山城京都 河合神社

河合神社

京都市に鎮座する河合神社。御祭神は玉依姫命。賀茂御祖神社の摂社であり、延喜式の鴨川合坐小社宅神社の比定社で明神大社。

河合神社

弊殿。昼を過ぎると人が多い。

河合神社

本殿に参る。手鏡形の絵馬があり、女性に人気の社である。そのためか対応に忙しく、御朱印は書き置きである。

河合神社

境内に鴨長明の庵が残る。長明は河合神社の祢冝の息子であったが、願いが叶わず大原に隠棲した。そのときの方丈を復元したものである。

河合神社

河合神社の末社の三井社(三塚社)、御祭神は賀茂建角身命、伊賀古夜日売命、玉依媛売命。 延喜式の三井神社の論社のひとつ。

河合神社
京都府京都市左京区下鴨泉川町59

山城一の宮 賀茂御祖神社(下賀茂神社)

賀茂御祖神社

京都市に鎮座する賀茂御祖神社。御祭神は賀茂建角身命、玉依媛命。山城国一宮で延喜式内社の明神大社。

賀茂御祖神社

平成27年に賀茂別雷神社とともに式年遷宮を迎える。

賀茂御祖神社

楼門を入って参る。

賀茂御祖神社

摂社の出雲井於神社、御祭神は建速須佐乃男命。延喜式の論社のひとつ。

賀茂御祖神社

摂社の井上社(御手洗社)、御祭神は瀬織津姫命。当社も延喜式の出雲井於神社の論社のひとつ。

賀茂御祖神社

摂社の三井神社、御祭神は賀茂建角身命、伊賀古夜日賣命、玉依日賣命。延喜式の論社のひとつ。

賀茂御祖神社

末社の愛宕社、御祭神は火産靈神。延喜式の末刀神社の論社のひとつ。愛宕社は稲荷社との相殿となっている。

もう一社、片山御子神社、御祭神は玉依比売命。延喜式の比定社であるが、参拝を忘れた。

賀茂御祖神社
京都府京都市左京区下鴨泉川町59

山城一の宮 賀茂別雷神社(上賀茂神社)

賀茂別雷神社

京都市に鎮座する賀茂別雷神社。御祭神は賀茂別雷大神。山城国一宮で延喜式内社の明神大社。

賀茂別雷神社

平成27年に第42回式年遷宮が開催される。

賀茂別雷神社

建物も多い。摂末社は24社、そのうち15社が境内にある。

賀茂別雷神社

楼門をくぐるとその先に本殿がある。有料で特別拝観できる。

賀茂別雷神社

摂社の賀茂山口神社。御祭神は御歳神。延喜式の論社のひとつ。手前に仮宮がある。式年遷宮のときに神を遷座する専用領域がある境内社がいくつかあった。

賀茂別雷神社

摂社の須波神社。御祭神は阿須波神、波比祇神、生井神、福井神、綱長井神の坐摩神五柱。延喜式の論社のひとつ。

賀茂別雷神社

末社の山森神社。御祭神は素戔嗚神、奇稻田姫神、田心姫神。延喜式の鴨岡太神社、賀茂山口神社の論社のひとつ。

もう一社、土師尾神社(御祭神は建玉依比古命)、延喜式の賀茂波爾神社、小野神社の論社のひとつ。本殿近くに中門の内側に鎮座するため一般の参拝は難しい。

賀茂別雷神社
京都府京都市北区上賀茂本山339

摂津大阪 豊国神社

豊国神社

大阪城内に鎮座する豊国神社。御祭神は豊臣秀吉公。

豊国神社

豊臣大坂城は徳川大坂城によって徹底的に隠されてしまい、今見る場所は徳川時代のものなのだが、東照宮ではなく豊国神社が城内にあるとは、大阪市民の秀吉人気は凄いものです。裏門の西門から入る。

