「21岐阜県の神社」カテゴリーアーカイブ

能郷白山山頂 白山神社奥宮

白山神社奥宮

福井県と岐阜県の県境、越美山地の最高峰でもある能郷白山に登拝しました。日本二百名山にも選ばれ、花の山でもある能郷白山へは県境の温見峠の登山口を目指す。大野市から157号線を南下、温見峠まであと10キロという案内板から2キロほどは片側一車線あるが、やがて道路は狭くなり、半分の5キロを越えるところにある福井県最後の温見村(廃村)を通り過ぎる。

白山神社奥宮

幸いにも対向車なく温見峠に至る。岐阜側の案内はなく、福井のみ県境案内が立つ。峠にはすでに数台の車が停められていた。

白山神社奥宮

登山口は157号線すぐにあり、登山届を書いて8寺に登山開始

白山神社奥宮

最初からかなりの急登が続く。

白山神社奥宮

20分弱で4分の1地点に到着。登山口からは500m、頂上までは1900m

白山神社奥宮

さらに30分弱で4分の2地点に到着。頂上まであと1240m

白山神社奥宮

半分を通り過ぎると一気に視界が開けるが、あと少し上りが続く。

白山神社奥宮

振り返ると山容の印象的な山が見える。名前が判明するのは奥の院でした。

白山神社奥宮

やがて多少のアップダウンはあるものの、気持ちよい尾根歩きが始まる。

白山神社奥宮

北陸の重い雪の影響で地を這うように成長したダケカンバ。臥竜ダケカンバと呼ばれている。前日までの雨で地面がぬかるんでいた。

白山神社奥宮

さらに30分ほどで4分の3地点に到着。頂上まであと400m

白山神社奥宮

ここまでも花を見かけていたが、尾根は高い木もなくまさにお花畑であった。8月末でこれだけ花を見られたとは嬉しい誤算であった。

白山神社奥宮

ついに頂上が近づいてきた。後で分かったことだが、少し背伸びすれば右手に奥宮が見えた。

白山神社奥宮

およそ1時間40分で能郷白山頂上に到着。

白山神社奥宮

1617m山頂標の横に三角点がある。

白山神社奥宮

さらに進むと、笹の斜面の先に奥宮が見えた。奥に続く山々も美しい。

白山神社奥宮

頂上から10分で奥宮に到着。参拝する。ここは根尾の白山神社の元宮があった場所で現在は奥宮になっている。岐阜側の奥宮が建ったのは、地理的に岐阜側の村からは能郷白山は見えるが、福井側の村からは荒島岳や銀杏峰が手前に立ち塞がり、近づけば谷間に入ってやはり見えなくなるということからだろう。

伝承では白山を開山した泰澄が、白山から能郷白山にも白山権現を祀ろうと定めて、白山開山の翌年に開山したことになっており、来年開山1300年を迎える。

白山神社奥宮

神仏習合時からの通称でこの場所は「白山権現奥の院」と呼ばれている。見晴らしも良く、山座同定図が設置されている。
今年はGWの石鎚山から徒歩登拝で山頂でこれほど晴れたことはなかった。気持ちよさからしばらく四方の山を眺めていた。

ここでようやく登るとき見た山が判明する。あれが白山なのだ。いつも石川県から見ているので、福井県から見た白山三峰の並びに少し違和感があったのだが、改めてみると確かに白山である。先週の越前五山からは白山を見ることが叶わなかったので本当に嬉しい。

日野山や越知山も見えるようだがはっきり分からない。伊吹山ははっきり見える。

白山神社奥宮

南には里宮のある根尾の村が谷間に見える。

白山神社奥宮

東側の雲の上に山容が見えた。望遠で撮ったこの写真を詳細に見るまで御嶽山が見えていたのだと思っていたが、槍ヶ岳・穂高岳だったようだ。あまりの晴天に山頂に戻る頃には見えなくなった。登る途中、さらに右(南)にもうひとつ雲の上に山が見えていた。あれは恵那山だと思っていたが、そちらが御嶽山だったようだ。

