
越前市の夫婦神。御祭神は伊邪那岐尊、伊邪那美尊。
現在大塩八幡宮境内に遷座している天国津彦神社と天国津比咩神社の元宮の地と伝わる。

大塩八幡宮から西へ数百メートル。

道路脇に小祠が鎮座する。

夫婦神と書かれた鳥居柱は南の田に向けて立つ。

祠に詣る。

扉が開いたので中の石像にもう一度詣る。
夫婦神
福井県越前市国兼町

越前市の夫婦神。御祭神は伊邪那岐尊、伊邪那美尊。
現在大塩八幡宮境内に遷座している天国津彦神社と天国津比咩神社の元宮の地と伝わる。

大塩八幡宮から西へ数百メートル。

道路脇に小祠が鎮座する。

夫婦神と書かれた鳥居柱は南の田に向けて立つ。

祠に詣る。

扉が開いたので中の石像にもう一度詣る。
夫婦神
福井県越前市国兼町

越前市に鎮座する大塩八幡宮。御祭神は誉田別天皇(応神天皇)、帶中津日子天皇(仲哀天皇)、息長帶日賣尊(神功皇后)。延喜式敦賀郡の論社も多い、当地の古社である。

駐車場は二の鳥居の近くにあったが、知らずに一の大鳥居の近くに停めて参道を歩いていった。

途中、田植えを終えたばかりの田に日野山が映りきれいだった。もっと天気がよかったら、とも思う。

二の鳥居をくぐると階段を上る。

神門を入ると目の前に重要文化財の拝殿が建つ。柱のみの風が吹き抜ける建物なので管理も大変そうだ。

拝殿前に鐘楼も建つ。藩主本多家より寄進されたもので梵鐘は鎌倉時代の作のよう。

拝殿の右奥に絵馬殿が建っている。

複数の絵馬が掛けられていたが、もとは拝殿に掛けられていたものなのか傷みが大きいものもある。
中でも八幡神に関係するこの絵馬が印象的であった。

もうひとつ基壇を上がり、社に詣る。

右の階段を上ってすぐのところ。
素翁神社(疱瘡神社)。御祭神は大山津見神、伊邪那尊、須佐之男尊、少名彦神、大己貴命、大綿津見神。
疱瘡・疫病の神として勧請されたもので、社には「疱瘡社」の扁額がかかる。

その隣、弊殿の右。
天国津彦神社と天国津比咩神社の相殿。ともに延喜式敦賀郡の論社。御祭神はそれぞれ伊邪那岐尊、伊邪那美尊。
創建当初は一の大鳥居の西南に天国津彦神社、西北に天国津比咩神社が鎮座していたという。

中央が神社弊殿。

弊殿の後ろに本殿が鎮座する。

弊殿の左に高岡神社。御祭神は須佐之男尊。延喜式敦賀郡の論社。
創建当初は本殿の東南、高岡峯に鎮座していたという。

本殿の右奥にさらに数社鎮座している。

一番右に「えんむすびの木」

3社が横に並んでいる。その右
高良神社。御祭神は武内宿禰命。

中央は天八百萬比咩神社。延喜式敦賀郡の論社。
往古は桜井の峯と呼ばれた山頂に鎮座していたという。

左は源嫡神社(東照宮)。御祭神は徳川家康公。
寛永年間に建立され、明治維新後に現社殿に建て替えられるまでは極彩色の社殿だったよう。

三社の後ろに清務霊社。御祭神は舎人親王など神職清原家の一族を祀る。

山頂付近には寿永2年(1183)、木曽義仲が上京の途中に布陣した大塩山城跡がある。

堀切跡も残る。

社務所兼自宅は階段途中にある。参拝後に寄ると留守だったので、境内で掃除していた方に話しかけるとその方が宮司だった。ご足労をいただき御朱印をいただいた。
大塩八幡宮
福井県越前市国兼町22−2

今庄の新羅神社。御祭神は素盞嗚命。敦賀郡延喜式内社の信露貴彦神社の論社のひとつ。
今庄郷の産土神で、智証大師作と伝える新羅大明神の木像が御神体のようだ。この御神像はもとは三井寺に安置されていたものを、争乱を避けて当社に移されたと伝える。

鳥居をくぐり階段を上って拝殿に至る。山麓に遷ったのは天文年間で、往古は愛宕山(燧ヶ岳)の山頂にあり、寿永2年(1183)に木曽義仲が燧ヶ城を築いたときに城に遷されたという。