豊国神社

本殿脇からぐるりと回り、拝殿に参る。

豊国神社

秀石庭という奉納された庭がある。

豊国神社

境内社の白玉神社、御祭神は宇迦御魂神。中之島字山崎の鼻の藩蔵屋敷に祀られていた元白玉稲荷神社。

豊国神社

他に七夕神社、玉繁神社の扁額が架かるが、白玉神社に合祀されたのだろうか。

豊国神社

境内社の若永神社、御祭神は宇迦御魂神。元淀屋辰五郎邸の鎮守社だったと伝えられる。

豊国神社

境内をまわっている間に正鳥居をくぐって新郎新婦の行列が来た。

豊国神社

拝殿正面の鳥居前には秀吉像が立っている。

豊国神社

東の正鳥居をくぐると茅の輪。時期ではないので年中あるようです。

豊国神社
大阪府大阪市中央区大阪城2−1

摂津大阪 難波神社

難波神社

大阪市に鎮座する難波神社。御祭神は仁徳天皇、素戔嗚尊、倉稲魂尊。反正天皇が父の仁徳天皇を祀ったのが創建で、朱雀天皇の頃は難波大宮と称し摂津国総社であったという。

難波神社

坐摩神社で御朱印をいただく際に近くにも神社があるので行ってみると良いでしょうと言われた。徒歩3分ほどで到着する。
社殿は南向き、東と西にも鳥居が立つ。

難波神社

拝殿に参る。

難波神社

社務所前にご神木が立つ。御朱印をいただく待ち時間で霊気をいただく。御朱印には神門の菖蒲がカラーで押させている。6月には菖蒲神事も催行される。

難波神社

境内南東隅に末社十四柱相殿神社。火災、建替で末社の合祀社となった。

難波神社

西門の左横に末社金刀比羅神社

難波神社

拝殿左に摂社博労稲荷神社

難波神社

文楽軒の芝居が境内で開演されていたところでもある。町人には摂社稲荷社のほうが身近だったようで、難波宮よりも稲荷社、稲荷宮と呼ばれていた。現在の文楽の起こりである「稲荷社文楽座跡」の碑が立つ。

難波神社
大阪府大阪市中央区博労町4丁目1番3

摂津一の宮 坐摩神社

坐摩神社

大阪市に鎮座する坐摩神社。御祭神は坐摩神五柱。延喜式の大社。

坐摩神社

社殿は東向き。鳥居や塀、社殿もコンクリート製のものが目立つ。

坐摩神社

拝殿に参る。

坐摩神社

拝殿の前に神饌米が育てられている。

坐摩神社

拝殿の右に境内社が並ぶ。手前(拝殿から遠い方)から相殿神社、天満宮、大國主神社、繊維神社、大江神社

坐摩神社

拝殿脇から裏門へ向かう。裏門近くに宝蔵が建つ。

坐摩神社

西の裏門

坐摩神社

裏門を入って正面に稲荷神社。

坐摩神社

稲荷神社左に陶器神社。

坐摩神社

上方落語寄席発祥の地の碑。文化十年神社境内で初めて寄席が興業された。

坐摩神社
大阪府大阪市中央区久太郎町4丁目 渡辺3号

加賀金沢 春日神社

春日神社

金沢市に鎮座する春日神社。御祭神は武甕槌命、經津主命、天児屋根命、比咩大神のいわゆる春日大神。

春日神社

社業はケヤキ、タブノキ、クロマツなど金沢市指定保存樹林となっている。

春日神社

拝殿に参る。拝殿の右にある社務所兼自宅で御朱印をいただく。

春日神社

拝殿の前の狛犬は右が逆立ち狛犬になっている。

春日神社

拝殿から左に朱色の鳥居が並ぶ。

春日神社

鳥居の先は境内社の出世稲荷神社

春日神社
金沢市増泉2丁目1-1

加賀金沢 中村神社

中村神社

金沢市に鎮座する中村神社。御祭神は武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比咩大神の春日大神。

中村神社

社殿は南向き。社叢の中の参道を拝殿へと向かう。

中村神社

拝殿に参る。

中村神社

拝殿は金沢城二の丸御殿の能舞台の遺構で、卯辰山の招魂社社殿として放置されていた建物を移築した。

中村神社

剣梅鉢紋の彫物もあり、能舞台であった頃を偲ばせる。隣の社務所兼自宅で宮司の奥さんに御朱印をいただく。

中村神社
石川県金沢市中村町16-1

加賀金沢 犀川神社

金沢市に鎮座する犀川神社。御祭神は天児屋根命、比咩大神、武甕槌命、経津主命の四柱でいわゆる春日大神。
中村神社の別社として以前は「宝久寺の春日」と呼ばれ、宝久寺が別当を務めた。

犀川の右岸沿いに桜並木が続き、犀川神社の鳥居が見えてくる。

境内を避けるように道路は左右に分かれる。

社殿は東向き。拝殿に参る。

拝殿には大きな絵馬が架かっている。拝殿左の社務所兼自宅で御朱印をいただく。

拝殿右に境内社の稲荷神社が鎮座する。

犀川神社
金沢市中央通町16-1

因幡鳥取 長田神社

長田神社

鳥取市に鎮座する長田神社。御祭神は事代主神、猿田彦神、誉田別尊、菅原道真命。

長田神社

鳥取城のあった久松山の麓に鎮座する。

長田神社

鳥居をくぐると右手に社務所、右にカーブして橋を渡り西向きの社殿へ向かう。

長田神社

森に囲まれた境内、池に架かる橋、少しずつ階段を上って門をくぐる、落ち着く環境です。

長田神社

池には白い蓮の花が咲いている。

長田神社

門をくぐる。

長田神社

門のそばに樹齢三百年といわれるケヤキのご神木が立つ。

長田神社

拝殿に参る。ちょうど拝殿内でお祓いされていたので静かに周辺を見学する。奉納額は奉祝能に関するものが3枚。宝生流と喜多流の二流。

長田神社

拝殿後ろに本殿。本殿の玉垣に絵馬掛けがある。

長田神社

本殿左に建物一棟。宝蔵か神輿蔵か

長田神社

境内隅にお食い初めの固め石があった。これだけ用意しているのを見るのは初めてだ。
宮司が拝殿に上がっていたので、ゆっくりと境内を回った後で社務所で御朱印をいただいた。