白山神社奥宮

奥の院で30分休憩し、帰路に就く。山頂からもう一度白山を拝む。

白山神社奥宮

山頂から1時間半でスタートの温見峠に戻ってきた。半分が急登なので、下りるときに滑落しないように注意しながらゆっくり下りた。

白山神社奥宮

さて、今回登山を楽しませてくれた花々を載せておく。

白山神社奥宮

白山神社奥宮

白山神社奥宮

白山神社奥宮

白山神社奥宮

白山神社奥宮

白山神社奥宮

美濃加茂 神田神社

神田神社

東白川村に鎮座する神田神社。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、大国主命、少彦名命、速玉男命。延喜式賀茂郡の論社。

神田神社

東白川村役場の横の通りに「郷社 式内 神田神社」の社号標が建ち、北方に鳥居が見える。

神田神社

一の鳥居の先に石橋、そして長い階段が続いている。

神田神社

やはり上まで上るのは大変だったのだろう。階段下の右の「郷社 式内 神田神社」の社号標の後ろに拝所が設けられている。

神田神社

車で通りを上がると、駐車場に入る入口に「式内 金幣社 神田神社」の社号標が建つ。

神田神社

駐車場から入る場所に祖霊社が建つ。まだ新しい。後方の丘は杉の植樹が今も整然と管理されていて、切り株も見えるので一部は自給自足しているのかもしれない。

神田神社

階段を上った平地に二の鳥居が建つ。

神田神社

一段上がると右手に幣使殿。戦後金幣社に指定され、幣帛の他に金幣を奉っていたというのでその使者の待機所か。

神田神社

左手には神田殿。二階建ての大きな参集殿で二階から渡廊下で拝殿につながっている。

神田神社

三の鳥居をくぐり階段を上るとようやく拝殿に入る。

神田神社

階段右には途中伐られているが、大木だったと思われる御神木のスギ。

神田神社

拝殿に入り参る。

神田神社

拝殿後方の本殿。中世以降は白山妙理大権現と呼ばれ、明治に入る直前に神田神社に改称した。

神田神社
岐阜県加茂郡東白川村神土604

美濃加茂 大山白山神社

大山白山神社

白川町に鎮座する大山白山神社。御祭神は菊理比売命、伊弉諾尊、伊弉冉尊。延喜式賀茂郡大山神社の論社。

大山白山神社

ひたすら山を上ってくる。車道は舗装されているもののすれ違いが難しい場所も多く、本当に神社があるのか不安になったが、着いてみると広い駐車場が広がっていた。

大山白山神社

鳥居の右手奥、北東方に女夫杉があるというので行ってみた。

大山白山神社

樹齢300年以上という2本の杉は途中枝が1つになり、仲の良い夫婦のようにも見える。斜面に立つので撮影するのも難しい。

大山白山神社

一の鳥居から

大山白山神社

長い階段が続いている。今年は鎮座一三〇〇年を迎え、秋に奉祝祭が開かれるのに向けて境内では修復工事がされている場所もあった。

大山白山神社

階段の途中、振り向くと晴天であれば名古屋市内が望めるというが、今日は南には雲がかかっていて残念ながらよく見えない。

大山白山神社

階段を上ると、二の鳥居、三の鳥居が建っている。

大山白山神社

拝殿は寛政年間に修築されたものというが、とても大きい。

大山白山神社

拝殿に参る。中を覗くと3社が並んでいる。中央に白山神社、右に本社中興の祖、野原城主安江中務尉基政公を祀る光巻神社、左に大黒天(大己貴命)と恵比須神(事代主命)が祀られている。

