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伯耆久米 倭文神社

倭文神社

倉吉市に鎮座する倭文神社。御祭神は経津主神、武葉槌神、下照姫命を主祭神とし、伊弉諾命、伊弉冉命、誉田別命を相殿に祀る。
延喜式久米郡の比定社で、伯耆国三宮。文徳実録に記載のある大帯孫神とも言われる。

倭文神社

北東の集落入口数キロのところに一の鳥居が建っている。倭文神社はわかりにくい場所にあるため、入る場所によっては見逃すかもしれない。石額には「縣社倭文神社」と書かれている。

倭文神社

軽自動車でもやっと通れるような狭い集落内の道を通り、鳥居前に出る。

倭文神社

「式内 社 倭文神社」の社号標が建つ。
「式内」と「社」の間にもともと文字はなかったようだが、なぜか離れている。

倭文神社

随神門。随神は正面ではなく、向かい合っている。

倭文神社

参道の左に御神木があり、深い社叢に覆われている。

倭文神社

拝殿に参る。

倭文神社

本殿は玉垣に囲まれている。

倭文神社

本殿の右に境内社の荒神社。脇に石祠が2つある。

倭文神社
鳥取県倉吉市志津209

伯耆久米 福富神社

福富神社

倉吉市に鎮座する福富神社。御祭神は木花咲耶姫・事代主命。
今日は開運八社巡りで参拝した。

福富神社

社号標の建つ入口横に建つお宅。参拝後に宮司宅かと思って訪ねたが、もう1軒隣だよと教えていただいた。
宮司宅を訪ねたものの、声がけしても誰も出てこないので御朱印は諦めた。

福富神社

社殿まで階段が続く。階段の途中に鳥居が建つ。

福富神社

拝殿に参る。

福富神社

本殿は玉垣に囲まれている。

福富神社

社殿の左に境内社が一社。

福富神社

社の下に数体の人形が置かれている。これは菅原道真公か、随神像か?
境内社は扉が2つあるということは、かつては小さな随神門代わりだったのか。

福富神社
鳥取県倉吉市福富326

伯耆久米 國廳裏神社

國廳裏神社

倉吉市に鎮座する國廳裏神社。御祭神は大己貴命、少彦名命を主祭神とし、木花之開耶姫命、保食神、大山祇命、櫛稲田姫神、素盞嗚神、大國主神、品陀和気命、玉依姫命、天児屋根命を合祀する。
三代実録に記載のある國廳裏神に比定されている。

國廳裏神社

現在の道路は2つの鳥居の間に通されているのだが、南から延びる階段の先に一の鳥居、

國廳裏神社

そして扁額のかかる二の鳥居が建つ。

國廳裏神社

社号標には「伯耆國總社國廳裏神社」と書かれている。
神社は名の通り伯耆國國廳に隣接した総社で、国庁、神社ともに南を正面としているので、東に国庁、西に神社と並ぶ位置関係からして裏(後ろ)ではなく横なのだが。

國廳裏神社

随神門には2体ずつ随神が祀られている。
左の燈籠の火袋がなくなっている。

國廳裏神社

右手の手水舎の奥に社務所が建っている。

國廳裏神社

左手には神輿庫が建つ。

國廳裏神社

神輿庫には右と左に神輿が納められているが、中央には社が並んでいる。
うち3社には大正二年の木札があり、大正時代に合祀された付近の元社らしい。

國廳裏神社

境内左右には燈籠や狛犬が並び、位置が変わっているのかと思ったが元々ここのようだ。
崩れそうなものもあり近づかないようにロープが張られているが、ここも平成28年10月21日に発生した鳥取県中部地震の影響を受けているようだ。

國廳裏神社

拝殿に参る。

國廳裏神社

本殿は玉垣に囲まれている。拝殿から続く幣殿、向拝、本殿と段々になった屋根が印象的だ。

國廳裏神社

本殿左に基台が残っている。もとは皇大神宮と荒神宮の合祀社が建っていたようだが、地震で倒壊してしまったのだろうか。

國廳裏神社

隣接する国庁を訪ねる。
発掘調査に基づいて礎石位置に柱が立てられ、規模がイメージしやすくなっている。
正面の南門

國廳裏神社

唯一西門の四脚門の建物が復元されている。

國廳裏神社

トイレ前にはパンフレットや復元模型がある。

國廳裏神社
鳥取県倉吉市国分寺426

伯耆一の宮 倭文神社②

倭文神社

湯梨浜町に鎮座する倭文神社。御祭神は建葉槌命を主祭神とし、下照姫命、事代主命、建御名方命、少彦名命、天稚彦命
、味耜高彦根命を相殿に祀る。
延喜式川村郡の比定社で、伯耆国一宮。今回2度目で、開運八社巡りの戌年の宮として参拝した。

