
金沢市に鎮座する安江住吉神社。御祭神は表筒男命、中筒男命、底筒男命、武甕槌命。

社殿は住宅地にあり東向き。

参道沿いに箱燈籠が並べて吊られている。

拝殿前にも提灯を吊す屋根。拝殿も幕を張る作業をしている。ちょっとお邪魔して横から参る。

境内では子供みこしや車が準備されている。

西側の裏参道。ああ2日後から秋季祭のようです。
一緒に準備していた宮司に御朱印尋ねると授与していないという返事でした。
安江住吉神社
石川県金沢市北安江2丁目15−37

金沢市に鎮座する安江住吉神社。御祭神は表筒男命、中筒男命、底筒男命、武甕槌命。

社殿は住宅地にあり東向き。

参道沿いに箱燈籠が並べて吊られている。

拝殿前にも提灯を吊す屋根。拝殿も幕を張る作業をしている。ちょっとお邪魔して横から参る。

境内では子供みこしや車が準備されている。

西側の裏参道。ああ2日後から秋季祭のようです。
一緒に準備していた宮司に御朱印尋ねると授与していないという返事でした。
安江住吉神社
石川県金沢市北安江2丁目15−37

金沢市に鎮座する淺野神社。御祭神は大山咋神を主祭神とし、天照大御神、春日四柱神、天満天神。

社殿は南向き。用水沿いに参道があり、参道入口付近に数台の駐車場がある。

鳥居と社号標

北川洗耳句碑
「水音に 火伏せ太鼓も ぬるみてん」

室生犀星句碑。第13代宮司が室生犀星に師事し、句碑を建立した。
「竹むらや やゝにしぐるる 軒ひさし」

拝殿に参る。

拝殿前には逆立ち狛犬。金沢ではよく見る。

拝殿右に疫塚。病気と災いを除くため疫豆を患部にさすり疫塚に投げ入れるという。

拝殿右に摂社若宮白山社、御祭神は菊理媛神。

厄除稲荷

参道左に摂社淺野稲荷社、御祭神は倉稲魂神。

紙製の一眼成就の白きつねがかわいい。
淺野神社
石川県金沢市浅野本町1丁目6−1

加賀市に鎮座する菅生石部神社。御祭神は菅生石部神。延喜式江沼郡の比定社で、加賀国二の宮。

社殿は南向き。

道路沿いに鳥居が立つ。

階段を上ると神門

神門をくぐり境内に入ると、右手に舞殿。7月の敷地天神講では稚児舞が舞われる。

正面の拝殿に参る。拝殿の右前には御神木が立つ。

拝殿の右を進むと白山社と事比羅社の二社殿。前には牛の像があり、昔は隣に菅原社もあったようだ。
黄色い紙垂が変わっている。夏越の祓をする敷地天神講で黄色に変わり、12月の年越の祓で白色に戻るようだ。

横には本殿を背後から見ることができる。

拝殿の左、渡り廊下の前には敷地稲荷社の社号標と鳥居

下をくぐって本殿の横に鎮座する。
境内末社は春日社、八幡社、白山社、稲荷社、事比羅社、菅原社、藤森社と7社あるというが、多くが見当たらない。

授与所で御朱印をいただく。

例大祭は2月の御願神事、竹割りまつりと呼ばれ、境内で竹を次々を割っていく勇壮さが有名。

能の「敷地物狂」の舞台であり、来月580年の時を経て公演される。

それを記念して加賀市美術館で「菅生石部神社の文化財展」を開催していたので帰りに観覧した。
菅生石部神社
石川県加賀市大聖寺敷地ル乙81

加賀市に鎮座する振橋神社。御祭神は菊理媛神、天照皇大神、大己貴神。

社殿は西向き。境内の背後に動橋川が流れる。

二の鳥居は玉垣に囲まれた境内のなかに立つ。参道は少し左に曲がる。曲がった後の参道が真西を向いているようだ。

二の鳥居の扁額は龍の彫刻が付いている。能美郡や江沼郡の神社でよく見かける。

参道の左、境内の北側は大きく開けており、奇祭ぐず焼きまつりのぐずが最後にここで焼かれる。

神社は昔鬱蒼とした森の中にあり、奥に化けぐずが住むというぐず池と呼ばれる大池があったという。

拝殿に参る。

拝殿後ろの本殿は一段高くなっている。

拝殿左の振橋稲荷神社

振橋稲荷神社社殿は拝殿と横に並ぶ。

拝殿の右には社務所があるが無人。境内で松の剪定をしていた職人に宮司について伺ったところ、自宅は少し離れているので案内してくれるというのでお願いした。自宅で御朱印について尋ねたところ授与されていないということだった。
振橋神社
石川県加賀市動橋町ワ180

