加賀金沢 野蛟神社

野蛟神社

野蛟神社(ぬづちじんじゃ)は、天平3年(731)に創立と言われる古社。御祭神は高皇産靈神、猿田彦神、事代主命、野椎神。加賀郡延喜式内社野蛟神社の比定社。

神社の云われについて、「当時神谷内を中心とした付近一帯に疫病が流行し、毎日のように住民が病に倒れ、亡くなる人がでた。そうした時白髪の老人が現れ、『自分の言う通りに従えば、衆人一切を救ってしんぜよう。』と言うので、住民は老人の教える通りに行った処、不思議にも病気が治ってしまった。この老人は『ヌヅチの神である、永く祭祀(イツキマツルこと)せよ。』と言い残し“龍(アマレリ)”に乗って天上雲間に消えた。そこで住民は、その地に神社を創立して祀ったのが起りである」と伝えられている。

さて、ヌヅチとは何か?「蛟」は「みつち」と呼び、龍や蛇のような水神を指すようだ。当地が水に恵まれた地である証であろう。

野蛟神社

現在は境内のまわりを住宅地に囲まれ、窮屈な感じがある。

野蛟神社

前は道路は狭いが頻繁に車が行き来する。

野蛟神社

境内北川を川が流れる。水量も多く、流れも速い。

野蛟神社

拝殿に向かう。

野蛟神社

横に社務所を備えるが常駐はなく、御朱印は期待できない。

野蛟神社

狛犬は対で阿吽になっているが、珍しく伏せている。体の模様が周辺の祭りでさかんな獅子舞を想起させる。

野蛟神社

拝殿と社務所の間にご神木が立っている。

野蛟神社

参拝の後、拝殿を見学していると、木鼻が赤く装飾されていてこれもまた珍しい。

野蛟神社

ご本殿は一段高くなっている。

野蛟神社

境内にはツバキがちょうど見頃を迎えていた。小さな神社ながら境内には芭蕉の句碑もあり、見どころは多い。

野蛟神社
金沢市神谷内町ヘ1

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加賀金沢 郡家神社

郡家神社

郡家神社は加賀郡延喜式内社郡家神社の論社。御祭神は大巳貴命。郡支配の拠点となり郡家が置かれていたため郡家神社と名付けられる。

当地は北国街道から小原越の分岐点に位置し、現在も南砺市と金沢市を結ぶ幹線道路が通る交通の要地である。

御朱印は常駐していないのでおそらくないかと。

郡家神社

集落から神社へ延びる道。社標には「延喜式内」の文字が書かれている。

郡家神社

神社は集落よりも一段の高台に鎮座している。

郡家神社

ご神木のなっている樹齢1000年以上の欅(右)の他、高木が多い境内。

郡家神社

別名「薬師の宮」と言われ、古来清水の湧き出る地であった。

郡家神社

拝殿は雪囲いを兼ねたサッシに覆われているが、これが開かない。ということで外から参拝。

郡家神社

ご本殿

郡家神社

境内はちょうどツバキが咲き誇っていました。

郡家神社

高台にある境内からはちょうど北陸新幹線の高架が見えたので、しばらく待っていると新幹線通りました。在来線に比べるとやはり静かだ。

郡家神社
金沢市吉原町チ83

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