倭文神社

少し高台にある境内の入口の駐車場に駐車し、歩いて行く。
入口に「国幣小社倭文神社」の社号標が建ち、階段を少し歩くと鳥居と先に随神門が建つ。

倭文神社

参道途中の右手に「国指定史跡 伯耆一ノ宮経塚」の標柱が建ち、道がある。
前回は行かなかったが、今回は登ってみる。

倭文神社

しばらく登ると尾根に至り、案内板が建っている。

倭文神社

この辺りがそうなんだろうけど、角材に囲まれた窪みがその跡なんだろうか。井戸跡のようにも見えるが。
横に西国観音巡礼の三十三番札所の石像がある。三十二番までは未確認。

倭文神社

今回は境内に入るまでも気になる場所に寄ってみた。
駐車場入口にある夫婦岩

倭文神社

駐車場の少し手前にある安産岩

倭文神社

東郷湖
山に囲まれた景色の良い湖

倭文神社

前回の参拝時に気になった湖畔の島

倭文神社

宮戸弁財
伯耆一の宮の七弁天と称して水辺七カ所に祀られていたというが、唯一残る祠。下照姫が魚釣りを楽しまれた場所と伝えられる。

倭文神社

話を戻して参道を進む。

倭文神社

拝殿に参る。

倭文神社

玉垣に囲まれる本殿
参拝後に社務所で御朱印をいただく。

倭文神社

帰りにもう一つ気になった場所に寄る。
宮内狐塚古墳
全長90メートルに及ぶ前方後円墳で、案内板に後ろの丘先端にあるようだが途中まで行こうとすると、草藪で形状も分かりにくいので諦めた。

倭文神社
鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内754

伯耆川村 波波伎神社

波波伎神社

倉吉市に鎮座する波波伎神社。御祭神は八重事代主命、天稚彦神、下照姫神、少彦名神、建御名方神、味耜高彦根命。
延喜式川村郡の比定社。

波波伎神社

周辺に駐車できるような場所はなかったので、鳥居前の道路に一時停車して参拝することにする。
参道入口に「式内縣社 波波伎神社」の社号標が建つ。

波波伎神社

参道を進むと途中に鳥居が建つ。

波波伎神社

階段が終わると、土の参道が続いている。社叢が深く、神域に入ってきた感じがする。

波波伎神社

手水舎が建ち、そこからさらに階段が続いている。
立入禁止になっていて階段が少し傾いているが、道はここしかないので気をつけて上っていく。

波波伎神社

階段を上ると随神門が建つ。

波波伎神社

随神門前の狛犬は台座が崩れそうで縛ってある。
そう言えばと思い出した。平成28年10月21日に発生した鳥取県中部地震は湯梨浜町や倉吉市を中心に被害が出た。
1年以上経っているが、全く復興が始まっていないようだ。