小松市に鎮座する葭島神社。御祭神は倉稲魂神、大田神、大宮女神、火結神、宇加神、八坂之神、前田利常と多い。

社殿は東向き。

二の鳥居は朱色。というのも小松城の鎮守で葭島に鎮座していた稲荷大明神を合祀したからだろう。

拝殿に参る。初詣の小松七社めぐりの一社。小松七社は安宅住吉神社、菟橋神社、小松天満宮、須天熊野神社、多太神社、本折日吉神社、葭島神社の七社。

拝殿の中を見ると折上格天井の折上部に絵が描かれている。社号の書は十三代藩主前田斉泰公の筆である。

本殿は土壁の覆屋になっている。

拝殿右に宝物庫のような建物がある。

拝殿左に境内社が一社。様式から神明社か?

境内に社務所があるが無人。掃除中だった隣人に宮司を訪ねたところ、少し先に自宅があるというのでお宅に伺って御朱印をいただく。
葭島神社
石川県小松市大川町2丁目120

小松市に鎮座する小松天満宮。御祭神は菅原道真公、前田利常公。寛永十六年に小松城に隠居していた三代藩主前田利常公が祖神の菅原道真公を祀る社として創建した。小松城の鬼門鎮護のためでもあった。

神社は梯川の北岸にあるが、かつては浮島(輪中)に鎮座していた。

現在梯川の改修工事でかつての姿が甦ることになる。

一の鳥居は東向きに立つ。

鳥居をくぐると筆塚。学問の神らしい。

そこから参道は南へ折れ、神門を通って西へ折れる。

四脚門の朱色の神門

正面には「天満宮」の扁額

後ろには漢詩の額が掛かっている。

全国的にも珍しい十五重の石塔が立つ。石材は金沢の坪野石という黒灰色で硬く、藩政期は藩石として独占された石を使用する。

拝殿に参る。初詣の小松七社めぐりの一社。

帰りに社務所で御朱印をいただく。
小松天満宮
石川県小松市天神町1

金沢市に鎮座する野間神社。御祭神は草野比売大神を主祭神とし、武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比咩大神を配祀する。延喜式加賀郡の論社のひとつ。

