
編集:長岡市史編集委員会中世史部会
発行:長岡市
発行日:1990年1月30日
ページ数:205ページ
価格:1,500円
「本書は、新潟県総務部県史編さん室所蔵の「新潟県神社寺院仏堂明細帳」のうち、現長岡市域に関係する神社の部分を収録した。」
御祭神、由緒、社殿間数、境内坪数などを記載しているが、由緒が不詳のものが多いような気がする。新潟県は神社誌を発行していないので長岡市内については参考になる。
続きを読む 長岡のお宮 明治16年神社明細帳 長岡市史双書No.9

編集:長岡市史編集委員会中世史部会
発行:長岡市
発行日:1990年1月30日
ページ数:205ページ
価格:1,500円
「本書は、新潟県総務部県史編さん室所蔵の「新潟県神社寺院仏堂明細帳」のうち、現長岡市域に関係する神社の部分を収録した。」
御祭神、由緒、社殿間数、境内坪数などを記載しているが、由緒が不詳のものが多いような気がする。新潟県は神社誌を発行していないので長岡市内については参考になる。
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発行者:伊米神社社史編集委員会
発行日:1990年8月21日(非売品)
ページ数:68ページ
小千谷市に鎮座する伊米神社の社史小冊子。周辺の歴史とともに神社があったことがよくわかる。
続きを読む 伊米神社社史

編集発行:彌彦神社社務所
撮影印刷:株式会社大塚巧藝社
ページ数:24ページ
越後国一宮の彌彦神社の案内パンフレット。発行日がはっきり記載がないが、内容からすると昭和60年代の製作か?

今日は天気も良かったので、氷見市の藤で有名な神社を巡ってきました。
まずは磯部神社。朝10時半、地元ナンバーの車が何台も続々とやってきます。

鳥居の向こうに、紫の藤の花が見えてきました。

この時間は東側がきれいに見えます。麓の人と比べるとその大きさがわかりますね。
他の観光客も大きさに驚いていました。

近くから見ると薄い紫の花です。今年は雪も少なく例年より速く咲いたようです。
氷見ではこちらのほうが今は有名なのかもしれませんね。

続いて、田子浦藤波神社へ。
先日も一度見に来ましたが、その時も鳥居に掛かっている部分は花が少なかったですが、老木で東向きで日当たりも悪いので、この場所にはほとんど咲かないようです。

上を見上げると、上の方では満開のようでした。白に少し紫が入る花が咲いていました。

田子浦藤波神社は、万葉集に詠まれた「田子の白藤」の地です。
もとは白藤だったようで、藤棚では若い白藤が満開でした。

こちらも例年より速く咲いたようですね。
磯部神社
富山県氷見市磯辺1045
田子浦藤波神社
富山県氷見市下田子1429

敦賀市の野坂神社。御祭神は大山祇命、天津彦火瓊瓊杵尊、木花開耶姫命。
延喜式内社の野坂神社の比定社であるが、織田神社の論社のひとつにもなっている。織田神社については、合祀された織田神社が対象のもののようだ。

今日は例祭日だったようだが、そのような様子は感じられなかった。

社殿は東向き、夕方の参拝はやはりまぶしい。

鳥居と社殿の間に楼門がひとつ。ただ本殿が覆いに入れられているので、拝殿なのか。

太鼓が吊り下げられている。

本殿は戸を開けて参拝できた。

古い本殿のようだ。参拝して中を回る。

左側に水速女命(左)と皇大神宮。

左奥に金比羅大神。

右側に稲荷大神(右)と豊受大神。

右奥に天満宮。

本殿にはカラフルな狛犬が奉納されている。

境内には池に1社。おそらくは厳島神社か宗像神社か?

石垣のみの境内社跡。かつて神明神社があったようなのでこれか?

