紫はガラス越しだと白に見えます。

重蔵神社
石川県輪島市河井町4-68

福の神めぐり ふくい二十三社スタンプラリー

福井市で昨年9月1日から福井国体に合わせて始まった「福の神めぐり」
早く行きたいなーと思っていたが、ネットでは詳細がわからず、今日ようやく入手して始めた。

福の神めぐり ふくい二十三社スタンプラリー

福井県護国神社に参拝。

福の神めぐり ふくい二十三社スタンプラリー

参加神社の境内には「福の神めぐり」の旗が立っている。

福の神めぐり ふくい二十三社スタンプラリー

授与所前でスタンプ帳を入手し、スタンプを押す。
今回は以前まわった五社めぐりも同時に行なう。五社はすべて二十三社に含まれる。

福の神めぐり ふくい二十三社スタンプラリー

対象地域は福井市内だが、福井市も合併で広くなっているので越前海岸近くから大野市と隣接する山間まである。

福の神めぐり ふくい二十三社スタンプラリー

23社は市内の本務社と呼ばれる宮司の主として勤める神社だが、スタンプラリーにはそのうちの18社が対象になっている。5社はあらかじめスタンプになる社紋が印刷されていて、どちらかというと市の端のほうなので移動しなくていいのは助かる。23社あると1日では難しいかなー、と思っていたのだが、18社だと頑張れば行けそうだ。自分はこれを契機にまた御朱印をいただこうと思っているので数日に分ける予定。達成すると社紋入り手ぬぐいをもらえるらしい。

スタンプラリー対象神社
1.八日市普活廼神社
2.八幡神社(古市)
3.福井県護国神社
4.簸川神社
5.神明神社
6.福井神社
7.湊八幡神社
8.佐佳伎廼社
9.柴田神社
10.火産霊神社
11.足羽神社
12.毛谷黒龍神社
13.藤島神社
14.金刀比羅神社
15.杉社白髭神社
16.木田神社
17.和田八幡宮
18.安波賀春日神社

加賀金沢 金沢神社⑯

金沢神社

金沢市に鎮座する金沢神社。御祭神は菅原道真公、白蛇龍神。

金沢神社

今年は1月の初天神直前に父が亡くなったことで参拝できなったので、今日が当宮の初参拝となります。

金沢神社

三年目となる天井画の干支絵馬が目的だったのだが、ちょうど品切れで巫女が言うには今年はもう入らないという。
まあ巫女の言うことだから半信半疑だけど、境内に掛けてあった絵馬を見る。

後日、3月3日

金沢神社

近くに来たので参拝する。

金沢神社

品切れ中だった干支絵馬が再入荷、良かった・・・

金沢神社

今年も入手できた。12年待つのは長いからな。

金沢神社
石川県金沢市兼六町1−3

能登輪島 重蔵神社⑬

重蔵神社

輪島市の重蔵神社に行ってきました。今年は雪が少なくて助かる。
今月は八社巡拝をしてきた。

重蔵神社

2月の花御札は梅です。あと3月のみで12枚になる。

重蔵神社

御朱印いただくと挟んでくれる十二支守護符

重蔵神社

拝殿に参る。

重蔵神社

境内の西から順に、金比羅神社に参る。

重蔵神社

秋葉神社に参る。

重蔵神社

白山神社に参る。

重蔵神社

子安神社に参る。

重蔵神社

要石に参る。

重蔵神社

稲荷神社に参る。

重蔵神社

たぬき天神に参る。
八社御朱印の持ち帰り紙でいただく。小さな御朱印帳見開きでさらに上下に折るとちょうど入るらしい。
作られた頃に御朱印帳にもらったものは一部朱印がなかったが、その後作成された。来月は御朱印帳にいただこうと思う。

重蔵神社
石川県輪島市河井町4-68

忌中と喪中について

私事だが、先月20日に父が亡くなった。
家族では祖父以来30年以上間が空いた。幼かった当時は分からなかったことも多く、今もよく理解していないため、改めて喪中とは何かについて調べてみた。

神道では、故人の死を悼む慎んだ生活を送る期間を「忌」、忌が明けた後悲しみを乗り越え平常の生活に戻る準備期間を「服」として「忌服」の期間を定めている。喪中は忌服の両方の期間とされる。