藩政期は河北郡の総社であったといい、今は住宅地の中に鎮座する。

社殿は西向き。鳥居をくぐって階段を上る。

拝殿に参る。

境内は社叢が鬱蒼としていて、夏真っ盛りで蝉の鳴き声がかしましい。拝殿前の狛犬の足には蝉の抜け殻が付いている。よく見るといくつも付いている。

拝殿左に末社水神社

その左手に末社稲荷社

拝殿の右に社務所、その奥に宮司宅がある。宮司宅で御朱印をいただく。
野間神社
石川県金沢市小坂町東ツ1番地

七尾市に鎮座する大地主神社。御祭神は大山咋神、素盞嗚尊、伊許保止命。

春の青柏祭、夏の祇園祭は大地主神社の祭礼になる。

拝殿に参る。

拝殿右手に参集殿の山王閣と宮司宅がある。御朱印をいただく。

参道右に末社登口神社。川原町の氏神

拝殿左に末社菅原神社。塗師町の氏神

本殿の左に末社金刀比羅神社と火宮神社の合祀殿。

手水舎の隣に、背後に池があり水に関係する末社だろう。

本殿右は道知神社か?
大地主神社
石川県七尾市山王町1−13

立山の雄山山頂に鎮座する雄山神社峰本社。御祭神は伊邪那岐神、天手力雄神。延喜式新川郡比定社で越中国一宮、前立社壇、中宮祈願殿、峰本社の三社で構成される。

峰本社の開山期間は7月1日から9月30日まで。自動車は入山できないので、金沢駅からの夏山バス直行便を利用して室堂までやってきた。自由時間は5時間とたっぷりある。

運良く快晴に恵まれたので、立山の初登拝は気持ちよいものとなった。

途中残雪が登山道にも被さっている。

一ノ越の看板まで来た。新緑がまぶしい。

登山道に祓度社。強風で倒壊しないように石に埋もれている。

分岐の一ノ越山荘まで来た。ここまでは比較的楽な道だった。気温も下がってきたので一枚羽織る。

ここからはガレ場で斜度も急になる。

花が咲いていた。

石に埋もれた祠がひとつあった。

眼下には大きなミクリガ池とミドリガ池が見える。きれいな藍色だ。

空も青い。社務所が見えてきた。

2時間ほどで到着。

山頂の峰本社は行列だ。ここから先は有料になる。

参拝する。

いい景色だ。眼下には黒部ダム湖、遠くに剱岳や穂高岳が見える。富士山は雲に隠れていた。

社殿の右に「雄山山頂 標高3003m」の標石

社務所で御朱印をいただき、景色を撮りながらウロウロしていると一等三角点を見つける。

室堂ターミナルビルに戻ってきて、復元されたばかりの旧社殿(~平成7年)を見る。

今日は室堂を散策する余裕がなかった。次回は玉殿岩屋にも行ってみたい。
雄山神社峰本社
富山県中新川郡立山町芦峅寺立山峰一番地

小松市に鎮座する安宅住吉神社。御祭神は底筒男命、中筒男命、上筒男命を主祭神とし、少彦名命、別雷神を相殿に祀る。

表参道。社殿は社前を流れる梯川に向かって北東方向に向いている。

参道の途中に鳥居が立つ。

参道の左に神輿倉

神輿倉の手前に弁慶逆植松

拝殿に参る。初詣の小松七社めぐりの一社。

拝殿の右手前に神亀石。どうも頭が欠けているようだ。

拝殿左手前に稲荷社

稲荷社の前に勧進帳を読む弁慶像が立つ。

拝殿左に金刀比羅社

社殿の背後は史跡安宅の関址になっている。関乃宮、右に源義経公、左に関守富樫左衛門泰家公を祀る。

歌舞伎勧進帳の舞台として、義経・弁慶・富樫泰家の像がある。
安宅住吉神社
石川県小松市安宅町タ17

小松市に鎮座する菟橋神社。御祭神は菟橋大神と諏訪大神、菟橋大神は産土神。延喜式能美郡の比定社。

参道は東向きからやや南に傾いている。入口に石鳥居

参道を進むと木製の鳥居

拝殿に参る。初詣の小松七社めぐりの一社。

拝殿手前に末社粟嶋神社

本殿の左に末社巌之御魂神社(神明宮)

菟橋神社には本殿の背後に樹齢数百年をかぞえる老松二本があり古くからこれを牛若松、弁慶松という。今は牛若松のみ残るというが、神明宮の後ろの一際高い松の木がそれらしい。

拝殿右前に御神木の「昇龍の松」

本殿の右には複数の境内社が並ぶ。左より金刀比羅神社、須納谷白山社、稲荷神社、少彦名神社、荒御魂社、杖白山社。天神地祇神霊社もどこかにあるようだが分からなかった。

参集殿の菟橋会館では結婚式場にもなっているが、この中で御朱印をいただく。

今月は秋季大祭の西瓜祭が開催される。春季大祭は本折日吉神社と二社でお旅まつりとして子供歌舞伎が行われる。

西瓜祭にはかつて松尾芭蕉も立ち寄ったという。「しほらしき 名や小松ふく 萩すすき」の句碑が神社入口にある。
菟橋神社
石川県小松市浜田町イ-233

小松市に鎮座する本折日吉神社。御祭神は大山咋神。初詣の小松七社めぐりの一社。子供歌舞伎で有名な小松お旅まつりは菟橋神社と二社による春祭りである。

一の鳥居から二の鳥居、社殿と東向き

二の鳥居になる山王鳥居の右に参拝者用駐車場がある。

提灯の掛かる門をくぐれば境内に入る。

境内左に見ざる聞かざる言わざるの三猿。山王社の神使である猿が境内いたるところにいる。

屋根の上にも猿

三猿の前にも神猿

拝殿に参る。

境内社は四社。参道左手に日吉稲荷社

拝殿左に磐座と下照比咩社

その左に市杵島社(弁財天社)

