
金沢市に鎮座する諏訪神社。御祭神は建御名方命、誉田別命。

今日は金沢お宮さんめぐりで参拝する。

拝殿に参る。
諏訪神社
石川県金沢市寺町5丁目2-41

金沢市に鎮座する諏訪神社。御祭神は建御名方命、誉田別命。

今日は金沢お宮さんめぐりで参拝する。

拝殿に参る。
諏訪神社
石川県金沢市寺町5丁目2-41

白山市に鎮座する白山比咩神社。

大きな重機が境内に入っていました。

拝殿・幣殿の屋根の改修工事が行われています。

宝物殿に入って、企画展示を見てきました。
森田柿園は幕末の加賀藩士で、明治に入って天領だった白山麓18ヶ村を石川県・福井県のどちらの帰属にするかにあたり、石川県側の調査を担当しました。白山比咩神社の古文書を書き写して残し、石川県や白山比咩神社の歴史に重要な足跡を残しました。
1年前の白山開山1300年展を見たときは冷房が壊れていて暑かったですが、今日は涼しかった。人もまばらだったので、ゆっくりと鑑賞しました。
白山比咩神社
石川県白山市三宮町ニ105−1

輪島市に鎮座する重蔵神社。今月の花御札をいただいてきました。7月の花は百合。

拝殿に参拝する。

境内社の子安神社の裏に「えんむすびの木」の案内ができていました。

二本の木が上の方で絡み合っている。
重蔵神社
石川県輪島市河井町4-68

穴水町に鎮座する穴水大宮。御祭神は田心姫命、湍津姫命、市杵嶋姫命、正一位稲荷大明神を主祭神とする。

近くまで来たので久しぶりに参拝する。

拝殿に参る。

夏越の大祓が終わったばかりなので、茅の輪をくぐる。今シーズン3回目

左奥の社務所(大宮会館)で御朱印をいただく。
前回は奥の平地になっている部分にも建物が建っていて、左右の建物がつながっていたのだが

帰り、拝殿前のおみくじが結んであった木に実が残っているのに気が付いた。
梅かな?

当宮は最近はパワースポットとして売り出しているらしい。

拝殿前にある「のとひめ鏡」
干支の刻石の真ん中に子沢山で安産の犬が座っている。
穴水大宮
石川県鳳珠郡穴水町字大町ホ−1

輪島市に鎮座する重蔵神社。今月の花御札をいただいてきました。6月は牡丹。

拝殿前に茅の輪がありました。今季2回目の茅の輪くぐりをします。

夏越の大祓の前に一度嵐が来そうです。

境内ではアジサイが綺麗に咲いていた。
重蔵神社
石川県輪島市河井町4-68

珠洲市に鎮座する北嶋荒御前神社。
今回は御朱印ではないけれども、社号印と墨書きは参考になるので掲載する。

今年は越前国から能登国が分立して1300年となり、「能登立国1300年のおもてなし」というチラシ(道の駅千里浜)の企画で行ってきた。

場所は道の駅すず塩田村

塩の資料館では製塩の方法などを学習できる。

資料館横で揚浜式という日本で唯一の製塩方式で塩を作っている。
作られた塩は道の駅でも販売されている。

チラシを持参すると清め塩をいただける。

珠洲市に鎮座する須須神社高座宮。御祭神は天津彦彦火瓊瓊杵尊、美穗須須見命。

能登ふるさと博の秘宝めぐりという企画で、境内にある寺家の大奉燈収蔵庫を見学させていただいた。

4基ある大奉燈は能登に無数にあるキリコの中でも最大級のもので、9月の第2週土曜日の夜に実際に使用される。
これだけ大きいと組み立てはクレーンを使用しないといけないようで、バラすよりはこうして収蔵庫に入れたほうが管理しやすいとのこと。