長田神社
鳥取県鳥取市東町1丁目宮内谷

因幡鳥取 樗谿神社

樗谿神社

鳥取市に鎮座する樗谿神社(おうちだにじんじゃ)。御祭神は徳川家康公。日光東照宮の御分霊を祀ることから因幡の東照宮とも言われる。

樗谿神社

鳥居をくぐる。

樗谿神社

境内は樗谿公園の一部となっている。

樗谿神社

社務所と案内される場所には鳥取県神社庁。樗谿神社の社務所を兼ねているようだが、すでに17時近かったためか休みだったのか閉まっていた。

樗谿神社

社務所近くの御中門をくぐる。拝殿までの道のりは公園として整備されたためか石畳が葺かれている。

樗谿神社

大きな神門が見えてきた。昔は両側に仁王像が立っていたのかもしれないが今は空っぽ。

樗谿神社

門をくぐると両側に灯籠が立ち並び、階段の上に拝殿が見える。神威を感じる風景である。

樗谿神社

階段を上り、拝殿に参る。

樗谿神社

拝殿背後に唐門付きの本殿。拝殿、弊殿、唐門、本殿と並び、すべて檜皮葺の屋根で重要文化財になっている。

樗谿神社

階段とは別ルートの参拝道に井戸がある。「探幽の井戸」と名付けられている。神社には狩野探幽の画、青蓮院門主尊純親王の歌の三十六歌仙の額と鷹の絵があり、それを伝えれるための命名とも伝えられる。

樗谿神社
鳥取県鳥取市 上町87

因幡一の宮 宇倍神社

宇倍神社

鳥取市に鎮座する宇倍神社。御祭神は武内宿禰命。五円紙幣にも描かれた古社は、延喜式内社で明神大社であった。

宇倍神社

鳥取藩主池田家墓所もある稲葉山の南麓に鎮座する宇倍神社への参道は北へと続く。

宇倍神社

鳥居をくぐると道路を横切って深い森の中に入る。

宇倍神社

階段の手前左に池がある。亀金池と名付けられ、池に浮かぶ石には亀の銅像が乗っている。

宇倍神社

池の横の階段を上ると、左に折れ長い階段が続く。

宇倍神社

拝殿が見えてきた。

宇倍神社

社殿は東向き。左に木造の社務所、右にコンクリート製の参集殿がある。御朱印は参集殿でいただく。

宇倍神社

拝殿右に飛翔の鳥

宇倍神社

拝殿左に福徳亀

宇倍神社

拝殿・本殿は弊殿でつながり、ともに檜皮葺の屋根。拝殿に参る。

宇倍神社

当地は御祭神の武内宿禰命の終焉の地であると伝えられる。

宇倍神社

亀金岡に双履を遺して三百六十余歳で亡くなったとされ、双履石という霊石が祀られている。

宇倍神社

拝殿左奥に國府神社、御祭神は建御雷神、日本武尊、速佐須良比咩神、武内宿禰命、伊弉諾尊、菊理姫命、土御祖神、奧津彦命、奧津姫命、宇迦之御魂命の10柱で、近在の神社の合祀社となっている。