拝殿右に金比羅社

最後に授与所で御朱印をいただく。
本折日吉神社
石川県小松市本折町1

加賀市に鎮座する加賀神明宮。御祭神は天照大神。

社号標には「山下神社」とある。山の下寺院群の一角に鎮座するので通称としてそう呼ばれているそうです。

大鳥居をくぐる。

境内入口に一の鳥居

階段を上りまっすぐ進むと神明宮の社殿が建つ。拝殿に参る。

拝殿左に鳥居と階段

入口に「白山五院 白山宮」とある。当社の創始は白山寺(白山比咩神社)の勢力下の白山五院のひとつ大聖寺の鎮守として白山妙理大権現を勧請した白山宮といい、

階段を上った一番高い平地に末社白山宮が鎮座する。

階段の途中から神明宮の本殿の屋根や境内が一望できる。

拝殿の右には旧御神木

その右に末社琴平神社

さらに右に末社松尾神社

一番右に末社橋姫神社が鎮座する。橋姫神社は明治32年に大聖寺織物業組合(現在の加賀市織物協同組合)によって京都から勧請したものという。

境内隅に「神龍山大聖寺 慈光院跡地」という碑が立つ。大聖寺が天文年間の兵乱で焼失したのち、慈光院として再建した。町名の由来ともなった大聖寺をもとにする同神社は大聖寺総氏神(守護神)を称しているようだ。
授与所に社務所の電話番号が書いてあったので御朱印について尋ねるとあるというので待っていた。加賀神明宮は大聖寺三社として正月には三社参りする風習が地元にあると聞いた。
加賀神明宮
石川県加賀市大聖寺神明町16甲

大野市に鎮座する春日神社。御祭神は天兒屋根尊。

社殿は西向き。春日通り商店街通りに面して一の鳥居。

境内入口に二の鳥居

拝殿に参る。

幣殿と本殿

拝殿の右前に良縁の樹が立つ。

杉と欅の根が何かの縁でつながっている御神木で、大野市の恋愛パワースポットで有名になった。

拝殿左に面谷神社

不明の境内社が一社。

拝殿右に春日不動

入口の宮司宅で御朱印をいただく。
春日神社
福井県大野市春日221-1

大野市に鎮座する篠座神社。御祭神は大己貴大神を主祭神とし、豊受姫神、少彦名命、木花開耶姫命を相殿に祀る。
延喜式大野郡の比定社で、かつて境内にあった大野郡糀神社の論社を合祀している。
篠座の「座」の「人人」の部分は「口ヌ」となっていて、旧字体でもないようだ。境内社の磐坐の「坐」も同じ。

社殿・境内は東向き。

一の鳥居から二の鳥居まで参道がまっすぐに延びる。

二の鳥居の背後には福井市では最高峰の飯降山が秀麗な姿を見せる。神奈備でもあるのだろう。

参道右に神馬堂と御神木堂。

神馬堂には黒い木馬と絵馬がたくさん掛けられている。

参道左に授与所。後ろに社務所兼自宅があり、帰りに御朱印をいただいた。

拝殿に参る。

拝殿には「篠座宮」の扁額が掛かる。

拝殿右の赤い鳥居をくぐると磐坐神社、御祭神は市杵島比売命。延喜式大野郡の論社のひとつ。

磐坐神社の鎮座する天女ヶ池には御霊水があり、眼病に霊験があるという。

本殿裏手を左にまわる。
若生子神社。真名川ダム建設のため移住した上若生子白山神社と下若生子白山神社、下若生子八幡神社を合祀する。

最左に温見白山神社。岐阜県との県境手前の温見村の鎮守で、集中豪雨による全村移住で遷座。

温見白山神社の前には神池があり、木々に囲まれて鬱蒼としている。

本殿のすぐ左に秋生神社。笹生川ダム建設のため移住した上秋生白山神社と下秋生八幡神社を合祀している。

最右に官祭大野招魂社、戊辰の役のご英霊の大野藩士十一柱を祀る。
篠座神社
福井県大野市篠座42−5

郡上市に鎮座する長滝白山神社。御祭神は菊理媛神、伊弉諾尊、伊弉冉尊。

表参道の入口に社号標

長い参道の左右には僧坊が並んでいた。

3軒残るという僧坊のひとつ蔵泉坊

神橋

参道の左に護摩壇跡と金剛童子堂

参道左に稲荷堂。江戸時代は参道右にあった。

最後に階段を上る。長滝白山神社本殿中央と白山長滝寺大講堂中央の両方から見て正面になる場所に立つ。

正安4年の銘のある石灯籠。

拝殿に参る。

拝殿裏右からまわる。左は神明神社、右が稲荷神社。

若宮社

別山社

中央は白山大御前社

越南智社

大将軍社

左は児御前社、右が竈神社

本殿がずらりと並ぶ。

長瀧天満宮社

弁財天社。境内には神社と寺院が混在する神仏習合の世界が残る。
長滝白山神社
岐阜県郡上市白鳥町長滝138

小松市に鎮座する多太神社。御祭神は衝桙等乎而留比古命、仁徳天皇を主祭神とし、合祀した八幡社の應神天皇、神功皇后、比咩神を配祀、合祀した西宮社の蛭兒命、軻遇突智神を配祀、その他配祀神も多い。延喜式能美郡の比定社。