波波伎神社

拝殿に参る。

波波伎神社

本殿は玉垣に囲まれている。

波波伎神社

拝殿左手に参集殿と神倉が建つ。

波波伎神社

本殿左側に境内社。荒神社

波波伎神社

不明の境内社一社。

波波伎神社

石祠も一社ある。

波波伎神社

拝殿の右前に案内板が建っている。
福庭古墳という古墳時代後期の古墳が境内にあるらしいので行ってみる。

波波伎神社

直径35m、高さ4mの円墳で、石室入口が見える。
かなり大きな切石が使用されている。

波波伎神社
鳥取県倉吉市福庭654

伯耆久米 國坂神社

國坂神社

北栄町に鎮座する國坂神社。御祭神は少彦名神。延喜式久米郡の比定社。
延喜式神名帳の伯耆国の四番目に記載されたことから四宮大明神と呼ばれ、伯耆四宮を称したようだ。

國坂神社

一の鳥居からまっすぐ参道が続く。

國坂神社

深い森の社叢。

國坂神社

「式内社 國坂神社」と書かれた社号標が建つ。

國坂神社

神門をくぐると先に階段が見える。

國坂神社

右手に参集殿

國坂神社

階段下の両側に社が建つ。随神を祀るものか。
右に御神木のスダジイ。正面からは2本に見えるが、実際は3本ある。

國坂神社

階段を上ると二の鳥居の先に社殿が建つ。

國坂神社

拝殿に参る。

國坂神社

本殿は二重の透塀で囲まれ、さらに石の玉垣に囲まれている。

國坂神社

透塀と玉垣の間には石が奉納されている。

國坂神社

神宮遥拝所

國坂神社

境内社の秋葉社

國坂神社

秋葉社の後ろに八幡社と荒神社が並んでいる。

國坂神社
鳥取県東伯郡北栄町国坂1500

伯耆八橋 豊榮神社

豊榮神社

琴浦町に鎮座する豊榮神社。御祭神は句句逎馳命・事代主命・倉稲魂命・素戔嗚命・品陀別命。
今日は開運八社巡りで参拝する。

豊榮神社

田んぼの真ん中に境内があり、近くまで来るとかなり目立つ。

豊榮神社

鳥居や燈籠はあるが、社号標はない。

豊榮神社

鳥居をくぐると、狛犬と狐が一対ずつある。
出雲でよく見る配列。

豊榮神社

拝殿に参る。開運八社巡りのスタンプを押す。

豊榮神社

拝殿と本殿は弊殿でつながる。

豊榮神社

本殿裏の木の根元に崩れた燈籠が数基。

豊榮神社

拝殿右の木の空洞に燈籠が置かれていることを見ると、何か意味があるらしい。

豊榮神社
鳥取県東伯郡琴浦町勝田245

伯耆皆見 大神山神社奥宮②

大神山神社奥宮

伯耆大山の中腹に鎮座する大神山神社の奥宮。御祭神は大己貴神。

大神山神社奥宮

大山寺の山門と分岐する道に鳥居が建っている。

大神山神社奥宮

石畳の道を登っていくと、途中にもう一つ鳥居があり、あと少しという場所に神門が建つ。

大神山神社奥宮

神門をくぐると拝殿までの最後の長い階段が続く。

大神山神社奥宮

権現造の横に広がる印象的な拝殿。
左端から見ると、拝殿の奥に大山の北壁が見える。右端から大山への登山道が続く。

拝殿で参る。御朱印を頂こうと授与所へ行くと、神職がまだ墨をすっていた。しばらく待って書いていただいたがまだ墨が薄かったようだ。

大神山神社奥宮

帰路、反対方向からの神門。と言ってもこちらが本来の表。
後ろ向き門と呼ばれる元大山寺本坊西楽院の表門(宮家の御成門)であったが、神仏分離で神社に引き渡され、そのまま移転したので後ろ向きになったといわれるらしいが、そのままってどういうことだろうか。

大神山神社奥宮

今日は「伯耆国大山開山千三百年祭御輿行列」を見に来た。
大神山神社、大山寺、三徳山の三基の神輿が大山寺参道を駐車場から大山寺まで白装束の方々に担がれて上っていった。

大神山神社奥宮鳥取県西伯郡大山町大山

伯耆米子 富益神社

富益神社

米子市に鎮座する富益神社。御祭神は天照大御神。
創建は萬延元年(1860)で新しい神社。開運八社巡りで早朝に参拝する。

富益神社

入口に鳥居と社号標が建つ。

富益神社

参道には3対の狛犬が奉納されている。

富益神社

拝殿に参る。

富益神社

拝殿と幣殿でつながる本殿

富益神社

本殿左に境内社の恵毘須社

富益神社

本殿右に境内社の荒神社。
当宮は当地の開拓者によってこの地にあった古木を荒神社として祀ったのが最初と言われる。

富益神社

さらに本殿右に境内社の稲荷社。

富益神社

道路を挟んで社務所が建つ。早朝ということもあってか無人だった。
御朱印情報はあったのだが、予約しないと無理そうだ。

富益神社
鳥取県米子市富益町936

伯耆会見 宗形神社

宗形神社

米子市に鎮座する宗形神社。御祭神は田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命を主祭神とする。延喜式會見郡胷形神社の比定社。

宗形神社

入口は東向き。入口に社号標が建つ。

宗形神社

一の鳥居

宗形神社

その後ろに建つ石灯籠が面白い。
文政十一年銘が刻まれるが、正面に金毘羅大権現、左に宗像大明神、右に天照皇太御神と書かれている。しかし、現在の御祭神には金刀比羅神(大物主神)や天照大神は含まれていない。