拝殿に詣る。

拝殿の軒下に絵馬が掲げられているが、風雨で痛んでいる。

拝殿横から愛宕山山頂への登山口があり、この先に燧ヶ城跡がある。

拝殿の後ろには長い階段、上ると本殿に至る。

本殿に詣る。

本殿前に舟形の手水石がある。

本殿には彫り物がたくさん彫られていたが、この木鼻にまで延びる龍の彫り物が素晴らしい。

境内社が二社並んでいる。
左が大河内神社と大山咋神社。ともに大山咋命を祀る。
右が 稲荷神社、岩谷稲荷神社、秋葉神社、日吉神社、愛宕神社の五社の扁額が掛かり、神社整理による合祀社のようだ。

境内には神仏習合時代の仏堂らしい建物も残る。

現在の使用目的は不明だが、軒下に絵馬が掛かる。こちらの絵馬は拝殿のもの以上に痛んでいる。

社前は北陸道今立宿の町並みの風情がまだ残っている。道路幅も狭く、運転はひやひやします。
新羅神社
福井県南条郡南越前町今庄80-5

今庄の鹿蒜神社(かひるじんじゃ)。御祭神は誉田別尊、伊弉諾尊、武甕槌命。敦賀郡の延喜式内社の比定社。

集落のほぼ中央に鎮座する。

神社は階段を上り、小山を上るように建っている。

拝殿より前は木々に囲まれている。

拝殿の後ろに長い階段を上り本殿に至る。

拝殿左に基壇があり、三社分の場所があるが中央一社のみ建っている。

扁額は「八幡宮」となっており、鹿蒜神社は八幡宮と称していてその扁額か?
拝殿に掛かる由緒書きには
境内社 秋葉神社(火産霊神) 元禄2年
稲荷神社(稲保命) 元禄2年
金比羅神社(金山彦命) 嘉永3年
と書かれているが周囲に社は見当たらない。この境内社に合祀されているのか、本殿の覆屋の中になるのか。

当地は奈良時代より鹿蒜郷宿駅が置かれた地であり、北陸道今庄宿と敦賀を結ぶ重要な地であったようだ。
鹿蒜神社
福井県南条郡南越前町字南今庄40-3

今庄の鹿蒜田口神社。御祭神は誉田別尊で、大山住命と大山咋命を配祀。
敦賀から今庄へ至る木ノ芽峠越えの途上に鎮座する。敦賀郡の延喜式内社の比定社である。

集落から田畑の間を参道が通る。

二つの鳥居を結んでまっすぐ延びる。

二の鳥居をくぐると境内に入り、拝殿が建つ。

拝殿に詣る。

拝殿の後ろに本殿が鎮座する。
鹿蒜田口神社
福井県南条郡南越前町新道11-1

敦賀市の気比神社。御祭神は仲哀天皇、神功皇后、日本武尊、素佐之男尊、大山祇命。
もと伊多伎夜谷にあった山神神社を合祀しているが、敦賀郡の延喜式内社の論社である。

国道8号線から刀根の集落に入り気比神社は鎮座している。ここより東に進むと、現在も交互通行の一方通行トンネルの柳ヶ瀬トンネル。そのトンネルの尾根筋に賤ヶ岳合戦で柴田勝家が本陣を置いた玄蕃尾城跡がある。

