「17石川県の神社」カテゴリーアーカイブ

加賀金沢 馬替神社

馬替神社

馬替神社は900年代の建立とされ往古より崇拝された神とされる。祭神は、伊弉名冊神、大国主命、武御名方神、保牟多和気神。御朱印はないみたいです。

馬替神社

元は白山神社と称していたが、明治11年現社号に変更されました。

馬替神社

扁額は鳥居の石製のみ。

馬替の地は、守護代富樫氏の居館があった野々市に南接し、詰めの城高尾山(高尾城)の行き来の途上、必ず社参したと言われています。

馬替神社

鳥居をくぐり参道を通ると、境内の入口にもう1つ社号標があります。

馬替神社

ご神木は本殿右に杉の大木があったようですが、倒木の恐れがあり切り倒されたようです。そうなるとこの入口左の木が今は目立ちますね。

馬替神社

手水舎には

馬替神社

珍しく絵馬が奉納されていました。

馬替神社

拝殿にお参り

馬替神社

入口脇の神馬像の裏に由緒が書かれていました。

馬替神社

馬替の名と通り、古代中世には馬を替える駅があったところという。

馬替神社
金沢市馬替3丁目219

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加賀金沢 少名彦神社

少名彦神社

少名彦神社は金沢市田上の山麓に鎮座しています。この地域は近年金沢大学の門前町として住宅地が広がってきました。祭神は少名彦神。式内社「神田神社」の論社のひとつです。

少名彦神社

住宅に挟まれ奥まった場所に、多くの大木のある鎮守の森を形成しています。

少名彦神社

入り口の鳥居横には石標が2本。1つは旧村社少名彦神社。

少名彦神社

もう1つは式内神田神社です。

少名彦神社

鳥居は2つ。それぞれに扁額が架けられています。

少名彦神社

一の鳥居の扁額は「少名彦神社」

少名彦神社

二の鳥居の扁額は読み取りづらくなっていますが「菅原神社」??
道真公はこの神社の祭神になっていないだろうと思いきや、調べてみると祭神になっていました。菅原性を名乗る前田家の治世となった近世以降に合祀されたのかもしれません。

少名彦神社

杉の木がそそり立つ参道や社殿まわりの雰囲気は気持ちが引き締まります。当日は雪の風にのって吹き荒ぶような天候で、木々もミシミシと音を立てて揺れていて非常に恐ろしく、荒ぶる神が降臨という状況でしたが、帰り際にわずかな時間晴れたので、その間に写真撮影をやり直しました。神の存在を感じる参詣となりました。

少名彦神社

拝殿横に社務所ありましたが無人でした。御朱印は本務社に他社の御朱印がなかったのでないでしょう。

少名彦神社
石川県金沢市田上本町タ23

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加賀金沢 郡家神社

郡家神社

郡家神社は金沢市鈴見町にある式内社「郡家神社」の論社のひとつです。御祭神は菊理姫命です。

目印は郡家山公園で、すぐ隣りに神社が見えるのですが、境内にはぐるっとまわらないと行けません。

郡家神社

一度公園から階段を少し降りてまた上ります。小高い場所にありますので景色はいいです。今日は終始雪模様だったので、晴れた日の景色はまた格別だと思います。

郡家神社

階段の奥に鳥居が見えます。

郡家神社

階段を上ると鳥居脇に手水舎、前に拝殿が見えます。

郡家神社

参拝を済ませ、境内を散歩しました。拝殿の両側に高い木がそびえ立ち、隣りに社務所もありますが無人でした。本務社は他の御朱印はなかったので御朱印はありません。

郡家神社

拝殿左の小山に階段があったので上っていくと、

郡家神社

石廟がありました。年代はわかりませんでしたが、古くからの信仰の地だったようです。

郡家神社

反対側の大木には注連縄が巻かれたご神木が、幹周り3メートルはあろうかという立派な木でした。

郡家神社
石川県金沢市鈴見町ニ145

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加賀金沢 長田菅原神社

長田菅原神社

長田菅原神社は、延久元年(1069)諸国に一国一社宛天満宮を造営する旨の勅宣が下り、加賀国において長田に天神社が建立されたと伝えられる。祭神は菅原道真公、社号を「長田天満宮」と称したが、明治6年に「長田菅原神社」と改め、村社に列せられました。