宗形神社

参道左に御幸場。普通に調べると上皇や法皇が来た場所ということになろうが、どういう場所だろうか。

宗形神社

参道右に昭和60年5月に建てられた千二百年祭の記念碑

宗形神社

手水舎の先、階段を上って二の鳥居と随神門が建つ。

宗形神社

随神門には彩色鮮やかな随神像と狛犬が納められている。

宗形神社

さらに階段を上ると、正面に社殿が建つ。背後の山には県下有数の古墳群があるという。

宗形神社

拝殿に参る。
賽銭箱には御朱印がないという貼り紙。そんなに対応に苦慮したのだろうか。

宗形神社

幣殿でつながり檜皮葺の本殿が玉垣に囲まれている。

宗形神社

拝殿前の建物は舞楽殿か参籠所か。

宗形神社

拝殿の右に神輿殿が建つ。

宗形神社

神輿殿の横に境内社が一社建つ。

宗形神社

拝殿に一枚絵馬が掲げられていた。
画題がわからないが、武士と山伏、女性が描かれているようだ。

宗形神社
鳥取県米子市宗像298

伯耆日野 金持神社

金持神社

日野町に鎮座する金持神社。御祭神は天之常立尊、八束水臣津努命、淤美豆奴命。
金持神社は「かもちじんじゃ」と読むが、文字は「かねもち」と読めるので金運上昇スポットとして全国から参拝者が絶えない。
開運八社巡りとして参拝した。

金持神社

開運八社巡りのスタンプは道路沿いの売店にある。

金持神社

駐車場と売店の間に「金持党発祥之地」碑
付近で産出した砂鉄により勢力を広げたという。

金持神社

神明橋を渡って神社へ向かう。

金持神社

鳥居前に手水舎

金持神社

階段の途中、御神木のチャンチン。樹齢は600年ほど

金持神社

さらに上ると社殿前に御神木のサワラ。こちらも樹齢は600年ほど

金持神社

階段の先、社殿は横向きに建つ。人気スポットということもあり、今日も何かの取材が入っていた。

金持神社

拝殿に参る。
横から拝殿を見ているのは、当地出身者から奉納された「龍神之図」

金持神社

本殿には無数の絵馬が掛けられていた。

金持神社

本殿に一枚掲げられた絵馬は何の題材だろうか。
鬼退治のように見えるのだが、日野郡に残る孝霊天皇の鬼退治伝説だろうか。

金持神社

誰もここまで来ないので秘かな開運スポットになるのだろうが、木の根が龍の頭のように見える龍神さま。

帰りに授与所で御朱印をいただく。人気スポットのためか書き置きしかなかった。
少人数でやっているとはいえ、少し残念な対応。

後で分かったことだが、能登国地頭として有名な長谷部信連再起の地でもあるようだ。

金持神社
鳥取県日野郡日野町金持1490

伯耆日野 福成神社

福成神社

日南町に鎮座する福成神社。御祭神は素盞鳴尊、大己貴命、少彦名命、天御中主命、国常立命、高皇産霊命、国狭立命を初め多くの神々を祀る。
開運八社巡りとして参拝する。

福成神社

集落の中の高台の森に鎮座する。

福成神社

鳥居と社号標が建ち、そこから階段が続く。

福成神社

参道に随神門と鳥居、社殿と並ぶ。

福成神社

随神門には随神像はなく、随神名の書かれた木札が納められていた。

福成神社

随神門の先、鳥居をくぐり拝殿に至る。

福成神社

拝殿に参る。拝殿にかかる扁額は別の社号が書かれているようだが、旧社号でも合祀社でもないようだ。
もとは山王権現と呼ばれた日吉神社系統で、荒神神楽発祥の地と言われるが、現在神楽は途絶えているようだ。

福成神社

拝殿前に灯明箱がある。

福成神社

拝殿、幣殿、本殿とつながる。

福成神社

本殿右に愛宕社。

福成神社

本殿左に船上神社。

福成神社

社前からは北に大倉山。

福成神社

南に県境の分水嶺の山々が見える。

福成神社
鳥取県日野郡日南町神戸上2317

伯耆日野 大石見神社

大石見神社

日南町に鎮座する大石見神社。御祭神は大国主命。

大石見神社

大国主命が兄神の八十神により絶命させられた後、2度目の復活(蘇生)を果たした場所と言われ、赤猪岩神社とともに出雲神話ゆかりの場所とされる。

大石見神社

集落の奥、大倉山に向かって参道が続く。

大石見神社

入口に鳥居と社号標

大石見神社

手水は笹で囲まれている。

大石見神社

随神門には

大石見神社

彩色鮮やかな随神像と狛犬が収められている。

大石見神社

拝殿前に二本のイチョウの巨木がある。御神木になっていて、左は普通のイチョウ、右は「オハツキタイコイチョウ」と呼ばれる2個組の種子が実る珍しいイチョウ。樹齢は600年と言われる。