印象的な赤い鳥居をくぐる。

鐘楼がある。福井には神社境内に鐘楼の残る所も多い。

拝殿の後ろに一段上がって本殿がある。拝殿には絵馬が数枚掛けられていた、

本殿に詣る。

本殿前には三対の狛犬が奉納されている。

本殿右に境内社が一社。天照皇大神宮と常宮神社の相殿。

本殿左に境内社が一社。愛宕神社と不明の一宮の相殿。

さらに左にひとまわり大きな社は金比羅神社。

さらに左に稲荷大明神。
こちらの神社は榊も新しく地元の方々にしっかりと管理されているようです。
気比神社
福井県敦賀市刀根21-8

敦賀市の志比前神社。御祭神は経津主命。敦賀郡の延喜式内社の比定社。
志比前神社は気比神宮の四方鎮護の一社で、敦賀郡の南方鎮守社であった。

国道8号線から集落に入ると道が狭くなるので、入ってすぐのところの集会場にとめて歩いて向かう。
一本線路をわたり、もう一本はガード下をくぐる。

すぐに神社が鎮座している。

階段を上ると鳥居をくぐり、拝殿、本殿と続く。

拝殿をくぐる。

正面に本殿、右に境内社が並んでいる。

本殿前には灯籠が3基。寄進年を見ると、明和、宝暦、元禄と江戸時代のもの。

本殿、境内社を詣る。境内社には扁額もなく、詳細は不明。右に石祠がもう一社ある。宝形造のあまり見ない屋根の形。

境内社の裏に社がもう1つあり、前に石像や石碑が並べられている。ということは庚申堂か地蔵堂のたぐいだったのか?

戻ってくると、集会場の近くに案内板を見つけた。
道ノ口は、疋田(近江方面)、佐柿(若狭方面)、木ノ芽峠(加賀方面)、敦賀の分岐点であり、ここに式内社が存在する意義を認めることができた。
また、当地一体は往古武生郷と呼ばれ、条里遺構も見つかっていることから、古代のある時期にここに越前国国府があったという伝承もある。古代三関の不破関(美濃国)、鈴鹿関(伊勢国)と並ぶ愛発関(越前国)が疋田付近に推定されていることから、他の二関が関の後方に国府があったことから当地に国府があったとしても不思議はない。
志比前神社
福井県敦賀市道ノ口榊林2

金沢神社の天神月次祭の御朱印いただいてきました。
先月は忘れていたので、2月、3月に続き3回目です。

境内の池には蓮の花が咲いていました。

今日は平日で天候もあまり良くなかったですが、次々と参拝客が訪れていました。
このブログで天神月次祭の御朱印も少しは有名になったかな?
金沢神社
石川県金沢市兼六町1−3

久しぶりに尾山神社に行って御朱印いただいてきました。
御祭神は前田利家公と正室お松の方。

境内にある鯰尾兜の煌びやかです。

利家公の若い武者姿の像が凛々しい。

来週末に例大祭の百万石まつりが行われるとあって、拝殿にもポスターが貼られている。

拝殿の中に神輿もあった。

いつも間にか御朱印に印が1つ増えていました。印は月替わりで、今月は藤がモチーフ。どの月にも前田家の家紋である剣梅鉢紋が入っている。なかなかお洒落な柄ですね。また来いということですな。
尾山神社
石川県金沢市尾山町11-1

出版社:デアゴスティーニ・ジャパン
発売日:2016年5月24日
価格:562円+税
ページ数:40ページ
2014年1月に創刊された週刊タイプの神社紹介。1号で1~4社をメインで紹介していた。総索引で都道府県別に紹介された神社数を見ると差があるが、120号続いたため、メディアではあまり紹介されない神社もあって全体的には良かった。ただ、刊行終了すると同時に「日本の神社大全」と称して再編集した書籍タイプを発刊するのはどうかとは思う。
[amazonjs asin=”B01EG8IYTK” locale=”JP” tmpl=”Small” title=”日本の神社全国版(121) 2016年 6/7 号 雑誌”]

編集者:新治地区神社誌編集委員会
発行者:茨城県神社庁新治支部
発行日:1992年6月25日
ページ数:230ページ
平成御大典を記念して発刊された茨城県新治支部の神社誌。新治地区は石岡市、土浦市、出島村、八郷町、千代田町、玉里村、新治村からなり、同地区に鎮座する206社を掲載する。御祭神、境内社、例祭日、由緒沿革などの項目が立てられるが、写真は一部神社に付けられる。
続きを読む 新治地区神社誌

編集:静岡県神社庁静岡支部、静岡県神社総代会静岡支部
発行所:静岡県神社総代会静岡支部
発行日:1976年6月5日(非売品)
ページ数:310ページ
静岡市に鎮座する238社を掲載する。基本地区単位であるが、別表神社である3社(静岡浅間神社、久能山東照宮、静岡県護国神社)は巻頭に掲載されている。御祭神、例祭日、境内社、由緒、宝物、神職などの項目で統一的に記載され、すべての神社に写真が1枚付いている。なお、静岡市神社名鑑は平成10年に改訂版が発刊されている。