宇倍神社
鳥取県鳥取市国府町宮下651

因幡鳥取 白兎神社

白兎神社

鳥取市に鎮座する白兎神社。因幡の白兎の神話の舞台となった地である。御祭神は白兎神を主祭神とし、保食神を合祀する。

白兎神社

鳥居は日本海に向かって北向きに立つ。

白兎神社

階段を上がると大国主神と八上姫、そして白兎の砂像。近郊の鳥取砂丘の砂像は観光資源になっている。

白兎神社

手水舎の前に御身洗池がある。不増不減の池とも言われ、干ばつや豪雨にも水の増減がないという。神話ではこの池で白兎が身体を洗ったという。

白兎神社

池の前に拝殿。社殿は西向き。拝殿に参る。

白兎神社

拝殿後ろに本殿。

白兎神社

本殿の礎石は皇室と同じ菊の紋章が彫刻してある菊座石となっていて珍しい。

白兎神社

拝殿左の社務所で御朱印をいただく。兎のおみくじなど、兎の授与物がたくさんある。

白兎神社

社前は道の駅神話の里白うさぎ

白兎神社

駐車場には因幡の白兎をモチーフにした石像が立つ。

白兎神社

道の駅前には山陰海岸ジオパークに登録された白兎海岸の砂浜が広がる。

白兎神社

海岸に突き出た岬が気多之前、沖に浮かぶのが淤岐ノ島、その間に波蝕棚が飛び石状に連なり、物語の世界を彷彿とさせる。

白兎神社
鳥取県鳥取市白兎603

但馬一の宮 粟鹿神社

粟鹿神社

朝来市に鎮座する粟鹿神社。但馬国一の宮で延喜式の比定社であり明神大社。御祭神は彦火々出見尊とも日子坐王とも言われる。

粟鹿神社

深い森に囲まれている。鳥居をくぐってもまだしばらく木々の間の参道を歩いて行く。

粟鹿神社

開けると2つの門が見えてくる。

粟鹿神社

手前は勅使門で、朝廷の勅使のみが通れる門。記録では過去に4回開いたことがあるという。

粟鹿神社

奧の門が随神門で、こちらから入って拝殿に向かう。

粟鹿神社

随神門には正面に随神が門番をし、裏の狛犬が中に入った者を監視しているようだ。

粟鹿神社

拝殿に参る。

粟鹿神社

拝殿からは渡り廊下でつながった本殿。

粟鹿神社

境内社も多い。随神門をくぐって左に天満宮、御祭神は菅原道真公。

粟鹿神社

拝殿の左の池の中に厳島神社、御祭神は市杵島姫命。

粟鹿神社

その右の丘を上ると稲荷神社、御祭神は保食神。

粟鹿神社

稲荷神社の下には四角の池(井戸?)の中に茗荷神社、御祭神は草野姫命。

粟鹿神社

拝殿左には床浦神社、御祭神は大己貴命。

粟鹿神社

拝殿に右に猿田彦神社、御祭神は猿田彦神。

粟鹿神社

猿田彦神社の中には白馬像が祀られている。

粟鹿神社
兵庫県朝来市山東町粟鹿2152

加賀金沢 安江八幡宮

安江八幡宮

金沢市に鎮座する安江八幡宮。御祭神は誉田別尊(応神天皇)、気長足姫尊(神功皇后)、玉依姫命。

安江八幡宮

此花町は旧町名を鍛治町といい、多くの刀鍛冶が住んでいたといい、現在も鍛冶に関係する神事が行われる。

安江八幡宮

鳥居をくぐって右側に境内社が並ぶ。右奥はむすびの社、御祭神は伊弉諾命、伊弉冉尊。

安江八幡宮

正面の社には石に彫られた剣を持った像が、詳細はよくわからない。

安江八幡宮

左に稲荷社。

安江八幡宮

拝殿に進む。

安江八幡宮

参道左に加賀八幡起きあがりの像がある。八幡大神の誕生の折の真紅の産衣を着けた姿を写したといい、氏子の一老翁が毎年正月に神前に献じたものを、社参の人々が愛児への健康祈願、厄払い、病気平癒のお守りとして大切したのが由来で、現在は金沢の郷土玩具のひとつとなっている。

安江八幡宮

拝殿に参る。右手に社務所があるが、普段は無人のため、左手の自宅を訪ねて御朱印をいただく。

安江八幡宮

相殿には天御中主命、安徳天皇を祀る金沢水天宮が鎮座。拝殿内には13代藩主前田斉泰公真筆の「水天宮」の額が掛かり、久留米水天宮の分霊を祀っている。

安江八幡宮
石川県金沢市此花町11-27

加賀金沢 市姫神社

金沢市に鎮座する市姫神社。御祭神は大市比売神、事代主神、大国主神。神社の道路向かい側には近江町市場があり、市場の氏神になっている。

境内は南向き。周辺環境の変化のせいか境内はかなり手狭になっている。

拝殿に参る。

拝殿背後の本殿。拝殿右の社務所兼自宅で御朱印をいただく。

市姫神社
石川県金沢市尾張町2丁目2−22

加賀金沢 豊国神社

豊国神社をはじめとした三社が卯辰山の中腹に鎮座する。

花菖蒲苑から参道が延びる。入口の鳥居の社名標は「愛宕神社」、扁額は「卯辰山三社」

千杵坂を上ると参道は右に折れる。その角に日暮ヶ丘という見晴らしの良い場所があり、遠く金沢城も臨める。藩政期、凶作で米買い占めが起こった際、町人が二晩にわたって金沢城に向かい「米よこせ」と叫んだ安政の泣き一揆の場所と推定されている。

三之坂を上ると瀧ヶ丘、右手に安達幸之助の碑。

二之坂を上ると威泉ヶ丘、右手に北越戦争戦死者の碑が連なって建つ。

最後の一之坂を上ると景雲台と呼ばれる境内。

境内に入ると左手に「業平の井筒」がある。謡曲「井筒」に由来する井戸であり、本来は奈良県の在原寺にあったものだが、幕末にこの地に移されたという。

階段を上った正面の社は卯辰神社。拝殿に架かる扁額は「天満宮」。御祭神は菅原道真公。

左手の奥に愛宕神社。御祭神は火の神愛宕大神。

右手に豊国神社が鎮座。御祭神は豊臣秀吉公。卯辰山王と称して秘かに豊臣秀吉公を祀った。表向きは卯辰観音と呼ばれ、藩政期は観音院の神事能が催された。神仏分離により幾度かの遷座で現在地に至る。