大石見神社

拝殿に参る。
拝殿前には狐様。狛犬と狐がともに祀られているのは出雲の神社と同じ。

大石見神社

拝殿に続き、幣殿、本殿がある。

大石見神社

拝殿右に社務所。
普段は無人で、拝殿に貼ってあった電話番号に電話すると、下の集落から宮司さんが来られた。
中で参拝させていただき、由緒の説明やイチョウの実を見せていただき、御朱印をいただいた。

大石見神社

本殿には因幡の白兎にちなんでウサギの彫刻も彫られている。

大石見神社

集落からすぐ南が広島県との県境で分水嶺になっているという。

大石見神社

神社の背後には大倉山があり、孝霊天皇の鬼退治伝説の伝承地のひとつであり、砂鉄や銀が採取されていたという。

大石見神社
鳥取県日野郡日南町上石見819

伯耆日野 福榮神社

福榮神社

日南町に鎮座する福榮神社。御祭神は玉依姫命を主祭神とする。
開運八社巡りとして参拝する。

福榮神社

旧福榮村の産土神。入口に鳥居と社号標が建つ。

福榮神社

階段を上って社殿に向かう。

福榮神社

途中神門が建ち、随神像が祀られている。

福榮神社

社殿前に狛犬が対で奉納されている。

福榮神社

右手に社務所

福榮神社

拝殿に参る。扁額後ろの見事な龍の彫刻と、ここにも杉玉が吊られている。

福榮神社

幣殿で本殿とつながる。

福榮神社

境内社が拝殿右と

福榮神社

左にそれぞれ一社ずつ建っている。

福榮神社

拝殿前に石製の灯明箱があり、神仏習合の名残か。

帰りに鳥居前の休み処でお茶を一杯いただいた。
近年は遠方からも開運八社巡りのツアーで大勢参拝に来るそうだ。

福榮神社
鳥取県日野郡日南町神福1247

伯耆日野 樂樂福神社

樂樂福神社

日南町に鎮座する樂樂福神社。御祭神は大日本根子彦太瓊尊(第七代孝霊天皇)、細媛命(孝霊天皇皇后)、若建吉備津彦命(孝霊天皇皇子)、福媛命(孝霊天皇后妃)、彦狭嶋命(孝霊天皇皇子)。

創建千百年を越える古社で、日野川を隔てて当社(東樂樂福神社)と対岸に西樂樂福神社が鎮座し、二社一対の祭祀が続けられていたが、平成16年に合祀された。西樂樂福神社の御祭神は大日本根子彦太瓊尊、細媛命、大吉備津彦命(若建吉備津彦命の兄皇子)、彦狭嶋命、絙某弟命、大山祇命を祀り、東西で兄弟の皇子を祀っていた。

樂樂福神社

国道183号線沿いに山道を進むと社号標が建っている。

樂樂福神社

社号標脇の平場に駐車し、坂道を上っていくと階段の先に鳥居が建っている。

樂樂福神社

鳥居をくぐると左に手水舎。手水舎の裏が駐車場になっていた。

樂樂福神社

駐車場に合祀された矢戸の厳島神社の力石と、当地域に残る鬼伝説を物語る「鬼の投げた石」。
この石は鬼林山に陣取る鬼が、対峙する孝霊天皇の軍勢めがけて鬼林山から投げたとされる石で、石に残る鋭い溝は鬼の爪痕と言われている。

樂樂福神社

駐車場には夜啼荒神社が鎮座する。御祭神は夜啼荒神。

樂樂福神社

鳥居前を階段をさらに上がり参道がまっすぐ続く。

樂樂福神社

参道は90度に左に折れ、神門が建ち、その先に社殿がある。

樂樂福神社

神門には杉玉が吊られている。神社では珍しい光景。

樂樂福神社

神門の左右に複数の随神像と狛犬が祀られている。
狛犬は異国風の大きな目が特徴的

樂樂福神社

拝殿に参る。

樂樂福神社

拝殿にも杉玉が吊られている。

樂樂福神社

賽銭箱に賽銭を投函すると、獅子舞が踊り出し、何だか楽しい気分になった。

樂樂福神社

拝殿の後ろに幣殿に続き本殿

樂樂福神社

本殿右に摂社若宮神社が建つ。御祭神は磯城縣主大目命(細媛命の父神)、欝色雄命、大矢口宿禰命、大水口宿禰命。この神々は孝霊天皇に随従され当地方の開拓に功績を残された大神という。