文字の部分が白かったが、キリコに灯りがともると黒く浮き上がるのだそうだ。実際に見てみたい気分になった。

さすがにこれだけ大きいと人が担ぐというわけにはいかず、車が付けて引く。
それでもかなり大変だろう。

キリコが8mくらいだった以前は大鳥居の前の砂浜から海に入っていたそうだ。
今は道路ができて段差ができたので、浜の方には下りられない。

そのまま案内を受けながら拝殿の方へ向かう。

社業は800年を越える貴重な原生林が残されている。
大木も多いため、最近の強風では枝折れや倒木があったようだ。

まずは拝殿に参る。

その後、もうひとつお願いしていた拝殿横の宝物殿の中も見学させていただいた。
五体の男神像は思っていたよりも大きなものであった。四体には顎髭があるが、一体はなく若々しい感じ。
また義経伝説の残る能登ならではの、源義経ゆかりの蝉折の笛、弁慶の左銘入り守刀がある。
ほかには藩政期のものと思われる古い絵図が二枚あった。山伏山の奥宮、高座宮、金分宮、そして高勝寺と神仏習合していた頃の須須神社の様子が描かれていてとても興味深かった。
最後に拝殿横で御朱印をいただいた。
今日は雨予報であったが、案内されている間はなんとか天気が崩れなかった。境内を後にするとともに降り出し、神様に歓待された気持ちになった。
須須神社高座宮
石川県珠洲市三崎町寺家4-2

七尾市に鎮座する大地主神社。御祭神は大山咋神、素盞嗚尊、伊許保止命。

能登立国1300年と神社創建1300年を記念して再建された二の鳥居。日吉大社を本社とし、山王鳥居とする。

能登国立国の旧暦5月2日である6月4日に千三百年慶賀祭が行われ、二の鳥居のくぐり初めの儀が執り行われた。

大地主神社は青柏祭が有名。鍛冶町、魚町、府中町の三台の山車が繰り出す。

境内には鍛治町の山車庫がある。丸に山の鍛治町の印が付いている。

山車庫の端には、鍛治町の氏神である鍛冶神社が祀られている。

拝殿に参る。
授与所で御朱印をいただいた。「能登國千三百年」の特別印が入る特別バージョンになっている。
大地主神社
石川県七尾市山王町1−13

金沢市に鎮座する波自加彌神社。御祭神は波自加彌神と正八幡神を祀る。
今年はショウガの印が金色になり、ショウガ色に近くなりました。

今年もはじかみ大祭に行ってきました。

今日は朝から風が強かったこともあってか、昨年よりも若干参拝者が少なく感じる。

ふるまいテントで

ショウガ味のご飯の入った寿司と、ショウガ入天かすの入ったうどんをいただいた。

奉納者の玉串奉奠が終わった後、神職らによりショウガ湯が

小皿に注がれ

ショウガ湯を飲み干して

小皿を地面に叩き割って、厄払いをする。

その後、参拝者にもショウガ湯が振る舞われた。一年の無病息災を願い、ショウガ湯を飲んできた。
今年は例年の高知産と愛知産に加えて、和歌山産のショウガが加わり、ピリリと甘辛い味でした。
波自加彌神社
石川県金沢市花園八幡町ハ165

羽咋市に鎮座する能登一の宮氣多大社。御祭神は大国主命。

雲行きが怪しい。

神門は檜皮葺の葺替工事のため覆屋の中。

拝殿の屋根は葺替されて新しい。参拝中に大雨になってしばらく拝殿前で雨の神域の雰囲気を感じていた。
氣多大社
石川県羽咋市寺家町ク1−1

金沢市に鎮座する石浦神社。御祭神は大物主大神、大山咋大神、菊理媛大神、天照皇大神などを祀る。

北陸新幹線の金沢開業から境内が一番変わった神社かもしれません。

鳥居をくぐると右手に臨時の授与所。週末や休日以外は閉まっているようだ。

鳥居の左手に「HASE HOUSE」の文字?