長田菅原神社は城めぐりをする人にはちょっと知られた存在であり、その理由は拝殿が金沢城の東照宮護摩堂を移築したものであり、数少ない建築遺構となっています。平成3年補修作業により、鮮やかな朱塗りの社殿が蘇りました。

長田菅原神社

道路に面した一の鳥居。実は4回目です。最初は修復後の拝殿を見るために、2回目以降は御朱印をいただきに来たのですが、なかなかご縁がありませんでした。御朱印は境内のご自宅でいただけます。以前は社号は墨書きでしたが、宮司さんが手を煩ったということで判に変わっています。

長田菅原神社

一の鳥居をくぐると参道右にご神木があります。境内は広いとは言えませんが、大木が数本あります。

長田菅原神社

拝殿前に二の鳥居があります。鳥居前に灯籠2基、拝殿前に狛犬が対になっています。社号標は「長田天満宮」となっています。

長田菅原神社

灯籠の建立は安政年間。

長田菅原神社

冬期は風雪から拝殿を守るため雪囲いされた拝殿に入ると「天満宮」の扁額を見ることができます。

長田菅原神社

拝殿内に「長田菅原神社」の扁額。

長田菅原神社

拝殿前に天満宮といえば牛。道真公?が背中に乗っています。

長田菅原神社

境内に小松砂丘謹書の石碑が建立されています。裏書きを読むと氏子の方の古希記念で建てられたようです。

長田菅原神社

境内にはもう一社。稲荷社があります。

長田菅原神社

その隣には神輿舎。ガラス越しに神輿が見えるのは珍しいですね。

長田菅原神社

拝殿脇にも大木。隅に・・・・

長田菅原神社

石祠と対の狛犬が残っています。詳細はよくわからないのですが、神仏混淆時代には七堂伽藍が建ち並んでいた頃もあったようで、その名残かもしれません。

長田菅原神社

狛犬はかなり崩れてしまっていますが、左は足のほうがまだ判別できます。

長田菅原神社

石祠の中央の穴には何があったのか?なかったのか?正面の仏像も崩れて判別できませんが、この場所は特別な雰囲気がします。

訪れるなら雪囲いのない春から秋にかけてがよいと思いますが、道真公といえば学問の神様。忙しいのはやはり冬かな?

金沢市長田1丁目5番3号

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加賀能美 狭野神社②

狭野神社

狭野神社は加賀国能美郡の式内社に比定される古社です。地域一帯は九谷焼の盛んな地域であり、境内に陶工を祀る神社も建てられています。

旧県社という社格なので無住ということはないと思い、正月に再訪問しました。ちょうど社務所から当番のかたが出ていらしたので話を聞いてみました。

狭野神社

一の鳥居と境内までの参道脇が駐車場となっています。

狭野神社

境内は鳥居の連続です。

狭野神社

前回はなかったのですが、拝殿入り口に御朱印所が設置されていました。聞いたところによると、ディアゴスティーニの「週刊日本の神社」に掲載されてから参拝者が増えて、御朱印の問い合わせも増えたということらしいのです。