白山市美川のおかえり祭りを見てきました。着いたところ、ちょうど神輿が出たばかりでした。

旗の合図でラッパが鳴り響き、神輿が進みます。
先導の青年団は紋付袴姿で大変珍しいですが、神輿を招くようにバックで進むので大変です。

北陸線の線路を渡るところ。
行列の先に扇が立つのですが、しばらく意味がわかりませんでした。ここまで神輿が進むという目印です。

神輿が線路を渡ったところで、ここから神輿巡行が始まるようで鳳凰が取り付けられました。

神輿には台が付いていますが、車は付いていないので持ち上げて進みます。肩にかついで進みますが、時折、両手で持ち上げて進みます。

狭い通路も進んでいきます。水の張られた田に映る姿も良いですね。

今日は長い時間地元テレビ局のMROの取材が入っていました。
後でわかったことですが、BS12の「日本の祭り」の取材が入っていたようです。

1周して線路を渡り戻ってくると、山車が並んでいました。

先頭は剣の前立ちに藤塚神社の鳥居。あとは毎年くじを引いて順番を決めるようです。
笠と太鼓のみの初期の形態を残す山車もあれば、鏡を乗せる山車もある中、やはり見どころは人形です。

日本武尊や

武内宿禰など神話の世界の人形もあれば

豊臣秀吉公

楊貴妃などもあります。どれも見事です。

美川駅前まで行列が進んで、獅子舞の演舞が始まりました。7人の棒振りが獅子殺しをするという内容でした。人数も多いので迫力がありました。

神輿も駅前まで進むと持ち上げたまま10分以上練り歩くという、見ている方もちょっと疲れる演技もあります。

山車の後ろに子供たちがつながっている町会もあり、参加する方も楽しそうでした。
ここまで4時間見どころたっぷりでしたが、次の予定があるので帰りました。
藤塚神社
白山市美川南町ヌ167
おかえり祭り
神幸祭 2016年5月21日(土)
5:20 出輿式 藤塚神社
6:30 神輿巡行
7:30 台車巡行
9:45頃 獅子舞演舞 美川駅前
9:55頃 神輿演技 美川駅前
20:30 台車御旅所着
22:30 神輿御旅所着
23:30 着輿式 御旅所
還幸祭 2016年5月22日(日)
13:00 春季大祭式 御旅所
19:00 台車巡行
19:45 出輿式 御旅所
20:30 神輿巡行
1:35 神輿神社着
2:00 着輿式
2:30 終了

発行所:岐阜県郷土資料研究協議会(会員配布)
発行日:1979年10月30日
ページ数:22丁
美濃国(現岐阜県)の神名帳の復刻版。神名帳なので郡ごとに神階と神名が記載される。
[amazonjs asin=”B000J7VNNC” locale=”JP” tmpl=”Small” title=”美濃国神名帳―比叡山兜卒谷鶏頭院所蔵 (1979年)”]

企画編集:亀岡市神職会、亀岡市氏子総代会
発行日:1985年1月1日
ページ数:248ページ
京都府亀岡市に鎮座する105社の神社について、鎮座地、祭神、例祭、由緒を記載する。写真はモノクロだがすべての神社に付いている。由緒は歴史や古記録を元にできるだけ詳細に記載しようという姿勢が見られる。京都府は神社誌を発行していないため、亀岡市内の神社について大変参考になる。
[amazonjs asin=”B000J6VK3Q” locale=”JP” tmpl=”Small” title=”亀岡神社誌―故郷鎮守の森 (1985年)”]

著者:武蔵国鷲宮神社宮司 相沢正直
発行所:鷲宮神社社務所
発行日:1979年4月
ページ数:58ページ
埼玉県の鷲宮神社の小冊子。神楽や宝物の写真もたくさん載っている。
続きを読む 武蔵国鷲宮神社由緒記

発行者:三嶋大社
発行日:1985年7月23日初版(非売品)
ページ数:88ページ
三嶋大社の由緒に関する小冊子。写真がカラーで載っている。年表が詳しい。
続きを読む 三嶋大社<略史>

編集発行:青森県神社庁
ページ数:124ページ(非売品)
青森県の神社一覧。包括神社について神社名、御祭神、例祭日、鎮座地、神職氏名が記載される。本務神社が太字となっていてわかりやすい。
続きを読む 青森縣神社本庁被包括神社一覧 平成十一年三月現在

曳山250年の記念すべき年となった小松市のお旅まつり。その年を祝うかのような晴天の中、曳山八基曳揃えされた細工町交差点に到着しました。すでに大勢の人です。
曳山は手前から八日市町、寺町、龍助町、西町、材木町、大文字町、中町、京町と並んでいます。

