越後三条 小布勢神社

小布勢神社

三条市に鎮座する小布勢神社。御祭神は大比古命、誉田別命。延喜式蒲原郡の論社のひとつ。

小布勢神社

集落は谷あいにあり、用水化された川沿いに車1台がやっと通れる道に面して神社がある。

小布勢神社

社殿は西向き。谷あいのため日の入り前とはいえ薄暗い。

小布勢神社

鳥居の注連縄が特徴がある。

小布勢神社

社殿には雪囲いがしてある。

小布勢神社

拝殿の彫刻が凝っている。拝殿に参る。

小布勢神社

拝殿左の御神木の杉が大きい。

小布勢神社

境内の前面にも道に沿って杉が植えられている。

小布勢神社

参道の右に境内社の琴平社

小布勢神社

参道左の高床の建物。社務所と屋根が掛かっていて、橋も架けられるようだ。祭日には三條神楽が奉納されるようなので、その舞台であろうか。

小布勢神社

車道が狭いので、境内右奥に停めたところ、角に神社の案内板が立っていた。周辺には社が多い。

小布勢神社

雪深かったので奥の壱萬度宮までは行けなかったが、手前の十二大山祇神社に参拝してきた。

小布勢神社

集落の北には田が広がり、ちょうど夕陽が沈む中、右手に弥彦山が見えた。

小布勢神社
新潟県三条市上保内丙1288

越後三条 伊久礼神社

伊久礼神社

三条市に鎮座する伊久礼神社。御祭神は埴安神、誉田別尊、闇御津羽神。延喜式蒲原郡の比定社。

伊久礼神社

社殿は東向き。夕陽に照らされて眩しい。

伊久礼神社

朱色の鳥居をくぐり参道を進む。拝殿は雪囲いされている。

伊久礼神社

拝殿に参る。今でも秋季例祭で俳句が奉納されているようだ。

伊久礼神社

参道左の藤棚の中に、万葉の歌碑がある。井栗村の大庄屋の松川重行が明和元年に建立したものいい、地名の「伊久里」が「井栗」だと伝えているが、大和と越中とする説もある。

伊久礼神社

参道の右には松川辨之助顕彰碑。井栗の大庄屋に生まれ、函館に渡り、北洋漁業の礎を築いた偉人とされる。万葉の歌碑の建立者は翁の曾祖父。

伊久礼神社

左に隣接する真言宗福楽寺には

伊久礼神社

入口脇に辨之助翁の墓がある。

伊久礼神社
新潟県三条市井栗1丁目24-2

越後三条 槻田神社

槻田神社

三条市に鎮座する槻田神社。御祭神は誉田別尊。延喜式蒲原郡の論社のひとつ。

槻田神社

境内地は非常に狭い。南に鳥居と社号標、社殿は東向き。

槻田神社

社殿の前に槻田碑という神社由緒の石碑が立つ。

槻田神社

社殿は足場が組まれていて真新しい。どうやら周辺地区の再開発のため境内地を削られた代わりに社殿を新築できたのだろう。

槻田神社

狛犬は小柄だが、位置が変わっているものの以前のままのようだ。

槻田神社

拝殿に参る。扁額は「延喜式内社」あまりに直接すぎて「槻田神社」のほうがいいかも

槻田神社

左に新しい参集殿

槻田神社
新潟県三条市荒町1丁目11

越後三条 八幡宮

三条八幡宮

三条市に鎮座する八幡宮。御祭神は誉田別尊、気長足姫命、比売大神。三条の総鎮守・産土神。

三条八幡宮

社殿は南向き。本殿の裏側に駐車場がある。

三条八幡宮

拝殿に参る。拝殿と本殿には雪囲いがしてある。今日は新潟市中心部は雪がなかったが、三条まで来ると雪が残っていた。

三条八幡宮

拝殿右手に舞殿。

三条八幡宮

神宝に大太刀と文明3年の鰐口がある。大太刀は銘 信国といい、室町初期の作。元は小丹生神社(新潟県見附市)に奉納されたものを、神官の養子縁組をしたときに三条市荒町に鎮座する槻田神社に譲られ、明治期の神社合祀のときに当社が所有することになったという。槻田神社は延喜式蒲原郡の論社で、後に氏子の要望により復社されている。