狭野神社

旧県社だけあって扁額は立派です。

狭野神社

御朱印は自分で社名印、神紋印、社印の3つを押印します。

狭野神社

順序がわからなかったのですが、後片付けをしていると蓋の下に押印例がありました。

狭野神社

違う順序で押してしまいましたが、自分の順のほうが見栄えいいと思いますが。

狭野神社

もうひとつ、境内の陶器製の神馬を三回なでながら願い事を唱えると願いが叶うと教えていただいたので願ってきました。触ってはいけないところが多いですからね。

能美市佐野町ノ88-2
須天熊野神社兼務社

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加賀金沢 石浦神社②

石浦神社

金沢市に鎮座する石浦神社。御祭神は大物主大神、大山咋大神、菊理媛大神、天照皇大神、天兒屋根大神、市杵島姫大神、誉田別大神。

石浦神社

西日を背に受け境内に入る。

石浦神社

拝殿に参る。

石浦神社

武田友月の彫刻はやはり目立つ。

石浦神社

社務所で御朱印をいただく。兼務社の泉野菅原神社の御朱印も一緒にいただく。
マスコットキャラきまちゃんの未年バージョンファイルを購入した。

石浦神社
石川県金沢市本多町3丁目1−30

加賀金沢 尾崎神社

尾崎神社

金沢市に鎮座する尾崎神社。御祭神は天照大神、徳川家康公、前田利常公。

尾崎神社

社殿は金沢城跡の北に西向きに鎮座する。徳川家康の孫でもある加賀藩四代前田光高が、金沢城北の丸に東照大権現を祀ったのが創始。

尾崎神社

本殿・拝殿は東照宮の建物を移築したもので、彫刻も凝っている。冬の間は風雪から守るため朱色の雪囲いがされる。

尾崎神社

拝殿に参る。拝殿の戸には葵紋が付いている。

尾崎神社

拝殿右手の社務所兼自宅で御朱印をいただく。留守のことも多く、今回5度目の参拝でようやくいただけた。

尾崎神社
石川県金沢市丸の内5−5

加賀金沢 小橋菅原神社

小橋菅原神社

金沢市に鎮座する小橋菅原神社。御祭神は菅原道真公。

小橋菅原神社

片町のビル街の中に埋もれて存在する。入口に社号標が立つが、ビル下のトンネルが参道になる。

小橋菅原神社

拝殿に参る。

小橋菅原神社

天満宮といえば牛

小橋菅原神社

扁額には菅原道真公の他、稲荷神と金比羅神を配祀することが書かれている。

小橋菅原神社
石川県金沢市片町2丁目23−6

加賀金沢 泉野菅原神社(泉野天満宮)

泉野菅原神社

金沢市に鎮座する泉野菅原神社。加賀藩2代藩主前田利長の正室永姫の菩提寺玉泉院の鎮守であり、前田家の始祖菅原道真公を祀る天満宮であったことから、泉野天満宮とも呼ばれる。御祭神は菅原道真公を主祭神としているが、永姫が織田信長公の4女(5女とも)であったことから元主家の織田信長公を秘かに祀った。

泉野菅原神社

社殿は北北東向き。社前は寺町寺院群の六斗の広見。

泉野菅原神社

2000年に火災により社殿を焼失し、2012年に新築された本殿と拝殿一体の社殿。

泉野菅原神社

拝殿に参る。
泉野菅原神社は兼務社となっており、石浦神社で御朱印をいただいた。

泉野菅原神社(泉野天満宮)
石川県金沢市野町3丁目15-8

加賀金沢 泉八幡神社

泉八幡神社

金沢市に鎮座する泉八幡神社。御祭神は応神天皇を主祭神とし、大山咋命を配祀する。

泉八幡神社

社殿は東向き。

泉八幡神社

社前には旧北陸街道が通る。

泉八幡神社

鳥居をくぐると参道沿いにイチョウが植えられている。秋には境内が黄色に彩られる。

泉八幡神社

拝殿に参る。

泉八幡神社

拝殿には「泉八幡神社」の他に「日吉神社」の扁額が二枚掛かる。昭和38年犀川ダム建設に伴い、見定町の日吉神社、倉谷町の日吉神社、二又新町の多賀神社を合祀しており、その日吉神社二社のものか。