15時から式典の後、30分過ぎから初めての昼の部の子供歌舞伎が始まりました。
毎年二町が当番町として歌舞伎が行われますが、今年は材木町と西町となります。
最初に曳山三番叟が舞われました。軽快な音楽の所々に歌舞伎の所作が入り楽しいものでした。

続けて同じく材木町の子供歌舞伎、「仮名手本忠臣蔵七段目 一力茶屋」が上演されました。

西町は「辰巳用水命光輝 稲葉左近館之場」を上演しました。この演目は辰巳用水を引いた設計士板屋兵四郎の物語で、ここ小松でしか上演しないものらしいですが、物語はわかりやすいものでした。

二町の上演が終了するともう夕方になっていましたが、しばらく曳山スタンプラリーを楽しみながら町を歩きました。
再び戻ってくると夕暮れ時、曳山の提灯にも灯火が入り幻想的になってきました。

昨年まではこの夕方から始まる夜の部のみでしたが、役者に光があたり、昼の部より遠くからも見やすいですね。

町全体が子供歌舞伎一色になる5月です。
お旅まつり・曳山子供歌舞伎
5月13日~15日
菟橋神社
石川県小松市浜田町イ−233
小松日吉大社
石川県小松市本折町1

金沢市の淺野神社。御朱印をいただくは今回が3回目。
ただ、前回は書き置きだったので、久しぶりに宮司さんに直接書いていただきました。

5月の10日から12日まで春の例祭が行われていました。昔は獅子舞も出ていたようですが、今は神社前に露店が数軒並んでいるので少し賑わいがあります。

今年は地元新聞やNHK金沢で大きく特集されたので、私みたいに氏子以外の方も訪れたようですね。

今日の目的は、初公開となる「魔除けの猿面」です。申年の今年、記念として例祭の期間公開されることになりました。
面といっても鋳物です。鋳物師の氏子、釜屋弥吉氏が奉納しました。魔除けといってもなんとなくひょうきんな顔をしています。
なぜ猿なのか?それは淺野神社は山王さんと呼ばれていたことと関係あるのでしょう。山王さんの本社は比叡山の鎮守であった日吉大社です。日吉大社の神使といえば猿ですね。山王と猿(申)は切っても切れない関係です。

連動企画といれば、厄除開運の「さるぱん」というものがありました。食べるのがもったいないほど、かわいい顔のお猿さんのパンでしたが、最終日で残り1個だったのを購入してきました。「残り物には福がある」と信じましょう。

拝殿に入って振り返ると、大きな奉納額がかかっていました。今まで気が付きませんでした。

弘化四年の奉納で、ひらがな盛衰記(源平合戦)を題材に、源義経の木曽義仲討伐から一の谷合戦まで17の場面を描いているそうです。

この額の奉納者に釜屋弥吉氏もいます。ということは幕末の方なんですね。
淺野神社
石川県金沢市浅野本町1丁目6−1

編集:長岡市史編集委員会中世史部会
発行:長岡市
発行日:1990年1月30日
ページ数:205ページ
価格:1,500円
「本書は、新潟県総務部県史編さん室所蔵の「新潟県神社寺院仏堂明細帳」のうち、現長岡市域に関係する神社の部分を収録した。」
御祭神、由緒、社殿間数、境内坪数などを記載しているが、由緒が不詳のものが多いような気がする。新潟県は神社誌を発行していないので長岡市内については参考になる。
続きを読む 長岡のお宮 明治16年神社明細帳 長岡市史双書No.9

発行者:伊米神社社史編集委員会
発行日:1990年8月21日(非売品)
ページ数:68ページ
小千谷市に鎮座する伊米神社の社史小冊子。周辺の歴史とともに神社があったことがよくわかる。
続きを読む 伊米神社社史

編集発行:彌彦神社社務所
撮影印刷:株式会社大塚巧藝社
ページ数:24ページ
越後国一宮の彌彦神社の案内パンフレット。発行日がはっきり記載がないが、内容からすると昭和60年代の製作か?