境内の隣に公民館があり、背後の南方に野坂岳が見える。野坂神社はかつて野坂岳に対する山岳信仰の社だったようだ。
野坂神社
福井県敦賀市野坂30-7

敦賀市の高岡神社。主祭神は菅原道真公。敦賀郡の延喜式内社の論社のひとつ。
周辺は住宅地のほかは田んぼが広がる。

社殿は東向きで、夕方の参拝にはまぶしかった。

昨日例祭日だったようで、ちょうど旗が立てられていた。

鳥居をくぐり参道を進む。

社殿に入ると本殿があった。建物は本殿の覆いのようだ。

本殿にかかる扁額は「天満宮」

境内の鳥居横には「申タ彦(猿田彦)」や「庚申」の塔が並んでいる。
高岡神社
福井県敦賀市砂流26-9

敦賀市の久豆彌神社と信露貴彦神社の例大祭を見てきました。ともに沓見に鎮座する久豆彌神社を女宮、信露貴彦神社を男宮とみなし豊作を祈願して、王の舞などが奉納される。若狭地方には現在でも王の舞が数多く残り、その起源は京都にあるというが、各神社ごとに特徴があるという。ただ、実際の舞は見たことがなく初めて見た。
駐車場は沓見小学校のグラウンドが準備されており見学も容易だが、GW中の晴天の日だったのに見物人は少なかった。その分地元の祭りの雰囲気を十二分に味わえる。
出発には少し間に合わなかった。ちょうど女宮の行列が久豆彌神社に到着するところだった。

行列はまず本殿に参拝する。

そこからしばらく空き時間があり、男宮の行列が久豆彌神社に到着する。

男宮の行列が本殿に参拝後に、下の拝殿で芸能奉納となる。
最初は男宮の王の舞。王の舞は1人で行う舞であるが、もっと勇ましいものを想像していたが、動作はゆっくりとしたもので、猿田彦が神と語り合うような部分も見られた。

続けて女宮の王の舞。帽子が女性らしい。
沓見では王の舞は子供が舞うことになっているようだ。

男宮の獅子舞。

女宮の獅子舞。
獅子は邪気を喰うように拝殿を動き回り、最後に大人しくなる(力尽きている?)。

両宮で田植え歌を唄う。

男宮、女宮の順にエブリ差し。田を耕す様子を奉納。

男宮、女宮の順に苗うち。杉の枝を稲藁に見立てて田植えの様子を奉納。

神饌のお下がりで直会。

久豆彌神社を出発し、地区をまわって信露貴彦神社に向かう。

出発する行列を宮司が見送る。

行列は「来年もトーヤ、再来年もトーヤ」と豊作を祈願しながら進む。

信露貴彦神社の少し手前で宮司が行列を迎え、

行列に入って神社に入る。

女宮の行列が本殿に参拝する。

この後、女宮のみ王の舞などを奉納するが、私はここで帰った。
久豆彌神社・信露貴彦神社 例大祭・王の舞
5月5日日程
12:00 男宮の行列が当屋(御旅所である沓見公民館)を出発し、男宮の拝殿で芸能奉納
12:30 女宮の行列が当屋を出発し、女宮に向かう
14:00 男宮の行列が女宮に到着し、両宮の芸能奉納
15:30 両宮の行列が女宮を出発し、男宮に向かう
16:00 男宮で女宮の芸能奉納
17:00 両宮の行列が男宮を出発し、馬場で御幣を合わせ祭りを終える。このとき、村人は御幣紙を奪い取り、家に持ち帰る