泉八幡神社

拝殿入口には大きな絵馬が掛けられている。

泉八幡神社

拝殿左に境内末社。桃畠天満宮の菅原道真公、石坂角場の稲荷神、芦中町の金毘羅神、泉町の恵比須・大黒天を祀る合祭殿となっている。

泉八幡神社

拝殿右の社務所兼自宅で御朱印をいただく。御朱印をお願いすると、印を2つ持ってこられて自由に押してくださいと言われ、社号印を中央に、参拝記念印を右上に押してみた。

泉八幡神社
石川県金沢市泉1丁目3-8

加賀金沢 泉野桜木神社

泉野桜木神社

金沢市に鎮座する泉野櫻木神社。御祭神は応神天皇を主祭神とし、天照大神を相殿に祀る。

泉野桜木神社

社殿は東向き。社号標は東のみだが、鳥居は南北にもある。

泉野桜木神社

参道を行くと、拝殿前に御神木の大イチョウ。

泉野桜木神社

拝殿に参る。

泉野桜木神社

拝殿には多くの絵馬が掛けられている。この絵馬は11面に分かれているが、何かの由緒を絵馬にしたものか。

泉野桜木神社

二枚組の絵馬も。題材はよくわからない。
境内の宮司宅で御朱印を尋ねたが授与していなかった。

泉野桜木神社
石川県金沢市泉野町3丁目15−14

加賀金沢 牛坂八幡神社

牛坂八幡神社

金沢市に鎮座する牛坂八幡神社。御祭神は応神天皇、大山咋命、少彦名之命。

牛坂八幡神社

社殿は南向き。鳥居と社号標が境内入口に建つ。

牛坂八幡神社

拝殿前に狛犬一対が奉安されている。

牛坂八幡神社

拝殿に参る。社殿は昭和50年に新築されて、まだ新しい感じが残る。

牛坂八幡神社

拝殿右手の手水舎の横に盤持石が奉納されている。
境内に宮司宅があり、御朱印をいただいた。

牛坂八幡神社
石川県金沢市旭町1-17-50

能登珠洲 須須神社奥宮遙拝所

須須神社奥宮遙拝所

珠洲市に鎮座する須須神社奥宮遙拝所。

須須神社奥宮遙拝所

須須神社の奥宮は山伏山山頂に鎮座する。本宮の髙座宮・金分宮は三崎町の管理、奥宮は狼煙町の管理ということで、狼煙町にある道の駅狼煙に隣接して鎮座している。社殿は東向きであり、南の山伏山の方角を向いていないのは少し気になる。