今日は天気も良かったので、氷見市の藤で有名な神社を巡ってきました。
まずは磯部神社。朝10時半、地元ナンバーの車が何台も続々とやってきます。

鳥居の向こうに、紫の藤の花が見えてきました。

この時間は東側がきれいに見えます。麓の人と比べるとその大きさがわかりますね。
他の観光客も大きさに驚いていました。

近くから見ると薄い紫の花です。今年は雪も少なく例年より速く咲いたようです。
氷見ではこちらのほうが今は有名なのかもしれませんね。

続いて、田子浦藤波神社へ。
先日も一度見に来ましたが、その時も鳥居に掛かっている部分は花が少なかったですが、老木で東向きで日当たりも悪いので、この場所にはほとんど咲かないようです。

上を見上げると、上の方では満開のようでした。白に少し紫が入る花が咲いていました。

田子浦藤波神社は、万葉集に詠まれた「田子の白藤」の地です。
もとは白藤だったようで、藤棚では若い白藤が満開でした。

こちらも例年より速く咲いたようですね。
磯部神社
富山県氷見市磯辺1045
田子浦藤波神社
富山県氷見市下田子1429

敦賀市の野坂神社。御祭神は大山祇命、天津彦火瓊瓊杵尊、木花開耶姫命。
延喜式内社の野坂神社の比定社であるが、織田神社の論社のひとつにもなっている。織田神社については、合祀された織田神社が対象のもののようだ。

今日は例祭日だったようだが、そのような様子は感じられなかった。

社殿は東向き、夕方の参拝はやはりまぶしい。

鳥居と社殿の間に楼門がひとつ。ただ本殿が覆いに入れられているので、拝殿なのか。

太鼓が吊り下げられている。

本殿は戸を開けて参拝できた。

古い本殿のようだ。参拝して中を回る。

左側に水速女命(左)と皇大神宮。

左奥に金比羅大神。

右側に稲荷大神(右)と豊受大神。

右奥に天満宮。

本殿にはカラフルな狛犬が奉納されている。

境内には池に1社。おそらくは厳島神社か宗像神社か?

石垣のみの境内社跡。かつて神明神社があったようなのでこれか?

境内の隣に公民館があり、背後の南方に野坂岳が見える。野坂神社はかつて野坂岳に対する山岳信仰の社だったようだ。
野坂神社
福井県敦賀市野坂30-7

敦賀市の高岡神社。主祭神は菅原道真公。敦賀郡の延喜式内社の論社のひとつ。
周辺は住宅地のほかは田んぼが広がる。

社殿は東向きで、夕方の参拝にはまぶしかった。

昨日例祭日だったようで、ちょうど旗が立てられていた。

鳥居をくぐり参道を進む。

社殿に入ると本殿があった。建物は本殿の覆いのようだ。

本殿にかかる扁額は「天満宮」

境内の鳥居横には「申タ彦(猿田彦)」や「庚申」の塔が並んでいる。
高岡神社
福井県敦賀市砂流26-9

敦賀市の久豆彌神社と信露貴彦神社の例大祭を見てきました。ともに沓見に鎮座する久豆彌神社を女宮、信露貴彦神社を男宮とみなし豊作を祈願して、王の舞などが奉納される。若狭地方には現在でも王の舞が数多く残り、その起源は京都にあるというが、各神社ごとに特徴があるという。ただ、実際の舞は見たことがなく初めて見た。
駐車場は沓見小学校のグラウンドが準備されており見学も容易だが、GW中の晴天の日だったのに見物人は少なかった。その分地元の祭りの雰囲気を十二分に味わえる。
出発には少し間に合わなかった。ちょうど女宮の行列が久豆彌神社に到着するところだった。

行列はまず本殿に参拝する。

そこからしばらく空き時間があり、男宮の行列が久豆彌神社に到着する。

男宮の行列が本殿に参拝後に、下の拝殿で芸能奉納となる。
最初は男宮の王の舞。王の舞は1人で行う舞であるが、もっと勇ましいものを想像していたが、動作はゆっくりとしたもので、猿田彦が神と語り合うような部分も見られた。