敦賀市の信露貴彦神社。敦賀郡延喜式内社の比定社。御祭神は迩迩藝命、日本武尊。
祭り当日ということもあり、御朱印については確認していない。

本日5月5日に久豆彌神社とともに例大祭が行われるため、旗が立っている。

旗の下に重しのさるぼぼがついているが、よく見ると珍しく顔が描いてある。

鳥居をくぐって進む。

下に例大祭で本日、王の舞などが奉納される拝殿。階段を上って本殿がある。

本殿は覆いがかけられ、

今日は神饌が供えられ、扉が開いている。

本殿のまわりに境内社が複数あり、こちらは山神社。

その横に金刀比良神社。

反対側に神明社。

御神木の下に猿田彦神社の石祠。

神仏習合の名残でろうそくを立てる燈明舎がある。
信露貴彦神社
福井県敦賀市沓見12-12

敦賀市の久豆彌神社(くつみじんじゃ)。地名の沓見と同じ「くつみ」と読みます。
御祭神は木花咲耶姫命、瓊瓊杵命、大山祇命。敦賀郡の延喜式内社の比定社。
例大祭当日のため御朱印については未調査。

社号標から鳥居まで距離があるが、ここが神域と村の境で、祭りでもこの場所が重要な意味を持つようであった。

例大祭当日ということで旗が立てられていた。

鳥居の両脇に天然記念物の大杉が立っている。

鳥居をくぐると例大祭で王の舞などが奉納される拝殿。階段を上ると本殿となる。

本殿は覆いがかかっている。

今日は例大祭のため扉が開かれている。

本殿の周りに境内社、右側に神明社と十禅寺社。

反対側に常宮神社。

後方に猿田彦神社の石祠。

信露貴彦神社と同じ燈明舎のように見えたが、これが宝殿神社か。

下の拝殿と同じ境内に松岡社がある。
久豆彌神社
福井県敦賀市沓見75-8

福井県と京都府の県境にある頭巾山、その頂上に権現神社が鎮座している。延喜式内社の遠敷郡許波伎神社の論社のひとつ。
御祭神や由緒は不明。現在の住所は京都府となっている。

今回は上りやすい福井県側から登る。名田庄の集落を次々と過ぎて奥に進むと途中に野鹿の滝がある。このあたりまで来ると川も急流になってくる。

頭巾山の登山口まで来る。

家族向けと聞いていたが、意外なほど急登が続く。

1時間ほどでようやく山頂に到着する。

山頂は広くない。南向きに社殿と前に手水石がある。付近に倒壊した灯籠や小屋も見えるが、社殿前に石が積んである。ちょうど登山口あたりに広く分布していた石のようだが、登拝するために持ってきたものだろうか。

GW前に登山道の清掃をしながら登山が行われるので、ちょうどこの時期が登りやすい。

社殿裏に頭巾山の三角点がある。頭巾山870mの山頂のしるし。

山頂からは山々の向こうに日本海も見渡せる。

実は頭巾山は自生のシャクナゲの群生地でもある。ことしはGW前に強風が吹いたり、雪が少なく花の時期が早かったためか、登山道沿いのシャクナゲは終わっていた。帰り道、日当たりの悪い北側斜面にようやく見つけた。
権現神社
京都府北桑田郡美山町山森

強風の1日でしたが、晴れましたので射水市の下村加茂神社の加茂祭を見てきました。
富山県内で流鏑馬が行われる唯一の神社です。
1時間前に到着すると、すでに多くの人だかりでしたが、授与所前が日当たりが良く、まだ場所が空いていたのでそこに陣取りました。