大山白山神社

天井には、洞雲寺の青年僧眉毛が描いた32枚の色彩画が張られている。

大山白山神社

拝殿の階段は一段一段がとても高い。「正一位大山白山権現」の扁額がかかる。

大山白山神社

拝殿の右側に山頂の奥殿に向かう階段がある。麓に鳥居

大山白山神社

石段は町指定の有形文化財。隣に新しい階段が作られているが、石段は不規則な並びで上りにくい。

大山白山神社

階段の途中左手に国指定天然記念物になっている大スギが立つ。幹周り9m余り、樹齢700年にもなる大木で、昭和34年9月の伊勢湾台風でも被害を免れた霊木。

大山白山神社

奥殿神門の奥に社殿3社が並ぶ。神仏習合時は奥の院や大峰様と呼ばれ、海抜862mの大山山頂に鎮座し、泰澄大師により創建されたと伝わる。

大山白山神社

中央に白山神社本殿、御祭神は菊理比売命、伊弉諾尊、伊弉冉尊。右に脇殿熊野神社、御祭神は家津御子大神他熊野神社の諸神。脇殿風神社・洲原社、御祭神は級長津彦命、級長津比女命、伊邪那岐命、伊邪那美命を祀る。三殿は拝殿と同じく寛政年間に修築された。

大山白山神社

今日は風が強かったこともあり、北の空は晴れ渡っていた。

大山白山神社

北の空にはまだ噴煙が上がる御嶽山が見える。

大山白山神社

西の空は少し雲がかかっていたが、遠く白山を見ることができた。

大山白山神社
岐阜県加茂郡白川町水戸野1096

美濃加茂 妙見神社(岩屋神社)

妙見神社(岩屋神社)

下呂市に鎮座する妙見神社、別名岩屋神社。御祭神は不明だが、天之御中主神だろう。

妙見神社(岩屋神社)

現在は岩屋岩陰遺跡の巨石群として観光スポットになっている。

妙見神社(岩屋神社)

階段の途中鳥居が建つ。

妙見神社(岩屋神社)

折り重なるような巨石に圧倒される。

妙見神社(岩屋神社)

中央の巨石の岩陰に本殿。昭和47年の岩屋ダム建設に伴い、6キロ下流の祖師野八幡宮に合祀され、飛地境内地となっているといい、御神体は遷されているのか。

妙見神社(岩屋神社)

左手に境内社が一社。

妙見神社(岩屋神社)

右の巨石の側面には北斗七星が描かれているという。

妙見神社(岩屋神社)

麓の巨石からこの巨石群を見上げると、ちょうど北極星がみえるといい、北斗七星を観測して時刻を知ったという。

妙見神社(岩屋神社)

右側の巨石群は線刻線のある巨石群と呼ばれ、巨石には夏至を示す線刻が残る。

妙見神社(岩屋神社)

また巨石の間に入ると、線刻に沿って差し込む光の位置によって夏至を正確に知ることができたという。
圧倒される巨石群の中で古代人の英知を感じる遺跡です。

妙見神社(岩屋神社)
岐阜県下呂市金山町岩瀬

美濃安八 日吉神社

日吉神社

神戸町に鎮座する日吉神社。日吉神社は大宮、二の宮、宇佐の宮、樹下の宮、牛尾の宮、客人の宮、三の宮の7つの宮で一体のため、各宮で御祭神を記載する。最澄が神戸に布教に来た際に近江から勧請したという。