中にウサギちゃんを飼っているようだ。こんな場所に大丈夫なのか

神社のイメージキャラクタは「きまちゃん」
今年は戌戌年ということで「きまる年」らしい。

境内にはビールを販売したり、

いなり寿司を販売する露店もあり、休日には営業しているようだ。
休日は年中お祭りということらしい。

拝殿に参る。

社務所で御朱印をいただく。判子が参拝の度に増える。またレイアウトが変わったようだ。
由緒や御朱印に付属するしおり(裏面に御祭神名)も新調された。

兼務社の泉野菅原神社の御朱印は以前は自分から依頼しないと書かない御朱印だったのだが、
現在は社務所に表示している。書き置きに日付入れるタイプだが、「玉泉院天満宮」とは如何に!
泉野菅原神社は玉泉院(加賀藩二代藩主前田利長公の室で、織田信長公の四女永姫)の菩提寺である玉泉寺にあった天満宮で、前田氏の祖神である菅原道真公を祀るとして、隠れて義父の織田信長公を祀っていた。「玉泉寺天満宮」ならまだしも、「玉泉院天満宮」はおかしいだろう。
石浦神社
石川県金沢市本多町3丁目1−30

輪島市に鎮座する重蔵神社。御祭神は天冬衣命、大国主命。

境内西の入口が商店街や朝市通りに近く、こちらから参拝に訪れる方が多い。

入口に御祭神の案内が新しく立っていた。

今日参拝に来たのは、ゴールデンウィーク前の地元新聞に載ったノトキリシマツツジ限定御朱印をいただくため。
ノトキリシマツツジが咲く4月中旬から5月中旬まで授与するとのこと。

拝殿に参って社務所に向かう。

社務所前に一木で三色の花が咲くという珍しいキリシマツツジがあるということだったが、ゴールデンウィーク中の荒天によりすでに終盤だった、残念。

重蔵神社には花御札というのがあり、月替わりで12カ月分ある。
5月はノトキリシマツツジが描かれ、朝市通りに面する重蔵神社産屋では12カ月すべての花御札が頒布されているが、神社では基本的にその月の花御札のみ授与される。神社で授与されたものには花の図柄の下に社号と参拝日が印字される。

今日は4月の八重桜を描いた花御札もいただいた。
重蔵神社では能登地震の復興を進めていて、7月には拝殿や境内社の修復を記念した御朱印、8月には輪島大祭を記念した御朱印を授与するそうです。
重蔵神社
石川県輪島市河井町4-68

旧吉野谷村に鎮座する吉野神社。御祭神は菊理姫命、大穴牟遅尊、素盞嗚命、天児屋根命。
明治41年に同村内に鎮座していた白山神社、大国主神社、素戔嗚神社、春日社を合祀したというのでそれぞれの御祭神が列記される。
延喜式石川郡味知神社の鎮座地を付近の「ミチゴ」と呼ばれた場所にある遺跡に比定し、合祀社のいずれかが味知神社の継承社でないかと言われる。白山麓の河内村、鳥越村、吉野谷村のあたりは味知郷と呼ばれた地域で、戦国時代には山内庄と呼ばれ加賀一向一揆の屈強地域であった。

参道入口に「吉野神社」の社号標が建つ。

3月7日に来た時はまだ雪に埋もれていて参拝できなかった。

神旗ポールの先は剣形になっている。

鳥居をくぐる。

拝殿の前にはケヤキの大木が立っている。

拝殿に参る。

拝殿と本殿は弊殿でつながる。
参拝後に「ミチゴ」の場所を探っていたのだが分からなかった。調査して再訪したい。
吉野神社
石川県白山市吉野ク223

金沢市に鎮座する神田神社。御祭神は武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比咩神。延喜式加賀郡神田神社の論社。
戦前は春日社と称し、小坂神社の別宮として知られていたという。当時から小坂神社の兼務社であり、小坂神社が神田神社の論社を主張した初めは当社だと考えられる。いつの頃からか小坂神社自らが論社と主張されるようになったようだ。