「走馬」
神馬の足慣らしといったところでしょうか。境内では走りません。どうやら鳥居を出てから県道を走るようです。

かなり空き時間があり、ようやく猿田彦の先導で、獅子舞が拝殿に入り、

馬が続く。

「神幸式」
拝殿で神事が行われた後、御旅所に神様のやどった御幣の玉が渡御されます。

「神馬式」
口取りが手に矢を持ち、巡路を駆ける。

御旅所着御の後、「牛乗式」が始まる。
牛は止まると座り込むので、何度も乗り直して時間もかかる。

「神楽の儀」
御旅所の前で獅子舞が奉納され、

「還御」
神様は本殿に還っていく。

拝殿では例祭式が執り行われるのでまた待つ。
「久遍式」
拝殿前で馬は止まった状態で弓矢を射る。

「流鏑馬式」
クライマックスに3頭が3往復します。拝殿前から鳥居をくぐるとき(往路)に、鳥居横に移動した的に弓矢を射る。
弓矢は本物ではなく、祭礼用の竹に紙の羽が付いたものなので、的に刺さるということはありません。射る方も大変そうでした。
大変珍しい神事が続くので一見の価値はありますよ。
下村加茂神社 加茂祭 5月4日
走馬 14:00~
神幸式 15:00~
神馬式 15:20~
御旅所着御 15:30~
牛乗式 15:30~(※このあたりから30分遅れ)
御旅所神楽の儀(獅子舞奉納) 15:50~
還御 15:55~
例祭式 16:05~
久遍式 16:25~
流鏑馬式 16:50~

発行所:皇學館大學神道研究所
発行日:1990年2月25日(非売品)
ページ数:128ページ
明治末期に行われた合祀の実態を知りたいと思っていたが、ちょうど全国的に神社整理の概観を書いてあると思われる本を見つけたので購入した。神社整理が全国的にいつ始まり、各府県でどのような基準で行われたのか、どの県の減数が大きかったかなど基本的な情報は得られた。
続きを読む 皇學館大學神道研究所紀要 第六輯

朝日町に鎮座する鹿嶋神社。御祭神は健甕槌命。

前回の参拝ではご不在だった社務所に宮司がいらしたので、御朱印をいただきました。

何度見ても立派な彫刻です。

次回は本殿への参拝と宮崎城跡を攻城しましょう。
鹿嶋神社
富山県下新川郡朝日町宮崎1484

糸魚川の奴奈川神社。主祭神は奴奈川比売命、配祀として大日霊尊、八千矛命。
延喜式内社の奴奈川神社の論社のひとつ。

社殿は南向き。

境内は広く、公園となっている部分もある。

拝殿に詣る。

弊殿を通って本殿が見える。

拝殿の西側に複数の石祠が並ぶ。

本殿裏にも石碑が並び、合祀殿風もある。本殿裏の東西に石が立っている。

本殿東側にも石祠がある。

注連縄を掛けられた神域に大きい石がある。かつての磐座なのか。

境内社として天満宮が鎮座する。
奴奈川神社
新潟県糸魚川市田伏569

糸魚川の大神社。御祭神は高皇産靈尊、大己貴命、少彦名命。延喜式内社の大神社の論社のひとつ。
室町時代作といわれる男神・女神坐像一対が伝わり、管相公(男神)と吉祥女(女神)の御神像といわれ、菅原道真公、吉祥女が配祀されている。

小山に神社は鎮座する。

階段を上る。

階段の途中に3つの石祠が祀られている。

階段を上がると社務所兼自宅があるが、留守だったので御朱印の有無は不明。

さらに進むと神社正面の鳥居をくぐって境内に入る。

拝殿に詣る。

社務所に近い鳥居は上部が直線ではなく、少し反り上がっている。
大神社
新潟県糸魚川市平1345

糸魚川能生の白山神社。御祭神は奴奈川姫命、伊佐奈岐命、大己貴命。
古代奴奈川族の首長、奴奈川姫を祀って産土神としたのが始まりといわれており、かつては権現岳にあったという。
延喜式内社の奴奈川神社の論社のひとつで、白山信仰の布教拠点として神仏習合した際に白山権現と改称された。
平安後期の木像聖観音立像が伝わり、越後三十三観音霊場を始めるにあたり、まずは白山神社に詣ることがしきたりだったということで、書き置きの御朱印は「聖観音菩薩」となっている。宮司が常駐しておらず、総代さんがこれだと言われていましたが、神社名の墨書きも本務社のほうではしているようです。