日吉神社

境内入口の鳥居

日吉神社

鳥居の前の道の向こうに一の鳥居が見える。

日吉神社

参道沿いには史跡となっている坊址の碑が並び、往時は僧坊が建ち並んでいたようだ。

日吉神社

拝殿の前、左右に境内社が向かい合わせに建つ。

日吉神社

竈殿神社、御祭神は奥津彦大神、奥津姫大神。

日吉神社

大物忌神社、御祭神は大年神。

日吉神社

拝殿右手に三重塔が残っている。非常に立派な塔で、春日局の実家である斎藤家によって建立されたものという。

日吉神社

拝殿左から時計回りに参拝する。
招魂社、神戸町と大野町本庄の御英霊410余柱を奉斎する。

日吉神社

三の宮、御祭神は鴨玉依姫大神荒魂。

日吉神社

牛尾の宮、御祭神は大山咋大神荒魂。

日吉神社

拝殿の後ろにずらりと社殿が並ぶ。

日吉神社

社殿群の前左右に向かい合わせに随神の入った宮が建つ。あまり見ない形式だ。

日吉神社

二の宮、御祭神は大山咋大神。

日吉神社

宇佐の宮、御祭神は湍津姫大神。

日吉神社

中央が大宮、御祭神は大己貴大神。

日吉神社

客人の宮、御祭神は白山姫大神。

日吉神社

樹下の宮、御祭神は鴨玉依姫大神。

日吉神社

右側に早尾神社、御祭神は素盞鳴大神。

日吉神社

神明神社(豊受姫大神)と多度社(天津彦根命)の合祀社。

日吉神社

宝物殿には木造十一面観音菩薩坐像、木造地蔵菩薩坐像など仏教系の宝物も残る。

日吉神社

奉賛御芳名板の後ろに隠れて、三猿像が奉安されている。

日吉神社

帰りに社務所に寄るが留守であった。GWには例祭の神戸山王まつりが行われる。

日吉神社
岐阜県安八郡神戸町神戸1

美濃安八 宇波刀神社

宇波刀神社

神戸町に鎮座する宇波刀神社。御祭神は宇波刀大神。延喜式安八郡の論社。

宇波刀神社

住宅地の中、道路に鳥居と社号標

宇波刀神社

生活道路が兼参道になっているようだ。進むと林の中、石玉垣に囲まれた境内が見えてくる。

宇波刀神社

入口からまっすぐ社殿に参道が延びる。

宇波刀神社

2基の燈籠と小さな社殿が建つ。

宇波刀神社

本殿に参る。

宇波刀神社

境内は本殿後ろの1本の杉?以外は竹林に囲まれている。

宇波刀神社
岐阜県安八郡神戸町大字神戸八幡956

美濃上石津 大神神社

岐阜県大垣市に鎮座する大神神社。御祭神は大物主櫛甕玉命。延喜式内社の比定社。
持統天皇が神宮に行幸したときに同行した三輪朝臣が創建したという。

境内の前を伊勢街道が通る。

伊勢街道沿いに杉の並木が天を衝くようにそびえている。

冬の夕暮れは早く、薄暗い中での参拝となった。

本殿の左に稲荷神社。

本殿の右に神名神社と他境内社が2社。

春分と春分の日には境内から鳥居の真ん中に朝日が昇るという。
次は明るいうちに参拝したい。

大神神社
岐阜県大垣市上石津町宮194の1

美濃揖斐 三輪神社

揖斐川町に鎮座する三輪神社。御祭神は大物主大神。揖斐郡の総鎮守として崇敬を集めてきた。
御朱印は境内入り口の授与所でいただける。宮司は七五三で拝殿にいらしたので書き置きでした。