駐車場は神社北口から本殿の南側にある。表参道は西にあり、社殿も西向き。

参道には像も多く、斎藤実盛の兜

斎藤実盛は源平合戦の加賀の篠原の合戦で戦死、老武者と侮られないように白髪に墨を塗ったという逸話の像となっている。慰霊のため兜はここ多太神社に奉納され宝物となっている。

松尾芭蕉像もある。松尾芭蕉は小松を通ったとき、多太神社に参拝し実盛の兜を拝観したという。

「むざんやな 甲の下の きりぎりす」
小松の句会で芭蕉が詠んだ句碑がある。

拝殿に参る。当社は初詣の小松七社めぐりの一社でもある。

拝殿左に末社が並ぶ。参道に向いて南向きに一社。

参道に向いて南向きに松尾神社

神社北口に向いて東向きに福久宮稲荷神社

拝殿右に授与所とその後ろに宝物館がある。無人だったが、境内にいらした氏子らしい方に伺ったところ、御朱印は書き置きがあるということで日付を入れていただいた。普段は無人で宝物館も前もって予約が必要。

駐車場になっている本殿南には能舞台がある。
多太神社
石川県小松市上本折町72

小松市に鎮座する須天熊野神社。御祭神は伊弉諾尊、伊弉冉尊、櫛御気野命。初詣の小松七社めぐりの一社。

駐車場は南参道入口にある。

南参道の鳥居をくぐると左に宝物庫

宝物庫の隣に御神木アベマキが立つ。

南参道左、拝殿左に末社神明社。

拝殿前に大絵馬が飾られているが、宮司自ら絵馬を描いているようだ。

表参道は東にある。社殿は東向き。

表参道の右、池の島に末社少彦名神社

少彦名神社の池は「いぼいけ」といい、古くからイボ取りの霊水として崇拝されている。

拝殿に参る。

中央の鈴緒には鈴がたくさん付いている。

上には八咫烏の彫刻がある。

拝殿右は末社琴平社

琴平社の狛犬はひょうきんな顔をしている。見ていると楽しい気分になる。
南参道の鳥居前に社務所兼自宅があり、宮司に御朱印をいただく。
須天熊野神社
石川県小松市須天町甲1-43

さいたま市に鎮座する調神社。御祭神は天照大神を主祭神とし、豊宇気姫命、素盞嗚尊を配祀する。延喜式足立郡の比定社。

境内入口に「県社 延喜式内 調神社」の社号標が建つ。

狛犬ならぬ狛兎が出迎えてくれる。

手水舎

ここでも龍ではなく、愛らしい兎がせっせと水を吐き出している。

神輿庫

金毘羅神社

天神社

神楽殿

神池

やはりこちらでも兎が水を吐いている。

稲荷神社

中央の稲荷神社は旧本殿ということで

彫刻もやはり兎尽くし

こちらにも

右の稲荷神社

左の稲荷神社の三社が並ぶ。

拝殿前は拝殿から両側に建物が連なり、どちらも授与所のようだ。

通常は右側の授与所が使われるようだ。まずは拝殿に参る。

授与所で御朱印と兎の置物をいただく。御朱印も置物も兎尽くし。
調神社
埼玉県さいたま市浦和区岸町3-17-25

さいたま市に鎮座する氷川女體神社。御祭神は奇稻田姫命を主祭神とし、三穗津姫命、大己貴命を配祀する。延喜式足立郡多氣比賣神社の論社。

階段を上って鳥居をくぐる。

鳥居には「武蔵國一宮 氷川女體神社」と書かれている。大宮の氷川神社を男宮とし、氷川女體神社を女宮、中間の中山神社を御子宮として一体の氷川神社とする説を採り、諸国一の宮会にも参加している。

拝殿に参る。

本殿は御垣に囲まれている。

参集殿

拝殿裏に境内社が並ぶ。

拝殿左に宝物庫

境内左手に社務所。御朱印をいただく。

社務所には巫女人形が無数に並び、女性の信仰が篤いことがわかる。

社務所の横には大きな御神木が立っている。

鳥居を下りてまっすぐ行ったところに、岩船祭祭祀遺跡がある。氷川女體神社では、かつて御船祭と呼ばれる祭礼がおこなわれていたが、見沼が干拓されると御船祭は行えなくなり、かわりに岩船祭が行われるようになった。ここは明治初期まで行われた岩船祭の祭礼場跡となる。