樂樂福神社

本殿左には末社木野山神社。御祭神は大山祇命、木花開耶姫命。

樂樂福神社

拝殿左には彰徳殿。背後に御神木がそびえる。
御祭神は地域の英霊と歴代の神官・神職を祀る。

樂樂福神社

彰徳殿には奉納品が多く飾られている。

樂樂福神社

帰りに鳥居右の社務所に寄る。あいにく宮司は不在だったが、書き置きの御朱印があった。

樂樂福神社

また近年は伯耆国のめでたい字の付く神社七社と干支に関連する鳥取県内(伯耆・因幡国)の一社を加えて開運八社巡りが行われている。スタートの神社として手拭いを購入し、参拝始めとする。

樂樂福神社
鳥取県日野郡日南町宮内1065番地

加賀金沢 石浦神社③

石浦神社

金沢市に鎮座する石浦神社。御祭神は大物主大神、大山咋大神、菊理媛大神、天照皇大神などを祀る。

石浦神社

北陸新幹線の金沢開業から境内が一番変わった神社かもしれません。

石浦神社

鳥居をくぐると右手に臨時の授与所。週末や休日以外は閉まっているようだ。

石浦神社

鳥居の左手に「HASE HOUSE」の文字?

石浦神社

中にウサギちゃんを飼っているようだ。こんな場所に大丈夫なのか

石浦神社

神社のイメージキャラクタは「きまちゃん」
今年は戌戌年ということで「きまる年」らしい。

石浦神社

境内にはビールを販売したり、

石浦神社

いなり寿司を販売する露店もあり、休日には営業しているようだ。
休日は年中お祭りということらしい。

石浦神社

拝殿に参る。

石浦神社

社務所で御朱印をいただく。判子が参拝の度に増える。またレイアウトが変わったようだ。
由緒や御朱印に付属するしおり(裏面に御祭神名)も新調された。

石浦神社

兼務社の泉野菅原神社の御朱印は以前は自分から依頼しないと書かない御朱印だったのだが、

現在は社務所に表示している。書き置きに日付入れるタイプだが、「玉泉院天満宮」とは如何に!
泉野菅原神社は玉泉院(加賀藩二代藩主前田利長公の室で、織田信長公の四女永姫)の菩提寺である玉泉寺にあった天満宮で、前田氏の祖神である菅原道真公を祀るとして、隠れて義父の織田信長公を祀っていた。「玉泉寺天満宮」ならまだしも、「玉泉院天満宮」はおかしいだろう。

石浦神社
石川県金沢市本多町3丁目1−30

髙山稲荷神社史

髙山稲荷神社史
著者:工藤伊豆
編集:神社新報企画・葦津事務所
発行:高山稲荷神社社務所
発行日:1994年9月25日
ページ数:219ページ
青森県西津軽郡に鎮座する高山稲荷神社の神社誌。神社誌といえ、古い資料はほとんど焼失してないということで、古老からの聞き取りや宮司家の歴史など、一地方の神社がたどってきた近代史は興味深い。
続きを読む 髙山稲荷神社史

神社百景DVDコレクション52 盛岡八幡宮・真山神社・赤神神社

神社百景DVDコレクション52 盛岡八幡宮・真山神社・赤神神社
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能登輪島 重蔵神社④

重蔵神社

輪島市に鎮座する重蔵神社。御祭神は天冬衣命、大国主命。

重蔵神社

境内西の入口が商店街や朝市通りに近く、こちらから参拝に訪れる方が多い。

重蔵神社

入口に御祭神の案内が新しく立っていた。

重蔵神社

今日参拝に来たのは、ゴールデンウィーク前の地元新聞に載ったノトキリシマツツジ限定御朱印をいただくため。
ノトキリシマツツジが咲く4月中旬から5月中旬まで授与するとのこと。

重蔵神社

拝殿に参って社務所に向かう。

重蔵神社

社務所前に一木で三色の花が咲くという珍しいキリシマツツジがあるということだったが、ゴールデンウィーク中の荒天によりすでに終盤だった、残念。

重蔵神社

重蔵神社には花御札というのがあり、月替わりで12カ月分ある。
5月はノトキリシマツツジが描かれ、朝市通りに面する重蔵神社産屋では12カ月すべての花御札が頒布されているが、神社では基本的にその月の花御札のみ授与される。神社で授与されたものには花の図柄の下に社号と参拝日が印字される。

重蔵神社

今日は4月の八重桜を描いた花御札もいただいた。

重蔵神社では能登地震の復興を進めていて、7月には拝殿や境内社の修復を記念した御朱印、8月には輪島大祭を記念した御朱印を授与するそうです。

重蔵神社
石川県輪島市河井町4-68

河沼神社誌

河沼神社誌
著者:心清水八幡神社宮司 戸内康雅
発行:河沼神社総代会
発行日:1977年10月25日 非売品
ページ数:262ページ
福島県神社庁河沼支部189社を掲載する神社誌。文庫本サイズの小誌ながら、各社に写真を付し、旧社格、御祭神、例祭日、本殿・拝殿の大きさ、氏子、宮司、由緒などを記載し、一般的な神社誌の体裁を要している。希少本で入手は困難だが、同地区の神社参拝には参考になる。
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若狭路の祭りと芸能 錦耕三遺稿集Ⅰ・別冊