三条八幡宮

参道の左方の社務所で御朱印をいただく。まだ木の香りの残る新しい建物で、聞いたところ昨年12月に竣工したばかりだという。

三条八幡宮

拝殿左方社務所に近いほうから参る。合祭殿、左から、金刀比羅神社・熊野神社・秋葉神社の三社、古峯神社・菅原神社の二社、神明宮・春日神社の二社、水神社・伊夜比子神社・三條神社の三社、松尾神社・粟島神社の二社の5つの社。おそらく明治期の神社整理により、近郊の神社を合祀したものだろう。

三条八幡宮

その右に稲荷神社

三条八幡宮

池の島の中に厳島神社

三条八幡宮

社殿の右に良寛乞食の詩碑
「十字街頭 食を乞い了り 八幡宮辺 方に徘徊す 児童相見て共に相語る 去年の痴僧 今また来ると」
三条には良寛様を敬慕する町人が多く、亡くなられてまもなく詩碑が建てられたが、文久大火で破損し、大正十三年に再建された。

三条八幡宮

池の右(北)に「僧良寛歌集」の編者である村山半牧の頌徳碑

三条八幡宮

境内北に金山神社、御祭神は金山毘古命、石凝姥命、天目一之命。

三条八幡宮

境内の西側は八幡公園となっており、入口付近に「刀匠 栗原筑前守謙司信秀師之碑」が建っている。

三条八幡宮

金山神社の右に飼育小屋のような建物が二棟。何かいるのかと見に行くと右の建物に

三条八幡宮

孔雀のオスが二羽飼われていた。孔雀は寒くないのか?

八幡宮
新潟県三条市八幡町12−18

越後白根 大通神社

大通神社

新潟市に鎮座する大通神社。御祭神は猿田彦大神、天照皇大神、豊受大神。御朱印にはよく質問のある御祭神を印で押している。

大通神社

住宅地の中にあり、社殿は東向きで横に社務所が建っている。

大通神社

拝殿に参る。

大通神社

社殿は拝殿に本殿が重なるように建つ。
社務所前で授与品を見ていたところ、宮司がちょうど帰ってきて御朱印をいただいた。

大通神社
新潟県新潟市南区大通南1-49

越後新潟 新潟大神宮

新潟大神宮

新潟市に鎮座する新潟大神宮。御祭神は天照皇大神、豊受大神。

新潟大神宮

社殿は南向き。ゆるやかな上り坂の参道

新潟大神宮

近くには白壁通りがあり、藩政期の風情が残る。

新潟大神宮

参道途中に木製の二の鳥居、三の鳥居

新潟大神宮

二の鳥居の脇に坂口安吾生誕碑が建つ。

新潟大神宮

拝殿に参る。

新潟大神宮

拝殿にかかる「敬神崇祖」の扁額。神宮大宮司の揮毫。

新潟大神宮

本殿左に境内社

新潟大神宮

会津藩士殉節之碑。戊辰の役で越後の地で亡くなった会津藩士の慰霊碑。

新潟大神宮
新潟県新潟市中央区西大畑町5195

越後新潟 金刀比羅神社

金刀比羅神社

新潟市に鎮座する金刀比羅神社。御祭神は大物主大神、船玉大神。

金刀比羅神社

神社はこんぴら通りにある。もとは古町十一番町にあった大楽院という寺の中にあった鎮守で、明治二年に遷座した。

金刀比羅神社

神社は通りに面して東向きに建つ。

金刀比羅神社

参道右に収蔵庫

金刀比羅神社

収蔵庫には幕末から明治期に船主らが奉納した模型和船が収蔵されている。かつては帆をたたんで拝殿に吊されていたという。見学には予約が必要。

金刀比羅神社

収蔵庫の横に龍王殿という二階建ての建物

金刀比羅神社

参道左に注連縄のかかる石。境内には陰陽石があるというがこれのことか?