続けて女宮の王の舞。帽子が女性らしい。
沓見では王の舞は子供が舞うことになっているようだ。

男宮の獅子舞。

女宮の獅子舞。
獅子は邪気を喰うように拝殿を動き回り、最後に大人しくなる(力尽きている?)。

両宮で田植え歌を唄う。

男宮、女宮の順にエブリ差し。田を耕す様子を奉納。

男宮、女宮の順に苗うち。杉の枝を稲藁に見立てて田植えの様子を奉納。

神饌のお下がりで直会。

久豆彌神社を出発し、地区をまわって信露貴彦神社に向かう。

出発する行列を宮司が見送る。

行列は「来年もトーヤ、再来年もトーヤ」と豊作を祈願しながら進む。

信露貴彦神社の少し手前で宮司が行列を迎え、

行列に入って神社に入る。

女宮の行列が本殿に参拝する。

この後、女宮のみ王の舞などを奉納するが、私はここで帰った。
久豆彌神社・信露貴彦神社 例大祭・王の舞
5月5日日程
12:00 男宮の行列が当屋(御旅所である沓見公民館)を出発し、男宮の拝殿で芸能奉納
12:30 女宮の行列が当屋を出発し、女宮に向かう
14:00 男宮の行列が女宮に到着し、両宮の芸能奉納
15:30 両宮の行列が女宮を出発し、男宮に向かう
16:00 男宮で女宮の芸能奉納
17:00 両宮の行列が男宮を出発し、馬場で御幣を合わせ祭りを終える。このとき、村人は御幣紙を奪い取り、家に持ち帰る

敦賀市の信露貴彦神社。敦賀郡延喜式内社の比定社。御祭神は迩迩藝命、日本武尊。
祭り当日ということもあり、御朱印については確認していない。

本日5月5日に久豆彌神社とともに例大祭が行われるため、旗が立っている。

旗の下に重しのさるぼぼがついているが、よく見ると珍しく顔が描いてある。

鳥居をくぐって進む。

下に例大祭で本日、王の舞などが奉納される拝殿。階段を上って本殿がある。

本殿は覆いがかけられ、

今日は神饌が供えられ、扉が開いている。

本殿のまわりに境内社が複数あり、こちらは山神社。

その横に金刀比良神社。

反対側に神明社。

御神木の下に猿田彦神社の石祠。

神仏習合の名残でろうそくを立てる燈明舎がある。
信露貴彦神社
福井県敦賀市沓見12-12

敦賀市の久豆彌神社(くつみじんじゃ)。地名の沓見と同じ「くつみ」と読みます。
御祭神は木花咲耶姫命、瓊瓊杵命、大山祇命。敦賀郡の延喜式内社の比定社。
例大祭当日のため御朱印については未調査。

社号標から鳥居まで距離があるが、ここが神域と村の境で、祭りでもこの場所が重要な意味を持つようであった。

例大祭当日ということで旗が立てられていた。

鳥居の両脇に天然記念物の大杉が立っている。

鳥居をくぐると例大祭で王の舞などが奉納される拝殿。階段を上ると本殿となる。

本殿は覆いがかかっている。

今日は例大祭のため扉が開かれている。

本殿の周りに境内社、右側に神明社と十禅寺社。

反対側に常宮神社。

後方に猿田彦神社の石祠。

信露貴彦神社と同じ燈明舎のように見えたが、これが宝殿神社か。

下の拝殿と同じ境内に松岡社がある。
久豆彌神社
福井県敦賀市沓見75-8

福井県と京都府の県境にある頭巾山、その頂上に権現神社が鎮座している。延喜式内社の遠敷郡許波伎神社の論社のひとつ。
御祭神や由緒は不明。現在の住所は京都府となっている。

今回は上りやすい福井県側から登る。名田庄の集落を次々と過ぎて奥に進むと途中に野鹿の滝がある。このあたりまで来ると川も急流になってくる。

頭巾山の登山口まで来る。

家族向けと聞いていたが、意外なほど急登が続く。

1時間ほどでようやく山頂に到着する。

山頂は広くない。南向きに社殿と前に手水石がある。付近に倒壊した灯籠や小屋も見えるが、社殿前に石が積んである。ちょうど登山口あたりに広く分布していた石のようだが、登拝するために持ってきたものだろうか。

GW前に登山道の清掃をしながら登山が行われるので、ちょうどこの時期が登りやすい。

社殿裏に頭巾山の三角点がある。頭巾山870mの山頂のしるし。

山頂からは山々の向こうに日本海も見渡せる。

実は頭巾山は自生のシャクナゲの群生地でもある。ことしはGW前に強風が吹いたり、雪が少なく花の時期が早かったためか、登山道沿いのシャクナゲは終わっていた。帰り道、日当たりの悪い北側斜面にようやく見つけた。
権現神社
京都府北桑田郡美山町山森