越中砺波 石武雄神社

石武雄神社

南砺市に鎮座する石武雄神社。御祭神は石武雄神を主祭神とし、天照皇大神を合祀する。三代実録記載の石武雄神の論社。

石武雄神社

社叢の森に向かって道路沿いに社号標が建つ。田の中を長い参道が続く。

石武雄神社

参道の途中に鳥居が建つ。

石武雄神社

参道沿いに雉子が一羽。追いかけっこするように参道を進む。

石武雄神社

境内に入る石橋を渡ると二の鳥居が建つ。石橋の下には用水が流れる。

石武雄神社

境内に入ると「本願寺五世 婥如上人御旧跡」の石碑が建つ。婥如上人が北陸布教の途中、倶利伽羅で老翁に話を聞いて、当地に一週間逗留したという。後に上人は瑞泉寺を開く。

石武雄神社

拝殿はサッシに囲われている。

石武雄神社

拝殿前に随神座像が立っている。高岡の有磯正八幡宮では入口に随神像が立っているが、拝殿前のものは初めて見た。

石武雄神社

拝殿に参る。正面に大きな扁額が掛かっている。女武者が中央に描かれているので巴御前だろうか。巴御前は南砺市福光で亡くなったという伝説も残っている。

石武雄神社

本殿もサッシに囲われている。

石武雄神社

本殿の左に庭園がある。小山の上に社殿が建つ。

石武雄神社

拝殿の右には社務所が建つ。

石武雄神社

左方には宮司宅が建つ。御朱印をいただく。宮司が書いている間、奥様と話をしていた。社家河合家は現宮司で45代続いていて、寺から奥様が嫁いだ当時は地元の方に「ひいさま」(姫様)と呼ばれた時期もあったようだ。社宝は阿弥陀三尊像の懸仏で、かつての御神体であり、今でも三十三年に一度御開帳される(岩武三社権現式年開扉大祭。次回は2026年7月)という。

石武雄神社

境内の東の田の中、一本の木の下に石碑が見えた。

石武雄神社

近づいてみると「六郎塚」とある。
神社の縁起によると、崇徳天皇の天承年間、信州水内郡野尻の郷士河合典膳の子・河合五郎、六郎の兄弟が生れ国の守護神である熊野三神の霊夢によって越中国礪波郡石武野に移って統治したという。河合氏がその熊野三神を当社に合わせ祀り「岩武三社権現」と称し、残る懸仏も三社権現である。以来石武野は、河合氏の故郷の名に因んで野尻郷と称せられたという。六郎塚があるということは五郎塚もどこかにあったのだろうか。

石武雄神社
富山県南砺市野尻711

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