鳥居をくぐり、階段を上ります。

境内に入ると左手に社務所、奥に檜皮葺の拝殿が建つ。

拝殿右手に御旅所がある。拝殿後方の山が尾山で、旧社殿は山中にあった。

拝殿に詣る。

後方の本殿は国重量文化財。

本殿横には神仏習合時代の石祠が複数ある。

境内には旧講堂だった建物が、境内社の秋葉神社となっている。
能生白山神社
新潟県糸魚川市大字能生7238

糸魚川の藤崎神社。御祭神は大己貴命、天照皇大神、豊受大神、品陀別命。合祀なのでもとの主祭神は不明。
江戸時代に「大社神社」と称し、頸城郡の延喜式内社の大神社の論社であるが大社という名称からと思われる。地元では式内社とは称していないようだ。

田と畑の広がる丘陵の中に鎮座する。

田んぼの先に日本海が広がる。

短い階段を上り、畑の横の参道を進む。

鳥居をくぐると、参道は急角度にUターンして拝殿に至る。
参道が付け替えられたのか、社殿の向きが変わったのか、ちょっと不可思議な位置関係です。

杜に囲まれた社殿は昼間でも薄暗く、小さな虫も飛んでいるのでお詣りして早々に帰ります。
藤崎神社
新潟県糸魚川市藤崎2124

糸魚川の水嶋磯部神社。御祭神は健御名方命、天照皇大神、豊受大神、奇日方命、船玉神。
江戸時代は諏訪大明神と呼ばれていたそうで、健御名方命が主祭神というところか。

神社は高台に東向きに建っている。

頸城郡の延喜式内社の論社。

拝殿に入る。この辺りの記名奉納額は写真入りで、たくさん並んでいた。

本殿後ろには彫刻入り板塀が左右に3枚ずつ奉納されていた。

境内からは眼下に筒石漁港が見える。海岸沿いに国道8号線が通り、神社のある台地まで一気に標高が上がる。

海に向けて境内社が建っている。

中の石祠の横に恵比寿らしい像があるので、事代主命か蛭子命か。

神社の背後には南向きに観音堂が建っている。神仏習合の名残なんだろう。
水嶋磯部神社
新潟県糸魚川市筒石463

上越市名立の江野神社。旧県社で延喜式内社の論社。
御祭神は、建御名方命、事代主命、大己貴命、素佐能男命、稻田比賣命、屋主忍男武雄心命、影姫命、武内宿禰命と多いが、明治の神社整理による合祀の影響のようだ。
(御朱印はあったようだが、あらかじめ連絡が必要なようだ。)

入口の社号石碑があり、後方の小山に鎮座する。

一端西に上って、鳥居をくぐり東から南へ折れて社殿に至る。

社務所前に手水舎、その横に境内社として稲荷社がある。

拝殿は銅板葺きで新しく感じたのだが、後で調べてみると数年前までは茅葺きだったようだ。

彫刻は珍しいもの。布袋と恵比寿だろうか。

木鼻の彫刻は鯛と海老で、こちらも珍しいが日本海が近いので豊漁祈願の意味があるようだ。

拝殿の中で詣る。

入口鳥居の参道とは反対方角にも境内社が建っている。
鳥居前には「琴平神社」の石碑があるが、社殿に入ると「秋葉神社」の扁額がかかっていた。

とすると、山の斜面にあるこの石祠が琴平神社なのか?
江野神社
新潟県上越市名立区名立大町字明神山1335

上越市名立の山中に鎮座する圓田神社。御祭神は道臣命、大己貴命、少彦名命。
頸城郡の延喜式内社の論社。

日本海沿いの8号線から南に5キロ、どんどん山の中に入っていくが、集落に入ってまた山を上る。
上りの途中に正面参道の階段があるが、車を停める場所もないので、もう少し上って背後に回る。