西向きに社殿は鎮座する。昭和40年代の区画整理事業で周辺の環境は大きく変わっている。

社殿前に狛犬

拝殿に参る。

本殿は幣殿で拝殿とつながっている。
神田神社
石川県金沢市神宮寺1丁目7-18

旧鶴来町に鎮座する日御子神社。御祭神は彦穂穂出見命。
もと火御子社と称する白山中宮の下七社の一社であった。

社前に忠魂碑が建っている。

斜め向かいには「蔵山郷土誌発刊記念碑」が立ち、蔵山村役場が建っていた集落の中心地であった。

鳥居と「郷社 日御子神社」と書かれた社号標が建つ。

参道の途中に一対の燈籠と一対の狛犬が奉納されている。

拝殿に参る。

拝殿の左側に社務所がつながっている。

本殿と拝殿は幣殿でつながる。

境内は「日御子の森」と呼ばれた場所で、今は大木は少ないが大きな切株が残っている。
日御子神社
石川県白山市日御子町ホ98

能美市に鎮座する八幡神社。御祭神は応神天皇、神功皇后、比咩大神、菊理媛尊。
古代の豪族和気公と江沼臣春日部の先祖が集落をつくり、各々の祖神と、白山比咩神、蟹淵の神、水無谷の風の神などを祀ったのが始まりという。天平勝宝元年(749)興福寺領となる。その後八幡神を勧請し、明治40年に七社を合祀する。
合祀した社のひとつに滓谷神社があり、能美郡滓上神社の論社になっている。

矛のついた旗ポールが建ち、それよりも高く境内の杉が並ぶ。
入口に鳥居と「村社 八幡神社」と書かれた社号標。奉納された燈籠は大きい。

一の鳥居の先に二の鳥居、その先に社殿が建つ。

二の鳥居が建つ右手に

手水舎と、「村社八幡神社」と書かれた村社指定時に奉納された先代の社号標が残っている。

階段の先に拝殿

サッシに覆われた拝殿には入ることができた。
拝殿に参る。

サッシ下の隙間から鳥が一羽迷い込んでいた。出してあげようと入口をしばらく開けていたが出る様子がない。

拝殿のまわりにはまだ雪が残り、一段高い場所に本殿が建つ。

社殿の左に藩政期に肝煎だった杉本庄兵衛翁碑が建っている。
山間地で水田の少なかった村の家々を日当たりの良い山の南斜面に移し、耕地とする場所を確保するという家立ちという大事業を15年かけて成し遂げたとして、鍋谷の祖霊として祀られた。

隣に境内社が1社。

社名が分からなかったが、境内由緒にある「安政四年家立神として肝煎庄兵衛の生祠を建立する」に該当する社だろうか。随神像の土人形が古びて、信仰の長さを感じる。

奥にばんぶち石(力石)が5個集められている。

何より珍しいのは、石に「八斗石」(120kg)「九斗石」(135kg)「一石いし」(150kg)「一石二斗石」(180kg)と4個に重量が書かれている。ひとつ書かれていないのは「一石一斗石」(165kg)で、ちょうど一斗ずつ重量が増している。
八幡神社
石川県能美市鍋谷町ツ72

加賀市に鎮座する菅生石部神社。御祭神は菅生石部神。
春を呼ぶという例大祭御願神事(ごんがんしんじ)が今日を行われました。

今週の大雪がまだ道路脇にうずたかく残る中、国道も片側2車線の1車線が埋まってノロノロ運転になり、30分前にようやく到着しました。

旧暦正月のこの日に祈願をすれば願いがかなうと言われ、境内には大勢の地元や観光者で賑わっています。
鳥居前に青竹が積まれている。

始まる前に社務所で御朱印をいただきました。

社務所横で御願まんじゅうとごんがん寿司が売られていました。縁起ものであるので御願まんじゅうを買ってきました。後でわかったことですが、まんじゅうは御願神事限定の販売で、祭りが終了するまでに売り切れるほどいつも人気なんだそうです。