金刀比羅神社

拝殿に参る。

金刀比羅神社

拝殿には「金殿」の扁額がかかり、絵馬も多い。拝殿の右を回り込むと自宅があり、そちらで御朱印をいただく。

金刀比羅神社
新潟県新潟市中央区西厩島町2337

越後新潟 三社神社

三社神社

新潟市に鎮座する三社神社。御祭神は大日孁貴命、誉田別命、武甕槌命の三柱。神明宮、八幡宮、鹿島社の三社の神様を祀ることからの名称だろうか。

三社神社

神社は南向きに鎮座。延享四年(1747)、附寄嶋と呼ばれた信濃川の中洲にあった当地、後の流作場新田の鎮守として開拓者の安倍玄的が創建し、最初は「神明宮」と呼ばれたということで、三社のうち最初に大日孁貴命が祀られたようだ。

三社神社

鳥居は一の鳥居の前に二の鳥居

三社神社

左方に神輿庫

三社神社

少し進むと右方に神輿殿

三社神社

境内には蛙がたくさんいる。中洲だったこともあって洪水に何度も襲われ廃村を決めたところ、そんな惨状のなかでも青蛙が力強く生きている姿に村人が奮起して村を再建したと伝えられ、「玄的の青蛙」を村繁栄の象徴としたという。

三社神社

蛙おみくじもあり、奉納所がありたくさんの蛙が奉納されている。

三社神社

拝殿に参る。

三社神社

境内社の石宮神社、ツツガムシ除けの神を祀る。

三社神社

不明の境内社

三社神社

1878年の明治天皇北陸御巡幸の流作場御小休所跡碑や

三社神社

御着船聖跡碑がある。

三社神社

昭和初期まで旧新潟ホテル付近にあったと伝わる嘉永7年(1854)の道標と古そうな燈籠

三社神社

沼垂町長安倍九二造撰文による初代萬代橋の記念碑「創架萬代橋碑」

三社神社
新潟県新潟市中央区三和町1−1

越後新潟 白山神社

白山神社

新潟市に鎮座する白山神社。御祭神は菊理媛大神、天照皇大神。延喜式沼垂郡美久理神社の論社のひとつ。

白山神社

社殿は東向き。

白山神社

参道に鳥居が2つ。二の鳥居には「式内社」の扁額

白山神社

入ってすぐ左に太子社。名称からして聖徳太子を祀るものか。

白山神社

拝殿に参る。

白山神社

拝殿入口にかかる「白山」の扁額

白山神社

短い幣殿で本殿とつながる。拝殿左前に「神明社」の社号標

白山神社

拝殿左手に菅原大神、古峰大神、大山祇大神、秋葉大神、粟島大神の扁額がかかる合祀社。立て看板には大宮賣大神、伊夜日子大神の名もある。もとは四社の境内社が建っていたが、一社に合祀し新築されたようだ。左に庚申碑。

白山神社

太子社と境内社の間に新築の建物。

白山神社

中に神輿が収納されていた。御輿蔵兼倉庫だろうか。

白山神社

右手に立派な社務所が建つ。今日は宮司が不在だった。

白山神社
新潟県新潟市中央区沼垂東1-1-17

越後新潟 蒲原神社

蒲原神社

新潟市に鎮座する蒲原神社。御祭神は椎根津彦命を主祭神とし、迦具土之命(火の神)、水波廼女命(水の神)、久久廼知命 (木の神)、金山彦之命(金の神)、埴山姫命(土の神)の陰陽五行の神を祀る。延喜式蒲原郡青海神社の論社のひとつ。

蒲原神社

東に朱色の大鳥居が建つ。

蒲原神社

社号標と鳥居が建ち、まっすぐ参道が延びる。

蒲原神社

参道左に社務所、反対側は駐車場。社務所の前には500年を越える欅の老木がある。
一週間後に春祭を控え、準備に忙しいとかで御朱印はいただけなかった。

蒲原神社

拝殿の前には神楽殿。中央を渡り廊下が結ぶ。

蒲原神社

拝殿に参る。拝殿前に合祀された菅原神社の牛の像。

蒲原神社

拝殿には「青海社」の扁額。彫刻も凝っている。

蒲原神社

幣殿と結ばれた本殿

蒲原神社

境内の南西隅に旧社名の「五社神社」の社号標。五行の神に由来する。

蒲原神社

神社の西に隣接して奈佳美彌神社。境内社かと思ったが、独立した神社で、かつては諏訪神社と称し、愛宕神社を合祀して現社号に改名した。

蒲原神社

御祭神は健御名方命、火産霊命。

蒲原神社

表参道は北向き

蒲原神社

鳥居の前に狛犬もある。

蒲原神社
新潟県新潟市中央区長嶺町3−18

越後新潟 古町神明宮(船江大神宮)

古町神明宮(船江大神宮)