社殿は高い木々に囲まれていて麓からは全く見えない。

鳥居をくぐって境内に拝殿が建つ。平坦地はそれほど広くはない。

拝殿は開いたので、中で詣る。

壁には全国各地の絵馬がかかっていた。地元の方が奉納したものでしょうか。

境内には石祠が1社あったが詳細は不明。

大木は御神木の役割と同時に、社殿を守っているようだ。

南方には雪をかぶった、たぶん火打岳と新潟焼山が見える。
圓田神社
新潟県上越市名立区丸田字宮ノ下476

上越市の8号線沿いに鎮座する阿比多神社。御祭神は少彦名命、相殿に菅原道真公。
頸城郡延喜式内社の論社で、古くは高志山に鎮座していたという。順徳上皇が佐渡に流罪となったとき、越の長浜は名所であるとして参拝されたと伝わる。その時、北野天神の御神像を当社に納められて以来、菅公を合祀することになった。
長浜天神と称された祭神は少彦名命であったが、天満宮と混同されたという説もある。

8号線沿いに鳥居が建つ。

参道は線路をまたぐ。8号線は交通量が多いので車はこちら側に止めたほうが無難です。

小さな川沿いの道を進んで橋を渡る。

鳥居をくぐると階段を上って社殿に向かう。

社殿に詣る。

拝殿は細かい彫刻があり、正面の龍だけでなく、外壁に鶏、鶴、梅や波が彫られている。

社殿北に境内が並んでいる。山中にあってもきれいにされていた。
[2024/5/24追記]

御朱印ができたということで再拝してきました。

線路をまたぎ参道入口に「谷浜鉄見デッキ」ができていました。後でお聞きしたところによると、御朱印とともに谷浜の名所にと建築したそうです。

この辺りは鉄道がまっすぐに通過するので、デッキの上からいい写真が撮れそうです。

階段を上り拝殿に参る。

前回もそうでしたがきれいに草刈りがされた清浄な境内です。宮司の常駐していない社なので氏子の方々が清掃しているのでしょうけど、最近は少なくなりました。清浄な空気に心も落ち着きます。

令和3年1月から頒布が始まったことを伝える記事が拝殿に貼ってありました。
横に御朱印を頒布しているいそや旅館、坪田旅館、彦治ヱ門の3ヶ所の旅館の地図があります。

坪田旅館で御朱印と阿比多神社の説明書きを何枚もいただきました。
阿比多神社
新潟県上越市長浜904

高田市街に鎮座する直江八幡宮。御祭神は誉田別命、息長帶姫命、玉依姫命。
元は直江津福島に鎮座していたといい、延喜式内社の江野神社の論社となっている。
御朱印は授与していないということだった。

南向きの境内。

印象的な朱色の鳥居をくぐる。

鳥居をくぐってすぐ右手の杉?の木は途中で折れているが、横から見ると元は夫婦杉だったようだ。

拝殿に詣る。

拝殿内には複数の額が掲げられていた。八幡宮額の手前には和算額、奥の本殿手前には「江野神社」の揮毫額が掲げられている。

拝殿前には桶を重ねたものも。水の信仰もあるようだ。

境内には石祠が複数ある。詳細がよくわからないものも多いが、稲荷社が多いようだ。

反対側にも稲荷社。

入口鳥居脇からももうひとつ鳥居をくぐり、稲荷神社が建つ。

拝殿横に庚申堂が連なる。

その横に小ぶりの建物。社務所で尋ねると舞殿ということであった。
直江八幡宮
新潟県上越市東本町4-21

妙高市の斐太神社。御祭神は八千矛神が主祭神、積羽八重事代主神と建御名方命をが相殿に祀られる。八千矛神は大国主命、積羽八重事代主神は事代主命とされている。戦国時代は後方の山上に築かれた鮫ヶ尾城の鬼門鎮守として上杉氏の篤い庇護を受けたという。