神門から拝殿までの参道横で火が焚かれ、藁で編まれた櫓(アズマヤと呼ばれる)が組まれている。

11時に社務所前で祭典が始まり、宮司などが拝殿へ入っていく。
しばらく待っていると、神を迎える警蹕が拝殿外まで響いてくる。

鳥居前で竹を割る音が響き始め、竹を担いだ若衆が「ワッショイ」のかけ声で盛り上げる。
先頭の2人が拝殿に駆け込むと同時に、

アズマヤに火が付けられ、続く若衆が下をくぐって神門前や社務所前で竹を割り始める。

太い竹は2回、3回と投げないと割れないことも多いが、割れたカケラが周囲に散らばり、投げた竹が飛んでくることもあり(警備の警察官や保存会の方が一生懸命止めてくれる)本当に迫力がある。

用意された竹(約300本)をすべて割り終えると、拝殿から長縄の大蛇を引きずり出す。

神門から鳥居前へ、

また社務所側の参道から境内に戻り、拝殿へ。

3回拝殿へ戻った大蛇は、4回目敷地橋へ向かう。

橋の上から大蛇は大聖寺川に投げ込まれ退治される。

流れる大聖寺川の真っ白の河川敷に報道陣がスタンバイ
というのも、今日はBS12の「日本の祭り」の取材が入り、地元MROが密着していました。MROで3月21日に放送されるということで楽しみです。

今年は寒いこともあり、大聖寺川には飛び込まないという情報も噂される中、2名の若衆が川に飛び込みました。

大蛇が退治された後、割られた青竹を持ち帰る人々。
(1)天井裏に置くと雷避けになる
(2)玄関先に置くと魔除けになる
(3)箸にすれば身体健康、病気平癒、虫歯予防になる
といろいろ言い伝えがあるようですが、地元の方は何本も持って帰る人もいました。

帰宅して御願まんじゅうをいただきます。
竹の切り口に「御願」と書かれた印を押され、加賀特産丸芋、加賀の清酒と酒粕を使った風味豊かな味わい。
表皮の黒いシミは中のあんこをはみ出ているのではなく、無病息災を願って竹炭エキス(食用)で付けた跡です。
御願神事 2月10日
11:00 祭典(境内→拝殿)
11:15 竹割開始
11:45 長縄大蛇お練り
12:00 敷地橋から大聖寺川に長縄大蛇を投げ入れ
祭典(拝殿)
菅生石部神社
石川県加賀市大聖寺敷地ル乙81

金沢市に鎮座する尾山神社。宇多須神社の節分祭のあと、尾山神社の節分祭に行ってきました。
拝殿内はすでに一杯だったので、拝殿外から見る。

祝詞奏上の後、巫女による舞

剣と槍を持った奉納舞だったが、何という舞だったのだろう。

本日豆まきに奉仕する石川ミリオンスターズの社長や監督や球団マスコット「タン坊」、そしてつば甚の代表者(協賛社?)が玉串奉奠

豆まきが始まると、一斉に立ち上がってしまったので中の様子が全く分からないように

赤鬼と青鬼も登場したのだが、鬼は豆を撒かないらしい。

今日の福豆です。こちらは市販の豆でした。
30分ほどであっさり祭事は終了しました。
尾山神社 節分祭 2月3日
16:00 祝詞奏上など神事
16:10 巫女舞
16:15 玉串奉奠
16:25 福豆まき
尾山神社
石川県金沢市尾山町11-1

金沢市に鎮座する宇多須神社。金沢の人気の観光地となっている東山茶屋街の奥にあり、当宮の節分祭は金沢で最も有名な節分祭と言える。
北陸新幹線が金沢まで開業してからは、遠方の観光客が多く詰めかけるようになったため、階段上に櫓を組んで豆まきをするようになった。

拝殿前にはチラホラと人が集まりだしていた。
昨日まで雨予報だったが、今日になり午後は曇りになり、なんとか天気が持った。

13時から神賑わい行事として、琴と三味線の演奏が始まった。

続く神賑わいとして、加賀森田流の皆様による南京玉すだれが披露された。

14時から節分祭(神事)が行われ、祝詞奏上や玉串奉奠が行われた。

最後に神事としての豆まきが拝殿内で行われた。
「鬼は外 鬼は外 福は内」を3回

その後、撒いた豆を総出で拾っていたのが大変そうだった。

14時30分過ぎに東郭の芸妓さんによる篠笛の演奏

続いて舞が披露された。最後に十数人の東郭の芸妓さん総出の舞が圧巻でした。
今日芸妓さんが着ていらした着物は正月1日から小正月15日までしか着れないものだとか。

そして15時過ぎに福豆まきが始まりました。
今年は拝殿前から階段までを2組に分け、それぞれ2、3回豆まきをし、その後階段上の櫓から2、3回撒くということに変更されました。