街中にあるため境内はそう広くはないが、鳥居横に数台の駐車場がある。

諏訪大社の御祭神建御名方富命が当地に三輪神社を造営され、三輪明神を祀られたという。

拝殿に詣る。

拝殿の後ろの高段に本殿が鎮座する。

本殿の左に神明神社と春日神社。

本殿の右に三霊神社。揖斐領主岡田家の初代善同、二代善政、三代善明を祀る。

赤い高欄が印象的な舞殿。

境内には西尾氏三万石の居館、揖斐西尾城の土居と堀の一部が残っている。

御朱印をいただいて振り返ると・・・!顔出しパネル好きにはたまらないものが
神官姿のパネル初めて見るな。

三輪神社
岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪1322

美濃根尾 白山神社

根尾能郷に鎮座する白山神社。御祭神は菊理媛神、伊弉諾尊、伊弉冉尊の三柱。
旧大野郡西根尾村であり、延喜式の美濃国大野郡花長神社の論社のひとつである。

元宮は奥宮として能郷白山の山頂近くにあるため、能郷白山神社とも言われる。

拝殿に掲げられた「猿楽」の看板が印象的。

というのも、「能郷の能・狂言」として国重要無形民俗文化財に指定されている。

拝殿は舞殿であり、背後の階段を上って高台にある本殿に至る。

階段を登り始めた脇に境内社が一社。

本殿は大きく、彫刻も多数施されている。

この村は古来より能郷白山への登山口となっている。現在は岐阜・福井の県境の温見峠から登山する方が多いようだ。

白山神社
岐阜県本巣市根尾能郷

美濃大垣 常葉神社

常葉神社

大垣市に鎮座する常葉神社(ときわじんじゃ)。大垣城公園の大垣城の東に鎮座する。
御祭神は大垣藩初代藩主戸田一西公以下、戸田家十二代氏共公までを祀る。

常葉神社

旧県社であるが、空襲により焼失に再建時に縮小された。

常葉神社

拝殿に詣る。

常葉神社

境内社として八幡宮。

常葉神社

徳吉稲荷神社が鎮座している。

昨日から配信の始まったポケモンGOのスポットがこの神社あたりにあるらしく、普段は人気のない場所に人が次々来る異常な事態となっていると社務所で聞いた。

御朱印は濃飛護国神社の兼帯社となっていて、その社務所でいただける。

常葉神社
岐阜県大垣市郭町1丁目96

美濃大垣 大垣大神宮

大垣大神宮

大垣市の大垣大神宮。大垣城公園の北西隅に鎮座。御祭神は天照大御神と豊受大神。

大神宮は明治維新後の国家神道の教化と神宮大麻頒布のために各地に設置された。大垣大神宮は東日本全体の元締めとして重要な位置を占め、広大な社領を擁していたという。

大垣大神宮

大垣は空襲により壊滅的被害を受け、大神宮も焼失。再建されたものの境内は大幅に縮小された。

大垣大神宮

手水舎。

大垣大神宮

小さいながらも拝殿

大垣大神宮

本殿も立派な造りとなっている。

大垣大神宮は無住で、現在は濃飛護国神社の兼帯社となっている。濃飛護国神社で御朱印をいただくときに話をしていたら、こちらもいただけるということでいただいた。が、後で確認すると朱印は「大垣大神宮印」となっているものの、墨書きは「大垣大神社」となっていた。逆に貴重かも。