旧社格は郷社で、頸城郡の延喜式内社とされる古社でもある。

鳥居をくぐり参道を進むと、杉が両脇に林立する階段を上る。

風格のある拝殿に詣る。

地域の大社だけあって、拝殿には新潟県知事の揮毫額が複数掲げられている。

境内社は階段を上ったところすぐに稲荷社。

拝殿左方に雁田神社と石祠が見える。

雁田神社の御祭神は奉納額からも伊弉諾尊、伊弉冉尊とわかる。

子宝・安産祈願の社のようで、奉納物もそれらしいものがある。

石祠は調べると八幡社のようだが、3つあるので後方の祠はまた違うものかもしれない。

参道脇の社務所兼自宅で御朱印のことを伺いましたが、書く人が不在ということで今日は縁がありませんでした。
斐太神社
新潟県妙高市宮内字屋敷連241

発行:大日本神祇会山形縣支部
発行日:1943年1月25日
ページ数:407ページ
山形県の神社明細表を基本として、県下の神社を収録した神社誌。祭神、由緒、例祭日などの項目立て。無格社については一覧形式で祭神と由緒を掲載する。
続きを読む 山形縣神社誌

編集発行人:阿伎留神社社務所
発行日:1961年7月30日(非売品)
ページ数:12ページ
東京西多摩郡の延喜式内社である阿伎留神社の小冊子。社務所の完成記念として発行されたようです。
続きを読む 阿伎留神社誌

編者:松岡利夫
発行所:山口大学文理学部国史研究室
発行日:1963年1月30日
ページ数:25ページ
正月から年末まで県内で行われる祭祀を、月日、祭礼名、旧社格(宗教)、神社(寺院)名、所在地、祭儀の概要の6項目で列挙する。県内の祭祀が一覧となっているのは参考になる。

発行者:水堂須佐男神社震災復興実行委員会
発行日:1999年7月18日
ページ数:171ページ
阪神大震災で倒壊した尼崎市にある須佐男神社の宮司であり作家でもある著者が、復興までの道のりを記録し、資料的価値を高めている。神社が地域の人の力に支えられているとあらためて感じる1冊。
続きを読む 須佐男神社震災復興記念誌 被災から復興までの四年間の記録 1995-1999

編集:埼玉県神社庁神社調査団
発行:埼玉県神社庁
発行日:1999年3月19日(非売品)
ページ数:74ページ+神社索引41ページ
埼玉県神社誌「埼玉の神社」の刊行を記念した冊子で、神社誌が完成するまでの長い道のりと数々の苦労がよくわかる。あれほどの大著なので編集の苦労は言わずもがなと考えるが、今しかないという志を持って編集されたことに気持ちがいっぱいになります。
続きを読む 「埼玉の神社」刊行事業報告書 附 神社索引

編集兼発行:神社本庁
発行日:1995年3月31日(非売品)
ページ数:688ページ
「本書は、戦後における神宮式年遷宮の研究・講演・記録などの主要なものを集成するため、その内容を歴史・祭儀・神宝・奉賛および資料の七篇に分け、それぞれの領域を代表する関係論文や記録・資料を収載した。また、遷宮の流れに理解を促すた為、巻末に関係諸表を付した。」
続きを読む 第六十一回神宮式年遷宮記念 遷宮論集

発行:国立歴史民俗博物館
発行日:2006年3月31日
ページ数:459ページ
「本書は、信濃教育会東筑摩部会が昭和19年から翌20年にかけて作成した長野県東筑摩郡「神社誌」のうち、現在所在が確認された69冊の「神社誌」を翻刻し、作成当時の町村単位で収録した。」
「東筑摩郡誌別篇」氏神篇の刊行を目的とする氏神篇編纂事業は、昭和18年7月9日に東筑摩郡本郷村本郷国民学校における氏神信仰調査に関する柳田国男氏の講演を受けて本格的に始まったもので、戦時下に実施された調査として、戦争と神社の記録として翻刻されたものです。氏神篇編纂事業は頓挫し未完となったようで、県単位の神社誌が発刊されていない長野県においても貴重な書となっている。
続きを読む 基幹研究「戦争体験の記録と語りに関する資料論的研究」翻刻資料集2 長野県東筑摩郡「神社誌」