忌服期間は明治7年の太政官布告「服忌令」で定められていた。
父母             忌50日  喪13ヶ月
養父母            忌30日  喪150日
継母・継父          忌10日  喪30日
夫              忌30日  喪13ヶ月
妻・嫡子(家督相続する子)  忌20日  喪90日
末子(嫡子以外の子)・養子  忌10日  喪30日
夫の父母・父方の祖父母    忌30日  喪150日
母方の祖父母・曾祖父母    忌20日  喪90日
高祖父母・母方の伯叔父母   忌10日  喪30日
父方の泊叔父姑・兄弟姉妹   忌20日  喪90日
異父兄弟姉妹・嫡孫      忌10日  喪30日
末孫・曾孫・玄孫・いとこ   忌3日   喪7日
但し、7歳未満の子は服忌なし

服忌令は昭和22年に撤廃されたが、昭和23年に神社本庁で神職の服忌期間の通達が出ている。
父母・夫・妻・子         忌10日  喪1年
但し、7歳未満の子は忌5日
祖父母・孫・兄弟姉妹       忌5日   喪100日
曽祖父母・曾孫・甥姪・伯叔父母  忌2日   喪50日
その他の親族           忌1日

当時の社会状況に合わせ、喪中期間は非常に短くなっている。但し、神社でも一般向けにはかつての服忌令を参考に示しているところも多いようだ。

神道における忌中期間は、神道が死を穢れとして嫌うため、神社への参拝を控え、祭事や神事を慎む期間とされているが、慣習で祭事は1年控えることになっている地域も多く、事実私の実家の在所でもそうなっている。また、同じ父母の忌中期間も同居なら50日、別居なら10日としている場合もあり、地域や慣習によりかなりバラツキがある。

忌中は神棚の正面に白紙を貼り拝礼を控え、忌明けに白紙を外す。但し、別居の親族の場合は家そのものは忌中にならないので神棚は平常どおり祀る。神棚の祀り方は同居と別居の区別がはっきりしている。

一方、仏教では葬式(仏式葬儀)の後に葬儀屋が故人の門前に「忌中札」を貼ることからも分かる通り、四十九日(七七日)までが一般的に忌中期間とされ、この世とあの世を行き来する期間で四十九日にあの世に旅立つとされる。しかし、浄土真宗は「死」=「成仏」と考えるので教義として忌中や喪中は存在しないのだというが、他宗派に引っ張られてか我が家は浄土真宗だが忌中札を貼っている。

さらに喪中に関連して気になるのは「喪中はがき」のことだ。「年賀欠礼状」ともいうようだが、その範囲は故人から見た一親等(父母・配偶者・子)と二親等(兄弟姉妹・祖父母・孫)までとされ、亡くなった日から1年が一般的だという。喪中はがき自体は郵便局の年賀状の普及と深く関係していて、一般家庭でも出すようになったのは昭和30年代頃だという。ここでも浄土真宗では喪中はがきとは言わず、年賀欠礼はがきというらしい。年賀欠礼状という呼び名は案外日本最大勢力の浄土真宗の影響なのか。通常の喪中はがきに使用される「永眠」も「往生」となる。

以上、忌中や喪中は明らかに神道の概念ではあるのだが、仏教や喪中はがき、さらには忌引き(休暇)など、地域の慣習や転用された制度が混在しているため複雑で誠にややこしいことになっている。ネットでも情報が錯綜して、これが唯一正しいものと言えないのが悩ましい。

ニギハヤヒ 「先代旧事本紀」から探る物部氏の祖神

ニギハヤヒ 「先代旧事本紀」から探る物部氏の祖神
著者:戸矢学
発行所:河出書房新社
発行日:2011年12月30日初版、2016年2月28日増補初版
ページ数:234ページ
定価:1,800円+税
戸矢学の古代研究三部作の完結編。


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加賀金沢 久保市乙剣宮②

久保市乙剣宮

金沢市に鎮座する久保市乙剣宮。御祭神は素戔嗚命。

久保市乙剣宮

最近は近くに実家のあった泉鏡花の小説の舞台となったことを契機にして、うさぎをモチーフにした絵馬や御守も頒布されている。うさぎは鏡花の生れ年が酉の裏年として、持つと幸せになるとして母親が与えたのが始まり。

久保市乙剣宮

拝殿の中で参り、御朱印をいただく。

久保市乙剣宮

ここ数年は当社で干支土鈴をいただいている。昨年の申は金色バージョンもあったけど、今年はなくなったので黄色にしました。これで神明宮で求め始めた江戸土鈴は十二支揃った。

久保市乙剣宮
石川県金沢市下新町6−21