由緒ある社なので御朱印があるかと思っていたが、現在は市姫神社の兼務社であり、尋ねたところ授与していないと確認した。

豊国神社・卯辰神社・愛宕神社(卯辰山三社)
金沢市東御影町93

加賀金沢 宇多須神社

金沢市に鎮座する宇多須神社。御祭神は高御産巣日神、大国主神、八重事代主神、市杵嶋姫神、大山祇神、豊受大神、武甕槌神、少彦名神、宇迦之御魂神、毘沙門天、崇徳天皇、前田利家公と多い。

東山茶屋街の奥、卯辰山の麓に鎮座する。社殿は西向き。

右の狛犬は金沢でよく見られる逆立ち狛犬になっている。

拝殿に参る。

拝殿右の社務所で御朱印をいただく。

宇多須神社は卯辰村にあったという治田多聞天の流れを組み、現在も毘沙門天を祀り、御朱印にも毘沙門天の神使というムカデが押される。藩政期には藩祖前田利家公を祀るために高岡守山の物部八幡社を遷座し、卯辰八幡宮と称し、尾山神社に利家公が遷座さてから卯辰神社と称した。平成16年に再び尾山神社から利家公の御分霊を遷座した。

拝殿の左側から裏に回る。

本殿の左には前田利常公の酒湯をとった井戸。藩政期の藩主前田家の崇敬の名残は今も残る。

宇多須神社
石川県金沢市東山1丁目30−8

加賀金沢 小坂神社

金沢市に鎮座する小坂神社。御祭神は天兒屋根命、武甕槌神、比咩大神、經津主神。

卯辰山への北西の上り道の麓に鎮座する。

一の鳥居は車道側に建つが、二の鳥居、三の鳥居は階段の途中に建つ。

長い階段の途中、拝殿の一段下の平場に、左側に稲荷社

右に天神社

黒澤社がある。

拝殿に参る。

拝殿前の右の狛犬は金沢市内でよく見られる逆立ち狛犬になっている。

拝殿の後ろに本殿。金沢の春日さんと言われるだけある朱色の社殿。

本殿の狛犬は犬のようなかわいい顔をしている。

小坂神社
石川県金沢市山の上町42−1

越前福井 佐佳枝廼社

福井市に鎮座する佐佳枝廼社。御祭神は福井藩初代藩主結城秀康公、幕府初代徳川家康公、福井藩16代藩主
松平慶永(春嶽)公を祀る。社名は明治六年に春嶽公の命名。

明治維新後の創建で新しい神社だが、福井大空襲、福井地震により社殿は焼失した。新しい神社の表参道は南向き。地階が駐車場となっており、階段を上って境内に入る。

鳥居は福井城跡の東側にもある。

階段を上ると、広い境内、一直線に延びる白い参道。青い空が臨めれば清々しい神域です。

拝殿に参る。左の社務所で御朱印をいただく。

拝殿後ろの本殿。家康公を祀ることから福井の東照宮とも言われる。

佐佳枝廼社
福井県福井市大手3丁目12−3

越前福井 福井神社

福井市に鎮座する福井神社。御祭神は福井藩16代藩主松平慶永(春嶽)公。

神社は福井城跡の内堀の西北隅に鎮座する。

鳥居をくぐる旧社名標が立つ。元は内堀北南隅に立っていて、内堀の西側が神社参道だったという。社名標は昭和23年の福井地震で内堀に落ちて失われた。昭和58年の堀浚渫により引き上げられ設置された。