若狭路の祭りと芸能
著者:錦耕三
発行所:岩田書院
発行日:2005年3月21日
ページ数:遺稿集Ⅰ 555ページ+別冊 155ページ
価格:18,800円+税
若狭地方に広く分布する王の舞の研究書。神社により全く異なる舞踏であるため比較研究が重要になる。
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紀伊新宮 渡御前社

渡御前社

新宮市に鎮座する渡御前社。御祭神は神武天皇。

渡御前社

熊野に訪れるときに入手した「わかやま歴史物語100」と観光パンフレットに載っていたので参拝してきた。
神社への道は細く手前から歩くことにした。

渡御前社

山ギリギリのところに参道が通っている。

渡御前社

社殿は一段高くなっている。

渡御前社

鳥居の先に本殿が建っている。

渡御前社

本殿に参る。境内は氏子により清浄に保たれている。
小さな社だが大事にされているようだ。

渡御前社

神武天皇が東征のとき、熊野から吉野に向かう途中の仮の宮(頓宮)跡と伝えられている。
観光パンフレットには熊野速玉大社摂社としているが、末社が正しいようだ。

渡御前社
和歌山県新宮市新宮

紀伊新宮 阿須賀神社②

阿須賀神社

新宮市に鎮座する阿須賀神社。御祭神は家津美御子大神、事解男命、熊野夫須美大神、熊野速玉大神を主祭神とし、黄泉道守命、建角身命を配祀する。

阿須賀神社

参拝は2回目。参道入口には鳥居と「阿須賀神社」と書かれた社号標。

阿須賀神社

参道を進み、二の鳥居をくぐると拝殿が建ち、後方に蓬莱山(飛鳥山)が見える。蓬莱山の神体山になっている。

阿須賀神社

拝殿に参る。

阿須賀神社

社務所で御朱印をいただく。前回とは墨書きが変わっている。

阿須賀神社

境内に建つ新宮市立歴史民俗資料館に入館した。当館には蓬莱山の発掘調査で見つかった遺物が展示され、信仰の古さを再確認できた。

阿須賀神社
和歌山県新宮市阿須賀1-2-25

紀伊牟婁 熊野那智大社②

熊野那智大社

那智勝浦町に鎮座する熊野那智大社。御祭神は熊野夫須美大神を主祭神とし、熊野十三神を祀る。
以前は御朱印に八咫烏の印が押されていたが、今は御縣彦社の御朱印に押されるようになったため、本社は神紋に変更になったようだ。

熊野那智大社

前回は那智の滝の方向から歩いたが、2度目の参拝は表参道を行く。

熊野那智大社

最近は平安衣装のレンタルもあるようで、歩いている人がいるとタイムスリップしたようだ。

熊野那智大社

拝殿は現在修築中で覆屋が被さっている。

熊野那智大社

昨年、御創建一千七百年を迎え本殿の特別参拝もしていた。

熊野那智大社

朱印所では目立たなく掲示されているので初め気が付かなかったが、「御創建壱千七百年」の印が入る特別御朱印をいただいていた。限定1700だが、まだ875番目だった。2000円と少し高いが、修築の寄付を兼ねていると思えば妥当かとも思う。