大垣大神宮
岐阜県大垣市丸の内1丁目62番地

美濃大垣 大垣八幡神社

大垣八幡神社

大垣市に鎮座する大垣八幡神社。御祭神は応神天皇、神功皇后、比咩大神のいわゆる八幡神。
東西の交通の要所として発展した大垣にあり、大垣祭は当神社の例大祭である。

大垣八幡神社

大通りに面して南鳥居が立つ。もうひとつ東側に鳥居がある。

大垣八幡神社

境内に入る。

大垣八幡神社

入って右側に自噴湧水がある。大垣は「水の都」と呼ばれるほど各家庭に自噴井戸があったそうで、氏子が掘削したらしい。

大垣八幡神社

井戸のそばに松尾芭蕉の句碑が立っている。
「冬ごもり塚 折々に伊吹をみては 冬ごもり」

大垣八幡神社

拝殿に詣る。御朱印は拝殿右の授与所でいただく。

大垣八幡神社

境内社をまわる。授与所に隣接する出雲神社。
出雲大社の御祭神大国主大神と美保神社の御祭神事代主大神を祀る。

大垣八幡神社

広瀬神社と龍田神社の相殿。大垣藩主であった戸田氏が大和国から勧請した。

大垣八幡神社

大福稲荷神社。もともと当地の地主神で八幡神の遷座以前より鎮座していた。

大垣八幡神社

大垣天満宮。御祭神は菅原道真公。

大垣八幡神社
岐阜県大垣市西外側町1丁目1

美濃海津 治水神社

治水神社

岐阜県の木曽川と揖斐川の間の洲島に鎮座する治水神社。御祭神は宝暦治水工事の総奉行平田靱負正輔大人命。

治水神社

江戸時代中期の宝暦年間、手伝い普請を命じられた薩摩藩は多大な犠牲を払って治水工事を完成させました。

治水神社

神社は南向きに鎮座する。

治水神社

神社境内に沿って史跡油島千本松締切堤が道路となって残る。

治水神社

神門と玉垣で囲まれた本殿、拝殿。

治水神社

左手に薩摩義士の像

治水神社

神門で詣る。神門左に社務所があり、御朱印をいただいた。

治水神社

本殿右前に小さな祠あり。昭和34年9月26日の伊勢湾台風の犠牲者を慰霊するための治水昭和之宮。

治水神社

創建当初平田氏以下86名を合祀する予定であったが、当時祭神の合祀は靖国神社以外認められなかったため、彼らの位牌を安置した宝暦治水観音堂が本殿裏にある。

治水神社
岐阜県海津市海津町油島

美濃白鳥 長滝白山神社②

長滝白山神社

郡上市白鳥の長滝白山神社。御祭神は菊理媛神、伊弉諾尊、伊弉冉尊。
白山信仰の岐阜県側の中心地、もと美濃馬場の白山中宮長瀧寺でした。

長滝白山神社

長良川鉄道の白鳥長瀧駅を降りてすぐの場所に参道入口がある。

長滝白山神社

往時は参道両側に宿坊が並んでいた。

長滝白山神社

鳥居をくぐって参道を進むと中程に神橋がある。この左方向(東北方)に白山禅定道が延びる。

長滝白山神社

最後に階段を上って、正面に拝殿が見えてくる。

長滝白山神社

拝殿は開放的で広い。天井に正月6日の六日祭で花が吊られる場所が見える。

長滝白山神社

六日祭と当日奉納される延年は盛大なものだと聞くが、関連本を購入して祭りのパンフレットをいただきました。
6日固定なのでなかなか見る機会もないが、一度見てみたい。

長滝白山神社

拝殿後ろに本殿が並ぶ。

長滝白山神社

左から大将軍社。

長滝白山神社

越南智社。大汝峰のこと

長滝白山神社

白山大御前社。御前峰のこと

長滝白山神社

別山社。別山のこと

長滝白山神社

若宮社。

長滝白山神社

境内社を見ていく。
本殿左手に二社。左が兒御前社、右は竈神社。

長滝白山神社

本殿右手に二社。左が神明神社、右は稲荷神社。
ともに参道や山内に点在した社を遷座したもののようだ。

長滝白山神社

拝殿の左に天満宮。

長滝白山神社

境内は神仏分離で白山神社と長瀧寺に分かれ、おおよそ参道の西側を長瀧寺、東側・北側を白山神社としたようだ。
神仏習合時の名残がところどころに残る。

拝殿前の石灯籠。

長滝白山神社

白山瀧宝殿の横に牛王石。
御朱印は白山瀧宝殿の受付でいただける。

長滝白山神社

そして白山千蛇ヶ池の霊泉。白山山頂の千蛇ヶ池から湧き出す清水と言われる。

長滝白山神社
岐阜県郡上市白鳥町長滝138

飛騨白川郷 帰り雲神社

帰り雲神社

白川郷の帰り雲神社。御祭神は国立尊。
世界遺産白川郷から鳩谷ダムのダム湖を過ぎるとすぐに見えてきます。

帰り雲神社

保木脇の地は、室町時代までは「帰雲」と呼ばれ、流れる雲が上空に昇り蒸発する(雲が帰る)地とされていたようで、昭和33年鳩谷ダムや御母衣ダム建設に伴い、家屋や田畑などを移転した地が今の保木脇集落だそうです。

天正の大地震(1585年11月29日)で帰雲城主内ヶ島兵庫頭氏理をはじめ一族と城下町がことごとく埋没したという伝説地であり、その霊を慰めるために同集落で採石業を営む田口建設の社長が昭和54年に建立したもののようです。