丸形の祭礼場には祠が建ち、まわりは池で囲まれているが、木々が繁茂していてわかりにくい。

祭祀遺跡は見沼氷川公園の一部になっており、案内板を見るとその形がよくわかる。
氷川女體神社
埼玉県さいたま市緑区宮本2丁目17-1

さいたま市に鎮座する中山神社。御祭神は大己貴命、素盞嗚命、稲田姫命。
御朱印は常駐していないため、電話連絡してみたが所用で今日は無理ということでまたの機会にする。

見沼と呼ばれた地に男体社の氷川神社と女体社の氷川女體神社の中間にあり、御子神の簸王子社となる中氷川神社と称され、三社で氷川神社を形成したともいう。

長い参道

境内入口には鳥居。扁額には「氷川神社」と書かれる。

境内社は境内左に建てられている。末社稲荷神社

末社荒脛神社

末社八社には、左から神明社、飯成社、淡嶋社、疱瘡守護社、磐社、石上社、竈神社、稲田宮主社が祀られている。

拝殿の左前の建物は舞殿か?

拝殿に参る。拝殿には「中山神社」の扁額が掛かる。

拝殿裏の御垣の中に独立した本殿。

本殿裏に旧本殿が祀られている。

桃山期のもので県内で最も古い本殿という。
中山神社
埼玉県さいたま市見沼区中川145-65

さいたま市に鎮座する氷川神社。御祭神は須佐之男命、稲田姫命、大己貴命。延喜式足立郡の比定社で明神大社、武蔵国一宮、勅祭社。

大宮駅で下りて氷川参道をゆく。一の鳥居は一つ前の駅だった。

しばらく行くと鳥居と「武蔵國一宮 氷川大明神」と標柱。しかしこの鳥居は数には入っていない。

さらに進むと二の鳥居。この手前に末社天満神社があったようだが見逃した。

二の鳥居をくぐると右手に神主家

少し進むと左に埼玉県神社庁

神域への入口に三の鳥居

右手に神楽殿と額殿(絵馬殿)

左手にみこ神楽殿という珍しい建物があるが、今日は何かあるようだ。まだしばらく時間あるようなので境内を少しまわる。

神池

境内左に末社稲荷神社

神池の中に摂社宗像神社

神池の島を見るとたくさんの亀が甲羅干しをして埋め尽くしていた。

末社松尾神社

境内の右に摂社天津神社

末社六社、左から住吉神社、神明神社、山祇神社、愛宕神社、雷神社、石上神社

何らか賑やかな音楽が聞こえてきたので、みこ神楽殿に戻って鑑賞する。大成里神楽の巫女舞のようだ。

神橋を渡って楼門。廻廊ともに朱色が青空に映える。

舞殿の後ろに拝殿、本殿と並ぶ。

拝殿に参る。

右の方は祈祷殿と札所の新築工事が行われていた。

東門を出たところに、門客人神社(左)と御嶽神社(右)
氷川神社
埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1丁目407