須須神社奥宮遙拝所

拝殿に参る。扁額と社号標には「式内 須須神社奥宮遙拝所」と書かれている。

須須神社奥宮遙拝所
石川県珠洲市狼煙町ヘ

能登珠洲 須須神社奥宮

須須神社奥宮

珠洲市の山伏山山頂に鎮座する須須神社奥宮。御祭神は美穗須須見命、武甕槌命、經津主命、天兒屋根命、姫大神。延喜式珠洲郡湏湏神社の論社。

須須神社奥宮

ランプの宿入口のバス停の向かい側に奥宮への入口の鳥居が建つ。

須須神社奥宮

鳥居の横には社号標「式内 須須神社奥宮」

須須神社奥宮

鳥居の下に奥宮まで0.8キロの案内板

須須神社奥宮

晩秋の参道は紅葉も終盤であった。

須須神社奥宮

中間にまた鳥居が建っている。

須須神社奥宮

森の中に社殿が見えてきた。

須須神社奥宮

拝殿に参る。

須須神社奥宮

拝殿の後ろに本殿が建つ。

須須神社奥宮
石川県珠洲市三崎町寺家10-11-2

能登珠洲 須須神社金分宮

須須神社金分宮

珠洲市に鎮座する須須神社金分宮。御祭神は木花咲耶姫命。延喜式珠洲郡湏湏神社の論社。

須須神社金分宮

少し集落の中に入ると鳥居が見えてくる。金分宮は姫神を、髙座宮は男神を祀ると言われる。

須須神社金分宮

鳥居と社号標、狛犬と基本的な構成の境内入口。

須須神社金分宮

一歩入ると、火袋を失った燈籠。入口付近はイチョウが多く、参道もこの時期は銀杏の実で埋め尽くされ、踏まずに進むのが大変だった。

須須神社金分宮

緩やかな上りの参道を進むと、拝殿が見えてくる。多くの根がむき出しになっていて、地を這う蛇かムカデのようだ。

須須神社金分宮

拝殿に参る。

須須神社金分宮

拝殿後ろに御垣に囲まれて本殿が建つ。

須須神社金分宮
石川県珠洲市三崎町寺家ツ105

能登珠洲 須須神社高座宮

須須神社高座宮

珠洲市に鎮座する須須神社高座宮。御祭神は天津彦彦火瓊瓊杵尊、美穗須須見命。延喜式珠洲郡湏湏神社の論社。近くの金分宮と合わせて須須神社を構成する。

須須神社高座宮

海に面して大鳥居が建つ。

須須神社高座宮

大鳥居の先に一の鳥居

須須神社高座宮

参道は右に曲がって二の鳥居。二の鳥居前が駐車場となっている。一の鳥居横に「縣社 須須神社」の社号標が建つ。

須須神社高座宮

二の鳥居をくぐると神橋があるが、参道は横を行く。

須須神社高座宮

参道は社叢に囲まれ、少し薄暗い。

須須神社高座宮

参道の途中、社務所がある。

須須神社高座宮

階段の先に社殿が見えてきた。

須須神社高座宮

階段途中、左に境内社の白山社。

須須神社高座宮

拝殿に参る。

須須神社高座宮

拝殿右に宝物殿。木造男神像や源義経寄進の蝉折れの笛、弁慶寄進の守刀などの宝物が収蔵される。見学は事前予約が必要。

須須神社高座宮

拝殿と宝物殿の間から本殿が見える。帰りに社務所で御朱印をいただく。

須須神社高座宮
石川県珠洲市三崎町寺家4-2

能登珠洲 須受八幡宮

須受八幡宮

珠洲市に鎮座する須受八幡宮。御祭神は品陀和気命、息長帯比売命、比売大神を主祭神とする。

須受八幡宮

社殿は南向き。境内入口に鳥居と社号標

須受八幡宮

鳥居をくぐると左に額殿と神輿殿が合わさった建物が建っている。

須受八幡宮

左手に手水舎。その後ろ、右に須受八幡宮の宮司宅、左に羽黒神社の宮司宅が並ぶ。

須受八幡宮

右に能舞台。明治初め頃までは薪能が行われていたが、今は例祭に人形を飾るのみになっている。県内ではこの能舞台を含め、明治以前の能舞台は2つしかない。

須受八幡宮

右手に社務所

須受八幡宮

拝殿に参る。

須受八幡宮

拝殿右に境内社が一社。

須受八幡宮

拝殿左に宝物殿

須受八幡宮

宮司は外出中だが昼前には戻ると言われ、近くの正院川尻城跡を見学して再訪する。
御朱印をいただいたときに、残り部数が少なくなったという貴重な能面の載った神社案内をいただいた。その後、能舞台の中も見せていただく。

須受八幡宮

境内入口の鳥居は二の鳥居で、一の鳥居はまっすぐ海に出るところに建っているというので見に来た。

須受八幡宮

鳥居の前に幟立てがある。一の鳥居からのまっすぐな参道が残っているのは貴重だ。

須受八幡宮
石川県珠洲市正院町正院20−3甲

能登珠洲 羽黒神社

羽黒神社

珠洲市に鎮座する羽黒神社。御祭神は倉稲魂命を主祭神とし、菊理姫命、伊弉諾命、伊弉冊命を相殿に祀る。

羽黒神社

住宅地の中を進むと南向きに鎮座する。入口に鳥居と社号標

羽黒神社

拝殿に参る。

羽黒神社

拝殿は開放されていて、中は清涼としている。

羽黒神社

左の絵馬

羽黒神社

右の絵馬

羽黒神社

拝殿左に斎館、その左に祭具庫と神輿庫が建っている。
宮司宅は少し南に行ったところの須受八幡宮の宮司宅隣。今日は残念ながら外出中であった。

羽黒神社
石川県珠洲市正院町小路16-102

能登珠洲 春日神社

春日神社

珠洲市に鎮座する春日神社。御祭神は武甕槌大神、経津主大神、天児屋根大神、比咩大神を主祭神とする。

春日神社

社殿は南向き。鳥居と社号標、鳥居の前に神橋がある。

春日神社

参道の途中、右手に社務所が建つ。

春日神社

階段途中に大伴家持の歌碑が建っている。天平20年に越中国司として能登(その時代は越中国に含まれる)を巡回したときに珠洲から船出するときに詠んだ歌という。

春日神社

拝殿に参る。

春日神社

鈴がとても大きい。

春日神社

拝殿の左手に末社愛宕神社への参道

春日神社

愛宕神社の前に鳥居。両側に大きな杉が立つ。

春日神社

拝殿から右手、宮司宅に続く小道。境内は清浄が保たれ、常に手をかけている雰囲気がある。

春日神社

小道途中の御神木の杉。宮司宅で御朱印をいただく。

春日神社
石川県珠洲市飯田町17−50

能登輪島 石倉比古神社

石倉比古神社

輪島市に鎮座する石倉比古神社。御祭神は天手力男命、天石門別神。延喜式鳳至郡の論社。

石倉比古神社

岩倉寺の車道参道の入口に「式内 郷社石倉比古神社」の社号標が建つ。

石倉比古神社

駐車場に車を停め、階段を上る。

石倉比古神社

岩倉寺本殿

石倉比古神社

本殿裏の庭園にまわりこみ、背後の斜面を見上げると

石倉比古神社

そこに社殿が建っている。

石倉比古神社

参拝後に岩倉山山頂まで登ってみたが、山頂は視界が開けていなかった。写真は途中、西側に視界が開けたところの景色

石倉比古神社
石川県輪島市町野町西時国16-8-乙

能登輪島 白山神社

白山神社

輪島市に鎮座する白山神社。御祭神は菊理媛命。延喜式鳳至郡辺津比咩神社の論社。

白山神社

海岸沿いの集落の中、北向きに鎮座。階段両側に「村社 白山神社」と「奥津姫神社」の社号標が建つ。最近消防の放水訓練が行われたらしく、階段にホースが干してある。奥津姫神社のある舳倉島と七ツ島は藩政期名舟村の領有で、白山神社は奥津姫神社の遙拝所でもあった。