参道は鳥居をくぐると左に折れ、社殿は東向きに建つ。拝殿に参る。

拝殿の左側に御祭神の春嶽公の銅像が設置されている。

拝殿への参道左に摂社恒道神社には、幕末の福井藩士として活躍した中根靱負(雪江)、鈴木主税(純渕)、橋本左内(景岳)が祀られている。

福井神社は幕末の福井藩藩主と藩士を祀った旧別格官幣社である。

今日は社務所が無人であった。

福井神社
福井県福井市大手3-16-1

越前福井 柴田神社

柴田神社

福井県に鎮座する柴田神社。御祭神は柴田勝家公、お市の方。

柴田神社

大通り沿いのため駐車場は少し離れた場所にある。

柴田神社

柴田神社は柴田勝家公創建の北の庄城址に建つ。境内には堀などが復元されている。

柴田神社

境内の隅、北の庄城址資料館が整備されている。

柴田神社

中には発掘により出土した遺物や北の庄城の歴史パネルなどが展示されている。

柴田神社

二階からは境内を展望できる。

柴田神社

NHK大河「江」の放映に合わせて北の庄城のミニチュア天守が期間限定で復元されている。

柴田神社

神社への表参道は北の商店街通りになる。二つ目の鳥居は東向き。社殿も東向き。鳥居をくぐると境内社の稲荷神社。

柴田神社

放映を記念して三姉妹の銅像も新設された。

柴田神社

お市の方と三姉妹の銅像の前、本殿の右に境内社の三姉妹神社に鎮座する。

柴田神社

拝殿に参る。

柴田神社

拝殿から見える柴田神社本殿

柴田神社

社務所で御朱印をいただく。

柴田神社
福井県福井市中央1丁目21-17

越前福井 藤島神社

福井市に鎮座する藤島神社。御祭神は新田義貞公。

神社は足羽山の中腹に鎮座し、麓に朱色の大鳥居が立つ。徒歩は階段を上るが、駐車場は社殿近くにあり、そこまで上がれる。

建武中興十五社の一社で、旧別格官幣社である。

社殿は東南向き。石畳の参道を拝殿へと進む。

拝殿に参る。

拝殿右の社務所で御朱印をいただく。

藤島神社
福井県福井市毛矢3丁目8−21

越前福井 毛谷黒龍神社

福井市に鎮座する毛谷黒龍神社。延喜式の坂井郡毛谷神社の論社のひとつ。御祭神は高龗神、闇龗神、男大迹天皇。

足羽山の麓、東向きに社殿は鎮座する。

階段を上る。

黒龍の絵がなんとも勇ましい。

拝殿に参る。

拝殿の左に境内社の石渡八幡神社が鎮座。

その脇に願かけ石がある。願い事をかけて3回石をたたく。

一段下りて境内の左、西宮恵比須神社が鎮座。

御朱印を境内の社務所兼自宅でいただく。境内の隅、草に覆われて灯籠があった。側面に剣(または棒)をもった仏像が彫られている。

毛谷黒龍神社
福井県福井市毛矢3丁目8−1

越前福井 足羽神社

足羽神社

福井市に鎮座する足羽神社。御祭神は第二六代継体天皇、大宮地之霊(坐摩神)五柱神の生井神、福井神、綱長井神、阿須波神、波比岐神。延喜式足羽郡の比定社で、土輪神社、山方神社、御門神社、於神社、都那高志神社を合祀したとして論社のひとつである。

足羽神社

神社は足羽山の中腹にある。

足羽神社

福井の地開拓の神として継体天皇を祀っている。

足羽神社

拝殿に進む前に境内を散策する。六地蔵宝塔、元禄期のもので神仏混淆の名残でもある。

足羽神社

石祠が3つ。

足羽神社

亀の祈念碑が2つある。長寿の象徴である。

足羽神社

こちらの亀は首が落ちてなくなっている。

足羽神社

拝殿に参る。

足羽神社

拝殿の横の社務所で御朱印をいただく。

足羽神社

さらに足羽山を上り、継体天皇像を見てきた。像は北の福井市街を向き、今も開拓の地を守っている。

足羽神社
福井県福井市足羽1丁目8−25

加賀河北 賀茂神社

賀茂神社

賀茂神社は、京都の中賀茂社を北陸道越前・越中・越後の層鎮守として、御所村に遷座したと伝わる。孝謙天皇の世に英田郷加茂村に遷座、平城天皇の世に、金津庄鉢伏、続けて現在の横山の地へ遷座される。平城天皇の勅願所として境内地を給わる。延喜式内社で、御祭神は賀茂別雷神、貴布根神、天照大神である。

今は夏祭りの季節で週末は忙しいらしい。日曜日から3日間通ってようやく御朱印を入手した。よって、以下の紹介写真は日曜日のもの。

賀茂神社

平成10年に社殿と大鳥居を新調したので新しい。

賀茂神社

社号標は若槻禮次郎元総理大臣。どういう関係だったのか?

賀茂神社

鳥居をくぐって石の敷き詰められた参道を歩く。

賀茂神社

手水舎の近くに「平城天皇勅願所」の碑が立っている。

賀茂神社

新調された拝殿と境内はとてもきれいである。境内を囲む社叢が外界の雑音を遮ってくれる。

賀茂神社

ふと絵馬が目に入る。「となりのテレ金ちゃん」とのタイアップの開運招福絵馬。残念ながら入手できず。

賀茂神社

参拝のあと、隣の社務所による。しかし、誰もいない。正月くらいしか開けていないのかも。

敷地内の自宅で御朱印をお願いすると、社務所まで移動して書いて頂ける。

賀茂神社

由緒書は拝殿の賽銭箱のところに置かれている。

賀茂神社

境内を見渡すと社はもうひとつ。攝末社かと思いきや、なんと平成10年に建て替えられる前の本殿だそうだ。

賀茂神社

龍神の彫り物もすばらしい。

賀茂神社

狛犬も大変古い形式で、間近に本殿を見学できるのは貴重だ。

石川県かほく市横山リ119-1
TEL.076-285-0365

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加賀河北 加賀神社

加賀神社

加賀神社は、津幡町内最高社格(県社)の神社であり、御祭神として加賀前田家五代藩主の綱紀公を祀っています。綱紀公の命日である5月9日を現在の暦に直した6月9日には、成巽閣館長も参拝され今でも前田家とつながりが深い神社です。