帰り雲神社

朱色の小祠ながら

帰り雲神社

彫り物は凝っている。

帰り雲神社

野ざらしのため少し痛んでいる。

帰り雲神社

帰雲城址の石碑や観音像が建ち、背後にある庄川右岸の帰雲山(1622m)が天正の大地震で大崩落を起こしたといい、現在でも山頂付近は大きく崩れている。昔は西方の三方崩山(2058m)が帰雲山だとされていたようだ。結局、城下町が埋没したことで地勢を理解する人がいなくなり、地形も大きく変わったことで不明になっているということか。

帰り雲神社
岐阜県大野郡白川村保木脇

飛騨白川郷 白川八幡神社

白川八幡神社

世界遺産白川郷の白川八幡神社。御祭神は応神天皇。
往古萩町・戸ヶ野・島集落の産土神だったのが、白川(下白川郷)・荘川(上白川郷)の白川郷43か村の総社となる。白川郷としては北のほうに位置する。

白川八幡神社

神社は世界遺産白川郷の範囲の中では南端にあたる。道沿いに北方に茅葺き屋根が並ぶ。

白川八幡神社

鳥居をくぐり境内に入る。

白川八幡神社

西向きに3つの建物が並ぶ。

白川八幡神社

中央が八幡神社拝殿。後ろに本殿がつながる。拝殿に詣る。

白川八幡神社

境内の杉の大木はいずれも注連縄が巻かれ、ご神木となっているようだが、拝殿脇の夫婦杉が一番のようだ。

白川八幡神社

白川八幡神社はアニメの舞台となったようで、聖地巡礼に来た絵馬が多数掛けられていた。

白川八幡神社

右は釈迦堂。神仏習合時代の名残だろう。

白川八幡神社

左は白川村招魂社。

白川八幡神社

境内には社務所もあり、どぶろくの館でも御朱印をいただけるという情報は得ていた。
しかし、当日は書き置きが前日になくなり、今日は宮司は朝から用事があって昼過ぎになるという。もしかしたら飯島八幡神社にいたのかも、と後ろ髪を引かれる思いはしたが今日は縁がなかったということで次回のお楽しみに。