新潟市に鎮座する古町神明宮。御祭神は天照大神、豊受大神。安政5年(1858)の社殿再築時に合祀した船江神社の御祭神は猿田彦大神、大彦命。延喜式蒲原郡船江神社の論社のひとつ。

古町神明宮(船江大神宮)

商店街のアーケードから参道が延びる。入口に「古町神明宮」と「船江大神宮」の社号標が立つ。

古町神明宮(船江大神宮)

鳥居

古町神明宮(船江大神宮)

右に手水と境内社が並ぶ。

古町神明宮(船江大神宮)

手水の右に、松尾芭蕉の「泊船集 付録」におさめられた名句「海に降る 雨や恋しき うき身宿」を、安政4年(1857)に地元の俳句会柳々舎から献碑されたという。

古町神明宮(船江大神宮)

拝殿に参る。

古町神明宮(船江大神宮)

拝殿の扁額は「船江大神宮」

古町神明宮(船江大神宮)

本殿の真後ろの御神木が大きい。

古町神明宮(船江大神宮)

境内社は八幡宮(御祭神は応神天皇)と白鳥神社(御祭神は?)。白鳥神社はサッカーのアルビレックス新潟をはじめ、9つの「アルビレックス」の成功と躍進を祈願するお社として建立された、まだ新しい神社。

古町神明宮(船江大神宮)

拝殿の右に例大祭のときの舞台が建つ。

古町神明宮(船江大神宮)

社務所で御朱印をいただく。こちらで古町愛宕神社の御朱印もいただける。

古町神明宮(船江大神宮)
新潟市古町通1番町500番地

越後新潟 古町愛宕神社

古町愛宕神社

新潟市に鎮座する古町愛宕神社。御祭神は火之迦具土神、伊邪那美尊、天熊人。
御朱印は近くの古町神明宮の社務所でいただいた。

古町愛宕神社

商店街のアーケードから奥に参道が延びる。

古町愛宕神社

入口に鳥居

古町愛宕神社

拝殿に参る。

古町愛宕神社

拝殿の右前に稲荷神社、御祭神は保食神

古町愛宕神社

拝殿の左に口之神社、御祭神は千葉県の口ノ宮神社の御祭神木内惣五郎と、「明和の騒動」の首謀者である義人 涌井藤四郎、岩船屋佐次兵衛らを祀る。明和の義人の御霊を鎮めるために、同じ義人である千葉の木内惣五郎の御分霊を迎えたのが創始という。

古町愛宕神社

鳥居をくぐり、拝殿に参る。拝殿には木内惣五郎が木内宗吾とも呼ばれるので、「宗吾霊堂」の扁額が掛かる。

古町愛宕神社
新潟県新潟市中央区古町通2番町495

越後新潟 白山神社

新潟白山神社

新潟市に鎮座する白山神社。御祭神は菊理媛大神、伊邪那岐命、伊邪那美命を主祭神とし、天照皇大神、八幡大神を配祀する。延喜式蒲原郡船江神社の論社。パンフレットでは「越後国 沼垂郡 船江神社」と記しているが、船江神社は蒲原郡なので誤りか。