白山神社

社前の海岸には鳥居が建っている。7月31日・8月1日の例祭では沖の鳥居まで奥津姫神社の神様を送迎する。また、名舟村は中世上杉謙信軍の侵攻に由来する御陣乗太鼓の地でもある。

白山神社

急な階段を上る。

白山神社

拝殿に参る。

白山神社

拝殿の背後の斜面上に本殿が見える。

白山神社

さらに急な階段を上る。

白山神社

本殿に参る。

白山神社

拝殿前からは眼下に名舟漁港が見え、その先に岩倉山が見える。

白山神社

拝殿からは木が邪魔になるが、階段途中からは鳥居の先に日本海と、天気が良ければ七ツ島が見える。

白山神社

拡大すると地平線に七ツ島が見える。

白山神社
石川県輪島市名舟町ト64乙

能登輪島 櫟原北代比古神社

櫟原北代比古神社

輪島市に鎮座する櫟原北代比古神社。御祭神は天照大神、大日本彦耜友尊、湍津姫神、氣長足姫命を主祭神とする。延喜式鳳至郡鳳至比古神社と美麻奈比古神社の論社。

櫟原北代比古神社

社殿、参道は南向き。日本海に突き出た岬がまるごと社叢となり、中に社殿が建つ。参道入口に社号標が建つ。

櫟原北代比古神社

社叢の前に鳥居が建っている。

櫟原北代比古神社

拝殿に参る。

櫟原北代比古神社

拝殿をのぞいてみると広々と、また整然としている。

櫟原北代比古神社

拝殿裏にまわると、階段の先に本殿が見える。

櫟原北代比古神社

本殿覆屋

櫟原北代比古神社

社前は海岸沿いに県道が走り、すぐ南に山の斜面が迫ってきている。

櫟原北代比古神社
石川県輪島市深見町40-60乙町

能登輪島 住吉神社

住吉神社

輪島市に鎮座する住吉神社。御祭神は底筒男命、中筒男命、表筒男命、神功皇后。延喜式鳳至郡鳳至比古神社の論社。

住吉神社

社殿は東向き。入口に鳥居と社号標

住吉神社

境内の隅に「前田中納言殿御休跡」という平石がある。説明がないので詳細がわからないが、前田利家が能登国領主となったときに輪島に来たのか?