白川八幡神社
岐阜県大野郡白川村荻町

飛騨白川郷 飯島八幡神社

飯島八幡神社

道の駅白川郷の正面にある神社。御祭神はおそらく応神天皇でよいかと。

飯島八幡神社

鳥居と拝殿の間、両側に林立する杉が印象的な社であるが、

飯島八幡神社

榎の老木が一番のご神木のようだ。

飯島八幡神社

今日は総出で何かの準備をしていた。掃除の日かと重い、邪魔にならないように詣る。

飯島八幡神社

本殿背後に境内社の秋葉神社。

飯島八幡神社

境内にどぶろ酒蔵もある。秋にはどぶろく祭りも行われる。

飯島八幡神社

参拝している間に鳥居に国旗が掲揚された。どうも例祭の日だったようだ。

飯島八幡神社
岐阜県大野郡白川村飯島

美濃白鳥 長滝白山神社

長滝白山神社

郡上市に鎮座する長滝白山神社。御祭神は菊理媛神、伊弉諾尊、伊弉冉尊。

長滝白山神社

表参道の入口に社号標

長滝白山神社

長い参道の左右には僧坊が並んでいた。

長滝白山神社

3軒残るという僧坊のひとつ蔵泉坊

長滝白山神社

神橋

長滝白山神社

参道の左に護摩壇跡と金剛童子堂

長滝白山神社

参道左に稲荷堂。江戸時代は参道右にあった。

長滝白山神社

最後に階段を上る。長滝白山神社本殿中央と白山長滝寺大講堂中央の両方から見て正面になる場所に立つ。

長滝白山神社

正安4年の銘のある石灯籠。

長滝白山神社

拝殿に参る。

長滝白山神社

拝殿裏右からまわる。左は神明神社、右が稲荷神社。

長滝白山神社

若宮社

長滝白山神社

別山社

長滝白山神社

中央は白山大御前社

長滝白山神社

越南智社

長滝白山神社

大将軍社

長滝白山神社

左は児御前社、右が竈神社

長滝白山神社

本殿がずらりと並ぶ。

長滝白山神社

長瀧天満宮社

長滝白山神社

弁財天社。境内には神社と寺院が混在する神仏習合の世界が残る。

長滝白山神社
岐阜県郡上市白鳥町長滝138

美濃垂井 伊富岐神社

伊富岐神社

垂井町に鎮座する伊富岐神社。御祭神は伊福氏の祖神である多多美彦命。延喜式不破郡の比定社で美濃国二宮。

伊富岐神社

北へ参道が延びる。社号標が立っているが、石造の一の鳥居はもっと南にあったようだ。この辺りに木製の二の鳥居があったようだが、橋しか残っていない。

伊富岐神社

左に神様の神橋、右に参拝者用の橋が架かる。

伊富岐神社

拝殿の両側に御神木が一際高く立つ。

伊富岐神社

拝殿に参る。

伊富岐神社

本殿は朱色の銅板葺で、塀で見えなかったが両側に境内社があるらしい。

伊富岐神社

拝殿右手の社務所は無人。

伊富岐神社

境内の隅に屋根のような傷んだ部材が置かれている。二の鳥居のようで倒壊したようだ。

伊富岐神社

境内入口の右に小さな境内社が一社ある。

伊富岐神社
岐阜県不破郡垂井町伊吹1484番地の1  

美濃垂井 南宮大社

南宮大社

垂井町に鎮座する南宮大社。御祭神は金山彦命を主祭神とし、見野命と彦火火出見命を配祀する。延喜式不破郡仲山金山彦神社の比定社で明神大社、美濃国一宮。
金山彦神は鉱物の神であり、鉱山業・金属業の総氏神、全国の金山彦神社の総本社。

南宮大社

楼門の前が駐車場になっている。南宮山の北麓に東南方向に鎮座する。

南宮大社

楼門の両側から玉垣がめぐる。楼門の前に石製の神橋が架かる。

南宮大社

楼門は極彩色に彩られ、蛙股には中国の故事か、神社の由緒と思われる彫物がされている。

南宮大社

楼門の前には右大臣、左大臣の木造が

南宮大社

後ろには狛犬が配置されている。

南宮大社

楼門を入ると中央に高舞殿、左右に回廊のついた拝殿。拝殿に参る。

南宮大社

高舞殿の蛙股には十二支の彫刻がされている。

南宮大社

神輿舎の壁には奉納額がたくさん掛けられているが、鉱物の神らしく鍬や鋤、鉈などの金物ばかりだ。

南宮大社

南門から出て玉垣の西には末社が鎮座する。金敷金床社

南宮大社

その後ろに石舟社

南宮大社

伊勢両宮の鎮座地には「往古本殿奉斎地」碑が立つ。

南宮大社

東照宮

南宮大社

荒魂社

南宮大社

朱色の連続した鳥居を進めば

南宮大社

南宮稲荷神社

南宮大社

不明の境内社

南宮大社

引常明神磐座と潮千海社

南宮大社

廻廊に入ると本殿の左に境内社が二社。右が高山社、左が南大神社。

南宮大社

本殿の右に境内社が二社。右が隼人社、左が樹下社。両社の前に矢竹が見える。

南宮大社

北門を出れば落合社

南宮大社

社号標の右に美濃国総社と伝わる数立神社

南宮大社

神社から北へ、名神高速の高架の手前に大鳥居が立つ。右手に南宮山が見える。

南宮大社

さらに北へ、旧中山道から南宮参道の入口に石鳥居が立つ。

南宮大社
岐阜県不破郡垂井町宮代1734−1