小矢部市に鎮座する比売神社。御祭神は田心比売命、天照皇大神、伊邪那伎命。延喜式砺波郡の論社のひとつ。

社殿は東向き。

境内には高木も多く、鳥居背後に1本、拝殿前の左右各1本の杉が特に大きい。

拝殿に参る。拝殿には鯱が上がっている。

拝殿後ろに本殿。本殿前にも鳥居が立つ。
比売神社
富山県小矢部市宮中131

小矢部市に鎮座する埴生護国八幡宮。御祭神は八幡大神。

奈良時代に宇佐八幡宮から御分霊を勧請し、木曽義仲公が倶利伽羅合戦の前に戦勝祈願したことで知られる。

社殿は南向きで、倶利伽羅山の東麓に鎮座する。

社務所の前に木曽義仲公の騎馬像が立つ。

手水に注ぐ水は倶利伽羅山中の「鳩清水」の滝を源とする霊水で、全国名水百選に選ばれている。
右手の授与所に書き置きの御朱印が置いてあったので帰りにいただいた。

二の鳥居から社殿へ延びる階段は戦国末期に蓮沼城主の遊佐慶親公による寄進で、もとは煩悩の数である108段あったというが、現在は103段になる。

拝殿に参る。

拝殿、幣殿、本殿は国指定重要文化財。

埴生護国八幡宮は能「木曽」の舞台になっている。
埴生護国八幡宮
富山県小矢部市埴生2992

富山市に鎮座する日枝神社。御祭神は大山咋神、大己貴神を主祭神とし、天照皇大御神、豊受大御神を配祀する。

駐車場入口の北鳥居

少し東へ移動すると社号標と一の鳥居、正面には手水舎が建つ。

手水舎から左に折れると、末社麄香神社、御祭神は手置帆負神、彦狭知神。藩政期は富山藩江戸屋敷に鎮座していたものを城下の人々に崇拝させるために遷座した。

手水舎に戻る。横に弁慶石、源義経が奥州落ちの途中、弁慶が怪力をふるってこの石をころがし、義経の腰かけとしたと伝える。

右に行くと拝殿。ちょうど車の祓えの最中のようだ。

拝殿に参る。

拝殿左に三末社。中央が稲荷社、御祭神は倉稲魂命、右が水天宮、御祭神は安徳天皇、左が春日社、御祭神は天児屋根命。

水天宮が安産の神であることから安産犬の石像がある。犬は安産の象徴で、自分の干支を撫でて安産を祈るという。

拝殿横の授与所で御朱印をいただく。
日枝神社
富山県富山市山王町4−12

富山市の旧八尾町に鎮座する杉原神社。御祭神は杉原大神を主祭神とし、誉田別命、建御名方命、菅原道眞公、水分神を配祀する。
延喜式婦負郡の論社のひとつ。

駐車場は神社東にあり東鳥居から境内に入る。

参道を南へ、表参道を入り直す。社殿は南向き。

社号標と一の鳥居。社叢は杉が多いが、拝殿裏は竹が多い。

拝殿に参る。

戸に付けられた剣梅鉢紋が目立つ。

東鳥居から出て社務所兼自宅で御朱印をいただく。
杉原神社
富山県富山市八尾町黒田3166

立山町に鎮座する雄山神社中宮祈願殿。御祭神は伊弉那岐命、天手力雄命を主祭神とし、文武天皇、佐伯宿禰有若、稻背入彦命を配祀する。岩峅寺の前立社壇、立山山頂の峰本社とともに三社で雄山神社と称される。

社殿は南向き。社前の道路から東を仰ぎ見れば、天気が良ければ立山を遙拝することができる。

鳥居を入ると参道右手に水神社、御祭神は水波能賣神。芦峅寺各地の水源地に祀られてた石祠を移して合祀している。

参道左右に狛犬。正面を向いているのは県内でもあまり見かけない。

参道右手に神明社、御祭神は中央が天照皇大御神、右が豊受大神、左が麻続祖神。左奥は宝童社、御祭神は新川姫神

石舞台。秋季大祭で稚児舞が舞われる舞台という。

橋を渡って左手の参道を行く。参道は杉並木となっていて荘厳な雰囲気にあふれる。

参道左に稲荷社、御祭神は倉稲魂神

閼伽池社、御祭神は高龗神、闇龗神。神前に供える水を閼伽という。

参道右手の短い階段を上がると拝殿が見える。

拝殿に参る。

背後の本殿には「立山根本中宮」の扁額が掛かる。

拝殿左奥に神秘社(山神社)、御祭神は造化三神(天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神)と大山祇神、久々廼智神

先の左手の参道を進むと、奥に末社立山大宮、御祭神は立山権現伊邪那岐大神を主祭神とし、第四十二代文武天皇、佐伯宿禰有若公を相殿に祀る。

拝殿の右の磐座の上に鎮座するのは立山若宮、御祭神は天手力雄神を主祭神とし、稲背入彦命を相殿に祀る。延喜式新川郡布勢神社の論社のひとつ。

若宮の右手の丘を上っていくと、立山開山堂が建つ。

立山開祖の越中国司佐伯有若卿の嫡男佐伯有頼慈興上人を祀る。

開山堂入口には剱嶽社、御祭神は須佐之男命。剱岳山頂に鎮座していた旧社殿で剱岳遙拝所として建立された。

若宮の前にある立山開山御廟は、立山玉殿岩窟において霊示を受け立山を開山し、生涯を立山信仰の弘宣に捧げられた佐伯有頼公が入定した地と伝わる。

境内の石像。熊に乗る子は金太郎か?でもなぜ亀を踏んづけているのか?
帰りに斎館で御朱印をいただく。今日は前立社壇と中宮祈願殿を参拝し、今夏山頂の峰本社を登拝する準備はできた。
雄山神社中宮祈願殿
富山県中新川郡立山町芦峅寺2