拝殿前の豆まきの後、櫓前に来るとすでに大勢待っていて、とても近づける様子ではなかったので芸妓さんが豆をまく様子をゆっくりと見学。

今日の福豆です。最後に全く取れなかったという親子連れに1袋分けてきた。
100+αには袋に番号が入っており、景品がもらえるのですが残念なかった。
全く豆を取れなかったという人向けに授与所に限定50袋の福豆を有料で頒布しています。

節分の今日から、授与所では「鬼門札」が頒布されていました。
当宮は金沢城の鬼門を守るために藩祖前田利家公を祀った社を前身としているという由来がある。
初めて見ましたが、1年毎に交換するのが正式なのであっという間になくなるようです。
宇多須神社 節分祭 2月3日
13:00 琴・三味線奉納演奏(拝殿)、ふるまい樽酒(境内入口)
13:40 南京玉すだれ奉納(拝殿)
14:00 節分祭神事(拝殿)
14:30 東郭芸妓さん篠笛奉納(拝殿)
14:40 東郭芸妓さん奉納踊り(拝殿)
15:00 福豆まき(拝殿、櫓上)
宇多須神社
石川県金沢市東山1丁目30−8

金沢市に鎮座する尾山神社に行ってきた。今年は初詣に行っていなかったので利家公にご挨拶。
1月は書き置きのみで御朱印帳に御朱印をいただいていなかったので、御朱印もいただいてきた。

今週は先週ほどの大雪にはならなかったが、低温が続き根雪が残っている。

拝殿前の狛犬も雪帽子を被っている。

拝殿に参る。

来年度(再来年度か?)は境内で工事が行われる。場所は裏参道を入った本殿横

ここに金沢城の玉泉院丸に渡る鼠多門橋が架かりスロープが設けられる。
尾山神社
石川県金沢市尾山町11-1

金沢市に鎮座する金沢神社。御祭神は菅原道真公、白蛇龍神。

1年ぶりの参拝ですが、今日は初天神(天神月次祭)の日です。今年一年の学業の精進を神様にお伝えに来ました。

金沢は今季最低気温を更新し零度近く、素肌だと痛いくらいです。放生池も少し凍っているように見える。

ここまで気温が下がると雪はさらさらなのだが、消雪装置の水も凍り、屋根のツララも長いですね。

寒さの影響もあって観光客も少ない。

雪景色の神社もいいですね。吹雪の間の晴れ間を狙ってきた。

拝殿に参ったあと、御朱印をいただいた。

今日参拝した目的は今年の絵馬をいただくことだった。昨年の酉年から始まった神社拝殿の天井に描かれている干支を絵馬として頒布している。戌(犬)なんだけど狼のようだな。
金沢神社
石川県金沢市兼六町1−3

金沢市に鎮座する神明宮。御祭神は天照大御神と豊受大神。
藩政期に別当等を置かずに神官が奉仕した金沢五社のひとつです。

長い間年末に翌年の干支土鈴をいただいていたので、今年も来ました。
たらよう願い?って最近当宮はおみくじ類が増えましたね。

今年の無事を感謝して参拝します。

拝殿前には花みくじ願いが華やかに飾られている。

御朱印をいただく間、授与品を見たり境内をめぐっていると、授与所前に「願かけねがい石」
こんなのもあったのか。何度も来ていても気づかないものも多い。

干支土鈴は昨年(酉)は気に入った色がなかったので、久保市乙剣宮でいただくことになったのだが、今年はその購入していたバージョンが置いてなかった。
そこで、今年も久保市さんに参拝していただくことにした。今年は金沢らしく金色バージョンが初めて登場した。
愛らしいのでそれをいただいてきた。来年からは定番になるのか?
神明宮
金沢市野町2-1-8