熊野那智大社

御縣彦社の御朱印。御祭神は建角身命(八咫烏)を祀る。

熊野那智大社

拝殿の背後、第一殿から第五殿の正南方に並ぶ第六殿の隣に鎮座する。

熊野那智大社

拝所の幕にも八咫烏が描かれる。

熊野那智大社
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1

紀伊牟婁 塩竃神社

塩竃神社

那智勝浦町に鎮座する塩竃神社。御祭神は天細女命、市杵島姫命、事代主命。

塩竃神社

境内は東向き。入口に朱色の鳥居が建つ。

塩竃神社

社前の道を北に行くと、熊野古道浦神峠まで1.5キロ

塩竃神社

境内に入ると右に社務所が建つ。

塩竃神社

社殿への階段の前に宝暦五年銘の燈籠が建ち、燈籠の周りを朱色の玉垣が囲う。

塩竃神社

階段の前に燈籠

塩竃神社

明治十年に奉納された燈籠には、「元文四年巳未重陽 浦上氏」の文字

塩竃神社

階段を上がると、2社並ぶ。

塩竃神社

左が塩竃神社。拝所に参る。

塩竃神社

右が浦上神社。かつては地名と同じ浦神社とも称したが、那賀郡海神社の論社という。

塩竃神社
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浦神320

紀伊串本 潮御崎神社

潮御崎神社

串本町に鎮座する潮御崎神社。御祭神は少彦名命を主祭神とし、金山彦命、高皇産霊神、天照大神、大国主命、猿田彦命を配祀する。三代実録に収録される三前神の論社。

潮御崎神社

参道入口に建つ社号標。

潮御崎神社

社号標の右に花山法皇と白河天皇の御製碑が建っている。
参道入口のお宅が宮司宅という情報もあったが、名字も違うようで勘違いのようだ。

潮御崎神社

ここまでたくさんの人が歩いていたが、目的は潮岬灯台。
有料だったので入場しなかったが、本州最南端の島に建つ灯台で人気がある。

潮御崎神社

灯台を迂回するように参道を進むと、一度下っていく。

潮御崎神社

下った場所に鳥居が建っている。

潮御崎神社

さらに進むと正面に階段が見えてくる。

潮御崎神社

階段の右手に古そうな階段が残っていた。
どちらも上の社殿に続いており、正面の階段ができるまではこちらが参道だったのだろう。

潮御崎神社

拝殿正面。燈籠と、従軍記念という石柱が珍しい。
拝殿入口に「潮御崎神社」の扁額がかかる。

潮御崎神社

中に入って参る。中には「潮御崎神社 少彦名命」の扁額がかかる。
賽銭箱の横の箱に書き置きの御朱印が入っていた。すべてワープロ打ちで少々味気ないが仕方がない。

潮御崎神社

拝殿には海の守り神らしく、大きな貝殻の奉納物があった。

潮御崎神社

拝殿前にマルバチシャの木
記紀に16代仁徳天皇の后磐之媛が豊楽をなさろうとして熊野岬へ御綱柏を採りにこられたとあり、この木を御綱柏と言い伝えてきたという。

潮御崎神社

拝殿の右に社務所。

潮御崎神社

社務所との間を行くと、拝殿後ろの本殿が建つ。覆いや戸の付き方が少し変わっている建物。

潮御崎神社

拝殿の左手、壁の窪みに小祠が3つ並んでいる。
中央が大己貴命(大己貴神社)、右に天照大神(大神社)、左に猿田彦命(猿田彦神社)を祀っている。

潮御崎神社

本殿の左に境内社の鎮守神社が建つ。詳細が不明だが、配祀される高皇産霊神を祀るものか。
 
潮御崎神社

階段を上がったところに潮岬の鯨山見の案内があり、観光スポットになっている。

潮御崎神社

鯨山見とは、回遊してくる鯨を見張る場所のことで、眼下に太平洋を望む。

潮御崎神社

鳥居まで戻ると右手に上る階段がある。

潮御崎神社

金山彦命を祀る金刀比羅神社が建つ。   

潮御崎神社
和歌山県東牟婁郡串本町潮岬2878

紀伊串本 潮崎本之宮神社

潮崎本之宮神社

串本町に鎮座する潮崎本之宮神社。御祭神は底筒男命、中筒男命、表筒男命を主祭神とし、事代主命、神功皇后、武内大臣を配祀する。延喜式牟婁郡海神社三座の論社になっている。

社宝として神功皇后が奉納したと伝わる「櫛筥」があるらしい。

潮崎本之宮神社

東の方から狭い路地を進んで境内に入る。境内入口に数台駐車できる。

潮崎本之宮神社

鳥居と社号標。

潮崎本之宮神社

鳥居をくぐると右手に社務所が建っている。今日は中にどなたかいるなあと思いながらまず参拝する。

潮崎本之宮神社

社務所前を進み右に折れると、社殿は南向きに鎮座している。

潮崎本之宮神社

圧倒されるのは拝殿の右手にある柏槇の御神木。樹齢は1200年以上という。
見れば境内には巨木が多い。

潮崎本之宮神社

拝所のような拝殿に参る。

潮崎本之宮神社

本殿とは拝殿から廊下(幣殿?)で続いている。

潮崎本之宮神社

境内の西、鳥居からは正面に境内社の恵比須神社が建つ。

帰りに社務所に寄る。いらしたのは宮司さんだった。情報はなかったが御朱印をお願いすると書いていただけた。

潮崎本之宮神社
和歌山県東牟婁郡串本町串本1517