立山町に鎮座する雄山神社前立社壇。御祭神は伊邪那岐神、天手力男神。前立社壇、中宮祈願殿、峰本社の三社で雄山神社となり、里宮、中宮、奥宮の役割を担う。

北側の駐車場に停め、西鳥居から入る。

境内西側には暴れ川で知られた常願寺川が流れる。

少し登ると社号標が立つ。

西神門を通る。

境内に神仏分離令以前の立山寺で湯立神事に使用された「湯立の釜」が現存する。

釜は加賀藩十三代藩主前田斉泰が寄進し、「前田宰相加賀守斉泰」の刻印が読み取れる。

拝殿に参る。

拝殿内には加賀藩二代藩主前田利長の正室玉泉院の寄進した狛犬が残る。

拝殿後ろの本殿は玉垣内に鎮座する。

東鳥居

東神門の前には石橋が架かる。

拝殿と社務所の間に摂末社三社が鎮座する。左から末社八幡宮、摂社刀根社、末社稲荷社。

授与所で御朱印をいただく。

駐車場に戻ると、ちょうど鉄橋に電車が通った。
雄山神社前立社壇
富山県中新川郡立山町岩峅寺1

和歌山市に鎮座する伊太祁曽神社。御祭神は五十猛命。延喜式名草郡の比定社で明神大社、紀伊国一宮。

一の鳥居は北向き。

社号標が木製であり、鳥居は地震対策のためか鉄輪で支えている。

参道左に櫛磐間戸神社、通称は門神社、御祭神は櫛磐間戸命、豊磐間戸命。

二の鳥居は参道右に東向きに立っている。

二の鳥居の前には切り通しの道が続いている。その左はときわ山といい古墳があるらしい。

太鼓橋を渡り、振り返ったところ

拝殿は石垣の上に建ち、真ん中と右側に階段がつく。

御神木のナギ

本殿の拝所に参る。

本殿は左右の脇宮とともに玉垣に囲まれている。

左脇宮、御祭神は大屋津比賣命。

右脇宮、御祭神は都麻津比賣命。

本殿左に摂社氣生神社、御祭神は五十猛命の荒御魂。

さらに左に末社蛭子神社。明治の神社整理により、近隣の二十二社を合祀している。

蛭子神社の前にお猿石。猿の顔のように見え、石を撫でると首より上の病気に霊験があるという。

拝殿にはチェーンソーアートの干支のほか、元御神木の大杉の一部があり、災厄除けの木の股くぐりができる。

神宮遙拝所

授与所の前に元御神木の大杉の根元が残る。樹齢千年を越える老木であったが昭和37年に落雷で燃え枯れてしまったという。

授与所の裏手から御井社への参道が続く。切り通しのような道を行く

末社御井社、御祭神は彌都波能売神、御井神。「いのちの水」と呼ばれる湧水

御井社の入口よりさらに左手、祇園神社への参道鳥居がある。

途中、五十猛命が父神とともに降り立ったと伝えられる奥出雲の鳥上峯(船通山)の石を遷座し、磐座として祀る。

末社祇園神社、御祭神は須佐男神。五十猛命の父神になる。
伊太祁曽神社
和歌山県和歌山市伊太祈曽558

和歌山市に鎮座する日前神宮・國懸神宮。御祭神は日像鏡を御神体とする日前大神と、日矛鏡を御神体とする國懸大神の二柱。延喜式名草郡日前神社・國懸神社の比定社でともに明神大社、紀伊国一宮。

表参道に社号標

石橋をわたり、鳥居をくぐると参道が延びる。

参道の突き当たりはT字路になっていて、右に國懸神宮、左に日前神宮が鎮座する。

摂社天道根神社、御祭神は天道根命。紀氏の祖神にあたる。

末社邦安神社、御祭神は松平頼雄命。

末社深草神社、御祭神は野槌神。

牛が野草を食むことからくさ(人体の腫物)を食むという「病気平癒」の信仰と結びついて神使として牛が祀られる。

不明の境内社

不明の境内社

不明の境内社はいずれも傷みが激しい。

不明の境内社以外にも基壇のみ残っていたり、境内地のみ残るものもある。

日前神宮に参る。

思兼命、石凝姥命を相殿に祀る。

日前神宮の本殿

摂社中言神社、御祭神は名草姫命、名草彦命。名草彦命は天道根命を初代紀伊国国造として五代目にあたる。

末社市戎神社、御祭神は蛭子神。

末社松尾神社、御祭神は大山咋神、中津島姫命。

國懸神宮に参る。

玉祖命、明立天御影命、鈿女命を相殿に祀る。

國懸神宮の本殿

帰りに鳥居を入ったところの授与所で御朱印をいただく。
日前神宮・國懸神宮
和歌山県和歌山市秋月365