加賀神社

旧北陸道沿いの潟端バス停から西へ一直線に参道が延びる。

加賀神社

バス停の横には、公爵前田利為揮毫による社号標が立っている。

加賀神社

境内は思っていたよりも広くはない。

加賀神社

鳥居も道路からすぐで、その先に拝殿がある。こうして見ると他の郷社とほとんど変わらない規模です。

加賀神社

拝殿もとりわけ立派なわけでもないが、中には前田家に由来する寄贈品の写真が飾られている。

加賀神社

拝殿に掛けられた扁額は今は珍しい逆方向。

加賀神社

扁額の横には県社昇格に際して、前田家より献金があったことを示す額が掛けられている。

加賀神社

参詣後、横から裏にまわると本殿がある。今の建物は大正3年に改築されたものか。

加賀神社

裏口には諏訪神社跡が残っている。寛文12(1672)年に新開村された潟端新村の氏神として創祀されたのが「潟端諏訪神社」。御祭神は建御名方神と八坂刀売命。現在は加賀神社に合祀されている。

加賀神社

拝殿横に社務所があるが、入ろうかどうかと迷っているときにちょうど拝殿をおばあさんが掃除するために出てきました。御朱印ありますか?と尋ねると、朱印はある(つまり判子のみ)という答え。それでも良かったが、他の御朱印と並べると釣り合い取れないと考えていると、他の御朱印を参考に、筆ペンで神社名と参拝日を書いてくださりました。普段はほとんど書いていないようなので、とてもレアな一点となりました。

待っている間にいただいた由緒書を読んでいました。神社には綱紀公ゆかりの絵画や手紙が残っています。この規模の神社にしてはやはり社宝はすごいですね。

加賀神社

鳥居を入ってすぐのところに攝末社の稲荷神社が建っている。日曜日の昼下がりにしては静かな神社でした。

石川県河北郡津幡町潟端新ト10
TEL.076-288-2562

加賀二の宮 小濱神社

小濱神社

小濱神社は、加賀国二宮加賀郷総鎮守であり、創建は不明なれど養老2(718)年小濱磯崎から黒津舟に転遷、以後五郎島(天保3(1832)年)を経て、明治22(1889)年現在地に転遷される。御祭神は大己貴神、事代主神、少彦名神である。

天正12(1584)年の末森合戦のとき、前田利家が小濱神社で必勝祈願した話は有名。ただし、その時代は黒津舟にあった時代で、その比定地は現在海の中である。

小濱神社

拝殿正面の参道の鳥居は四足門となっている。

小濱神社

鳥居を入って右側に立つ巨木がご神木。

小濱神社

社号標側面には「延喜式内」と書かれている。

小濱神社

拝殿でお参りを済ませる。

小濱神社

藩政期は利家戦勝より前田家の崇敬、庇護厚く、拝殿にはそこかしこに梅鉢紋が付けられている。

小濱神社

拝殿の蛙又にも。

小濱神社

拝殿正面の開き戸にも。

小濱神社

参道沿いに6本立つ灯籠のうち、拝殿にもっとも近い灯籠は、「寛永」の年号が残る。
(薄くなって年号までは読めない)

小濱神社

本殿の神域に入る戸にも梅鉢紋が付いている。

小濱神社

境内地には攝末社として磯崎神社が建てられている。創建の地、小濱磯崎の名を冠する神社である。

小濱神社

鳥居は側面の道路沿いにも設置されている。こちらのほうが新しい。

小濱神社

手水舎には龍神様。

小濱神社

境内の忠魂碑の前には武者騎馬の石造が建てられている。

小濱神社

最後に横にある社務所兼自宅で御朱印をお願いしました。氏子神社も多いため、日によっては御朱印いただけないこともあるようですが、今日は運良くいただけました。

小濱神社

由緒書は拝殿のご賽銭箱のところに置かれている。

〒920-0266
石川県河北郡内灘町大根布三丁目157
TEL.076-286-0012

加賀一の宮 白山比咩神社

白山比咩神社

白山比咩神社は、霊峰白山を神体山とする白山比咩大神を奉斎したのが始まり。「下白山」と称せられた白山本宮は、霊峰白山の「まつりのにわ」として、金劔宮、三宮、岩本宮と並ぶ白山四宮のひとつである。現在は「白山さん」として親しまれる加賀一宮、白山登山道のひとつ、加賀馬場の神宮寺である。創建は崇神天皇7(紀元前91)年、火災などで境内地が変わり、現在は三宮のあった地に鎮座する。