住吉神社

拝殿に参る。拝殿は平成23年に火事で焼失し、平成26年に再建されたので新しい。

住吉神社

狛犬は勇ましい姿

住吉神社

拝殿右に市姫社。社殿が石製で石臼の上に燈籠の笠が乗っている。

住吉神社

境内の右方の社務所兼自宅で御朱印をいただく。

住吉神社
石川県輪島市鳳至町鳳至丁1

能登志雄 高爪神社

高爪神社

志賀町に鎮座する高爪神社。御祭神は日本武尊。

高爪神社

社殿は南向き。入口には鳥居が建つ。

高爪神社

参道を進むと階段の先に社殿が見える。

高爪神社

階段をのぼっていく

高爪神社

拝殿に参る。

高爪神社

拝殿の後ろに独立して本殿が建つ。

高爪神社

社殿の右に観音堂。能登国三十三観音霊場になっている。本尊は十一面観音座像。

高爪神社

祀り方は神式なのが今となっては不思議な感じだが、神仏習合だと思えば普通なのだろうか。
毎月18日には扉を開いて直接観音を詣ることができる。

高爪神社

境内に隣接する社務所兼自宅で御朱印をいただく。
前回の参拝時は能登国三十三観音の御朱印のみだったが、最近代替わりして神社の御朱印も授与されるようになった。

高爪神社

高爪神社の奥宮は能登富士と呼ばれる高爪山の頂上にある。南麓の大福寺集落に鳥居が建つ。能登沖神社で鳥居は倒壊したため、最近新しく再建された。

高爪神社

鳥居近くから見ると奥の高爪山はわかりにくいが、少し下がってみると秀麗なその山容がよくわかる。

高爪神社

高爪山に初めて登拝する。

高爪神社

頂上に近づくと原生林がよく残っている。

高爪神社

頂上に辿り着くと愕然とした。奥宮は能登沖地震で土台が潰れて傾いている。屋根にもブルーシートが掛けられたままで、修復を待っていた。奥宮に参って下山する。

高爪神社
石川県羽咋郡志賀町大福寺ナ58

能登鹿西 能登比咩神社

能登比咩神社

中能登町に鎮座する能登比咩神社。御祭神は能登比咩神、沼名木入比賣命を主祭神とし、九神を合祀する。延喜式能登郡の比定社。

能登比咩神社

神社は鹿島丘陵を背後に南西向きに鎮座する。

能登比咩神社

参道の一の鳥居をくぐると、玉垣に囲まれて社殿までに2つの鳥居が建つ。

能登比咩神社

御神託の碑や天皇御製碑など碑が多い。

能登比咩神社

階段を上り拝殿に参る。

能登比咩神社

拝殿入口の亀の彫刻

能登比咩神社

扁額は加賀藩十三代前田斉泰公の揮毫

能登比咩神社

拝殿内には源平物語の絵馬や奉納俳句など多く掛けられている。

能登比咩神社

拝殿左に末社子安神社

能登比咩神社

拝殿の背後の丘の上に本殿が見える。

能登比咩神社

ここからは前年10月に参拝時の写真を掲載する。
本殿にも参る。

能登比咩神社

能登比咩神は機織りの神であり、周辺は能登麻織物が盛んで産土神として崇敬が篤かった。

能登比咩神社

二の鳥居の左方に社務所が建つ。前回参拝時は無人だったが、今回御朱印を尋ねると印はないが墨書きだけならできるという。これでは御朱印とは言えないだろうが、お札だと思えば同じだと思い有難くいただいた。

能登比咩神社
石川県鹿島郡中能登町能登部下125甲29

能登比咩神社

神社は鹿島丘陵を背後に南西向きに鎮座する。

能登比咩神社

参道の一の鳥居をくぐると、玉垣に囲まれて社殿までに2つの鳥居が建つ。

能登比咩神社

御神託の碑や天皇御製碑など碑が多い。

能登比咩神社

階段を上り拝殿に参る。

能登比咩神社

拝殿入口の亀の彫刻

能登比咩神社

扁額は加賀藩十三代前田斉泰公の揮毫

能登比咩神社

拝殿内には源平物語の絵馬や奉納俳句など多く掛けられている。

能登比咩神社

拝殿左に末社子安神社

能登比咩神社

拝殿の背後の丘の上に本殿が見える。

能登比咩神社

ここからは前年10月に参拝時の写真を掲載する。
本殿にも参る。

能登比咩神社

能登比咩神は機織りの神であり、周辺は能登麻織物が盛んで産土神として崇敬が篤かった。

能登比咩神社

二の鳥居の左方に社務所が建つ。前回参拝時は無人だったが、今回御朱印を尋ねると印はないが墨書きだけならできるという。これでは御朱印とは言えないだろうが、お札だと思えば同じだと思い有難くいただいた。