旧松任市に鎮座する守郷白山神社。御祭神は菊理媛命。

玉垣に囲まれた境内の入口に鳥居と横に社号標が建つ。

拝殿に参る。

当宮は拝殿に注目が集まる。

というのも、当宮拝殿は白山寺(現在の白山比咩神社)の本地堂を明治2年に移築したものであり、

境内に建つ社記にも本地堂移築の件を含めた由緒が記載されている。

拝殿内には一緒に移された「白山本地堂」の扁額も架かっている。

拝殿を横から見ると、本来の本地堂の正面(または裏)となり、確かに雰囲気が伝わる。

拝殿と右の社務所の間には御神木の大きな木(イチョウか?)が立っている。

その手前には「木津の大松跡地」と碑が建ち、大松があったようだ。
ちなみに地名の「木津」は「こうづ」と読む。

周囲は住宅地で見えづらいが、冠雪した白山が見え、白山の遙拝所としても良い場所であったのだろう。
守郷白山神社
白山市木津町100

旧松任市に鎮座する八幡神社。御祭神は大鞆和気命、菅原大神。
椋部郷の総社と伝えられ、式内社の神田神社とする説もある。

集落の奥、海岸近くに境内がある。

社前に川が流れ、海まで砂丘が広がる中を道路が横切っている。

社前に変わった形の井戸かと思ったら、地下式の手水だった。
水はすでに枯れているが、砂が飛ぶので地下式にしたのだろうか

鳥居の横に社号標。鳥居をくぐり境内に入る。

振り返ると、一段高い境内からは集落の向こうに冠雪した白山が見える。

拝殿に参る。中に入ろうとしたが、サッシは閉じていたので前で参る。

本殿は拝殿、幣殿とつながる覆屋の中。
拝殿内には県内で4点確認されている石山軍記絵馬があるはずのだが、当宮のものは一番新しい明治9年の奉納。

社殿左手に末社稲荷社が海を背にして建っている。
倉部八幡神社
白山市倉部町1

旧松任市に鎮座する大松神社。御祭神は品陀和気命、天照大神、蛭児命、菅原大神、事代主命。
文徳実録に記される治田若御子神(式外社)と伝えられるが不詳とされる。俗に八田社と呼ばれ八幡神社と称していたといい、八田(はった)という地名が治田と結びつけられたようだ。

境内の先に一の鳥居が建つ。参道に対しては少し斜めだが、鳥居前の広場に向いているようだ。

鳥居をくぐり家々の間の参道を進むと社名標が2本建っている。前のは明治、後のは昭和の皇紀二千六百年記念のときの建立。後の揮毫は陸軍大将で総理大臣となった林銑十郎氏によるもの。
大松神社への改称は八幡神社の境内地に大松がそびえていたからという。
現在も大きな松が立っている。

参道沿いには灯籠など多くの奉納物が建っている。

中にひとつ気になるものが。
「日露戦役記念」とあるが、台の上に飾られているのは何か?

正面を向いていないのでわかりにくいが、どうやら象のようだ。
よく見ると背中が平らになっていて、前は何か上に乗っていたのか?確かに象だけだとバランスが悪い。
戦役記念ということは先年問題とされた砲弾が飾られていたのかも

拝殿に参る。

本殿は拝殿、幣殿とつながる覆屋の中

境内から東に目をやると冠雪した白山や奥の山々がきれいに見えた。
大松神社
白山市八田町290

金沢市に鎮座する子安神社。御祭神は豊玉姫神、武御名方神、誉田別神。
延暦年間の創建と伝えられ、藩政期には三代前田利常公以降、前田家に出産のある時は歴代祈願したといい、産土の八州原の藁を産後に用いるのを例とした。子安の藁が転じて「安藁」となり安原の地名の由来となっている。
明治40年に諏訪社と八幡社を合祀したということで、元の主祭神は豊玉姫神となる。