御祭神は、伊弉諾神、白山比咩大神、伊弉冉神である。白山比咩大神は、菊理媛神とも呼ばれ、縁結びの神として古くより親しまれている。

白山比咩神社

車で行く場合は北参道が便利だ。この赤い大鳥居を目印にする。

白山比咩神社

車を駐車場に停め、北参道に建つ鳥居。

白山比咩神社

北参道の鳥居の横には明治時代の社号標が立っている。

白山比咩神社

境内に入る前に表参道を下って、表参道を上る。表参道入口の大鳥居。

白山比咩神社

大鳥居の横に立つ社号標は、東郷平八郎の謹書による。

白山比咩神社

杉や欅、楓など大木が参道脇に立ち並び、厳かな雰囲気の中、参道を上る。

白山比咩神社

途中、琵琶滝という水の流れが見える。このところの好天で水は少なめ。

白山比咩神社

参道の中間に手水舎があり、そこに鳥居が立つ。手前にはご神木の老杉が立っている。

白山比咩神社

表参道最後の鳥居をくぐると神門が見える。

白山比咩神社

神門前には攝末社の荒御前神社が建つ。南参道には住吉社が建っている。

白山比咩神社

神門には神馬舎が付属している。

白山比咩神社

神門をくぐると目前に拝殿が見える。

白山比咩神社

拝殿左前にご神木の三本杉が立つ。昭和天皇がお手まきされた杉の種を植樹したものです。

白山比咩神社

境内には白山奥社遙拝所がある。

白山比咩神社

お参りの後、社務所で御朱印をいただきました。巫女さんが書いてくれるのですが、もう少し勢いある字を書いて欲しいと思うのは自分だけか。

由緒の書かれたパンフレットを頂き、略史を購入してきました。

白山比咩神社

北参道、神社庭園である白光苑の前に名水、白山霊水が水を湛えている。

白山比咩神社

神社庭園は無料で入れる。苔むした庭園地が広がっている。

白山比咩神社

池の向こう岸に旧宝物館がまだ残っている。今日はここまで。

白山比咩神社

移動して、舟岡山城跡を上っていくと「白山比咩神社創祀之地」という場所がある。ここが崇神天皇7年に初めて白山本宮が建てられた場所と伝わる。

白山比咩神社ホームページ

〒920-2114
石川県白山市三宮町
TEL.076-272-0680

加賀鶴来 金劔宮

金劔宮

金劔宮(きんけんぐう)は、崇神天皇3(紀元前95)年の創建。「劔の宮」、「金劔神社」、「金劔神宮」、「金劔明神」、「劔明神」と時期により呼び方は異なるが、「鶴来」は元は「劔」(または「剣」)と記されたため、地名が神社名となっている。平成17(2005)年鎮座2100年祭が執行される。

「白山記」、「源平盛衰記」などによると、白山七社のひとつで、白山本宮、三宮、岩本宮とともに本宮四社とされ、白山第一王子と称されたことから御朱印にもその印が押される。

御祭神は、天津彦彦穂瓊瓊杵尊、大国主命、事代主尊、猿田彦命、日本武尊、大山咋命、菅原道真公である。

金劔宮

鳥居横境内を囲むように巨木が林立するが、本殿背後の社叢(入らずの森)は「ウラジロガシ」の残る県内唯一の自然林である。

金劔宮

駐車場入口に立つ神社名標の文字は明治神宮宮司の筆による。

金劔宮

拝殿横にも大きな杉の木が立つ。

金劔宮

拝殿に架かる金劔宮の扁額。

金劔宮

狛犬は拝殿前にも対に護っているが、拝殿横にまわると、本殿前にも古い風変わりな狛犬が対で護っている。とても古そうだ。

金劔宮

社務所の授与所で御朱印を頂いた。とても勢いのある字で書いていただける。

金劔宮

授与所に由緒書が置いてあるので忘れずいただく。

金劔宮

社務所で御朱印を待っている間、飾られていた写真を見た。

そのひとつが、「見猿」「言わ猿」「聞か猿」の三猿のひとつ「聞か猿」に見える幹跡。拝殿左の杉の木で、二年前の写真だったので今はちょっと見えなくなってきたみたい。

金劔宮

もうひとつが、招魂社前手水舎右の杉の木。龍神様です。こちらは写真角度によって今でも龍神様に見えます。
ほら!見えるでしょ。

金劔宮

金劔宮境内には多くの攝末社が建っている。「金運神社」として知られる「乙剣社」。

金劔宮

「金比羅社」

金劔宮

「丈六宮」

金劔宮

「粟島神社」

金劔宮

「えびす社」の前には、天平時代から枯れることのない「天の真名井池」がある。

金劔宮

「招魂社」

金劔宮

「招魂社」の社名標は、林銑十郎元総理大臣の書によるもの。

金劔宮

拝殿前には能舞台がある。源義経が奥州に向かう途中に参詣し、神楽を奉納したと伝えられるが、

金劔宮

石川県は加賀藩の庇護下で能がさかんになった。松の絵なのでやはり能舞台。

金劔宮

拝殿前の手水舎近くに、「義経腰掛石」が残っている。他に「牛石(天忍石)」、「亀石」が残る。

10月の秋季祭で奉納される「ほうらい祭り」は白山市指定無形民俗文化財。

金劔宮
石川県白山市鶴来日詰町巳118

39歳を目前にして御朱印デビュー! 日本全国の神社の御朱印や参拝記録