能登比咩神社
石川県鹿島郡中能登町能登部下125甲29

能登鹿島 能登生國玉比古神社

能登生國玉比古神社

中能登町に鎮座する能登生國玉比古神社。御祭神は多食倉長命を主祭神とし、市杵嶋姫命、少彦名命、事代主命、菅原道真を配祀する。延喜式能登郡の論社のひとつ。

能登生國玉比古神社

鳥居は東向き。「式内 能登生國玉比古神社」の社号標が立つ。

能登生國玉比古神社

鳥居をくぐると階段は右に折れる。社殿は東南向き。

能登生國玉比古神社

拝殿に参る。拝殿にも「式内 能登生國玉比古神社」の扁額が掛かる。

能登生國玉比古神社

拝殿の後ろに本殿。

能登生國玉比古神社

拝殿の左手には境内社の稲荷社が建つ。
宮司宅は境内手前にあるが、御朱印は授与されていなかった。

能登生國玉比古神社
石川県鹿島郡中能登町金丸セ35

能登鹿島 宿那彦神像石神社

宿那彦神像石神社

中能登町の鎮座する宿那彦神像石神社。御祭神は少彦名命、建御名方神、中筒男命、大名持命。延喜式能登郡の論社で、氣多大社の境外摂社。

宿那彦神像石神社

神社は眉丈山を背後に南東向きに参道が延びる。入口に鳥居と社号標

宿那彦神像石神社

鳥居をくぐると右手に背の高い杉の木。そこから参道両側に杉木立が続く。

宿那彦神像石神社

抜けると拝殿に出る。拝殿に参る。

宿那彦神像石神社

拝殿前には扁額はないが、昭和20年代の金丸山八朔大相撲の奉納額が掛かる。

宿那彦神像石神社

拝殿背後一段上に本殿。

宿那彦神像石神社
石川県鹿島郡中能登町金丸又ヨ1

能登羽咋 大穴持像石神社

大穴持像石神社

羽咋市に鎮座する大穴持像石神社。御祭神は大穴持神、少彦名命。延喜式羽咋郡の論社。

大穴持像石神社

今日は例祭日だったようで参道には神旗が立てられていた。

大穴持像石神社

南向きの境内とまっすぐ延びる参道。境内は森の中にある。右に社務所

大穴持像石神社

入口に鳥居と玉垣。社号標は見当たらない。かつては氣多大社の摂社だったという。

大穴持像石神社

境内に入ると右に玉垣に囲まれた大石。地震おさえの霊石という。

大穴持像石神社

拝殿に参る。今日は例祭日で拝殿の戸が開けられていた。

大穴持像石神社

笛の音に誘われ集落内を探すと、神輿と獅子舞が各家々を回っていた。

大穴持像石神社

能登の獅子舞は越中と同じく軽快なお囃子に合わせて獅子と天狗が遊び戯れる感じの楽しいものです。

大穴持像石神社
石川県羽咋市寺家町ケ1

能登一の宮 氣多大社・能登の白うさぎ

氣多大社

羽咋市に鎮座する能登国一宮の氣多大社。御祭神は大己貴命。

氣多大社

砂浜を車で走れる千里浜海岸は有名ですが、北の柴垣海岸の海岸に突き出た長手島

氣多大社

松林の長手島の中に2つのお堂が建つ。

氣多大社

岬のほうに八大竜王堂

氣多大社

普段は人も来ないので野良猫の楽園のようになっている。

氣多大社

七面堂の前に白うさぎの像が立っている。「因幡の白うさぎ」は神話として有名だが、氣多大社にも「能登の白うさぎ」の伝説が伝わる。

往古出雲国から能登国までの日本海を気多の海と呼び交流が盛んであった。ある時能登の白うさぎが長手島の妙成岩から滝﨑(氣多大社)までサメをだまして飛び渡ったため、体の毛をむしりとられ赤裸になり苦しんでいた。大国主命の滝﨑にある「がまのほ」を用いればよいと一命をとりとめたという。

氣多大社

七面堂。氣多大社にゆかりの地だが神社はない。

氣多大社

氣多大社で御朱印をいただく。

氣多大社

南東の旧参道の入口に建つ随神門

氣多大社

左右に随神が今も神域の入口を守る。

氣多大社
石川県羽咋市寺家町ク1

能登中島 唐島神社・日面神社 塩津のおすずみ祭り

塩津のおすずみ祭り

七尾市中島町塩津に鎮座する唐島神社の御祭神は市杵嶋比咩命(女神)

塩津のおすずみ祭り

同じく塩津に鎮座する日面神社の御祭神は正哉吾勝々速日天忍穂耳命(男神)

その両神が夏の夜、海上で一時の逢瀬を楽しむ。というのが塩津のおすずみ祭りです。

塩津のおすずみ祭り

薄暗くなってきて、日面神社に続き唐島神社でも神事が行われる。
神事が終了すると神輿にお遷しされた神様はキリコ燈籠の先導で海上に向かう。

塩津のおすずみ祭り

海上に出ると蓮の葉の灯明が次々と海に流されていき、波にユラユラと揺れる線のように灯明が連なり幻想的な風景が目の前に広がる。

塩津のおすずみ祭り

途中花火が打ち上げられ、その間も太鼓と鉦が鳴り響く。

塩津のおすずみ祭り

女神は男神に連れられて、男神側の船着場に両神が着岸し、キリコの先導で神輿が集落を練り歩く。

塩津のおすずみ祭り
日程:7月第4土曜日
19:30頃 日面神社で神事
19:40頃 唐島神社で神事
19:50頃 唐島神社からキリコと神輿を乗せ船出航
20:40頃 海上花火
21:30頃 キリコと神輿が上陸し、集落を練り歩く