新潟白山神社

周辺は白山公園として整備されている。一の鳥居は東向き。参道の先に石製の二の鳥居

新潟白山神社

梅園ではちらほらと花が咲き始めていた。

新潟白山神社

参道左にひょうたん池

新潟白山神社

しばらく進むと右に蓮池、藤棚もある。

新潟白山神社

参道は右に折れて南向きに変わる。

新潟白山神社

三の鳥居をくぐると左に歯固め石

新潟白山神社

左方に遊伸亭

新潟白山神社

右手の駐車場に境内社の住吉神社への参道

新潟白山神社

駐車場の隅に宝暦天明の頃の狛犬

新潟白山神社

社殿の中には神輿が祀られている。

新潟白山神社

住吉神社、御祭神は住吉大神と息長足姫

新潟白山神社

住吉神社の左には日清・日露両戦役の戦没者を慰霊する昭忠碑があり、神武天皇像が安置されている。

新潟白山神社

随神門

新潟白山神社

随神門の左の廻廊の端に単独の建物。何に使用するものか

新潟白山神社

拝殿に参る。

新潟白山神社

扁額は「拝殿」

新潟白山神社

右に社務所があり、祈祷と御朱印の受付はこちら。

新潟白山神社

平成29年は白山開山1300年を迎え、神社では記念のお札、おまもり、御朱印、御朱印帳、御神酒(お祓いを受けた人限定)を頒布している。

新潟白山神社

加賀の二俣和紙に書かれた特別記念御朱印。復刻した牛王法印が押されている。記念御朱印帳にあらかじめ書かれるもの以外は書き置きになる。平成29年限定で一万枚。

新潟白山神社

ホームページにはなかったが、記念御朱印はピンク色に染めた二俣和紙に書かれた春バージョンも頒布されていた。

新潟白山神社

拝殿の左、白山会館前に樹齢約200年の御神木の「むすびの銀杏」

新潟白山神社

白山会館の下をくぐるように境内社への参道が通る。

新潟白山神社

夫婦円満の道祖神と餅搗き道祖神、縁結びの御神徳があるとされる。

新潟白山神社

本殿の左に蛇松明神社。金運上昇を願う人が多く、蛇の大好物の卵を賽銭の代わりにお供えする箱が社の前にある。

新潟白山神社

御祭神は蛇松明神。御朱印では蛇松神社と書かれる。

新潟白山神社

蛇松明神社の背後はちょうど本殿の背後にもなるが、御神木の蛇松がある。蛇のようにウネウネと御垣の外へ延びている。

新潟白山神社

その蛇松の下をくぐりさらに奥へ

新潟白山神社

本殿の右に松尾神社と黄龍神社が並んで鎮座する。

新潟白山神社

松尾神社、御祭神は大山咋神、中津島姫神

新潟白山神社

黄龍神社、御祭神は黄龍八一分身金鶏供養宝船大権現。八方除けの神様

新潟白山神社

本殿はや御垣は彩色されている。

新潟白山神社

拝殿前、左の廻廊に繁昌大黒、御祭神は大国主大神。

新潟白山神社

その廻廊の前に御稲御倉、御祭神は御稲御倉神、稲荷大神。社殿は第59回式年遷宮で内宮に建てられた御稲御倉であり、昭和39年の新潟地震で大きな被害を受け、第60回式年遷宮で当社に徹下された。神宮の唯一神明造そのままを見ることができる。

新潟白山神社

御稲御倉の前には御神石くくり石が祀られ、白山奥宮遙拝所となっている。開山1300年を記念し、白山から切り出した石を奉斎した。

新潟白山神社

蓮池の前に忠犬タマ公像。飼主の刈田さんらを二度の雪崩から救った話が当時の新聞やラジオを賑わせ、後世に伝えるため、像を建てる運動が起きたという。犬は子沢山なので、子宝・安産を願い戌の日に腹の部分をなでる人もいるという。

白山神社
新潟県新潟市中央区一番堀通町1-1

越後赤塚 神明社

神明社

新潟市に鎮座する神明社。御祭神は天照皇大神。延喜式蒲原郡船江神社の論社のひとつ。
境内は明治時代頃まで約7800坪の敷地で、本殿・幣殿・拝殿・神楽殿などの建物があったという。1092年の大地震による津波と地盤沈下で周辺住民が御神体とともに新潟町の方へ集団移住したといい、以降は神明社となったという。

神明社

社殿は南向き。少し小高くなっている丘の上に鎮座する。

神明社

鳥居と手水舎。燈籠は火袋部分がなくなっていて、少し不格好な感じ

神明社

参道を進むとまた火袋のない燈籠があり、上り階段がある。階段は崩れている部分があり、通行止めになっているが、ここ以外に道はないので気をつけて上る。

神明社

コンクリート製の社殿

神明社

中に神輿と本殿が収められている。本殿に参る。

神明社

本殿の右に境内社かと思ったら戸もなく物置のようになり崩れかかっている建物。どうやらコンクリート製の社殿を建てる前の本殿であったらしい。

神明社

本殿の左に神明荘とゲートボール場。神社に入ってくる角に案内板があったが、社殿裏の車道から入ってくることができたようだ。

神明社

社前を南へ100メートルほど行くと御手洗潟があり、その昔船江神社を参拝する前に手を洗い清めたことから名前が付けられたという。現在は用水か川が流れ込んでいるのか、少し臭いがするので手を清めることはできそうにない。

神明社

御手洗潟から神社を眺める。一帯は砂丘が広がり、畑になっている。

神明社

さらに南へ少し行くとより大きな佐潟が広がっている。

神明社
新潟県新潟市西区赤塚7034