境内の背後には畑が広がり、前には工場や会社が建ち並ぶ。

玉垣に囲まれた境内入口には鳥居の前に神橋の手すりが奉納されている。他の奉納物をみてもとても信心深い氏子が多いようだ。

鳥居をくぐり、右手に日露戦争から大東亜戦争までの出征記念碑だろうか

左手には力石が並んでいる。

拝殿に参る。

社殿の左に末社の稲荷社が建っている。

本殿は拝殿、弊殿とつながる覆屋の中。
子安神社
金沢市下安原町東467

金沢市に鎮座する須々幾神社。御祭神は味耜高彦根神、伊弉諾神、伊弉册神、蛭児神。
天正15年に小濱神社の境内社であった多賀神社を遷座し、明治元年に多賀神社相殿の蛭児神を分祀して比留児神社を創建、三社あったものを大正14年に合祀した。

神社は住宅街の中にあり、境内をぐるりと囲んでいるため参道は境内以外にはない。

鳥居をくぐり拝殿に参る。

拝殿にかかる社号扁額は司法大臣小川平吉氏の書とあるが、当宮との関係を見いだせなかった。

当宮は養老2年当地に魚取部がおかれ、味耜高彦根神を開墾、農業の神として祀って治田の宮と称したと伝えられ、文徳実録に記載されている治田若御子神(式外社)とされている。やはり地名の「八田」(はった)を治田が由来としているようだ。
魚取部が置かれたところに由来するのか、拝殿には大正期に奉納された金沢市魚市場の扁額がかかる。

拝殿の右には五重の石塔

本殿は覆屋の中になるが、左にかつて庭園が作られていたようだ。

由緒書は編年形式で変わっている。
須々幾神社
金沢市八田町丁57甲

金沢市に鎮座する土清水八幡神社。御祭神は応神天皇。

万治元年8月に五代前田綱紀公が塩硝調合所を土清水村に移してより、初代利家公から三代利常公までを合わせ祀ったと言われ、明治初めに尾山神社に合祀されるまで祀っていた。
といえ、当宮は小立野台地の北の端に建っており、塩硝調合所があった南の台地下とは距離がある。

鳥居の横に大木があり、イチョウだろうか。周辺は住宅地になっているため整備されているが、かつてはもっと森が深かったのだろう。

拝殿に参る。

社殿は拝殿と本殿が一体となっている。
土清水八幡神社
金沢市土清水町6-80

小松市に鎮座する岩上神社。御祭神は大日霊貴尊、天児屋根命、八千矛神。

岩上村は古来岩神村とも呼ばれ、岩神を祀ってきたという

鳥居をくぐり拝殿に参る。

小振りが社殿だが、当宮の古さは後方の山に聳える巨木が物語る。

神社の後方に岩神さまと崇められた大岩がそびえる。巨石の上に乗る岩が烏帽子に見えることから烏帽子岩と呼ばれる御神体だ。

社号や村名もこの岩神さまに由来するものだが、一説では白山信仰に関係する岩神社とも伝えられる。
岩上神社
小松市岩上町ロ158

白山開山1300年で今年は何度も訪れた白山市に鎮座する白山比咩神社。今年最後の祈願に行ってきました。

冷たい雨の降る中、晩秋の紅葉ももうしばらくでしょう。

今月は七五三で神社が賑わう一月です。

境内には七五三に合わせた案内が多く設置されていた。

ポケットモンスター?

ドラゴンボール

ハローキティ

アンパンマン
とどれも子供が喜びそうですね。

平日の雨降る境内は人もまばら。今年一年を感謝し御朱印をいただいて神社を後にします。

今日の参拝は門前の白山市観光連盟事務局で来年3月の白山検定の申込みが始まったことに合わせたものでした。
この白山検定も白山開山1300年を記念したもので、今回1回限りとなるのか、来年度以降も続くのかはまだ決まっていないそうですが、合格できるように頑張ります。
白山比咩神社
石川県白山市三宮町ニ105−1